23 素材分配
カリナがアイテムボックスから取り出したのは、最初の侯爵が残した大鎌と二本の角、巨大な魔法結晶に10本の爪。そして街で討伐した伯爵のコウモリの様な両翼、黒く輝く両手剣、此方からも魔法結晶に両角と長い尻尾である。
それ以外はロックが死者の迷宮の道中で回収したアンデッドが落とした魔法石が大量にあった。
「悪魔の素材に武器か……、こうして見るとやはり厳ついし何だか禍々しい雰囲気があるな」
「そうだな、確かに普通の魔物が落とす素材とは少々異なるかもしれない。でももうただの素材だよ」
素材が放つ異様なオーラの様なものを感じたアベルに対してカリナはそう言った。狩りで手に入れた素材の分配は冒険者達が盛り上がる瞬間である。しかしシルバーウイングの面々は少々遠慮気味だった。
「でもいいの? これって結局カリナちゃんが全部斃した戦利品じゃないの。私達に貰う権利があるようには思えないんだけど」
「まあそう言えばそうだな。俺も灰になったアンデッドから拾っただけだし。やっつけたのはあのワルキューレの姉ちゃんだしなあ」
エリアとロックは素材を見ながらうんうんと唸っている。
「気にすることはないよ。私達はパーティーだろ? 一緒に冒険をしたんだ。それに私はそんなにお金には困っていないからね」
「太っ腹なカリナちゃん、素敵……」
分配するのがさも当然とでも言うカリナに擦り寄るセリナだったが、すぐさまエリアに引き剥がされた。
「私は当事者ではありませんが、本当に良いのですか?」
一同の様子を見ていた団長のセリスが疑問を口にした。
「構わないよ。どうせ私は使わないし、こういう物は使える者が使った方がいいに決まっているしな。それに安易に売却してそれが悪人の手に渡る方が問題あるだろ?」
カリナはゲーム時代からパーティープレイをした際には常に平等に分配してきた。自分が使わないのなら、それを使える人間に使って貰った方が良い。これまでずっとそうやってやってきたのだ。パーティーで一緒に行動したのだから全員にドロップアイテムを手にする権利があると思っている。
それに今のこの世界は現実世界である。もし売却してそれが悪人の手に渡り、犯罪に繋がるのだけは避けなければならない。彼らなら信用できると思っての提案である。
「まあ、確かにそれは一理あるが……。本当に良いのか、嬢ちゃん?」
「気にするなアベル。私はお前達が気に入ったんだ。だからこそお前達に使って欲しい。この角とか翼、爪なんかは加工すればそれなりの装備になるんじゃないのか?」
カリナは今朝ヤコフの防具を買うために、立ち寄った防具屋のドワーフの職人のことを思い出しながら答えた。
「そうね、カリナちゃんがそこまで言ってくれてるのに断るのは野暮ってものね。私達で分配しましょう」
「ああ、そうしてくれ。っと、その前にこの魔法結晶は貰ってもいいかな? エデンでカシューが発明品の動力源に使いたがると思うからさ」
「勿論よ。分配するとは言ってもカリナちゃんが最初に選ぶのは当り前だしね」
「そうか、ありがとう。後の残りは好きにしてくれ」
エリアとそう言ってやり取りした後、二つの魔法結晶をカリナは自分のアイテムボックスに突っ込んだ。
「うおっ、これは重いな……。こんな鎌を軽々と振り回してたのかよ、あの悪魔は」
大鎌を持ち上げたアベルの両腕が震えている。ゲーム内で筋力を鍛えまくっていたカリナにはそれほどではなかったが、見た目筋骨隆々なアベルにとっても悪魔の大鎌はかなりの重量があるらしい。
「これもかなりの重量があるわ。軽装の私には使いこなせそうにないかも」
「じゃあナイフ主体の俺にも無理そうだな。この角とか爪を加工してもらったら良いナイフになりそうだけどさ」
エリアは黒剣を、ロックは角と爪をそれぞれ手に取って品定めしている。セリナは翼を見ながら何やら考え事をしているように見える。
「どれどれ……、なるほどこれが悪魔が使っていた武器ですか。確かに中々の重さですね」
横から見ていたセリスがアベルとエリアが持っていた大鎌と黒剣をそれぞれ片手でひょいと持ち上げた。やはり只者ではない。細身なのにかなりの筋力がある。ステータスが見れないので詳細はわからないが、並の冒険者ではない。この女性は何者なのだろうかとカリナは俄然興味が湧いた。
「お、さっすが団長。軽々持ち上げるなんて」
「うん、でも私は剣士だからね。大鎌は扱えないし、武器も片手剣がある。両手剣はちょっと手に余るかもしれない」
ロックの称賛に対してセリスは謙遜したが、あの重量を片手で軽々と持ち上げることができるレベルだ。決して扱えないことはないだろう。その武器に対応する技を習得していないだけで、振り回すことは容易にできるはずである。カリナは益々彼女の素性が気になった。
「誰も装備できないのか?」
「いや、ウチのメンバーに闇戦士と暗黒騎士がいる。あいつらならこの大鎌と黒剣は扱えるはずだ。貰ってもいいか、嬢ちゃん?」
「構わないよ。有効活用してやってくれ」
闇戦士や暗黒騎士は闇属性の装備を好んで使う。ある意味非常に厨二的な戦士クラスである。絶対数が少ないが、鍛えればかなりの強キャラだというのがVAOの世界では常識だった。今でもそのクラスが存在していることに驚きもあったが、是非目にしてみたいというのがカリナの思いだった。
「ねえカリナちゃん、この悪魔の翼なんだけど……。どうやって使うのかな?」
「ああ、それか。加工して皮のマントとかにしてもらうといいかもしれないぞ。ローブの上から羽織るだけでも魔法防御やら状態異常にかなりの耐性がつくはずだ」
「そうなのね。じゃあ私はこの翼にします。ありがとう、カリナちゃん」
「ああ、いいよ。好きに使ってくれ」
セリナは喜んでそれらをアイテムボックスに入れた。
「じゃあ俺はこの爪でナイフでも作ってもらうかな。恩に着るぜ、カリナちゃん」
「ああ、気にしないで使ってくれ」
ロックは爪が気に入ったようだ。その後もそれぞれの素材とその利用方法などについて盛り上がった後、分配は完了した。武器はここにはいないギルドメンバーに、翼はセリナ、角は防具に加工するために、それぞれエリアとアベルが引き取った。爪はロックの武器に加工する予定である。尻尾はカリナもイマイチ利用方法が分からなかったので、自分で引き取ることにした。エデンに持ち帰ればカシューがそれなりに利用するだろう。カリナは楽しそうに分配するシルバーウイングの面々を見ながら、やはりクエスト後のこういうやり取りはいいものだと思うのだった。
宴会も終わり、分配も済ませたところで夜もかなり更けて来ていた。カリナはその日も鹿の角亭に宿泊することにし、お開きになって帰宅するシルバーウイングのメンバーを見送るために宿の外に出た。
「カリナさん、良ければ明日私達のギルド会館に来てもらえないでしょうか? お礼も兼ねて色々とまだお話をお聞きしたいのですが、宜しいですか?」
帰り際にそう言ったセリスに対して、カリナは快く了承した。彼女の素性に対しても興味があったし、大手のギルドならそんな会館などを持っているということに驚いたからでもある。
「ああ、構わないよ。私にしても一つのギルドがそんな建物を所有しているなど聞いたこともない。凄く興味がある。是非ともお願いしたい」
「ありがとうございます。それでは……」
「あ、団長! じゃあ明日は私がカリナちゃんを迎えに行きますよ」
「ありがとうエリア。では明日其方に、そうですね、午前中にでもエリアを向かわせますので、それまではゆっくり過ごして下さい。今日はウチのメンバーの世話でお疲れになったでしょうからね」
「いや、楽しかったよ。また機会があれば一緒に冒険したいくらいだからね。わかった、では明日。おやすみ」
「おやすみなさい」
「じゃあねー、カリナちゃん」
「また明日な」
「今日はありがとうよ!」
口々にお礼や別れの挨拶を言って別れようとしたが、セリナだけは「私もここに泊まってカリナちゃんと一緒に寝る」と言って聞かなかったので、エリアに羽交い絞めにされて引き摺られて行った。
「はは、賑やかな奴らだな。さて、私も休むとしようか」
一同を見送ると、予約してあった部屋に向かう。今日はシングルの部屋である。さすがに疲れていたので、そのままベッドにダイヴしたい気分だったが、汚れたまま寝てしまう可能性もあったため、先ずは一日の汚れを落とすために共同の風呂場へと向かった。
昨日も入った浴場はかなり広かったが、女性客は自分だけだったので贅沢に使うことができた。今日は街に多少の被害が出ていたため、浴場を利用する客がそれなりにいるようである。更衣室から浴場にいる人々の話し声が聞こえて来る。
リボンやレースやらがたくさん施された衣装を脱いで、タオルを手にして浴場へと入る。中には若い女性達もいるみたいだが、余り見るのは失礼だと思い、カリナはさっさと体を洗ってしまおうと、シャワーの前のチェアに座った。
「ねえねえ、あなたって街を救ってくれた召喚士の子だよね?」
「え、マジ? ここに泊まってたんだ」
後ろから声を掛けられたので振り向くと、そこには若い女性が数人カリナに気付いて近寄って来ていた。
「うん、絶対この子だよ。私広場で見たもん」
「そうそう、赤い髪で毛先が金髪だった」
「それにツインテールみたいなクセ毛だったしね。特徴そのまんまじゃん!」
見るのは失礼に当たると思うが、そんなカリナの胸中は知る由もない彼女達はどんどん迫って来る。
「だよね、ねえ、名前は何て言うの?」
「あ、ああ、私はカリナだけど」
「うわー間近で見るとすっごい美人。もう数年したらもっとすごい美女になりそう!」
「あ、ああ、ありがとう……」
照れているカリナにお構いなしで彼女達はぐいぐい距離を詰めて来る。そして洗体しようと泡立てていたタオルをカリナから取り上げる。
「ちょ、何を……?」
「まあまあ、今日はみんなあなたに感謝してるんだよ。こんな小さい子に街を救ってもらったんだからね」
「そうそう、だから少しは恩返しさせてくれないかな?」
「? 恩返し? いや、私は悪魔に襲われてたから当然のことをしたまでで……」
見てはいけないとは分かっているのだが、こうも近くに迫られてはどうしても視界に入ってしまう。困ったカリナはどうすればいいのか訳が分からなくなっていた。
「まあまあ、お姉さん達に任せなさい!」
「ちょっ、ええ?!」
取り上げられたタオルで身体を洗われる。それに加えて残りの女性達も自分達のタオルにボディソープをつけ始めた。後ろの女性がシャンプーを泡立ててカリナの頭を洗い始める。
これは一体どういう状態なのだろうかとカリナは考えた。女性達が自分の身体を洗ってくれている。恐らくこれが彼女達なりの恩返しなのだろう。だが、カリナにはどうにも刺激が強い。外見は完璧な美少女だが、内面は健全な青年男性なのである。自分の身体には漸く慣れてはきていたが、さすがに他者の裸を見るのは気が引ける。断ろうとも思ったが、彼女達の嬉しそうな様子を目にすると、それは何だか悪い気がしてどうにも落ち着かない。
「わあ、髪の毛サラサラで綺麗ー!」
「肌もすっごい肌理細やかですべすべだよ! うーん、羨ましい!」
「ああ、それは……、どうもありがとう」
カリナはこれで彼女達の気が済むのならそれに越したことはないのかもしれないと思い、されるがままにすることに決めた。折角の好意を無下に断るのも悪い。それに今は女性同士である。外見上変なことではない。いや、ここまでの集団に寄ってたかって身体を洗われるなど、普通ではないのだが、この世界にいる限り自分は女性である。何事にも動じないようにしなければならないと思い込み、カリナは目を閉じて女性達の気が済むまで好きにされることとなった。
綺麗に濯いでもらい、彼女達に手を引かれてカリナは一緒にお湯に浸かった。本当は独りで色々と今日の出来事について考えたかったのだが、これも旅での出会いの形の一つなのだと考えることにした。その後も逆上せてしまうまで、カリナは女性達から質問攻めに合うことになる。
「旅の途中でまたいつでもこの街に寄って行ってね」
そう言って先に退出して行った街の女性陣を見送った後、カリナは浴場の椅子に腰かけて夜空の星を見上げながら体の火照りが静まるのを待った。
「はぁ、今日は色々と大変だったな……」
そう独り言ちて、カリナは暫く夜空を見つめていた。




