26 未来の召喚士
セリスに身バレしたものの、二人はその後もVAOの世界について色々と雑談した。そして彼女からヤコフの両親の意識が戻ったこと、この街の総合組合の組合長が、今回の悪魔襲撃から街を救ったカリナに会いたがっていることなどを聞いた。セリスが呼び出されていた用事はそのことだったのである。
「そうか、丁度教会に様子を見に行こうとは思っていたところなんだ。この後両方とも顔を出してくるよ」
「ええ、是非そうして下さい。それに組合からは何かしらの報酬が出るかもしれませんからね」
セリスとまた再会を誓い、カリナはシルバーウイングの面々に挨拶を済ませると、ギルド本部を後にした。
教会も組合もここから近い場所にある。先に気になっていたヤコフの両親の様子を伺うために、先に教会へと足を運んだ。
どの街にも西洋の大聖堂のような造りの教会が必ずある。ゲーム時代からそこで治療を受けたり、死亡した際には最寄りの教会の女神像の前で復活するシステムになっていた。現実世界になってしまった以上、そこで復活はできない可能性が高い。そういう事態にならないように注意する必要がある。
教会の門を通過して、扉を開けて内部に入る。そこには女神像に祈りを捧げる熱心な信者達や、教会に努めている僧侶達が数人いた。人目を引く姿をしたカリナが姿を現すと、人々の目はすぐさまカリナに集まる。街を救った美少女は既に有名になっていたので、人々が次々に話しかけてくる。
「すまないが、用事があるんだ。神父は何処にいるだろうか?」
人々の相手をしながら、カリナは用件を告げると、そこへ男性の僧侶がやって来た。
「カリナさんですね、お待ちしておりました。神父様なら奥の部屋でヤコフ君の両親の容態を確認しておられるところです。ご案内しますね」
「ああ、よろしく」
男性に連れられ、教会の奥の通路を進む。そこには怪我や病気の人々のための部屋が並んでいる。カリナはヤコフの両親がいる部屋へ、僧侶の後に続いて入室した。此方にすぐ気付いたヤコフが側に走って来る。
「カリナお姉ちゃん、おはよう。お父さん達の様子を見に来てくれたんだね?」
「ああ、セリスから意識が戻ったと聞いてな」
カリナに会えたヤコフは嬉しそうにその手を引いて、部屋にカリナを案内した。そこにはベッドの上で上半身を起こし、神父の回復魔法で治療を受けている剣士のジェラールと僧侶のクリアがいた。セリスから聞いていた通り、既に意識も戻り、身体を起こすくらいには回復しているようである。
「神父様、カリナさんをお連れしました。では私はこれで」
「うむ、ありがとう」
カリナを部屋まで案内してくれた僧侶の男性は一礼すると退出して行った。彼に礼を言った初老の神父はカリナの姿を見てお辞儀をする。
「カリナさん、よく来ていらっしゃいました。御覧の通り、二人は順調に回復しております。これもあなたが彼らを救ってくれた御陰です」
「いや、私はここまで運んだに過ぎないよ。ある程度の回復魔法くらいしか使えないからね。それにしても助かって良かったよ」
「彼らもあなたに会いたがっておりました。まだ暫くは安静ですが、顔を見せてあげて下さい。では私は他の業務に戻りますので」
退室して行く神父を見送ってから、ヤコフに手を引かれて二人が休んでいるベッドの側まで移動した。
「お父さん、お母さん、カリナお姉ちゃんがお見舞いに来てくれたよ」
短めの茶髪に短く顎髭を生やした渋い雰囲気の男性と、肩までの長さの黒髪に優しそうな表情をした女性は、カリナを見ると頭を下げた。二人共冒険者の装備を解除して、今は協会で支給された水色の薄手の病衣を身に付けている。
「どうやら順調に回復しているみたいだな。あのままだと危なかったが、教会での治療が間に合って良かった」
「ヤコフの父のジェラールと言います。この度は本当にお世話になりました。我々が生きているのもあなたの御陰です。ヤコフも随分世話になったみたいで、御迷惑ではありませんでしたか?」
ヤコフの父親、剣士ジェラールがカリナに礼を述べる。
「ええ、本当に。またこの子に生きて会えたのもあなたの御陰です。ありがとうございます。私はヤコフの母でクリアと申します。ありがとう、カリナさん」
母親である僧侶クリアも深々と頭を下げる。
「いや、私は悪魔の討伐に時間がかかってしまったし、その間にあなた方を治療していたのはシルバーウイングの連中だ。彼らにも礼を言うといい。それに、ヤコフの必死の行動が私を動かしたんだよ。この子があなた達を捜索しようとしなければこの結果にはならなかったはずだ」
そう言ってカリナは自分の側にいるヤコフの頭を撫でてやった。褒められたヤコフは少し照れくさそうにしている。
「そうでしたか、この子にも感謝しなければなりませんね」
そう言ってジェラールはヤコフを手招きし、やって来た我が子の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「それにしても、この子ったらずっとカリナさんのことばかり話していたんですよ。凄い召喚術だったとか、悪魔相手に格闘術で戦っていたとか、もうあなたの話ばかりで」
クリアは優しくヤコフを見つめながら、カリナにそう言った。彼にとっては悪魔を圧倒するカリナはヒーローそのものだった。両親は治療の傍ら、カリナの話を延々と聞かされていたのである。
「それに宿でもお世話になったようで、色々と申し訳ありません」
カリナはヤコフと一緒に寝たことまで話されているんじゃないかと思ってドキリとした。こんな少年に変な性癖を植え付けたと知られれば何ともバツが悪い。
「いや、両親のいない家に帰すのは気が引けたからだよ。でももう大丈夫そうだ。これからは子供を放って危険な探索とかには出ないことだな。帰りを待つ者を心配させるもんじゃない」
カリナはずっと自分の帰りを待たせてしまったルナフレアのことが頭をよぎった。
「そうですね、これからは余り危険度が高い場所には立ち入らない様にします」
「あなた方は何処かのギルドに所属していないのか? シルバーウイングなら腕利きが多くいるみたいだし、冒険の危険度も二人よりぐっと減ると思うんだが」
カリナはジェラールにシルバーウイングのことを勧めてみた。セリスならきっと喜んで受け入れてくれるだろう。
「そうですね、昔入っていたギルドが引退者が続出して解散になって以来、その後は二人で冒険者を続けています。シルバーウイング……、セリス団長に相談してみようかしら……」
「それがいい、カリナから勧められたとセリスに言えばいいと思う。きっと彼女なら断らないだろう。力のある冒険者は貴重だからね」
カリナからの申し出を快諾した二人は、体調が戻ったらシルバーウイングの本部を訪ねてみることにした。それからカリナは気になっていたことを尋ねた。
「でもどうしてあんな所で? 悪魔と遭遇したのに逃げなかったのか?」
「7層まで探索したので、地底湖で休憩していたんです。そしたら急に悪魔が現れて、勝てないことは直ぐに理解できたのですが、魔法で捕まってしまって……。何とも情けない話です」
頭を掻くジェラール。突然あの階級の悪魔に仕掛けられたら、確かにどうしようもないだろう。決して情けないことではない。
「そうだったのか。悪魔は何か気になることを言っていたか?」
「そうですね……。力のある人間からエネルギーを集めているとか。それがあのお方? とかいう者の復活に繋がる、だからここで冒険者が現れるのを待っていたとか……。そのくらいでしょうか? 余り役に立てそうになくてすみませんね」
クリアが述べたことは、あの侯爵がカリナに言っていたことと内容的に余り変わらないことだった。しかし、彼らのような力を持った存在から集める生命エネルギーが、悪魔共の言う王とやらの復活に必要なのは理解できる。今後も冒険者達が狙われる可能性は高い。それなら猶のこと彼らには自衛のためにも相応の力を持った集団で一緒に行動することが望ましい。
「なるほど……。今後も悪魔の動きには注意しなければならないみたいだ」
さて、見舞いも済んだことだし、次は組合に顔を出そうと思い、ふとカリナは思い立った。
「ジェラールにクリア、私はこれから組合長に合う予定なんだが、ついでにヤコフの術士としての適性を見てやりたい。連れて行ってもいいだろうか?」
ヤコフがカリナのような召喚士に憧れていることは知っている。だから両親の許しが出れば、一緒に行こうかと思っていた。
「はい、ヤコフがあなたに憧れていることは承知しています。それにこれから成長するに当たって、何かしらの力が必要にもなるでしょう。御迷惑でなければ連れて行ってやって下さい」
「そうね、いつかこの子も冒険者を志すときが来るでしょうから。今の内に適性を知っておくことは大切ね。お願いします、カリナさん」
深々と頭を下げる二人に、「お大事に」と告げながら、カリナはヤコフの手を握って総合組合へと向かった。
◆◆◆
チェスターの街の組合は王都に比べると小さい建物だったが、内部の構造は同じだった。入り口から入って一番右手の奥のカウンターへと向かう。ここでも、カリナの噂は既に広まっており、多くの冒険者や他の組合の人々から声を掛けられ、握手を求める者までいた。
「この街を救ってくれてありがとう。これからもこうして仕事ができるのはお嬢ちゃんの御陰だ」
「私達も感謝してるわ。あの魔物の大軍を一人でやっつけちゃうんだもの。しかもこんなにも可愛い美少女なんて、憧れちゃうわ」
「おお、握手してもらった。俺もうこの手は洗わねえぞ」
「いや、ちゃんと洗ってくれ。さすがにそれは汚いぞ」
などとやり取りをしながら、漸くカウンターへと到着する。すると組合の事務服を着た女性から、用件を言う前に声を掛けられる。
「カリナさんですね。セリス団長からお話は伺っています。それでは奥へどうぞ」
そう言って、カウンター右手のドアを内側から開けてくれた女性に、カリナも用事を伝える。
「すまないが、このヤコフの術士としての適性を見てやってくれないか? 将来の召喚士志望なんだ」
「ああ、ジェラールさんのお子さんですね。分かりました。カリナさんが組合長とお会いしている間に済ませておきます」
「ありがとう。じゃあ、ヤコフ後でな」
「うん、また後でね、カリナお姉ちゃん」
ドアの向こうに行く前に、ヤコフのことを任せると、奥から現れた他の事務員に案内されて、組合長室に通された。部屋では中年の男性がカリナを待っていた。
「初めまして。ここのギルドマスターのパウロと申します。セリス団長からお話は聞いております。どうぞお掛け下さい」
「ああ、初めまして。では失礼するよ」
四角いテーブルを囲んでソファーに腰掛け、パウロからの言葉を待つ。
「この街を救って頂き感謝しております。聞けばエデンのカーズ王国騎士団長の妹さんであるとか。この度は報酬の件でお呼びさせてもらいました。セリス団長から聞くまでは、まさかと思っていましたが、やはり只者ではありませんね。身体から溢れる魔力の大きさが、並の冒険者の比ではない」
元冒険者であるパウロには、カリナの力が一目見ただけでよく理解できた。この度の街を魔物から守る緊急クエストの報酬として用意されていたのは、数百万のセリンだったが、カリナは丁重に断った。
「遠慮しておくよ。私一人で何でもできた訳じゃない。私が到着するまで戦ってくれた冒険者達もいるだろうし、魔物の襲撃で被害もあっただろう。恐らくエデンからカシューが職人達を派遣して来るだろうけど、報酬はそんな冒険者達や復興のために使って欲しい。私はそこまでお金には困っていないからね」
いざとなればカシューに強請ればいいだけの話である。エデンにいる限りは生活、衣食住は保証されている。旅先の宿代や食事代程度はたかが知れている。
「そうですか、そこまでハッキリと言われると逆に清々しい気分になります。ですが、悪魔の単独討伐は誰にもできることではありません、情報によるとまだBランクだということ。なので最低限Aランク昇格はさせて頂きます」
ランクが上がればそれだけ冒険者としての格は上がるし、情報も優先して提供してもらえる。それは今後の活動にはありがたい。過去のギルドのAランクカードはもう使えないし、元のランクに戻るだけである。それは断る訳にはいかない。
「分かった。じゃあ、ランク更新はお願いしようかな。それと今後悪魔の情報があれば、エデンのカシュー宛てに手紙を送って欲しい。私からはこのくらいかな」
快く了承してくれたパウロに礼を言って、カリナは新規のカードを受け取るためにカウンターへと引き返した。そこには調度適性検査を終えたヤコフが事務員に連れられて戻って来ていた。
「カリナさん、どうですか? 魔法、神聖術、陰陽術、その他どの適正もかなり高いです。将来有望ですよ」
見せられた書類に目を通すが、召喚術の記載はない。これは一体どうなっているんだろうと、カリナは首を傾げた。
「ああ、召喚術ですか……。先ず使役できる対象がいないとどうにもなりませんから、召喚術は適正の検査が難しいと言うか、できないんです。ごめんなさい!」
それを聞いてカリナは項垂れたが、確かに召喚対象がいないのではどうしようもない。召喚士が絶滅危惧種という事実を改めて突き付けられる。だが、ヤコフの術士としての適性は高い。これから成長して身に付ければ良いだけである。
「良かったな、ヤコフ。これから両親にしっかり鍛えてもらて、いつか召喚体を使役できるようになればいいんだから」
「うん、それまでは他の術や体術を鍛えて頑張るよ」
そう言って笑ったヤコフを見て、カリナは未来の召喚士仲間ができたことを嬉しく思った。




