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聖衣の召喚魔法剣士  作者: KAZUDONA


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216  旅の寄り道と山河の味覚

 雲ひとつない蒼穹を、黄金の翼が切り裂いていく。アーシェラを飛び立った神鳥ガルーダは、東のエデンを目指して力強く飛翔していた。


 その背中、ふかふかの羽毛に埋もれるようにして、一行は空の旅を楽しんでいる。一番前には、ケット・シー隊員がちょこんと座り、流れる雲を興味深そうに目で追っていた。その後ろに腰掛けるカリナの背中には、いつものようにサティアがぴったりと密着し、後ろから抱き締めるようにして座っている。


「……さて、もう帰るだけだな」


 カリナは全身の力を抜き、背中のサティアに体重を預けた。サティアの柔らかな感触と体温が、心地良いクッションとなってカリナを包み込む。


「途中でフィンに寄って、レナに会う約束をしてるくらいだし、のんびり帰ろう。無理は禁物だと、みんなに口酸っぱく言われてるからな」


「そうですよ。カリナさんは放っておくと、すぐに無茶をしますからね。いつも心配になります」


 サティアはカリナの耳元で囁き、腕に少しだけ力を込めた。


「まあ、前回のことでさすがに懲りたよ。次はマギナ魔法国に向かうことになるだろうけど、エデンでしっかり休養を取ってからにする」


 カリナが素直に答えると、サティアは嬉しそうに微笑んだ。


「ふふ、良い子ですね」


 彼女は愛おしげにカリナの頭を撫で、燃えるような赤髪に指を通した。


 眼下には、緑豊かな大地と、蜿蜒と流れる大河が見える。かつてのゲーム時代に見慣れたマップが、現実となった今では、圧倒的なリアリティを持って広がっていた。


「そう言えば……」


 サティアがふと思い出したように言った。


「VAOのときに、リュウホウの街の南に温泉街がありましたよね? えーと、何でしたっけ……」


「ああ、そういえばそういう設定の街があったな」


 カリナは記憶の糸を手繰り寄せた。


「『エーヴァ温泉街』じゃなかったかな。近くに溶岩の洞窟があったからな。そこでサラマンダーや、そこを抜けた火山地帯でフェニックスの契約をしたから覚えてるぞ。熱さでHPが削られる面倒なエリアだった」


「それです、エーヴァ温泉街!」


 サティアの声が弾む。


「そこが現実になったこの世界だと、どうなっているか気になりませんか?」


「そうだな……温泉街か」


 カリナは空を見上げた。


「この旅の間も、ずっと悪魔との連戦だったしな。休息を取るには良いかもしれないな」


「温泉にゃ? それは気持ち良さそうなのにゃ!」


 前から隊員が振り返って目を輝かせた。


「どうせこのまま帰還するだけですから、少し羽を伸ばしてみましょう。虚構の世界だとしても、この現実となったVAOの世界を楽しむのは悪いことじゃありませんよ」


 サティアの提案に、カリナもまんざらではない表情を浮かべる。


「そうだな。一朝一夕でどうにかなる訳じゃない。たまには羽を伸ばすのも悪くないな。……よし」


 カリナはガルーダの首筋を軽く叩いた。


「ガルーダ、進路変更だ。リュウホウの街の南に向かって飛んでくれ」


 クエエエェェッ!


 主の命に応え、ガルーダは大きく翼を傾け、南へと旋回した。


 道中、適度に地上に降りて休憩を取りながら、旅は続いた。アイテムボックスからは、ルナフレアが持たせてくれた大量の軽食や飲み物が取り出される。高級なサンドイッチやフルーツの盛り合わせをピクニック気分で楽しみながら、一行は悠々と空を行く。


 やがて、空が茜色に染まり始めた頃。山間の盆地に、白い湯気が立ち込める街が見えてきた。


「見えたぞ。あれがエーヴァ温泉街だ」


 カリナが指差す先、町中の至る所から温泉の蒸気が上がり、夕陽に照らされて幻想的な光景を作り出している。それは遠く上空からでもはっきりと確認できた。


「現実になると、本当に温泉街になってるんですね……!」


 サティアが身を乗り出して感嘆の声を上げる。


「ああ。近くの溶岩の洞窟と不死鳥の火山があるからな、豊富な地熱で良質な温泉が湧いているんだろう」


 カリナが答えると、硫黄の微かな香りが風に乗って漂ってきた。


 カリナは高度を下げ、エーヴァ温泉街の北門前へとガルーダを着陸させた。


 ズズズンッ……!


 巨大な神鳥の着陸に、大地が揺れる。


「な、何事だ!?」「あれは……神鳥ガルーダか!? 上位の召喚体だぞ!」


 門番達が槍を構え、大騒ぎになる。


 カリナ達はガルーダの背から軽やかに飛び降りた。


「ご苦労だったな。また頼むぞ」


 カリナがガルーダの首筋を優しく撫でてやると、神鳥は満足気に鳴き、光の粒子となって消えていった。


 静寂が戻った広場に、呆然とする門番達の視線が集まる。カリナ達は落ち着いた足取りで彼らの前に歩み寄った。


「驚かせてすまない。エデンから来たんだ。街に入れてもらえるかな?」


「え、あ、はい! 入街ですね!」


 門番の一人が慌てて姿勢を正した。


「では、組合の身分証を確認させて下さい」


「ああ」


 カリナとサティアは懐から、黄金に輝くプレートを取り出し、提示した。世界共通の、総合組合発行のAランク冒険者カードだ。


「えっ……Aランク!?」


 門番がカードの刻印と名前を確認し、目を見開いた。


「名前は……カリナとサティア……? まさか、各地で悪魔を討伐しているという、あのエデンの特記戦力か!?」「本物だ……! こんなところでお目にかかれるとは!」


 門番達の態度が一変し、敬意と興奮に満ちたものになる。


「し、失礼致しました! お通り下さい! どうぞごゆっくりして下さい、エーヴァへようこそ!」


 門が大きく開かれた。


「ありがとう」


 カリナ達が門をくぐると、サティアがくすりと笑った。


「なんだか、こういう反応も慣れたな」


「そうですね。特にカリナさんは各地で派手に悪魔の討伐をして回ってますから、名前も広まっているんでしょうね」


 その言葉に、カリナは少し照れくさそうに頭をかいた。


「ふふん、隊長はどこに行っても有名人なのにゃ」


 隊員が自分のことのように胸を張って誇らしげに言う。カリナは苦笑しつつ、門番に振り返った。


「そう言えば、どこかお勧めの温泉宿はあるかな? 今日はそこでのんびりしたいんだけど」


「そうですね……どこもそれなりに快適ですが……」


 門番は少し考え込み、隣の同僚と顔を見合わせた。


「あそこがいいんじゃないか? 『月冠温泉宿』だ」


「おお、そうだな! あそこは料理も風呂も最高だぞ! 人気の宿だ!」


 門番達は熱心に場所と特徴を教えてくれた。


「ありがとう、行ってみるよ」


 カリナが手を挙げると、サティアも優雅に一礼した。


「ご丁寧にありがとうございます」


 三人が宿に向かって去った後、門番達はため息交じりに見送っていた。


「……可愛かったな、あの赤髪の子」「ああ。あの黒髪の人も美人だったぞ。まるで女神様だ」「俺らにも、あんな可愛い知り合いがいればなあ……」


 男達の切ない願望は、温泉街の賑わいの中に虚しく溶けていった。



 ◆◆◆



 温泉街の中は、独特の活気に満ちていた。


 石畳の道の両脇には水路が流れ、湯気が立ち上っている。土産物屋や射的場、饅頭屋などが軒を連ね、浴衣姿の観光客が行き交う。


 中世ファンタジーの世界観であるVAOだが、このエーヴァ温泉街は陰陽国ヨルシカのように『和』の雰囲気が色濃く反映されていた。提灯の明かりが灯り始め、どこか懐かしい日本の温泉街のような情緒を醸し出している。


「いい雰囲気だな」


 カリナは左腕の『冒険者の腕輪』でマップを確認し、目的の場所へと足を進めた。


 やがて、一際立派な門構えの建物が現れた。


 『月冠温泉宿』。


 木造建築の重厚な佇まいで、入り口には松の木が植えられ、大きな暖簾が風に揺れている。


 ガラガラッ。


 引き戸を開けて中に入ると、木の香りと出汁のいい匂いが漂ってきた。構造はこの世界の一般的な宿屋と同じく、一階が食堂、二階から上が客室、奥に大浴場というスタイルだが、内装は完全に和風だ。食堂の席は畳敷きになっており、客達は履物を脱いで上がり、食事を楽しんでいる。


「いらっしゃいませ! ようこそ月冠温泉宿へ!」


 和装の着物を着た給仕の女性が、明るい声で出迎えてくれた。


「宿泊二人と召喚体のケット・シーだけど、空いてるかな? 同じ部屋でいい」


 カリナが尋ねると、女性は帳簿を確認し、笑顔で頷いた。


「はい、空いてますよ! 一番景色の良いお部屋をご用意できます」


「それはありがたいな」


 カリナが安堵すると、給仕の女性が尋ねた。


「先にお食事にされますか?」


「はい、では先に夕食を頂きます」


 サティアが答えると、隊員も「お腹がすいたにゃ!」と元気よく手を挙げた。


「畏まりました。ではこちらへどうぞ。履き物を脱いで上がって下さいね」


 女性の案内に従い、カリナ達はブーツを脱いで下駄箱に入れ、畳の小上がりへと上がった。


 通された席は、床が掘り下げられた掘りごたつ式になっており、正座が苦手な者でも足を伸ばして座れる快適な造りだ。


「ふぅ……靴を脱ぐと楽だな。日本って感じがする」


 カリナは足をぶらぶらさせながら寛いだ。女性が部屋の鍵を持って来て、メニューを渡してくれる。


「ご注文はお決まりでしょうか?」


 女性が注文票を手に尋ねる。カリナとサティアはメニューに目を通したが、どれも美味しそうで目移りしてしまった。


「うーん、初めての場所で何が良いのかわからないし、この宿のお勧めの料理を三人前頼むよ」


 カリナがメニューを閉じて注文すると、サティアも頷いた。


「そうですね。お勧めを頂くのが一番です」


「はい、お任せ下さい! 飲み物はいかがなさいますか?」


「冷えた麦茶を人数分頼むよ」


「畏まりました。少々お待ち下さい!」


 女性が一礼して奥へと下がっていく。


「やっぱり初めての場所はこれが一番無難だな」


「ええ、外れがないですからね」


 二人は顔を見合わせて笑った。


 やがて、料理が運ばれてきた。テーブルの上に並べられたのは、内陸の山や川の幸をふんだんに使った豪華な和食の数々だった。


「お待たせ致しました! 当宿自慢の『山河の恵み御膳』でございます!」


 まず目を引くのは、木桶に盛られた川魚の刺身だ。清流で育ったイワナやヤマメの身は、透き通るような桜色をしており、見るからに新鮮で弾力がありそうだ。氷の上で涼やかに輝いている。現実世界では恐らく食べられないものだろう。


 隣には、旬の山菜の天ぷらが山盛りにされている。タラの芽、フキノトウ、コシアブラ。薄い衣を纏い、揚げたての香ばしい匂いを放っている。


 メインは、猪肉の陶板焼きだ。厚切りの猪肉が特製の味噌ダレに漬け込まれており、卓上コンロの上でジュウジュウと音を立てて焼けていく。脂の焼ける甘い香りが、猛烈に食欲を刺激する。


 他にも、川魚の塩焼き、茶碗蒸し、胡麻豆腐、そして艶々に炊き上がった白米と、具沢山のきのこ汁。


「うにゃぁ……! すごい豪華だにゃー!」


 隊員が目を輝かせて身を乗り出す。


「「いただきます」」「いただきますにゃ」


 カリナが箸を取り、まずは川魚の刺身を口に運んだ。コリッとした歯ごたえと共に、川魚特有の清涼な旨味が口いっぱいに広がる。臭みは全くなく、上品な脂の甘みが舌の上で溶ける。


「……美味い!」


「こちらの天ぷらも絶品ですよ。サクサクで、山菜のほろ苦さがたまりません」


 サティアは天ぷらを抹茶塩につけて頬張り、幸せそうに微笑んだ。衣の軽い食感と、山菜の野趣あふれる香りが鼻に抜ける。


 猪肉も焼き上がって味噌の焦げる香ばしい匂いが立ち上り、たまらない食欲をそそる。口に入れると、濃厚な脂の甘みと味噌のコクが絡み合い、噛めば噛むほど肉の旨味が溢れ出してくる。白米がいくらでも進む味だ。


「んにゃー! おいら、これ大好きだにゃ!」


 隊員も塩焼きにかぶりつき、骨までしゃぶる勢いで食べている。


 冷えた麦茶が、脂っこくなった口の中をさっぱりと洗い流してくれる。香ばしい香りと冷たさが、火照った体に染み渡る。


 料理を堪能し、カリナ達は満腹で息をついた。


「大満足だな。……こういう観光みたいなのもいいもんだな」


 カリナは麦茶を飲み干し、ほうっと息を吐いた。


「ええ。折角なので、各地を楽しまないとですね」


 サティアも同意し、穏やかな笑みを浮かべた。


「さて、お腹が膨れたところで……自慢の温泉に行こうか」


 カリナが席を立った。三人はブーツを履き、宿の奥へと進む。


「隊員、上がったら先に部屋に行っておけ。これが鍵だ」


 カリナは隊員に部屋の鍵を渡した。


「わかったにゃ! 一番風呂頂くにゃー!」


 隊員は鍵を受け取ると、男湯の暖簾をくぐっていった。


「じゃあ、私達も行こうか」


「はい、楽しみですね」


 カリナとサティアは、赤い暖簾が掛かった女湯へと足を踏み入れた。脱衣所からは、カコーンという桶の音と、湯の流れる音が聞こえてくる。


 戦いの疲れを癒やす、温泉街での長閑な夜が、こうして始まろうとしていた。

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