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聖衣の召喚魔法剣士  作者: KAZUDONA


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224  天上の食卓と夕暮れ

 陽光が差し込む『セレスティア(天上の)テーブル(食卓)』の店内で、カリナ達は料理の到着を待っていた。


 すると、厨房の奥から真っ白なコックコートを着た青年が姿を現した。彼は黒髪の短髪で、爽やかな笑顔を浮かべている。見た目は20代半ばといったところだが、その瞳には長い年月を見つめてきた落ち着きがあった。


「レイラさん! お久しぶりですね。今日はわざわざ視察ですか?」


 青年は王妃であるレイラに対して、気心の知れた友人に対するような気さくな口調で話しかけてきた。彼こそが、この店のオーナーシェフであり、生産職のPCであるジュリアンだ。


「久しぶり、ジュリアン君。今日はプライベートよ。このレナが、こちらのエデンのカリナさんに懐いて離れなくてね。一緒に城下をのんびり散歩しているところなの」


 レイラが苦笑しながら、カリナとサティアを紹介する。


「ほう、エデンの方でしたか。この前、悪魔を討伐したっていう……」


 ジュリアンは興味深そうに二人を見た。


「ああ、カリナだ。エデンの聖騎士カーズの妹なんだ」


 カリナが自己紹介すると、サティアも優雅に一礼した。


「サティアです。よろしくお願いしますね」


「おお、あのPvPで無敵を誇ったエデンの特記戦力の方々ですか! 聖女サティアさんは有名ですけど、あの化け物聖騎士カーズに妹さんがいたんですね……」


 ジュリアンは感嘆の声を上げた。カーズの名はこの世界では伝説として語り継がれている。


「まあな、兄はこの世界には来ていないけど……」


 カリナは少し目を伏せて答えた。自分がその「化け物」本人だとは言えないため、妹という設定で誤魔化すしかない。事情を知っているサティアは、口元を手で隠して、ふふっと楽しげに小さく微笑んだ。


「今日は純粋にあなたの料理を楽しみに来たから、期待してるわよ」


 レイラが話題を変えるように言うと、ジュリアンは自信ありげに頷いた。


「はい! 腕によりをかけて作らせてもらいます。少々お待ち下さいね!」


 ジュリアンはそう言い残し、足取り軽く厨房へと戻っていった。


「彼が生産職のPCか。……やっぱり、見た目は若いな」


 カリナが厨房の方を見ながら呟くと、レイラは少し複雑そうな表情で頷いた。


「そうね。彼ももう100年もあの姿のままだから。……老化もしないというのは、やっぱり普通に考えたら不気味よね」


 レイラは窓の外に広がる街並みを見つめ、遠い目をした。


「このままこの世界にいる限りは、私達はずっとこのままなのかしらね……」


 その言葉には、永遠の若さという恩恵よりも、時が止まってしまったことへの恐怖と諦念が混じっていた。


「私は今の身体だと、少女の思春期の精神的な不安定さがたまに出るから……成長できるのならしたいけどな」


 カリナは自分の胸に手を当て、本音を漏らした。


「そうですね……。老死しない、成長しないというのは、ある意味で呪いに近いものですよね」


 サティアも同意し、寂しげに微笑んだ。


「そうね。一体いつまで、このままこの世界にいなければならないのかしらね……」


 レイラが深いため息をつく。場の空気が少しだけ重くなる。しかし、カリナは首を振ってその空気を払拭した。


「そうだな、まあ、考えたらキリがない。今はせっかくの食事だ、楽しもう」


 カリナの言葉に、二人も気を取り直して頷いた。


 やがて、厨房から芳しい香りと共に料理が運ばれてきた。


「お待たせ致しました! 本日のスペシャリテでございます!」


 給仕の女性が恭しくテーブルに皿を並べていく。


 まず目を奪われたのは、『森の恵みのカツレツ・ベリーソース添え』だ。キツネ色にこんがりと揚げられた大判のカツレツ。衣は見るからにサクサクとしており、その上には鮮やかなルビー色のベリーソースがたっぷりとかかっている。付け合せには、バターでソテーされた色とりどりのキノコと、クレソンが添えられている。


 その隣には、『清流ヤマメの香草クリームパスタ』。乳白色のクリームソースが絡んだパスタの上に、皮目をパリッと焼いたヤマメの切り身が贅沢に乗っている。ディルやタイムといった香草の緑がアクセントになり、爽やかな香りを漂わせている。


 そして、『山菜と高原チーズのサラダ』。瑞々しい葉野菜の上に、カリッと揚げた山菜と、真っ白なフレッシュチーズが散りばめられている。自家製のドレッシングがキラキラと輝き、食欲をそそる。


「わあ……! きれい! おいしそう!」


 レナが目を輝かせて歓声を上げる。


「これは……見た目だけで既に美味しいのがわかるな」


 カリナも喉を鳴らした。


「「「いただきます!」」」


 まずはカツレツから。ナイフを入れると、ザクッという小気味よい音が響く。断面からは肉汁がじわりと溢れ出す。その一切れを口に運ぶ。


「んっ……!」


 カリナは目を見開いた。サクサクの衣の食感と、豚肉のジューシーな旨味が口いっぱいに広がる。そして何より驚いたのが、ソースだ。ベリーの酸味と甘味が、肉の脂っこさを中和し、信じられないほど爽やかな後味を残す。


「美味い! このベリーソース、肉料理にこんなに合うのか……!」


「本当ですね。甘酸っぱさが食欲を刺激します」


 サティアも上品に一口食べ、嬉しそうに頬を緩めた。


 次はクリームパスタだ。フォークでパスタを巻き取り、口に含む。濃厚なクリームソースのコクと、香草の清涼感が絶妙なバランスで絡み合う。ヤマメの身はふっくらとしており、川魚特有の臭みは全くない。


「クリーミーなのに、全然重くないのよね。香草の使い方が本当に上手ね」


 レイラが感心したように言う。


 サラダも絶品だった。山菜のほろ苦さと、ミルキーな高原チーズのコクが、シャキシャキの野菜と見事に調和している。


「おいら、これ大好きにゃ。肉も魚も最高にゃ」


 ケット・シー隊員は、子供用の椅子に座りながらも器用にフォークを使い、次々と料理を平らげていく。


 料理の美味しさに舌鼓を打ち、会話も弾む。そして食後には、お待ちかねのデザートが運ばれてきた。


「本日のデザート、『幻の白苺とフィンの雪解けミルクプリン』でございます」


 ガラスの器の中には、純白のミルクプリン。その上には、宝石のように輝く真っ赤なソースと、希少な白苺が丸ごと一つ乗せられている。


「うわぁ……かわいい!」


 レナがスプーンを握りしめて身を乗り出す。カリナもスプーンですくい、口に入れた。


「……んん~っ!」


 思わず声が出る。プリンは舌の上に乗せた瞬間、雪解け水のように儚く溶けていく。濃厚なミルクの風味が広がり、白苺の芳醇な甘い香りが鼻に抜ける。甘さは控えめで、いくらでも食べられそうだ。


「幸せの味ですね……」


 サティアがうっとりと目を細める。


 美味しい料理とデザートに心もお腹も満たされ、一行は至福のひとときを過ごした。



 ◆◆◆



 食事を楽しんでいる間に、店内は徐々に混み始めていた。周囲の客達が、窓際の席に座る一行に気付き始める。


「おい、あれ……レイラ王妃様とレナ王女様じゃないか?」「本当だ! それに、ご一緒されているあの赤髪の美少女と黒髪の美女は……」「間違いない、先日悪魔を討伐してくれたエデンの特記戦力の方々だ!」「王妃様達とお食事されているなんて……なんと豪華な顔ぶれなんだ」


 店内がざわつき始め、視線が集まる。


「まあ、王族がこんなところにいたらこうなるよな」


 カリナが苦笑する。


「そうですね。私達がエデンの城下で食事をしても、同じことになりますからね」


 サティアも慣れた様子で微笑む。


「そうね。ここに長居していたら、お店の迷惑になってしまうわ。そろそろ出ましょうか」


 レイラが席を立った。カリナはレナを抱き上げ、一行はレジへと向かう。


「お会計をお願いします」


 レイラが財布を取り出す。


「今日は私に支払わせてください。レナの面倒を見てもらってもいるし、何よりこの国を救ってくれた英雄をもてなさないないて、フィンの王妃として恥ずかしいわ」


「え、でも……」


 カリナが遠慮しようとするが、レイラは譲らなかった。


「いいのよ、気にしないでね。これくらいの金額、安いものだから」


 レイラはスマートに支払いを済ませた。


「レイラ、ありがとう。ご馳走になるよ」


「すみません、レイラさん。ありがとうございます」


 カリナとサティアが礼を言うと、レイラは嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございましたー!!」


 店員達が総出で見送ってくれる。厨房から顔を出したジュリアンも、手を振ってくれた。


「また来て下さいね!」


「ありがとう、美味かったよ!」


「ごちそうさまでした!」


「ばいばーい!」


 一行は店を後にした。



 ◆◆◆



 外に出ると、時刻はまだ昼過ぎだった。太陽は高く、心地良い風が吹いている。


「どこか公園にでも行って、のんびりしましょうか」


 レイラの提案で、一行は居住区の方にある広い公園へと向かった。緑豊かな公園には、色とりどりの花が咲き乱れ、中央には大きな噴水がある。芝生の広場では、レナと同じくらいの子供達が数人、ボールを蹴って遊んでいた。


 サティアがアイテムボックスから大きなレジャーシートを取り出し、木陰に広げた。カリナ達はそこに座り、靴を脱いでリラックスした。


 レナは、近くで遊んでいる子供達の様子をじっと見つめている。一緒に遊びたそうに、身体を揺らしている。


「レナ、遊びたいのか?」


 カリナが尋ねると、レナはこくりと頷いた。


「うん……でも、しらない子だから……」


「大丈夫だ。一緒に遊ぼうか」


 カリナは立ち上がり、レナの手を引いて子供達の輪へと近づいた。


「やあ、みんな楽しそうだな。混ぜてくれないか?」


 子供達は、突然現れた綺麗な赤髪のお姉さんと王女様に驚いたが、すぐに笑顔になった。


「いいよー! おねえちゃん、サッカーできるの?」


 男の子の一人が、ボールを蹴ってよこした。足元に転がってきたボール。その感触。カリナの身体の奥底で、熱いものが疼いた。


 かつて「現実世界」で、毎日泥だらけになって追いかけていたボール。天才と呼ばれ、将来を嘱望されていたあの日々。


 カリナはスカート姿であることを忘れ、爪先でボールをふわりと浮かせた。そのまま太もも、肩、頭と、リズミカルにボールを弾ませるリフティングを披露する。ボールはまるで体の一部のように吸い付いている。


「す、すげえー!!」


 子供達が目を丸くする中、カリナは右足でボールをまたぐと見せかけ、軸足の後ろを通して逆サイドへ蹴り出す『ヒールリフト』でボールを高く上げた。落ちてくるボールを、今度は首の後ろでピタリと止める『ネックストール』。


「おねえちゃん、うまいー!!」「カリナおねえちゃん、すごいね!!」


 レナも手を叩いて大喜びだ。カリナは首からボールを落とし、今度は地面スレスレでボールの周りを足で一周させる『アラウンド・ザ・ワールド』を華麗に決めた。ヒールのあるブーツとは思えない繊細なタッチだ。


「はは、昔取った杵柄ってやつだよ。さあ、いくぞ!」


 カリナは子供達にパスを出し、軽やかなステップでディフェンスの間をすり抜ける『シザース』や『エラシコ』といったフェイントを織り交ぜながら、子供達を翻弄し、楽しませた。


 シートに座ってその様子を見ていたレイラとサティアは、微笑ましそうに目を細めた。


「カリナさんは不思議な人ですね。子供達とでもすぐに馴染んで、本当に楽しそうにして……」


 レイラが感心したように言う。


「そうですね。彼女の純真なところが、多くの人から愛される理由なんでしょうね」


 サティアは、無邪気に笑うカリナを目で追いながら答えた。


 カリナは子供達に混じり、汗をかきながらボールを追いかけた。その姿は、英雄としての重圧から解放された、ただの少女のようだった。


 一方、ケット・シー隊員は満腹とポカポカ陽気に誘われ、シートの上で丸くなって幸せそうな寝息を立てていた。



 ◆◆◆



 やがて日が傾き始め、夕暮れの鐘が鳴った。


「またな! 気を付けて帰れよ!」


 カリナは子供達に手を振り、遊び疲れたレナを抱き上げて戻ってきた。


「カリナおねーちゃん、すごかったね! かっこよかった!」


 レナは興奮冷めやらぬ様子で、カリナの首に抱きついている。


「ふう……。ボールを見ると、なんか身体が疼くんだよなー」


 カリナはシートに腰掛け、額の汗を拭った。すると、サティアがすぐにハンカチを取り出し、カリナの汗を丁寧に拭いてくれた。


「お疲れ様でした、カリナさん。はい、どうぞ」


 サティアはアイテムボックスから冷えた果実水を取り出し、手渡した。


「ありがとう」


 カリナはそれを一気に飲み干した。冷たい液体が喉を潤し、火照った身体に染み渡る。


「ふふ、まるで本当の子供みたいでしたよ」


 サティアがくすりと笑う。


「すごいですね、あのテクニック。……リアルでサッカーをやっていたんですか?」


 レイラが興味深そうに尋ねた。その問いに、カリナの動きが一瞬止まった。


「ああ、少しね……。怪我して、もうリアルでは本気ではできないけどね」


 カリナは少し寂しそうな笑みを浮かべた。


 脳裏に浮かぶのは、リアルの自分――一色和士(イッシキナギト)。将来を嘱望され、毎日ボールを追いかけていた日々。そして、その夢を無残に砕いた怪我の記憶。もう二度と、あの輝かしい場所には戻れない。


 だが、カリナはすぐに首を振って、その暗い思考を振り払った。過去は変えられない。でも、今、自分にはやるべきことがある。この世界を、大切な仲間達を守るという使命が。


「……ま、今はこの世界をどうにかする方が大切なことだからな」


 カリナは力強く言った。


 その時、サティアの手がそっとカリナの手に重ねられた。何も言わず、ただ温かく包み込むような感触。サティアは全てを知っている。カリナの過去も、痛みも。その上で、今のカリナを受け入れ、支えてくれているのだ。


 カリナは、その手を強く握り返した。


「もう暗くなるわね。そろそろ城に帰りましょうか」


 レイラが空を見上げて言った。


「そうだな。帰ろうか、レナ」


「うん!」


 カリナはレナを抱き上げ、立ち上がった。夕焼けに染まるフィンの街並みを背に、一行は王城へと帰路についた。


 長閑で、温かく、そして少しだけ切ない。フィンでの平和な一日は、こうして静かに幕を下ろすのだった。

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