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聖衣の召喚魔法剣士  作者: KAZUDONA


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233  拳王の帰還と揺るがぬ誓い

 アーシェラからの過酷な旅を経て、エデンに帰国してから数日が経過していた。カリナの身体に深く蓄積されていた疲労は、見慣れた王城の空気と、仲間達の手厚いケアによって徐々に癒されつつあった。


 少女のアバターが引き起こす、抗いようのない精神的な不安定さ――特に夜中や明け方に襲ってくる強烈な孤独感と甘えたい衝動は、完全に消え去ったわけではない。時折、その波はカリナの理性を飲み込もうと牙を剥く。


 しかし、今のカリナは一人ではなかった。


 元々彼女の最大の理解者であり、圧倒的な母性で包み込むNPCのルナフレアは当然として、特記戦力であるカグラやサティアも、交代でカリナの自室に泊まり込んでくれていた。彼女達はカリナが少しでも震えを見せれば、すぐにその身を抱きしめ、それぞれの術を行使して精神の波を鎮め、朝が来るまで温もりを与え続けてくれた。


 その献身的なサポートのおかげで、カリナの症状は緩和され、疲労も大きく軽減されていた。身体の底から湧き上がるような活力が、確かな実感として戻ってきている。


「……よし。随分と身体も軽くなったな。そろそろ、騎士団の訓練に顔を出して、少し身体を動かしてくるか」


 その日の午後。カリナは自室の姿見の前で、軽く準備運動をしながら呟いた。


 今日の彼女は、いつもの私服ではなく、いざという時のための戦闘用の衣装を身に纏っている。機能性と装飾性を兼ね備えた、漆黒のフリルのついたロングコート。その下には、動きやすさを重視した冒険者風の白いミニスカートのドレスを着用し、足元はしっかりと編み上げられた黒いブーツで固めている。可憐な少女の姿でありながら、歴戦の戦士としての鋭い気迫を内包した、特記戦力『カリナ』の本来の姿であった。


 彼女は愛用の剣をアイテムボックスに収納し、自室を後にした。向かった先は、国王カシューの執務室である。



 ◆◆◆



 扉を開けると、そこにはいつもの気心知れた仲間達が集い、優雅なティータイムを楽しんでいる最中だった。


「おや、カリナ。いらっしゃい。ちょうどお茶が淹れ終わったところだよ」


 執務デスクから離れ、中央の高級な革張りのソファーに腰を下ろしていたカシューが、穏やかな笑みを浮かべて迎えてくれた。


 カシューの隣には、相変わらず骨抜きになったようなだらけた姿勢でソファーに深く沈み込んでいる、見た目だけは長身の美女エクリアの姿がある。向かい側の長いソファーには、カリナが座るためのスペースを中央に空けるようにして、右側にサティア、左側にカグラが腰掛けていた。


「ああ、お邪魔するよ」


 カリナはカグラとサティアの間にストンと腰を下ろした。


 テーブルの上には、美しい意匠が施された陶器のティーポットと、三段重ねのスリーティアーズが置かれている。下段には一口サイズのサンドイッチ、中段には焼きたてのスコーンとクロテッドクリーム、そして上段には色とりどりのマカロンやタルトが宝石のように並べられていた。


 ここはエデンの最高権力者の部屋であるが、NPCが同席していない今、ここは完全にPC同士の、気安くリラックスした空間となっていた。


「カリナちゃん、体調はもう大丈夫なの? 無理は禁物よ?」


 カグラがカリナの顔を覗き込み、心配そうに尋ねる。


「ああ、おかげさまでな。お前達やルナフレアが毎晩面倒を見てくれるおかげで、随分とマシになってきたよ。これなら、明日にでも騎士団の訓練に参加して汗を流せそうだ」


「ふふ、それは良かったです。でも、あまり初日から飛ばしすぎないでくださいね」


 サティアが聖女のような慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、カリナのティーカップに香り高いダージリンティーを注いでくれた。


 紅茶を一口啜り、ホッと息をついた後、カリナはカシューに向かって尋ねた。


「そういえばカシュー。もう、アーシェラへ向かう魔導列車の工事は進んでいるのか? 帰ってきたばかりで、まだ状況を把握しきれてないんだが」


 その問いに、カシューは有能な為政者としての顔を覗かせ、嬉しそうに頷いた。


「うん、計画は極めて順調だよ。エデンのセントラル駅の拡張工事は終わっていて、すでに路線を二つ、新たに敷設し始めているんだ。一つはタドリアを経由してアーシェラへ向かう路線。もう一つは、将来的にマギナ魔法国へと繋げるための路線だね」


「おお、それは凄いな。かなり大規模な工事になりそうだ」


「そうだね。これからエデンの街の外壁を越えて、広大な平野や山間部に線路の敷設を行っていくことになる。だから、またヨルシカの優秀な術士達や、ルミナス、ガリフロンドから職人達が、このエデンに大勢集まってくることになるよ。まずはフィンやアーシェラまでの交通網を完全に確立して、その後はマギナだ。これで、エデンを中心とした物流と人の流れは劇的に変わるはずさ」


 カシューが描く壮大な構想に、カリナは感心したように息を吐いた。


「はー、さすがだなー国王様は。それで、工業区の職人達も鼻息荒くして張り切ってたんだな」


 エクリアが、マカロンを口に放り込みながら、だらしない姿勢のまま茶々を入れた。


「あら、エクリア。アンタ、なんでそんな様子なんて知ってるのよ? ずっと城でサボってるのかと思ってたわ」


 カグラが扇子を広げ、訝しげな視線を向ける。


「失礼な。俺だって働いてるぞ。カリナが旅に出てる間、あいつのせいで魔法石の再構築やらに呼ばれるからな。レミリアが魔法使い軍の訓練をしてる時は、俺が直接現場に行ってやってるんだよ。めんどくさいことこの上ないけど、この国が誇る『アイドル様』としては、民草の熱い期待に応えてやらねえといけないからな」


 エクリアは自らの見事な金髪をバサリと掻き上げ、これ見よがしに胸を張った。彼女の豊満な胸が、ローブの下のチューブトップを押し上げ、暴力的なまでに揺れる。


「でも、そのおかげで魔法石の加工ロスが減って、工事の効率が上がっているのなら素晴らしいことじゃないですか。それに、エクリアさんのような方が直接現場に行けば、職人達の皆さんも絶対に張り切るでしょうからね」


 サティアが完璧なフォローを入れると、エクリアは「まあなー」とニヤリと笑った。


「全く、人気者はツラいぜ。どこに行っても熱視線を浴びちまうからな」


「お前、そうやって口では文句を言いながら、職人達に『エクリア様〜!』ってちやほやされるから、実は内心めちゃくちゃ気分がいいんだろ」


 カリナが呆れたようにツッコミを入れると、エクリアは図星を突かれたように「にししっ」と意地悪く笑った。


「まあな。あの、女神様を崇め奉るような純粋な視線……アレがたまらなく気持ちいいからな。もっと俺を讃えろって気分になるぜ」


「うわー……性格悪いわー。本当に中身は別物よね。エデンの国民に、アンタのその本性を魔法マイクで城下中に放送してやろうかしら」


 カグラが心底引いたような顔をして笑う。


「おいおい! マジでそれだけはやめろよ! 夢を見ている純真な国民が絶望して泣くぞ!」


 エクリアが本気で慌てて身を乗り出すと、執務室に大きな笑い声が響いた。


「まあ、国民達に夢を見させるのも、エデンにおける特記戦力の重要な役目の一つだしな。そこは上手くやってくれ。……カグラも、あまり調子に乗ってエクリアをいじめるなよ」


 カリナが場を宥めるように言うと、カグラは不満げに唇を尖らせた。


「カリナちゃんはエクリアに優しいわねー。甘やかすとつけあがるわよ?」


「まあまあ。エクリアさんのあの残念な本性は、私達特記戦力だけが知っていれば十分ですよ。国民の皆様にとっては、手の届かない美しきアイドルであり、偉大な魔法使いなのですから」


 サティアが再び、誰も傷つけない聖女の微笑みでその場を丸く収めようとした。しかし、その完璧過ぎる笑顔を見たカグラの目に、悪戯っぽい光が宿る。


「……ねえ、サティア。アンタ、私がまだカリナちゃんに『母乳』を出せてないからって、ルナフレアと自分だけがカリナちゃんを癒やせる存在だって、ちょっと優越感感じてるでしょ?」


「えっ!? い、いや……そ、そ、そんなことはないですよっ!? 私はただ、純粋にカリナさんのご負担が減ればいいなと……っ!」


 カグラの突然の鋭い指摘に、サティアは顔を真っ赤にして狼狽え始めた。両手をバタバタと振って否定するが、その動揺ぶりは誰の目にも明らかだった。


「ふふふ、相変わらずそういう嘘が致命的に苦手ね、アンタは。顔に全部出てるわよ」


 カグラが扇子で口元を隠して勝ち誇ったように笑う。


「あのな、お前ら……。頼むから、その話はみんなの前でしないで欲しいんだが……。あの理性を失う状態は、後から思い出して本当にしんどいんだからな……」


 カリナが羞恥心で顔を真っ赤にしながら、両手で顔を覆って小さく懇願した。その様子を見て、カシューが少しだけ表情を引き締め、真剣なトーンで口を開いた。


「少女のアバターが精神に与える影響か……。本当に、難しい問題だよね。僕達は元の自分に近い大人のアバターだから、精神と肉体の不一致からくる不安定さなんてものは全くないからね。でも、カリナはPCである以上、この世界でも肉体的な成長はしない。となると、今後もずっとその不安定な症状が続くというのは、戦力的な面でも精神的な面でも、ちょっと大変だよね」


 カシューの冷静な分析に、場に少しだけシリアスな空気が流れる。


「だから、カリナの一人旅は許可できない。君が持つ『精霊王の加護』は、カリナにしか使えないこの世界最大のジョーカーだ。今後の、強大な悪魔達との戦いには、絶対に必要不可欠になる能力だからね。あれがなければ、僕達が公爵レベルの悪魔に勝つのさえ難しいしね」


「ああ、分かっている。伯爵や侯爵クラスの悪魔なら、ソロでもなんとかなるが、タドリアで遭遇した大公や、アーシェラでグラザが斃した災禍六公以上となると、さすがに精霊王の加護なしでは厳しいからな。……今後は、もっと体調管理を念入りにするよ。みんなに迷惑をかけないようにな」


 カリナが力強く頷き、自身の責任の重さを噛み締めた。


 ――その時だった。


『コンコンコンッ!』


 執務室の分厚い扉が、力強く、遠慮のない音でノックされた。そして、扉の向こうから、野太く、しかしどこか晴れやかな声が響いた。


「グラザだ。帰ったぞ」


 その声に、室内の全員が顔を見合わせた。


「おや、噂をすれば。……開いてるよー」


 カシューが声を張り上げると、ガチャリと扉が開き、一人の男が足を踏み入れた。彼こそが、長きにわたりエデンを離れ、己の道を模索し続けていた特記戦力の一人、格闘術士『グラザ』であった。


 彼は黒髪の短髪を無造作に揺らし、精悍で引き締まった顔つきをしていた。瞳には、かつての迷いを振り払ったような、力強い意志の光が宿っている。


 その身に纏うのは、黒を基調とし、鮮やかな赤い縁取りが施されたカンフー風の道着。胸元には、彼がこの国の最高戦力であることを示すように、エデンの国章である黄金の獅子が見事に刺繍されている。


 腰には極太の赤い帯をしっかりと締め、そこから水色の丸い装飾がついた赤い紐が垂れ下がっている。首元から背中にかけては、動きを阻害しない短い紫色のマントが翻り、両手首には黒いリストバンド、足元は赤いラインの入った黒いカンフーシューズを履いていた。


「おお、グラザ! 本当にアーシェラから走って帰ってくるとはな。相変わらず、底なしの体力だな」


 カリナが立ち上がり、嬉しそうに声をかけた。


「お帰り、グラザ。顔つきを見る限り、もう長い間の悩みは完全に晴れたみたいだね」


 カシューも笑顔で歓迎する。


「にしし、全くだぜ。脳筋がしょうもないことを考えるから、ドツボにはまるんだよ。最前線に突っ込んで、敵を片っ端からぶっ飛ばしてこその格闘術士だろうが」


 エクリアがソファーに寝そべったまま、愛のある毒舌を吐いた。


「そうね。もう二度と、しょうもないことで悩んで姿を消すんじゃないわよ。心配したんだから」


 カグラも扇子を閉じ、グラザをキッと睨みつけるようにして言った。


「はい。でも、こうしてご自身の答えを見つけ、無事にエデンへ帰還してきてくれたのですから。それを心から祝いましょう」


 サティアが優しく微笑み、グラザに席を勧めた。そして、全員が口を揃えて彼に言葉を投げかけた。


「「「「「お帰り、グラザ!」」」」」


 その温かい言葉のシャワーを浴びて、グラザは照れくさそうに頭を掻き、深く頭を下げた。


「ああ、ただいま。……長い間、色々とすまん。手間をかけたな」


「もういいさ、水臭い。それより、お前がいない100年の間に、エデンも随分と変わってる。時間ができたら、城下の人達に顔を見せてやるといい。みんな、お前の帰還を待っているはずだぞ」


 カリナが優しく声をかけると、カシューも「そうだね。まあ、まずは座りなよ」と促した。


「ああ、そうさせてもらう」


 グラザは、カリナ達の向かい側、エクリアの隣のスペースにどっかりと腰を下ろした。カリナが新しいティーカップを用意し、温かい紅茶を注いでグラザの前に置く。


「おっ、すまん」


 グラザはゴツい手で繊細なティーカップを持ち上げると、一気に飲み干し、「ふぅ」と深く一息ついた。アーシェラからの長距離走破の疲れが、少しだけ抜けていくようだった。


 その様子を見ていたカグラの目に、ふと悪戯っぽい光が閃いた。長年、修行ばかりで女性の免疫が全くない、純情すぎるこの格闘術士をからかってやろうという、姉御肌特有のサディスティックな衝動である。


「ねえグラザ。アンタ、100年も座禅を組んで来たんでしょう? 精神的にも、多少は大人に変わったのかしら?」


「ん? 何がだよ。俺は俺のままだぞ」


 グラザが紅茶の余韻を味わいながら、不思議そうに首を傾げる。


 カグラはニヤリと笑うと、隣に座っているカリナの肩をトントンと叩いた。


「カリナちゃん、ちょっとだけ立ってくれる?」


「ん? なんだよ、改まって」


 カリナは何も疑うことなく、言われた通りに素直にソファーから立ち上がった。その瞬間だった。


「ほら、グラザ。大人の階段よ」


「わっ!」


 カグラが目にも留まらぬ速さで手を伸ばし、カリナの黒いロングコートの下に着ていた、白いミニスカートのドレスの裾をガバッと上に捲り上げたのだ。カリナの可憐な絶対領域と共に、フリルがあしらわれた清楚な白い下着と、太ももを締め付けるセクシーなガーターベルトが、グラザの目の前にバーンと露わになった。


「ぶっっ!!」


 グラザの鼻から、凄まじい勢いで鮮血が噴き出した。彼は目を見開き、両手で鼻を押さえて硬直している。


「あはははははっ! 大ウケ!! やっぱりグラザはグラザね! 長い間座禅を組んでも、女体に対する悟りは全く開けなかったようね!」


 カグラがソファーをバンバンと叩いて大爆笑する。


「お、おいっ! カグラ! お前、いきなり何するんだよっ!!」


 カリナは顔を真っ赤にしてパニックになり、慌ててスカートの裾を押さえてソファーに座り直した。


 しかし、悪ノリの連鎖はこれで終わらない。隣で見ていたエクリアが「にししっ」と笑い、自らのローブの前を大きく開いた。


「おいグラザ。子供の下着で鼻血吹いてる場合じゃねえぞ。大人の魅力ってやつを教えてやるよ」


 エクリアはそう言うと、中に着ていたチューブトップの布地をグイッと下に引っ張り下げた。弾けるように飛び出したのは、エクリアのアバターが誇る、サティアに勝るとも劣らない暴力的なまでの巨乳の深い谷間と、こぼれ落ちそうな白い肌だった。


「ほれ、拝め」


「ぶふぉっっ!!」


 グラザの鼻から、二度目の、さらに勢いを増した鮮血が噴き出した。あまりの衝撃に、隣に座っていたカシューまでもが「ぶふっ!」と盛大に紅茶を噴き出し、むせ返ってしまった。


「あーっはっはっは!! 相変わらず純情君だねー、グラザは!」


 エクリアが腹を抱えて大爆笑する。


「お、お前ら……っ! 俺で遊ぶなっ……!!」


 グラザはテーブルの上のティッシュ箱を引ったくり、鼻にティッシュを詰め込みながら抗議の声を上げた。顔は首の先まで茹でダコのように真っ赤になっている。


「ゴホッ、ゲホッ……。さ、さすがにエクリア、今のはやりすぎだよ……。僕まで巻き添えを食ったじゃないか」


 カシューが涙目で口元をハンカチで拭きながら、エクリアをたしなめる。


「そうですよ! 女性が殿方の前で、あんなみだらな格好をするなんて……。そういうのは良くないですよ!」


 サティアが顔を赤らめながら、カグラとエクリアに抗議した。しかし、カグラは涼しい顔で扇子をパタパタと扇ぐ。


「あら、なにさ。アンタだって、カリナちゃん相手には夜な夜なすごいことしてるくせに。『性女』のアンタが、今更何を純情ぶってるのよ」


「ななな、なんですかその不名誉な二つ名はっ!? 私は決して、そのような邪な気持ちでカリナさんに接しているわけでは……っ!」


 サティアが涙目になって反論し、執務室はさらにカオスな空間へと変貌していく。


「はははっ……。なんだか、こうしてみんなが揃うと、本当に賑やかでいいな。ずっとこうしていたいくらいだ」


 カリナが、赤くなった顔をさすりながらも、心底楽しそうに笑い声を上げた。


 その言葉に、仲間達もそれぞれの表情に温かい笑みを浮かべて頷いた。


「そうね」「そうだな」「そうですね」


 ひとしきり笑い合った後、カシューが真剣な表情を取り戻し、話題を本筋へと戻した。


「……そうだね。これで、エデンにグラザが戻ってきた。残る特記戦力はエヴリーヌだけだ。彼女を見つけ出し、みんなで一緒にこの世界から抜け出して……現実世界に帰ったら、またみんなで集まってオフ会をやろう」


 カシューの言葉に、グラザが力強く頷く。


「ああ、アーシェラでカリナから、エデンの女神の話は俺も聞いた。この世界を脅かす悪魔共の駆逐……俺のこの拳で、必ずやってみせよう」


「頼もしいね。その内、悪魔の巣窟である魔大陸に直接乗り込む予定もあるからね。君の力は絶対に必要だ。……でも、その前にグラザ。君は、ずっと君の帰りを待ちわびていた彼女に会って、ちゃんと話さないといけないね」


 カシューはそう言うと、執務デスクへと移動し、電話型の魔導通信機の受話器を取った。ダイヤルを回し、代行達が詰める代行室へと繋ぐ。


『はい、こちら代行室。ユズリハです』


 通信機から、相克術士代行であるユズリハのハキハキとした声が聞こえてきた。その瞬間、カシューの纏う空気が一変した。PC同士のフランクな青年から、エデンの絶対的君主である『国王カシュー』の威厳に満ちたロールプレイへのスイッチである。


「カシューだ。そこに、クリスはいるか」


『これは陛下。はい、クリスならおりますが』


「すぐに私の執務室へ来るように伝えてくれ」


『はい、畏まりました』


 通信が切れる。カシューの空気の変化を察知し、カリナ達特記戦力も一瞬にして居住まいを正した。だらけていたエクリアも姿勢を直し、カグラも扇子を閉じて静かに膝の上に置く。先ほどまでのわちゃわちゃとした空間が嘘のように、そこにはエデンの最高戦力としての威圧感と静謐さが漂い始めた。


 数分後。

 

 執務室の扉が、控えめに、しかし少し急いだようなリズムでノックされた。


「格闘術士代行、クリスです」


「入れ」


 カシューの短く威厳ある声に促され、扉が開く。中に入ってきたのは、格闘術士の代行を務める、凛々しくも美しい、水色のツインテールを揺らす女性クリスであった。彼女は執務室に集う特記戦力達の姿に一瞬息を呑んだが、すぐに姿勢を正してカシューに一礼した。


「失礼致します。陛下、何か御用でしょうか?」


「いや、私からではない。彼からだ」


 カシューは手に持ったペンで、ソファーに座っているグラザを静かに指し示した。


 クリスの視線が、ペンの先を追う。そして、信じられないものを見るように、大きく見開かれた。


 グラザがゆっくりと立ち上がり、クリスの正面へと歩み寄る。


「クリス、……長い間、迷惑を掛けたな。戻ったぞ」


 その低く、穏やかな声を聞いた瞬間。クリスの張り詰めていた糸が切れ、大きな瞳から大粒の涙がポロポロと溢れ出した。


「グ、グラザ様……っ! 本当に、本当にお帰りになられたのですね……っ!」


 クリスは両手で口元を覆い、しゃくり上げながらその場に崩れ落ちそうになった。


「良かったです……っ! あなたがいらっしゃらない間、あたしは代行として、格闘術士部隊の皆をしっかり鍛え上げてきました! だから……だから、また、あたしに稽古をつけてください……っ!」


 涙ながらに訴える水色のツインテールの乙女の健気な姿に、グラザは優しく微笑み、彼女の肩に大きな手を置いた。


「ああ。俺がいない間、エデンを、そして部隊をよく守り、頑張ってくれたな。本当にありがとう、クリス」


 グラザの温かい言葉に、クリスはさらに激しく泣き崩れた。グラザは彼女の涙を受け止めながら、部屋にいる特記戦力の仲間達、そしてカシューに向かって、力強く、揺るぎない誓いを口にした。


「もう、どこにも行かない。このエデンを守り抜くために……俺は、俺の拳で戦う」


 その迷いのない瞳と決意の言葉に、カリナ達は深く頷いた。こうして、エデンに最も頼もしく、そして純情な特記戦力の一人が、ついに完全な形での復帰を果たしたのだった。

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