22 祝勝会
エデン王国。執務室のデスクでカシューはカリナと悪魔との会話で聞き出した内容について考えていた。
「我らが王、人間を贄にする、あの方の復活ね……。そして情報を話そうとした悪魔は口封じに消された。あの悪魔は侯爵、かなり上位の存在になる。その悪魔が王と称する存在か……」
悪魔の情報通り、チェスターの街が襲撃された。そしてその襲撃した者とカリナが斃した侯爵は繋がっていた。これまで悪魔が単独で姿を現すことはあっても、集団で行動するのを見聞きしたことはない。組織的に動いているのであろうか? だがまだ決定的な証拠となるものがない。
カシューは腕組みをして一頻り考えた後、デスクに置かれているベルを鳴らした。カシュー王の側近執政官アステリオンを呼び出すためである。程なくして執務室のドアがノックされる。
「お呼びでしょうか、陛下」
「ああ、入れ」
「失礼致します」と礼をしながら入室して来たアステリオンにカシューが語り掛ける。
「カリナからの通信で悪魔の動向が僅かだがわかった。今から言うことからできる限りの情報を集めて来い。侯爵レベルの悪魔にとっての我らが王。人間を贄として、その王を復活させる。組織的に動いている悪魔達。これがどういうことなのか……」
「悪魔に関しての情報ですか……。では城や城下の図書を手当たり次第に漁ってみることに致します。何か分かればまたご報告致します」
「ああ、頼んだ」
恭しく一礼をすると、アステリオンは退室して行った。部屋に静寂が戻る。豪華なチェアーのひじ掛けに腕をついて、カシューは天井を見上げた。
「悪魔以上の存在……。魔王……、まさかね……」
その問いに答える者は誰もいなかった。
◆◆◆
「ぷはー!」
運ばれて来たエールを半分程飲み干して、上機嫌なエリアがジョッキを上に持ち上げた。
「いやー、今日は大変だったわね。さあ、今日は私達の奢りだからカリナちゃんも好きな物を好きなだけ食べて頂戴!」
鹿の角亭。大きな丸テーブルを囲んで、カリナとシルバーウイングの4人のメンバーが今日の祝勝会をしている。カリナの左隣にはエリアが座り、そこからセリナ、アベル、ロックという並びで腰掛けている。テーブルには既に運ばれて来た豪華な料理が所狭しと並べられている。
「ああ、でも何だか済まないな。昨日も支払いをしてもらったというのに」
カリナにはソロで稼いだセリンというこの世界の通貨が山程手元にある。それなのに一方的に奢られるのは少々悪い気がする。
「いいんだよ。俺達も冒険者としてそれなりに稼ぎはあるしな」
「そういうことだ。それに今日の主役は嬢ちゃんだ。気にせず何でも注文すればいい」
料理を頬張りながら、ロックとアベルが賛同する。彼らにしてみれば、護衛する対象と思っていた少女に全て解決されてしまったのだ。その上、カリナがいなければ悪魔相手に命を失っていたかもしれない。それに比べればこの程度は安いものである。
「はぁ、それにしても強くて可愛いのにちゃんと礼儀も弁えていて遠慮するなんて……。何て良い子なのかしら」
既に酒が回っている様に見えるセリナがうっとりとカリナを見つめる。余り絡まれたくないカリナはちらっと横目で見ただけで直ぐに目を逸らした。しかし、いつの間にか席から立ちあがって来たセリナに急に抱き締められて頬擦りされる。普通にしていれば知的に見える美人なのだが、この行動は余りにも残念過ぎる。怯えたカリナはエリアに「助けてくれ」と視線を送る。
「離れなさい!」
放たれたチョップがセリナの頭に直撃する。「ふぎゃっ」と言いながら、今度はカリナの足に擦り寄って来る。
「いい加減にしてくれないかな……」
内面は男性なので、女性に好かれるのは嫌ではないが、ここまで変態的に迫られるとさすがに引いてしまう。
「はっはっはっは! セリナは変わらねーな。カリナちゃんはまた旅立つんだろ? 今くらいは勘弁してやってくれ」
「まあな、後で爆発されても困るしな」
ロックもアベルも匙を投げたようだ。
「ええぇ! カリナちゃん旅に出るの? ウチの子になってもいいんだよ!」
半泣きになりながらセリナが擦り寄るのを止めない。カリナはさすがに勘弁してくれと思った。
「ウチの子って何だよ? 元々私は聖光国に向けて旅をしている途中だったんだ。ここには偶然立ち寄っただけなんだよ。まあ、その御陰で色々と収穫はあったんだけどな」
見た目的にアルコールを頼むのはダメだろうと思ったカリナは、目の前のジュースに口を付けた。
「そっか、聖光国。そこに何か用事があるの?」
エールを飲み干したエリアが気になっていることを聞いた。カリナの旅の目的である。エデン王国からの任務だということは聞いているが、それ以上のことは何も分からない。エリアはこんな少女が王国の任務を遂行していることを疑問に思っていたのだが、その強さを目の当たりにしたので実力的には何の問題もないということは理解できている。それでもその任務の内容が気になった。
「まあ、そうだな……。お前達なら信頼できるか」
カリナは彼らと行動を共にして、その裏表のない人柄に惹かれていた。彼らも言ってみればNPCなのだろうが、ヤコフがそうであったように両親が存在し、この世界で生まれて育ち、確かな命を持った、それぞれの人生を歩んできたのであろう。ヤコフの両親を救う為に行動を起こしたことも、彼らの正義感から来るものだった。そのことだけでも充分信頼に足る者達であると判断した。
「私は聖光国にいるかもしれないエデンの聖女と言われる僧侶のサティアを探している。どうやら100年前の事件以来行方が掴めていないらしくてな。カーズの妹として、彼女以外にもエデンの行方不明になっている特記戦力を捜索する任務を請け負っているんだよ」
「そうだったのね。聖女のサティア様かー。確かに聖光国は聖職者が多く集まるから手掛かりがあるかもしれないわね」
初期五大国の一つであるルミナス聖光国は僧侶などの聖職者クラスのスタート地点として選ばれる。その他陰陽国ヨルシカには陰陽士や相克使い、呪術士などの術士クラス。武大国アーシェラには武闘家や弓術士、その他少々ニッチな武器種を扱う戦士クラス。マギナ魔法国にはその名の通り魔法使いや召喚士。そしてエデンの近隣にある騎士国アレキサンドには剣士や騎士などのスタンダードな戦士クラスが集う。
メインキャラのカーズもこのサブキャラのカリナも基本は剣を扱う戦士系のクラスのため、カリナはエデンの近くの騎士国をスタート地点として選んだ。そこから格闘術と魔法、召喚術をマスターするために各地を転々として技術を鍛えたのである。
「まぁ、何の確証もないんだけどな。エデン国王からの任務だから、先ずはルミナスに向かおうかと思ってね。やっぱり回復職は大事だからな」
「そうだったのか。じゃあいずれは五大国全てを回ることになるのかも知れないのだな?」
「そうなるかもな。まあ急ぐ旅でもないし、こうやって各地の街を巡るのも一つの醍醐味だと思ってるよ」
「大したもんだなー。その歳で達観してるというか。大人だよな、カリナちゃんは」
「お前がいつまでもガキのまんまなんだよ、ロック。少しは見習え」
アベルに頭を掴まれて揺らされるロック。カリナのアバターは確かに少女に見えるが、内面は彼らとそう変わらない青年なのである。発言からは年相応には見られないのも仕方がない。
「いいんだよ、男はいつまでも浪漫を追うもんだからな」
アベルのごつい手を引き剥がしてエールを呷る。ロックのその意見はカリナにも理解できた。現実世界で様々なことがあったが、内面はずっと少年のままの自分がいる。今もこの新生VAOと言える世界を楽しんでいるカリナはそう思った。
「そうだな、男ならそういう思いがあるのが当然だ」
「ほら、カリナちゃんもそう言ってるぜ。だよなー、男はいつまでも少年の心を忘れないもんだ」
「お前は少年というかガキだけどな」
得意気になっていたロックにアベルからは容赦ない言葉が飛んだ。
「でもまぁ、好奇心とか未知への期待とかがないと冒険者は務まらないわよ。危険を冒してまでやってることなんだから」
「エリアの言うことは一理ある。未知への好奇心が冒険へと駆り立てるものだからな。でもロックがガキっぽいのは否定しない」
「そりゃないぜ、カリナちゃんまで」
鹿の角亭に一同の笑い声が響く。こうした冒険で何かを達成したときの高揚感が、プレイヤー達をワクワクさせる。未知のクエストに莫大な報酬。それらを夢見る冒険者達の姿は、今この現実となった世界でも変わらない。カリナも次に訪れる場所では何が起こるのだろうかという期待感があった。
「失礼します。随分盛り上がっているようですね」
カリナ達が宴会をしているテーブルに高身長で銀髪ストレートのロングヘアをした女性が声を掛けて来た。黒いロングコートには肩と腰にプレートが着いた鎧。コートの中には赤いパンツルックに黒いブーツを履いている。腰には片手剣が鞘に収まった剣士である。そして一目でも見れば、誰もが振り返るような美女だ。カリナは気を抜いていたとはいえ、全く気配に気付かなかった。僅かに警戒してその女性を見る。
「団長じゃないですか! どうしたんですか?」
エリアがその女性を団長と呼んだ。どうやらこのシルバーウイングいうギルドの団長を務めている女性らしい。それにしてはやけに若い。見た目は十代後半から二十代前半に見える。
「ここで君達が祝勝会をやっていると聞いてね。それに噂の召喚士の少女にも興味があったから」
そう言ってその団長と呼ばれた女性はカリナに礼をした。
「どうやらウチのメンバーがお世話になったようですね。私はこのシルバーウイングの団長を務めさせてもらっているセリスと言います。お礼を言わせて下さい。悪魔から街を救ってもらったりと、色々と感謝しなければなりません」
セリスと名乗った女性は非常に礼儀正しく、物腰も柔らかかった。只者ではないだろうが、友好的に接して来る相手に警戒心を向けるのも失礼だと思い、カリナは気を緩めた。
「いや、こっちも一緒に冒険ができて楽しかったよ。それに宿代まで出してもらって、逆に申し訳ないと思っているくらいだ」
そう答えたカリナの足にセリナが半泣きでしがみ付いているのにセリスは気が付く。
「ひょっとしてセリナがご迷惑をお掛けしましたか?」
「それはまあ、現在進行形でな。あーもう、いい加減に離れてくれ」
カリナがイラついて来たのを感じ取ったエリアがセリナを羽交い絞めにしてカリナから引き剥がす。
「それはどうも失礼しました。見ての通り、可愛いものに目が無くて……」
「いや、もう離れたから気にしてないよ。それに折角だし、あなたも良ければ座ってくれ。支払いはエリアがするらしいから」
「そうですよ団長。団長も折角だし一緒に飲みましょう」
「そうですか? では私にも此度の冒険の話を聞かせて下さい」
カリナとロックの一言で、セリスも席に着いた。そこから暫く一同は大いに飲み食いしながら冒険話に花を咲かせたのだった。
◆◆◆
「ほう……、召喚体そのものを鎧として身に纏う。それを聖衣と言うのですか。それは是非直に見てみたいものですね」
「まあ、あれは奥の手も奥の手だからな。頻繁に使うものじゃない。それに魔力の消耗も激しいし、手加減が上手くできないから、対人なんかでは到底使えないよ」
「いやー、でもあれは凄かったわ。黄道十二宮の扉を開く上位召喚も凄いと思ったけど、その呼び出した黄金のライオンが鎧になって、それがカリナちゃんに装着されて、ピカーって光ったと思ったら悪魔がズタボロになってるんだもん!」
興奮気味にエリアがセリスに伝えようとしているが、酔いが回って来ているのだろう。そのせいで説明が雑になっている。セリスはそんなエリアの様子を自分の娘を見るかの様な優し気な表情で眺めている。
「確かにあれは形容し難い強さだった。これまで召喚士を目にすることなどなかったからその実力は未知数だったが、その認識を改めなければならない。それと同時に自分の力不足を感じたよ」
「そうですか。君達は良い経験をしたようだ。今後に期待できるね。カリナさん、彼らを悪魔から守って頂き本当にありがとうございます」
アベルに優しく返事した後、セリスはカリナに改めてお礼を述べた。
「いや、私は悪魔相手に必死だっただけだよ。お礼を言われることじゃない。巻き込んだのは私みたいなものだからな。あ、そう言えば悪魔の素材が手に入ったんだった。これからみんなで山分けしよう」
大半の料理を平らげて満腹になった一同のテーブルの上には充分なスペースができていた。そこへ、カリナが悪魔から入手した素材をアイテムボックスから取り出して並べたのだった。




