2 カシュー王との謁見
エデン王国。
その王宮の玉座がある広間の奥にある執務室のデスクで、カシューはフレンドリストを開いていた。そこに表示された<カリナ>の文字が白く光っている。これはその者がログインしているという証拠である。
ステータス機能などのゲーム的機能の大半が消失してしまったが、PCなら誰もが左手首に装着している<冒険者の腕輪>に設置されている赤いボタンを押せば、今でもフレンドリストや現在位置を示すマップ、所属しているギルドなどの情報を確認することができた。だが、インしたばかりで混乱の最中にあるカリナはそのことを失念しているようだ。
「あはは、まさかカーズではなくてカリナのキャラで戻って来るとはね。こいつは揶揄い甲斐がありそうだ。早く僕の元に来てくれないかなー」
騎士団の諜報部からの報告で、南の平原にゴブリンの群れと共に悪魔が出現し、それをたった一人で退けた召喚魔法を操る魔法剣士が現れたことは既に耳に入っている。
まさかと思い確認したら、それが友人であり、現在は行方不明扱いになっているこの国の騎士団長カーズのサブキャラ、カリナであったということだ。そして今は王国騎士団と共にこちらに向かっているという。
VAOが突然現実になり、歳を取ることもなく100年が経過した。国に集っていたフレンドかつ重臣達も行方知れずの中、これは予想外の朗報だ。
自由気ままにプレーしていたカリナには特に役職を与えている訳ではないが、所属はこのエデン王国になっている。PCはゲーム開始時点では、初期の五か国のどこかに所属することに決められている。その後は他のPCが創設した国家に所属するか、自ら国家を樹立するなど、選択肢は分かれる。
問題があるとすれば、PCはどこかの国家に所属していないと様々な恩恵が受けられないということだろう。買い物をするにしても高くつくし、国家からクエストの報酬を受け取れなくなる、戦争PvPに参加できない、等々である。そのため、カリナも建前上はエデン王国所属である。
夕日が眩しくなり始めた執務室の窓の外を眺めながら、カシューはカリナの到着を心底待ち遠しく思った。
◆◆◆
騎士団の騎馬隊の後ろをユニコーンに跨って揺られ続けること数刻、一行はエデン王国の王都に到着した。夕刻にもかかわらず、国内は帰還した騎士団を迎え、一目その勇士を見ようと多くの人々で賑わっていた。その中でもユニコーンに乗った赤髪の美少女に群衆の注目は特に集中していたのだが、カリナは「なんかやたらと見られてるなあ、騎士団が珍しいのか?」と、盛大に勘違いをかましていた。
中世世界がコンセプトのVRMMOであったが、エデンの街並みはまるで近代都市の様に発展していた。これが知らない間に過ぎ去った100年の歴史を表しているのかと思うと、カリナは何だか感慨深いものを感じた。
「カシューはこの国をここまで発展させたのか……。並々ならぬ苦労があったんだろうな。いや、寧ろノリノリで発展させたのかもしれないけど」
王城前の大通りには通路の左右に出迎えのセレモニーでも催されているかの如く、近衛兵達が整列している。「何もここまで大仰なことをしなくても良いだろうに」と、カリナは内心げんなりしていたのだが。
騎士団が下馬したのに合わせてユニコーンから降りる。
「ご苦労だったな、よく考えればお前も100年間俺が放置したことになっているんだろうか? 何だか申し訳なかった。また宜しく頼むぞ」
そう言ってユニコーンの頭を一撫でし、召喚を解除すると同時にユニコーンは嘶き光の中に消えて行った。
副騎士団長の一声で、王城の巨大な門が開かれる。ここからは一般の騎士達は立ち入ることはできないのか、彼らは門の外からカリナとライアンを見送った。
「これから国王陛下に謁見する。その前にその『俺』口調はどうにかならないのか? 失礼に当たるかもしれないし、そんな絶世の美女には似合わないと思うのだが……」
ライアンが気になっていたことを言ってきた。やはりこの見た目で一人称「俺」は違和感しかないのだろう。だが、これは自分が男性であることの自認なのである。そう簡単に女性の口調を真似できるはずがないし、何よりそんな行動をする自分自身が気持ち悪い。
「いやー、今更そんなこと言われてもなぁ……。今までもずっとこの調子だったし、女言葉を使うのは何か気持ち悪い……」
「いやいや、女言葉って、カリナ嬢ちゃんは女だろ? 何で気持ち悪いんだよ」
ライアンの目には今の少女の姿しか映っていないのだから、カリナの内面の葛藤など当然知る由もない。装備もあまり露出がない物を身に付けている。性能の関係で膝下丈の太腿までのスリットが入ったスカートは履いているが、これもかなり悩んだ上で妥協して身に付けているものだ。
「えー、気持ち悪いものは気持ち悪いじゃん。まあ王様の前では上手くやるから」
フォーマルな場で一人称を「私」に変えて丁寧語で喋ることくらいは問題ない。だが普段までそうしてしまうと、自分という自我が歪んでしまいそうで怖くなる。今はただでさえ外見が完全に女性なのだから、口調まで変えてしまうと内心の男性が悲鳴を上げる。
「そうか、まあとりあえず無礼のないように頼むぞ」
ゲーム内では100年経っているとしても、ただの友人に会うだけに過ぎないのにそんなに畏まってたまるかという思いが和士にはあった。実際今の姿が女性キャラのカリナであったとしてもである。
玉座の間の扉が開かれる。左右に国の恐らく重臣達が控えている中を進む。玉座は段差が高い所に設置されているのだが、その手前までで立ち止まる。ライアンは赤い絨毯が敷かれた黒いラインの手前で跪いた。カリナはその少し後ろで立ち止まった。
「王国騎士団、只今魔物の討伐より帰還致しました。この度は伯爵位の悪魔がゴブリンを率いており、苦戦は覚悟しておりましたが、そこに居合わせたこのカリナという召喚術を操る少女のお陰で掃討に成功致しました」
「ほう」
まるで少年の様な声が玉座から返って来た。100年も経っていると聞いていたが、カシューの声はこれまで共に冒険をしてきたそのときのままだった。
詰襟の赤いジャケット、襟元や袖口は深い青色で切り替えられており、金色の刺繍やラインが入っている。胸元には金色のボタンがダブルで並び、肩から胸にかけて金色の飾緒が優雅に垂れ下がっている。左胸には勲章のような飾りが付いていて、肩には金色のフリンジがついた肩章があり、威厳を強調している。
背中には長く大きなマントを羽織っており、表地は服と同じ鮮やかな赤、裏地は深い青色だ。首周りにはボリュームのある純白のファーがあしらわれており、豪華さと暖かさを感じさせる。マントの縁には金色の精緻な刺繍が施されている。
上着と同じ深紅のパンツを着用しており、細身のシルエットで、すっきりとした印象だ。白い革製のベルトを腰に巻いており、金色のバックルが輝いている。さらに、剣を吊るすための装飾的な剣帯も斜めに掛かっている。
膝下までの赤いロングブーツを履いている。履き口部分は黒で折り返されており、金色の装飾やタッセルが付いており、下から見上げるその姿も、国王と言うよりあの頃のままの青年の姿だった。
「なるほど、カリナと言ったか? 報告によるとかなり高位の召喚術に剣技、体術までこなすと聞いた。我が国は今非常に人材に困っている。そこで行方不明の騎士団長カーズの穴を埋めるためにも是非力を貸して欲しい。構わないか?」
なるほど、ちゃんと国王様を皆の前では演じているということかと理解したカリナは、どうせこの後素に戻って雑談ができるだろうとすぐに理解した。ならば断るのは野暮というものである。
「なるほど私の力程度が必要なら幾らでもお貸し致しましょう、カシュー王よ」
と、その場でスカートの両端を摘まんでカーテシーをした。その時お互いの目が合ったので、両者は同時にウインクをしてアイコンタクトをした。
間違いない。長い時間が過ぎている様だが互いの友情は薄れてはいないらしい。
「カリナにはカーズに与えた宮殿内の居住区を使ってもらう。何か問題がある者はいるか?」
かつて使っていた側仕え付きの豪華な居住区の自室まで使わせてくれるのか。このキャラでは基本根なし草だったので寛げる場所があるのはありがたい。カリナはカシューの心遣いに感謝した。
「異議ありです、陛下! こんなどこの馬の骨ともわからぬ小娘に、行方不明とはいえカーズ騎士団長の部屋を使わせるなど正気ですか?!」
カシューの両脇に控えていた右手側の人物、近衛騎士団長のクラウスが声を上げた。至極当然の反応である。「そりゃそうなるよね……」とカリナも内心そう思った。
「確かにそこまでの待遇は……、王国副騎士団長の私としても納得がいきません」
ライアンも顔を上げて意見を述べた。玉座の間がざわつき出す。さてさて、カシューのお手並み拝見といこうかとカリナは内心ニヤニヤした。
「ほう、お前達は私の決定に異を唱えるというのか?」
青年王はその見た目に似合わない威厳ある口調で言い放った。異論を述べた二人がその圧力に気圧される。
「まあまあ、陛下にも何かお考えがあるのでしょう。それを拝聴してからでも良いでしょう。ですよね、陛下?」
カシューの左側に佇んでいた執政官風の衣装を纏ったエルフのアステリオンがにこやかに口を挟んだ。
「むぅ、それは……」
「確かに……、勿論陛下には何かしらのお考えがあるのであろう」
クラウスもライアンもそれ以上反論せずにカシューの言葉を待つ。
「ふっ、いやなに、カーズには歳の離れた妹がいるのだ。私もかつて一度だけ出会ったことがある。そして召喚士を目指しており、剣技は兄に勝るとも劣らない資質を秘めているという、カリナという妹がな。そうだろう、カリナよ?」
そう来たか! 全く悪知恵が働くスピードはあの頃のままである。ならばこちらも全力で乗るしかないとカリナは即座に切り替えた。
「左様でございます。当時はお世話になりました陛下。覚えておいて頂き感激です。あれから研鑚を積み、召喚術も剣技も磨きをかけて参りました」
「な、なんと……! カーズ隊長に妹君がおられたのか!?」
「何だ、そういうことだったのか。カリナ嬢ちゃんも最初に言ってくれれば……」
あっさりと騙されるクラウスとライアン。カーズがカシューと共にエデンを建国したのは100年前ということになるというのに、そんなに簡単に信じるとは。この国は大丈夫なのかとカリナは思った。だが、この世界ではエルフのように長命な種族もいるし、100年前の英雄の血縁という話もそう不自然ではないのかもしれない。
「まあ何にせよだ。カリナよ、近くでその顔を久しぶりに見せてくれまいか?」
「はい、陛下」
そのまま玉座への階段を昇ろうとしたとき、クラウスが抜刀し、剣先をカリナの方へと向けて来た。
「待て、いくら何でもいきなり陛下に近づける訳にはいかぬ。私はまだ完全に信用したわけではない!」
「その陛下に来いって言われたんだけど。邪魔しないでくれるかな」
カリナは剣先を右手の親指と人差し指でちょんと摘んだ。クラウスは少女が軽く摘まんだだけでその剣を微動だにできなくなった。そのままカリナは階段を昇り、カシューの目前に立つ。クラウスは指先だけで引き摺られ、無様な姿を晒すことになった。城内に笑い声が響き渡る。
「なっ?! 馬鹿な! 何という力なのだ!」
剣を握ったままのクラウスにカシューが声をかける。
「クラウスよ、お前は私がそこまで信用できないというのか? これ以上私を不愉快にさせるな」
「ぐっ……、申し訳ありませぬ」
クラウスが剣から手を放したので、カリナも摘んでいた剣を解放すると、その剣はカランと音を立ててクラウスの目の前に転がった。
「ふむ、やはり成長したな。身長はそこまで変化していないが、美しくなったものだ」
「陛下もお変わりないようで安心しました」
この世界が100年経っているとしてもカシューの青髪は艶があり、顔も若いままだった。
軽口のロールプレイを済ませると、お互いにニヤニヤと笑う。
「積もる話もあるので、後で私の執務室に一人で来るといい。魔物と戦ったばかりで汚れてもいよう。アステリオン、部屋まで案内してやれ。着替えもメイド達に用意させよう。ではまた後程語らうことができるのを楽しみにしているぞ、カリナよ」
「ハッ、お任せ下さい」
アステリオンが仰々しく跪いて返事をする。
「わかりました、では後程お伺いさせて頂きます」
カリナもそう言って一礼し、アステリオンに連れられて元カーズ(メインキャラ)が使っていた部屋へと案内されることとなった。
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