31 討伐完了
「よし、これで全員だな。じゃあお嬢ちゃん、俺達は組合に報告しないといけない。お先に失礼するよ」
駆け付けた応援の冒険者達はまだ意識が朦朧としている壁に囚われていた全員に肩を貸すと、その場を後にしようとした。
「重くないか? 何なら私の召喚体の騎士達に運ばせようか?」
カリナの下にまだ残っていた騎士達が集まって来る。
「うお、凄い力を感じるな。だが大丈夫だ。俺達は何の手助けもしていない。これくらいはさせてくれ」
「そうね、それにこれ以上迷惑を掛ける訳にはいかないもの。あなたも戦いで多少は疲れたでしょ? ゆっくり戻ってくるといいわ」
男性と女性の冒険者達がそれぞれ肩に担いだ冒険者仲間を見ながらそう言った。
「そうか、じゃあ一応気を付けて帰ってくれ。私も後で組合に寄らせてもらうよ」
帰還する冒険者達を見送ってから、カリナはカシューと連絡を取る。
「取り敢えず終わったよ。聞こえてたか?」
「バッチリ聞こえてたよ。うーん、それにしてもまだ知らない階級の悪魔が存在するとはね」
「どうやらこれまで私達が知っていたのは表向きの階級だけだったようだな。しかもあの口振りだと、まだまだ知らない存在が複数あるようにも感じる」
「そうだね、上から深淵公、魔界侯、災禍伯、獄炎騎士、影霊子爵、堕落男爵。そしてそのそれぞれが魔界兵団やレッサーデーモンといった使い魔族を使役してる。今回斃したのは堕落男爵だっけ? それが伯爵レベルの実力だったってことはこないだ苦労した侯爵レベルよりもっとヤバいのがいるってことでしょ? うーん、参ったな」
「よくまあ一回聞いただけで覚えたな。取り敢えず情報はそこまでだな。それより上の存在の主とやらは分からずじまいだよ」
「今のところアステリオンに色々調査させてるけど、また新しい情報が手に入ったし、彼にも伝えておくとするよ」
「ああ、そう言えばサティアの情報も手に入ったんだった。カリンズの組合長が言ってた」
「え、そうなの? やっぱ聖光国にいるのかい?」
「どうやらそうらしい。あそこには初心者用に経験値稼ぎの古代遺跡があっただろ? そこに悪魔が出たんだと。サティアはそこから帰還する負傷者の手当てに追われてて忙しいらしいぞ」
「あー、あの古代遺跡ね。でも初期五大国の戦力なら悪魔の数匹くらい一捻りしそうなもんだけどなあ」
ルミナス聖光国の近くにある古代遺跡には巨大な女神像がある。その女神像の前にある泉に投げ銭すれば願いが叶うという設定だ。そのため、そこを訪れる観光客を魔物から護衛するというクエストが存在する。何度も受けられるので、初心者時代にはお世話になったものだ。
「それが私も疑問に思っていたところだったんだが、あれらの国のNPCが強かったのも100年前ってことになる。NPCは歳を取るだろ? だから後継が育っていなければ、防衛力が落ちることになるんじゃないか?」
「ああ、なるほど。確かに僕らは老化の概念がないからね、忘れてたよ。あの鉄壁の五大国も今となってはそうでもないのかもね。これがゲーム時代なら攻め落とせたのになあ」
「まあそれは仕方ないとして、なぜサティアが討伐に行かないのかが引っ掛かるんだよ。あいつは神聖術のマスターだろ? 悪魔程度軽くソロでも斃せるだろうに」
「うーん、確かにそれはそうかも……。何か理由があるのかな? まあその辺は直接行って確かめて来てよ」
「へいへい、本当に人使いが荒い国王だな。だけどそこは私も気になる。近い内にルミナスに到着するだろうから、またその時には通信を繋げるよ」
「うん、ありがとうね。じゃあ待ってるよ」
通信を切る。そのとき、目の前に避難していたケット・シー隊員が姿を現した。
「おい、帰ったんじゃなかったのか? 何でまだいるんだよ」
「いやーさすがは隊長。お見事でしたにゃ。いやー折角出て来たのに直ぐ帰るのはもったいにゃいと思いまして。おいらも隊長の旅に着いて行くにゃ」
ふむ、とカリナは考えた。今後も一人旅が続く。その時に話し相手がいる方が楽しいだろう。今現実となったVAOの世界では召喚体も己の意志を持って自然な対話ができる。それにケット・シーは高度な知性を持っている。連れて行けば役に立つことも多いだろう。
「わかったよ、隊員。じゃあこれから私と一緒に冒険するか? 一人旅だと話し相手が欲しい時もあるからな」
「うしし、もちろんにゃ。どこまでもお供致しますにゃん」
「でも人前であんまり騒ぐなよ。召喚体だと分からない人達にとっては猫が二足歩行してるだけでも不思議に見えるからな」
「了解ですにゃ」
右手で敬礼の姿勢を取った隊員の頭を撫でる。ゴロゴロと喉を鳴らす姿はどう見ても只の猫なのだが、衣服を纏っている猫はそうそういない。
「さて私達も返ろう。組合に一応報告しないとな」
カリナは隊員を伴って、元の姿に戻った地下迷宮の道を戻って行った。
「おお、無事だったか。心配したぞお嬢ちゃん」
「さっき負傷者を連れて冒険者の集団が戻って来たところだ。どうやら本当に解決したんだな」
北門に辿り着くと、行きしなに此方の心配をしていた門番達が、カリナに声を掛けて来た。
「大丈夫だよ。地下迷宮に巣食っていた悪魔は退治したから」
悪魔と言う言葉を聞いて門番達は顔を見合わせて驚く。
「悪魔だって?! まさかそんなのがこんな小さな街に出没するなんてな……」
「お嬢ちゃん一人でやっつけたのか? Aランクの冒険者ってのは凄いんだな」
通常は悪魔討伐にはパーティーを組んで挑むものである。それが上級悪魔となればレイド戦に近い。それを単独で撃破できたのは召喚士が多数の召喚体を使役することができるのと、カリナ自身が聖衣を纏って戦うことが可能であるからである。Aランクの冒険者でも余程の手練れでなければ単独では不可能に近い。
「まあ私が召喚士であることが要因かな。Aランクなら誰でもって訳じゃないから、勘違いしない様にしてくれ」
「そうか、兎も角無事で何よりだ。さあ疲れただろうし街でゆっくりして行きな」
門を開けてくれた彼らに礼を言い、カリナは総合組合に向かった。
◆◆◆
「お、帰って来た。お疲れさん」
組合に顔を出すと先程救援に来た冒険者達が集まっていた。負傷者たちは既に教会に運ばれたようである。組合長のジュリアが彼らから話を聞いているらしい。ジュリアはカリナに気付くと、此方に歩いて来て頭を下げた。
「ありがとうございますカリナさん。早期解決してくれた御陰で、負傷者はいるものの幸いなことに死者はいません。これもあなたの御陰です」
「ふふふ、隊長は凄い召喚士なんだにゃ。崇め奉るといいにゃ」
カリナを差し置いてケット・シー隊員がでしゃばる。
「お前は少し黙ってろ。そうか、死者が出なかったのなら良かったよ。内部にはミノタウロスにキングオーガもいた。間一髪で助けられた冒険者もいるが、間に合って良かった」
「その猫は?」
「私の召喚体のケット・シーだ。こいつが迷宮の迷路を見破ってくれたから早く到着できた。こいつにも礼を言ってやってくれ」
「そうなんですね。ありがとう、猫ちゃん」
「ふふふ、崇め奉るといいにゃ」
「余り調子に乗るんじゃない。あとむやみやたらと喋るなと言っただろ」
踏ん反り返る隊員の頭を小突く。その後も組合に集まっていた冒険者達に礼を言われ、カリナはジュリアに案内されて執務室へと向かった。
テーブルを囲んで彼女と向き合ってソファーに腰掛ける。カリナの隣には隊員がちゃっかりと座っていた。出されたお茶を啜り、一緒に用意された英国風のスリーティアーズに乗せられたスコーンを一つ口に放り込んだ。
「この度は冒険者達にこの街も救って頂き感謝致します」
もう一度改まって礼をするジュリア。そこまで畏まられると逆に恐縮してしまう。
「いやいや、もうお礼はいいよ。みんなからも充分感謝されたし、これ以上はなんだか申し訳なくなる」
「そうですか? あなたは不思議な人ですね。普通の冒険者なら自分の手柄だと自慢するでしょうに」
くすくすと笑うジュリアは上品で、自分よりもとても大人に感じられる。それから直ぐに真面目な表情になって、彼女は話を切り替えた。
「それにしても、やはり悪魔でしたか……。しかもどうやら冒険者を狙っているようですね。殺さずに生け捕りにするとは……」
「ああ、どうやらその悪魔共を裏で操っている存在がいるらしい。ある程度の情報は吐かせたが、肝心な部分で口止めされているらしくてね。喋ろうとするとその悪魔は炎で燃やし尽くされるみたいなんだ」
「そうなんですね……。だとしたら情報を聞き出すにはかなり高位の存在でなくてはならないのかもしれません。今後の対応も考えなくてはいけませんね。カリナさん、今回の件で分かったことを教えてくれませんか?」
エデンではカシューが色々と情報収集をしているが、世界中にコネクションがある組合と連携するのは悪い判断ではない。カリナは今回の悪魔が喋った情報を提供した。
「深淵公、魔界侯、災禍伯、獄炎騎士、影霊子爵、堕落男爵、使役する魔界兵団やレッサーデーモン共……。これまでの悪魔の階級とは確かに異なっているようですね。しかも大抵悪魔は単独で行動する傾向がある。それが徒党を組んだら100年前の五大国襲撃事件が再び起こる可能性すらありますね……」
神妙な面持ちで話を聞いていたジュリアはメモを取り出してそれらを記入している。
「ああ、そして今回現れた序列最下位の堕落男爵は従来の伯爵並の力があった。これより上位の存在が姿を現したら、街や村の一つくらい簡単に滅ぶ可能性がある。エデンのカシューに色々と調べてもらってはいるが、一国家で何とかなるレベルじゃない。ジュリア、あなたには組合の繋がりを使って、なるべく多くの国々にこのことを知らせて欲しい。信じがたい話だろうが、知らないよりはマシだと思う」
「わかりました。各国の組合に書簡を送ります。他国の組合がどう動くのかまではわかりませんが、情報を共有することは大切ですから」
「ああ、よろしく頼む。これは組合長が連携を取ってくれた方が話は早いだろう」
真剣な顔で頷いたジュリアはその場で書状を一枚書き始めた。カリナはその間に皿に乗せたスコーンを齧る。その横では隊員が出されたお菓子を次々に食べていた。意地汚いなと思ったカリナは隊員の頭を軽く叩く。
「うにゃ、いたいですにゃ、隊長」
「意地汚いだろ、誰も取らないからゆっくり行儀良く食べなさい」
「はいですにゃ」
注意された隊員は、大人しく、なるべく上品にお菓子を口に運び始めた。
「そう言えばカリナさんはルミナス聖光国に向かわれるのでしたよね?」
「ああ、今日はもう時間的にもすぐ暗くなるだろうから、出発は明日にするけどね。気に入った宿があったからそこにもう一泊する予定だよ」
「もしかして翠風の木陰亭ですか?」
「うん、よくわかったね。良い雰囲気だし、料理も美味しかったからさ」
「そこには職員達と一緒に食事によく行くんですよ。女将さんも良い人だし、料理もお勧めです」
暫く宿の話で盛り上がった後、ジュリアは一つの小さな木箱に入れられた書簡をカリナに渡して来た。
「これは?」
「聖光国に行かれるのなら、悪魔を討伐したカリナさん自身が組合長を訪ねるのが良いし、話も早いと判断したんです。それにあそこの組合長は私の姉なんです。サティア様の捜索にも協力を要請しておきましたから」
そう言ってウインクするジュリアを見て、カリナはできる大人だと思わず舌を巻いた。
「ありがとう、色々と世話になった。じゃあこれは預からせてもらうよ。聖光国の組合をすぐ訪ねることにする」
「いえいえ、街を救って頂いたのですからこのくらいは安いものです。では、旅のご無事を祈っています。またこの街を訪れた際には顔を出して下さいね」
「ありがとう。それじゃあ失礼するよ。おい、行くぞ隊員」
「うにゃっ、まだケーキが一つ」
駄々を捏ねる隊員のために、申し訳なく残りのお菓子を包んで貰い、カリナは組合を後にした。まだ夕暮れには時間がある。折角だから色々と街の書店などのお店を巡るのも悪くないと思い、カリナはカリンズの街を探索することにした。




