232 無自覚な誉め言葉とエトワール・ド・ルナ
波乱の夜明けを乗り越え、リタが腕を振るった朝食を平らげた後、カリナとカグラはリビングの高級な革張りのソファーに深く腰を下ろし、とりとめのない会話をしながら、のんびりとした休息の時間を過ごしていた。
カグラの自室には、静かで穏やかな時間が流れている。窓から差し込む陽光が徐々に高くなり、部屋に落ちる影が少しずつ短くなっていくのを、カリナはぼんやりと眺めていた。
「……ん? もうこんな時間か。いつの間にか昼だな」
壁掛けの豪奢な魔導時計の針が、正午を指そうとしているのを見て、カリナが呟いた。隣に座るカグラは、手元で優雅に扇子を広げると、パタパタと軽く風を送りながら微笑んだ。
「そうね。だったら、お昼は城下のお店に食べに行きましょうか」
カグラの落ち着いた、しかしどこか楽しげな提案に、カリナは少しだけ首を傾げた。
「へえ、色々と探索してた時に見つけた店か?」
「ええ。そこは、マギナ魔法国から来た料理人が開いたお店なの」
マギナ魔法国。それは現実世界の『フランス』や『イタリア』など、西欧の文化と芸術的な街並みが色濃く反映された国である。ということは、そこから来た料理人が出す料理というのは、必然的に想像がつく。
「なるほど。この国にいながらマギナの料理を食べられるってことは、本格的なフレンチやイタリアンの料理ってことだな」
「そうよ。まあ、この世界には『フレンチ』なんて言葉はないから『マギナ料理』って言い方になるわね。中華料理のことを、あちらの文化圏に合わせて『アーシェラ料理』って言うのと同じよ。どう、行ってみない?」
カグラが閉じた扇子でポンと自分の膝を叩き誘う。カリナは純粋な興味から目を輝かせた。
「そうだな。いいね、行ってみようか。マギナの本格的な料理なんて、なかなか食べる機会もないしな」
「それに、折角二人共お洒落な洋服を着てるんだしね。そういう雰囲気の良い店に行くのも、乙なもんでしょ」
カグラはそう言って、カリナの今日の服装に視線を向けた。
現在のカリナは、胸元が広めに開いたボルドー色のタイトなリブニットに、深いスリットが入った黒のロングタイトスカートという、大人の色気と上品さを兼ね備えたスタイルだ。足元には黒のヒールを合わせている。少女のアバターには少し背伸びをしたような格好だが、それがかえって危うい魅力を引き出している。
対するカグラは、ふんわりとしたパフスリーブの白い半袖ブラウスに、ダメージ加工が施された薄い水色のゆったりとしたワイドデニムパンツ。そして足元は黒いリボンのついたベージュのフラットパンプスという、爽やかでフェミニンな装いだ。どちらも、エデンの城下町を歩くには十分すぎるほど洗練された格好であった。
カグラはソファーから立ち上がると、キッチンで朝食の後片付けを終えたばかりのリタに声を掛けた。
「リタ。これからカリナちゃんと城下へ出かけるから、あなたもたまには外に出なさい。一緒にマギナ料理の店に行きましょう」
「えっ? 私も、ですか?」
リタは少し驚いたように、紫色の美しい瞳を丸くした。
「そうよ。側付きだからって、ずっと部屋に閉じこもってる必要はないの。気分転換も大事でしょう?」
「そうですね……。たまには私も、ルナフレアさんみたいにお外に出ないといけませんね」
リタは嬉しそうに微笑むと、「少しだけお着替えのお時間を頂けますか」と言って、自分の部屋へと戻っていった。
数分後。
戻ってきたリタは、いつもの黒と白のクラシカルなメイド服から、清楚な私服へと見事に着替えていた。
真っ白な長袖の、袖口がふんわりとフレアになった膝下丈のワンピース。ウエストは細いベルトで絞られ、彼女の均整の取れたスタイルを上品に引き立てている。足元は黒いストラップヒールを合わせ、全体的に清楚で落ち着いた雰囲気にまとまっていた。
「お待たせ致しました。私はこれで行きますね。……変じゃないですかね?」
リタは少し自信なさげに、自分のワンピースの裾を直しながら尋ねた。
「うんうん、とっても似合ってるわよ」
カグラが優雅に頷くと、カリナも感心したように深く頷いた。
「ああ。真っ白なワンピースが、リタの綺麗な紫色の髪にすごく映えてて、本当に良い感じだぞ。見惚れるくらいだ」
一切の邪心なく、ただ純粋に思った通りのストレートな賛辞。それを真正面から受けたリタは、ボンッと音を立てるように一瞬で顔を真っ赤に染め上げた。
「そ、そこまでストレートに褒められると……なんだか、すごく恥ずかしいですね……っ」
リタは両手で熱を持った頬を覆い、もじもじと身をよじった。
「リタ、カリナちゃんはこうやって無自覚に、平然と人を殺しにくるような甘い言葉を言うからね。慣れなさい」
カグラが扇子で口元を隠しながら、クスクスと楽しそうに笑う。
「なるほど……。これが、カグラ様がいつもおっしゃっていた『カリナ様の無自覚な誉め言葉』ですか……。確かに、これは破壊力が高すぎますね……」
リタが顔を赤くしたまま深く納得している傍らで、肝心のカリナは「?」と首を傾げていた。
「なんか、私が普通に褒めると、みんな変な顔をするよな。サティアやルナフレアも、よく顔を赤くしてるし」
「そこがカリナちゃんの良いところなのよ。さて、目的のお店は商業区だから、行きましょうか」
カグラが上機嫌に話をまとめ、三人は連れ立って自室を出た。
◆◆◆
特記戦力の居住区を抜け、王城の広く長い回廊を歩いていく。
大理石の床にカリナ達のヒールやパンプスの音が心地良く響く中、すれ違う城仕えの者達やメイド隊達が、次々と足を止めて恭しく頭を下げ、声を掛けてきた。
「カグラ様、カリナ様、いってらっしゃいませ」「お二人共、今日の洋服姿も大変お美しいです。リタさんがお出かけなんて、珍しいですね」
「はい、今日はカグラ様とカリナ様にご一緒させて頂くのです。行ってまいります」
リタが丁寧に返答し、カリナ達も「行ってくるよ」と気さくに会釈を返しながら、重厚な白亜の城門へと向かった。外に出ると、門番達が一斉に直立不動となり、見事な敬礼で送り出してくれた。
「カグラ様、カリナ様! それにリタ様も! いってらっしゃいませ!」
「ええ、ご苦労様」
カグラが軽く手を挙げて応え、三人は城門をくぐり抜けた。
外は雲一つない快晴で、心地良い涼風が吹き抜けていた。
この世界は基本的に温暖で、四季の変化もそれほど激しくなく、非常に過ごしやすい気候である。これは、かつての『VAO』時代の基本環境設定がそのまま現実の物理法則として引き継がれているためだ。
もちろん、エーヴァ温泉街の近くに存在する灼熱の溶岩地帯や、氷雪地帯などの過酷な環境も存在するが、それはあくまで特定の魔力や地形が影響する局所的なエリアに限られている。エデン周辺は、常に穏やかな春か初秋のような心地良さに包まれていた。
「さあ、行きましょ」
カグラがごく自然な動作で、カリナの左手をギュッと握った。そして、反対側にいるリタに目配せをした。
「リタ、あなたもカリナちゃんの手を握ってあげて」
「はい」
リタも嬉しそうに微笑み、カリナの右手をそっと取った。結果として、カリナは二人の大人の女性に両側からしっかりと手を繋がれる形になり、まるで休日に姉達に連れられて街へ遊びに行く末っ子のような構図になってしまった。
「……なんだか、ものすごく子供扱いされてる気分なんだけどな」
カリナが少しだけ不服そうに呟いたが、カグラは「ふふ、可愛い妹分なんだから当然よ」と涼しい顔で返し、リタも「ええ、迷子にならないようにしっかりと繋いでおきますね」と冗談めかして笑った。三人は手を繋いだまま、近代的な石畳が美しく舗装された、城下のメインストリートへと歩き始めた。
エデンの城下町は、いつものように活気に満ち溢れていた。
魔力で動く近代的な街灯、硝子張りの美しいショーウィンドウ、そして行き交う人々は皆、平和で満ち足りた笑顔を浮かべている。そして、この国の最高戦力であり、アイドル的な人気を誇るカリナとカグラの姿を見つけると、街の人々はたちまち色めき立った。
「あっ、あれはカグラ様に、カリナ様じゃないか!」「本当だ。あれはカグラ様の側付きの方かしら? おはようございます!」「今日のカグラ様は洋服姿がお綺麗ですね」「カリナ様も、アーシェラから無事に帰国されたのね。今日も可憐で可愛いわ」
あちこちから投げかけられる、温かく、そして熱烈な声援。カリナは軽く手を振り返しながら、リラックスした様子で口を開いた。
「もうこういうのにも、すっかり慣れたな。他国だと、視線がちょっと居心地悪い時もあるけど、エデンなら全然気にならないよ」
「ふふ、まあ私達は特記戦力だし、エデンの象徴みたいなものだからね。これも有名税ってやつよね」
カグラは手にした扇子を軽く扇ぎながら、どこか余裕のある大人の笑みを浮かべた。
「そうですね。お二人共、この国の希望そのものですから。皆さんがお姿を見て喜ぶのも当然です」
リタも誇らしげに周囲の人々に会釈を返した。
「ああ。……このエデンの平和は、本当に良いものだな。守り抜く価値があるよ」
カリナが真っ青な空と、笑顔が行き交う街並みを見上げて、心からの実感を込めて呟く。その言葉を聞いて、カグラとリタは、握っているカリナの小さな手をぎゅっと強く握り締め、お互いに顔を見合わせて優しく微笑み合った。
◆◆◆
やがて、賑やかな大通りから少し路地に入った、商業区の閑静な一角へと足を踏み入れた。レンガ造りの洒落たブティックやカフェが立ち並ぶ中、カグラが一つの洗練された建物を扇子で指し示した。
「ここよ、いい雰囲気でしょう?」
そこは、『エトワール・ド・ルナ』という名の、マギナ料理のレストランだった。
外観は白を基調とした上質な漆喰の壁に、深い群青色のオーニングが鮮やかなコントラストを描いている。テラス席には繊細な意匠の施されたアイアンテーブルが置かれ、入り口の脇には色鮮やかな季節の花々がプランターいっぱいに咲き誇っていた。
「ああ、そうだな。すごくお洒落で素敵だ」
「素敵ですね。私、なんだか少し緊張してしまいます」
カリナとリタが感嘆の声を漏らす。開け放たれたアンティーク調の重厚な木の扉から中に入ると、店内は落ち着いた間接照明と、弦楽器が奏でる心地良いクラシックのBGMに包まれていた。すぐに、黒いシックなロングスカートのメイド服を着た給仕の女性が、笑顔で迎えに出てきた。
「いらっしゃいませ――って、これはカグラ様ではありませんか! それに、こちらはカリナ様に、カグラ様の側付きの方ですよね?」
給仕の女性は、一瞬驚きで目を丸くしたものの、すぐにプロとしての丁寧な接客の笑顔に戻った。
「そうよ。カリナちゃんと、私の側付きのリタよ」
「ああ、この店がすごく美味しいと聞いて、カグラに招待されたんだ。よろしく」
「初めまして、リタと申します。こういう本格的なお店はあまり来ないので、とても新鮮です」
三人がそれぞれ挨拶をすると、女性は深く、恭しく一礼した。
「当店をお選び頂き、誠に光栄に存じます。では、特等席へご案内致します」
案内されたのは、二階の最も眺めの良い、広々とした窓際のテーブル席だった。
磨き上げられた大きなガラス窓からは、エデンの活気ある街並みと、遠くにそびえる白亜の王城が一望できる。テーブルには純白のクロスが掛けられ、磨き抜かれたカトラリーとクリスタルグラスが美しく並べられていた。
女性はメニューを人数分差し出した。
「お先にお飲み物はいかが致しましょうか」
「私はアイスハーブティーがいいわね。お勧めだしスッキリしたいから」
「じゃあ、私も同じものを頼む」
「私も、カグラ様と同じものでお願い致します」
カリナとリタもそれに倣って注文した。
「畏まりました。ご注文がお決まりになりましたら、お呼び下さいませ。すぐにドリンクをお持ち致しますね」
女性が優雅な足取りで奥へと下がると、カリナとリタは分厚い革張りのメニューを開いた。しかし、そこに並ぶ文字を見て、二人は揃って「うーん」と唸りながら顔を寄せ合った。
「ふふ、最初はそうなるわよね」
カグラが扇子を口元に当てて、静かに笑う。
「ああ……。フレンチ、いや、マギナ料理は、イマイチ名前から料理の内容が想像つかないんだよな。ルナフレアの料理は直感的に分かるんだけど……」
「はい。お写真はついていますけど、どんな味のソースなのか、想像がつきませんね……」
二人が困惑しているのを見て、カグラが手慣れた様子で提案した。
「じゃあ、私がいつも頼むお勧めのコースを二人に頼んであげるわ。絶対に後悔させないから、任せて頂戴」
「ああ、頼むよ」
やがて女性が、水滴のついた涼しげなグラスに入ったアイスハーブティーを運んでくると、カグラは流れるような手つきでメニューを指差した。
「ご注文はお決まりですか?」
「ええ、この子達には、この『マギナの恵み・星のコース』をお願い。私には、こちらの『月夜の晩餐コース』を頂けるかしら」
「かしこまりました。少々お待ち下さいませ」
注文を終え、爽やかなミントの香りがするハーブティーを一口飲むと、カリナは改めて洗練された店内を見渡した。
「お前、本当に色んな店を探索してるんだな。私は基本的に、城にいる時はルナフレアの料理を食べてるか、外に出てる時は宿屋の飯だったからなあ。たまには、こういうエデンの城下での探索もしないとな」
「ふふ、カグラ様は本当に、好奇心旺盛でじっとしていられないお方ですからね」
リタが微笑ましくカグラを見つめる。
「まあね。折角こんなに広くて平和な国になったんだから、色んなものを見て、味わってみたいじゃないの」
カグラが涼しげに答えた、その時だった。
「――カグラ様にカリナ様。それに、カグラ様の側付きの方までいらっしゃるとは」
厨房の奥から、真っ白で糊の効いたコックコートを着た恰幅の良い中年の男性が、小走りでテーブルへとやってきた。彼がこの店の店長であり、マギナ魔法国出身の凄腕シェフだ。
「本日は当店へお越し頂き、誠にありがとうございます」
シェフは深々と、これ以上ないほど丁寧にお辞儀をした。
「いいのよ、店長さん。わざわざそんなに丁寧にしなくても。純粋に、あなたの美味しい料理が食べたくて来てるんだから」
カグラが気さくに笑いかける。
「ああ、気にしないでいいよ。私達はただの客として来てるんだ」
カリナも頷き、気遣いを見せた。
「ご丁寧にありがとうございます。私自身も料理をしますので、今日は素晴らしいお料理を勉強させて頂きますね」
リタも立ち上がって礼を言うと、シェフは感激したように顔を上げ、胸に手を当てた。
「は、はい、お任せ下さい! エデンの英雄の皆様に恥じぬよう、私の持てる全ての腕によりを掛けさせて頂きます!」
シェフは燃えるような料理人としての闘志を目に宿し、足早に厨房へと戻っていった。
「……エデンで外食すると、いつもこうなるな」
カリナが少しだけ苦笑すると、カグラも軽く肩をすくめた。
「まあ、私達はこの国の特記戦力だからね。ある程度は仕方ないわ。それだけ国民に期待され、愛されている証拠よ」
◆◆◆
やがて、極上の料理の数々が、完璧なタイミングでテーブルへと運ばれてきた。
カリナとリタの『星のコース』、最初の一皿は前菜の『マギナ近海産・魚介と彩り野菜のテリーヌ、サフラン香るソース』だ。透明なコンソメゼリー状のテリーヌの中に、新鮮なエビやホタテ、色彩豊かなパプリカやアスパラガスが、まるでモザイク画のように美しく閉じ込められている。周囲には、鮮やかな黄金色のサフランソースが芸術的に引かれていた。
「うわぁ……綺麗だな」
カリナがナイフを入れると、ゼリーがぷるんと揺れた。口に運ぶと、魚介の濃厚な旨味と野菜のシャキシャキとした甘みが、爽やかな酸味を持つゼリーと共に溶け合い、口の中をさっぱりとさせてくれる。サフランのほのかな香りが、食欲を優しく刺激した。
続いて運ばれてきたスープは、『黄金に輝くマギナ風コンソメスープ、トリュフの香りを添えて』。透き通るような琥珀色のスープの表面に、細かく刻まれた黒トリュフが浮かんでいる。スプーンで一口飲むと、何日もかけて煮込まれたであろう肉と野菜の深いコクと旨味が、爆発するように広がり、後からトリュフの芳醇な香りが鼻腔を抜けていった。
「んんっ……これは美味しいですね……! ルナフレアさんの作るスープも絶品ですが、このコンソメの奥深い風味も素晴らしいです」
リタが目を細め、至福の表情で感動を口にする。
そしてメインディッシュの肉料理。『厳選黒毛和牛のフィレ肉とマギナ産フォアグラのロッシーニ風、芳醇な赤ワインとトリュフのソース』。
分厚く、見事なミディアムレアに焼き上げられたフィレ肉の上に、こんがりとソテーされた分厚いフォアグラが鎮座している。その上から、黒いダイヤとも呼ばれるトリュフをふんだんに使った、艶やかで濃厚なソースがたっぷりと掛けられていた。付け合わせには、滑らかなマッシュポテトと彩り豊かな温野菜。
「いただきます……っ!」
カリナがナイフを入れると、力を全く入れていないのに、肉が吸い込まれるようにスッと切れていく。フィレ肉、フォアグラ、そしてソースを一緒に口に含む。
「……っ!!」
カリナはあまりの美味しさに、思わず言葉を失い目を見開いた。肉は舌の上で解けるように柔らかく、噛むごとに溢れ出す赤身の強い旨味と肉汁が、フォアグラの濃厚でクリーミーな脂と完璧に絡み合う。そして、赤ワインの酸味とトリュフの香りが効いたソースが全体をまとめ上げ、未体験の深い味わいを生み出していた。
「美味すぎる……。これは、反則級の美味さだぞ……!」
「ふふふ、でしょう?」
自分の『月夜の晩餐コース』を楽しんでいたカグラが、自分の皿から切り分けた『舌平目のムニエル、焦がしバターとレモンのソース』を、フォークに刺してカリナの口元へと差し出した。
「はい、カリナちゃん。あーん」
「えっ? あ、あーん……」
カリナは少し照れながらも、素直に口を開け、カグラのフォークから料理を受け取った。香ばしいバターの風味とレモンの酸味が、淡白な白身魚の旨味を引き立てている。
「ん、こっちもすごく美味いな。バターの香りが最高だ」
「じゃあ、今度はカリナちゃんのお肉、一口ちょうだい」
カグラが扇子を置いて口を開けると、カリナは自分のフィレ肉を小さく切り、カグラの口へと運んだ。
「はい、あーん」
「んんーっ……! 本当、とろけるわねー」
カグラは目を細め、幸せそうに頬を押さえた。三人は和気藹々と料理の感想を言い合い、時折シェアしながら、極上のランチタイムを存分に楽しんだ。
そして最後は、お待ちかねのデザートだ。
運ばれてきたのは、『マギナの雪解け・フロマージュブランのムース、フランボワーズソース』。純白のドーム型のムースの上に、真っ赤なソースと、金箔が添えられたフレッシュな木苺やブルーベリーが美しく飾られている。
「はい、カリナちゃん。デザートもあーんしてあげる」
カグラが銀のスプーンでムースを掬い、カリナの口へと運ぶ。
「ん……っ」
ムースはまさに雪解けのように軽く、口に入れた瞬間にスッと溶けて消えた。濃厚で滑らかなチーズの風味と、ベリーの鮮烈な酸味が、コースの最後を見事に、そして爽やかに締めくくってくれる。
「美味しいな。ありがとう、カグラ」
「どういたしまして」
大満足の食事を終え、食後の香り高い紅茶をゆっくりと啜っていると、お昼時ということもあり、徐々に店内が混み始めてきた。そして、周囲の客達が、窓際の特等席に座る三人の存在に気付き始めた。
「ねえ、あれ……カグラ様にカリナ様じゃないか?」「本当だ。こんな所でお会いできるなんて」「今日はなんて良い日なんだろう。お二人共、すごく楽しそうだわ」
店内がざわつき、ひそひそと、しかし確かな熱を帯びた声が飛び交う。
「まあ、仕方ないな。こうなるのは」
カリナが苦笑いでお茶を飲み干し、ティーカップを置いた。
「そうね。ここは人気店だし、私達が長居して席を占領するのも他のお客さんに悪いから、そろそろ出ましょうか」
カグラのスマートな提案で、三人は席を立った。一階のレジへ向かうと、カリナが自分のアイテムボックスから財布を取り出そうとしたが、カグラが扇子でそれを軽く制した。
「ここは、お姉さんに任せなさい」
カグラは流れるような動作でアイテムボックスから代金を取り出し、支払いを済ませた。
「ありがとうございました!」
シェフをはじめ、給仕の女性や厨房のスタッフ達が総出で出口まで見送ってくれる。
「また来るわね」
「美味しかったよ。ご馳走になったな、カグラ」
「とても勉強になりました。ごちそうさまでした」
三人は店員達に見送られ、満足感と共に店を後にした。
外に出ると、時刻はまだ正午を少し回ったところだった。少し傾きかけた柔らかな日差しが、美味しい食事で満たされた身体に心地良く降り注ぐ。
「さて、お腹もいっぱいになったし、のんびり帰りましょうか」
カグラが扇子を広げて眩しい日差しを遮りながら、優雅に歩き出す。
「ああ、そうだな。……今度は、ルナフレアもこの店に連れて来てやろう」
カリナの優しい提案に、カグラとリタは顔を見合わせて微笑んだ。
「そうね、それがいいわ」
「はい、ルナフレアさんもきっと喜びますよ」
三人はまた自然と手を繋ぎ、近代的で平和なエデンの城下町を、自分達の帰る場所である王城へ向けて、ゆっくりと歩き出すのだった。




