21 ミッション終了
疲労で仰向けに倒れ込んだカリナは、まだ明るい空を見上げていた。VAOがゲームのときは、その中でいくら身体を動かしても、実際には現実の身体を動かしてはいない。そのため、長時間のプレイで精神的に疲れることがあっても肉体に疲労感を感じることなどなかった。しかし、今のこの世界は現実世界と何ら変わりない。身体に感じる疲労感がそのことを物語っていた。
「長時間の戦闘には気を付けないといけないな……」
危険な攻撃を躱す瞬間に擦り減る神経。接触した際に響く衝撃。敵を斬り裂き、殴り飛ばす時に感じるリアルな感触。どれもが僅かだが、少しずつ疲労を蓄積させる。ゲーム内でのステータスは今は見えないが、これまでに鍛え抜いた力があるだけに、現実世界で急激な運動をしたとき程の負担がある訳ではないが、ある程度の自分の限界は見定めておくべきだと思うのだった。
深呼吸をしてから、ゆっくりと立ち上がる。身に纏っていた聖衣が解除され、ペガサスの姿に戻る。同時に二対の黄金の剣に姿を変えていた蟹のプレセペも元の姿に戻った。
「ご苦労だったなお前達、また力を貸してくれ」
ペガサスの頭と巨大な蟹の甲羅の背中を撫でる。
「所詮は伯爵レベルよな。我の力があれば主も余裕であっただろう。では次の機会を楽しみにしているぞ」
大口を叩く巨蟹のプレセペ。二体の召喚獣は光の粒子に包まれて消えていった。その光が空へ向けて霧散していくのを見守っていると、魔物の討伐を終えたワルキューレの姉妹達が、カリナの下へ集結して来た。
「主様、討伐完了致しました。目に着いた怪我人も我々が治療しておきました。燃えていた建物も、ミストの水魔法で消火済みです」
その場に跪いたヒルダが報告する。
「そうか、よくやってくれた。感謝する。ありがとう。お前達の御陰で被害は少なくて済んだみたいだな」
「私達を即座に現場に送り込んだ主様の判断の御陰ですよ。私達はただ任務を熟したに過ぎません」
黒髪のロングヘアが美しいカーラが答える。
「それに私達にはそれぞれ得意な属性があります。それを上手く分担したまでですよ」
金髪のエイルが胸を張った。
ワルキューレまたはヴァルキュリャ、ヴァルキリー「戦死者を選ぶもの」の意は、北欧神話で戦場で生きる者と死ぬ者を定める女性、及びその軍団のことである。
北欧神話において、ワルキューレは多数存在する。みな女性の姿をしており、戦において、どの戦士に勝利をもたらし、どの戦士に死を与えるかを選ぶ選定者でもある。彼女達に選ばれ勇敢に戦い死んだ者を、神オーディーンが治めている、戦で殺された者達の後生の館ヴァルハラへと連れて行く。そこでは、死した勇士達がエインヘリヤルと呼ばれ、世界の終末における戦争ラグナロクへ向けた準備を行っている。そしてエインヘリヤル達が休息を取るとき、彼らが飲む蜜酒を注いで回るのもワルキューレ達であるという。
また、ワルキューレは英雄をはじめとする人間たちの恋人としても登場し、そのような場合は王族の娘として描かれることもある。渡烏を伴って描かれたり、また白鳥や馬と結び付けられることもある。
カリナが召喚したこの7人もそれぞれが得意な武器と属性を持っている。ヒルダは炎に片手剣。フルンドは雷に槍。カーラは風に弓矢。ミストは水で二刀の剣。エルルーンは土でバトルアクス。ロタは氷に両手剣でエイルは光でチャクラムを武器にしている。そして光の回復魔法が使えるエイルが疲労しているカリナを見て言った。
「主様の体力を回復させます。お手を」
「ああ、助かる。済まないな」
エイルに左手を出すと、彼女はその手を下から支えるようにして包み込み、回復魔法を発動させた。ライフ・リジェネレーション。眩い光がカリナを包み、徐々に活力が戻って来るのを感じた。
「ありがとう、エイル。ところでこの100年の間、お前達はどうしていたんだ? 私はいつの間にかそんな年月が過ぎ去っていて戸惑っているところなんだが……。長い時間放っておいたみたいになったことを悪いと思っているんだよ」
「いつ主様に呼ばれても良いように毎日鍛錬を欠かしませんでした。主様の力となるのが我らの使命ですから」
赤い髪を風になびかせながらヒルダが自信満々に言い放った。
「でもでも、毎日素振り10万回は酷いと思います!」
半泣きになりながら銀髪のロタが反論した。それをヒルダが睨む。その眼光にロタが「ひぃ」と声を上げた。
「はぁ、そんな鍛錬を毎日してるのか?」
さすがにやり過ぎだろう。上位の召喚体とはいえ、疲労は蓄積するに違いない。
「はい、毎日辛いですー」
「いつも終わるとへとへとになって何もできないですね」
グリーンヘアのミスト、茶髪のエルルーンも愚痴をこぼす。これにはさすがにカリナも頭を抱えた。熱心なのは良いことだが、過剰なのは良くない。
「ヒルダ、さすがに厳し過ぎるトレーニングは返って逆効果になるぞ。此方が呼んだときに、お前達が疲労困憊では困る」
カリナの言葉にヒルダ以外の姉妹達はこれで状況が好転しますようにと、両手を組んで目をうるうるさせている。そんな彼女達を見たヒルダが諦めた様な表情をする。
「……、トレーニング内容を改めようと思います。確かにいざという時に力になれなければ本末転倒ですからね」
それを聞いた姉妹達は「やったやった」「主様ありがとうございます」と言ってぴょんぴょん飛び跳ねた。
「とにかく、今回は助かった。また世話になるだろう。ゆっくり休んでくれ」
7人のワルキューレ達は光の粒子となって消えていった。
「ふう……、漸くこれで終わりかな?」
送還の光を見送っていたカリナの下へ、急に街の住人達が押し寄せて来た。
「お嬢ちゃんがあの美人達を呼び出した召喚士だったのか?」
「御陰で助かったよ、礼を言わせてくれ!」
「すごいな、こんな子供がとんでもない召喚士だなんて!」
やいのやいのと言いながら迫って来る住民達にカリナは取り囲まれ、次々にお礼を言われる。だが、今の自分よりも遥かに大柄な大人達に包囲されるのは、ある意味危機感を感じる。すぐさま逃げ出したかったが、街の者達の声に応えない訳にはいかない。
「ああ、如何にも私が召喚士のカリナだ。みんなが無事で良かった。怪我人も治療を受けたらしいが、大丈夫なのか?」
「ああ、綺麗な金髪のねーちゃんに治療してもらったぜ」
「燃えていた建物も水魔法で消火してもらったしな」
「ああ、御陰で被害はほぼないぞ。ありがとうよ!」
皆が口々に礼を言う。その勢いに気圧されながらも、カリナは被害が少なかったことに安堵した。
「ちょっと悪い、道を開けてくれ!」
カリナが囲まれているところに、遅れて到着したロックが人波を掻き分けてやって来た。後ろにはシルバーウイングの面々とヤコフを肩に乗せたホーリーナイト、その両親をそれぞれ抱き抱えたシャドウナイト二体が姿を現す。街でも評判のギルドのメンバーが現れ、その後ろには異常なオーラを秘めた騎士達が現れたので、住民達は何事かと思って道を開けた。
「おお、着いたのか? こっちは何とか終わらせたぞ」
「そうみたいだな。ったく、全部一人で解決するとは恐れ入ったよ」
アベルが間に合わなかったのを悔いるように頭を掻いた。
「街のあちこちに灰になった魔物の亡骸があったわ。やっぱり召喚術って凄いのね」
「まあ、召喚体達がいなければここまで早く殲滅はできなかった。私一人での成果ではないよ」
驚くエリアに謙遜しながらも、召喚術の良さが伝わった嬉しさでカリナはへんてこな返事をした。
「はぁ、こんなにも可愛くて強いのに謙遜するカリナちゃん……。尊いわ……」
セリナはどうやらいつもの調子に戻ったようである。その目が情欲を孕んでカリナを見つめている。カリナは敢えて聞こえない振りをして、白騎士が地面に降ろしたヤコフの方を見た。
「ヤコフ、大丈夫だったか?」
「うん、お父さん達と街まで救ってくれてありがとう、カリナお姉ちゃん!」
嬉しそうな顔をするヤコフの頭を帽子の上から撫でてやった。
「いや、お前が両親を救いたいという思いが私を動かしたんだよ。だからこの結果はお前が招いたとも言えるんだぞ」
「そうなの? でもやっぱりカリナお姉ちゃんは格好良かったよ! 僕もいつかカリナお姉ちゃんみたいな召喚士になりたい!」
「そうか、じゃあいつか一緒に冒険できるといいな。それで、両親の容態はどうなんだ?」
「うん、でもまだ目を覚まさないんだ……」
「とりあえず街の教会に連れて行きましょう。僧侶がたくさんいるし、神父さんにも見て貰った方がいいわ」
「そうだな、私の魔力ももう残り少ない。僧侶にちゃんとした回復魔法をかけて貰った方がいいだろう」
エリアの提案で、一同はヤコフの両親を連れて街の教会へと向かうことになった。カリナは斃した悪魔が遺した素材を回収するのも忘れなかった。
◆◆◆
教会のベッドに二人を寝かせてもらい、僧侶からの治療も受けたヤコフの両親は呼吸も安定し、顔に精気も戻ってきていた。これならすぐにでも目を覚ますかもしれない。
「これでこのミッションも終了だな。一日に悪魔二体と戦うことになるとは思わなかったよ」
病室にヤコフとその両親を残して、教会から出たカリナはシルバーウイングの面々と話していた。
「でも結局カリナちゃんが一人で片づけたようなもんだよな。俺達護衛のつもりだったのに、なんかこれじゃあ寄生パーティーみたいだぜ」
「そう言うなロック。俺も自分の不甲斐なさを恥じているところだ」
手を頭の後ろで組んで不貞腐れるロックをアベルが嗜める。
「私も今回の件で自分の非力さを思い知ったわ。これからはもっと鍛錬しないといけない」
「そうですね、カリナちゃんがいなければ私達は確実に全滅していました。街も救えなかったでしょうし、私ももっと力を着けなければ……」
エリアにセリナも思う所があるのだろう。次に同じ様なことが早々にあるわけではないだろうが、各々が決意を口にした。
「ま、でもその前に今日は祝勝会だな。鹿の角亭で一杯やろうぜ!」
「そうだな、切り替えは大切だ。今はこの街が救われたこととヤコフの両親が無事だったことを祝おう」
明るくロックが切り出すと、アベルもその言葉に賛同した。教会での治療を待つ間に、いつの間にか日が傾いて来ていた。
「そうね、今日はぱーっとやりましょう!」
「いいですね、生きていることに感謝しましょう」
「そうだな、それに手に入れた悪魔の素材も分配したい。鹿の角亭に向かうとしよう」
街の中心部にある広場に着くと、何やら人だかりができている。カリナはそこに見覚えがある車が数台止まっていることに気付いた。カシューからの援軍が今になって漸く到着したのだ。
「しまった……。完全に忘れてた。もう全部片づけたってのに」
車から降りていた戦車隊隊長のガレウスが、此方へと歩いて来るカリナの姿に気付いた。
「ああっ、カリナ様! 見つけましたよ!」
ガレウスの他には近衛騎士団長のクラウスに王国騎士団副団長のライアン、エクリアの代行魔法使いであるレミリアの姿もあった。他にも援軍で連れて来た数人の騎士達や魔法使い達が集まっている。ガレウスはカリナの下へと走り寄って来た。
「何だ、やっと来たのか? もう終わったぞ」
「これでも全速力で来たんですよ! なのに到着したら街は平穏そのものじゃないですか」
やっとのことで辿り着いたら、全て召喚士の少女が解決したと聞かされたガレウスはぶつけどころのない気持ちでいっぱいになっていた。だが、そうは言われてもカリナにはどうしようもない。
「まあ、許せ……。でも多少は被害が出た建物とかがあるみたいだし、復興作業とか色々あるんじゃないのか?」
「我々は戦闘に来たんですよ。そんな人員いませんよ」
当然である。念のためとはいえ、カシューに援軍を頼んだのは自分であるのだ。だが、終わってしまったものは仕方ない。カリナはカシューに連絡を取ることにした。
「あ、あー、聞こえるか?」
「うん、聞こえてるよー。ガレウスからも通信があったけど、結局全部解決しちゃったんだって? あっはっは! 彼らには悪いけど帰還させるよ。後でまた街の復興に必要な職人達を派遣させることにするから。まあ、疲れたでしょ? 今日は英気を養うようにね。また何かあったら連絡入れるから」
カシューからの通信の声が聞こえていたガレウスはがっくりと肩を落とした。
「そりゃないですよ陛下……」
「すまん。文句はカシューに言ってくれ」
カリナは援軍に来ていた他のメンバーとも挨拶を交わし、その場で彼らは引き返して行った。カリナは彼らを見送ると、シルバーウイングの4人と一緒に鹿の角亭へと向かうのだった。




