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聖衣の召喚魔法剣士  作者: KAZUDONA


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206  拳王の苦悩と魂の咆哮

 アーシェラの北門を出て、一行は山道をしばらく歩いた。エリック達の案内でたどり着いたのは、轟音を立てて水しぶきを上げる巨大な滝の前だった。水煙が立ち込める中、滝壺の前の岩場に、一人の男が座禅を組んでいた。


 黒くツンツンとした短髪。褐色の肌に、鋭いブラウンの瞳。長身で、無駄な脂肪が一切ない鋼のように引き締まったスレンダーな体格。身に纏っているのは、黒い中華風のカンフー服だ。首元から肩にかけて紐で留められ、太い帯で腰を結んでいる。ノースリーブのデザインで、下には七分丈の黒いインナーを着ている。


 服の中央には、エデンの国章である黄金の獅子の顔が刺繍され、その誇りを主張しているかのようだ。足元は黒いカンフーシューズで、赤い帯を腰の横で結び、その紐が長く垂れている。手首には黒いリストバンド。


 かつてエデンの最強の格闘術士として名を馳せた、「拳王」グラザその人だった。


「……来たか」


 グラザは静かに立ち上がり、振り返った。その瞳には、かつての覇気はなく、どこか暗い影が落ちている。


「カリナにサティア、それにドラゴンベイン・オーダーのエリックとメンバーか」


「ああ、お前を連れ戻しに来た」


 カリナは一歩前に進み出た。その顔に迷いはない。カリナは左耳の通信機に手を当て、魔力を注ぎ込んだ。


「カシューか。今、グラザが目の前にいる」


『カリナかい? こっちはサキラ女王と当面の話し合いがついたよ』


 カシューの声が響く。


「そこは執務室か? エクリアとカグラもいるのか?」


『いるよ。彼女達の声も聞こえる様にしよう』


 通信機からノイズが走り、複数の気配が繋がった。


「グラザ……お前はこんなところで、ずっと何をしているんだ?」


 カリナが問いかける。


「そうです、グラザさん。エデンにはあなたを待っている、必要としている人達が大勢いるんですよ」


 サティアも必死に訴えかける。


「ここはあいつらの仲間の問題だ。俺達は少し離れておこう」


 エリックが空気を読み、テレジア達を促して後ろに下がった。


 グラザはふっと自嘲気味に笑った。


「言っただろう。俺の拳は最早守るためのものじゃない。壊すことしかできないと」


「ああ、聞いたよ。だが、それは一体どういうことだ? 詳しく説明しろ」


 カリナは逃がさないと言わんばかりに睨みつけた。


『そうだね、グラザ。君の抱えている悩みを聞かせてくれ』


 カシューの穏やかな声が届く。


『脳筋がうだうだ考えてんじゃねーよ。お前にそんな繊細な心があるのかよ』


 エクリアの悪態も聞こえてくる。


『まあ、ちゃんと聞きましょう』


 カグラがたしなめる。


 グラザは溜め息を吐き、重い口を開いた。


「いいだろう……。あの時、100年前の五大国襲撃事件。その余波は各地の国も巻き込んだ」


 彼の脳裏に、あの地獄のような光景が蘇る。


「俺達、そのときいたエデンのPC、カシューにカグラ、サティア、エヴリーヌはエデンの防衛戦で悪魔の大軍と戦った。その中で俺は、数多の悪魔を屠り……『守るための拳』と『殺すための拳』の境界を越えてしまった」


 グラザは自分の両手を見つめた。そこには、見えない血がこびりついているかのようだ。


「現実の血と死を前にし、『己の拳は何を守り、何を壊したのか』が分からなくなった。俺は悪魔を殺すとき、その黒い返り血を浴びながら……それに快感を覚えてしまったんだ」


 苦しげに顔を歪める。


「俺は相手が悪魔だとわかっていても、殺すことに興奮したんだ。そんな奴がエデンにいたら、俺はまた壊すためだけに拳を振るうことになる。もうこの拳は守るためじゃない、壊すためにあるんだ」


 それが、拳王グラザが心を閉ざした理由だった。純粋な武人気質であるがゆえに、自身の内なる暴力性に恐怖し、仲間を傷つけることを恐れたのだ。


『そうか……。君なりに現実世界になったこのVAOで考えることがあったんだね』


 カシューが同情的に呟く。


「そうだ、こんな俺がもうお前達と一緒に戦うことなどできないんだ」


 グラザは力なく首を振った。その時だった。


「そうか、その程度の理由か」


 カリナの冷徹な声が響いた。


「見損なったぞ、グラザ」


「……なんだと?」


 グラザが眉をひそめる。


「そんな悲劇でエデンの国も荒れたのだろう。それから逃げずにカシューは国を王として発展させた。お前達が守ったエデンは、今は豊かで平和な国になっている」


 カリナは一歩ずつ、グラザに近づいていく。


「カグラは精霊を襲う悪魔と手を組んだ闇の組織と戦うために、100年も一人で戦い続けた。サティアは襲撃事件で救えなかった命を悔いてPTSDになっても、またこの世界のために立ち上がった。エクリアは30年前にインして、ずっとエデンの平和のために敵の襲撃を食い止めている!」


 カリナの言葉に熱が帯びる。


「私はこの現実世界にまだ来たばかりだが、現実となったことに面食らったよ。でもな、悪魔の脅威は消えていない。裏の階級の悪魔にその魔軍を統べる深淵公、災禍六公に各地に現れる悪魔達と戦って来た! それがこの世界を守り、いつかはこの世界から抜け出すための重要なことだからだ!」


 ドンッ!


 カリナは地面を踏みしめ、グラザを指差した。


「なのにお前はどうだ! 壊すだの守れないだの、こんなにも長い間うじうじしやがって、下らないんだよ!!」


 怒号が渓谷にこだまする。


「お前はそう感じたのかもしれないが、現実はお前達が守ったから、今エデンは発展しているんだ! なのにお前だけが何の信念もなくうじうじと過ごしやがって! 女性のサティアやカグラがこの世界の悪に立ち向かっているのに、男のお前がそんなんでどうする!!」


『にしし、そうだな。確かに無駄にうじうじしてやがるな、脳筋がよ』


 エクリアが笑う。


『何よ、アンタ男でしょ! そんなことで悩んでどうすんのよ! エデンは守られた、それでいいじゃないの!』


 カグラも叱咤する。


「グラザさん!」


 サティアが叫んだ。


「私もあの事件以来、ずっとうじうじと殻に引き籠り、現実から逃げていました! 戦うのが怖かった、戦場に立ってまた血を見るのが怖かった……。でもカリナさんや皆さんの御陰で立ち直ることができました! だからグラザさんも、またその力を世界のために生かせるはずです!!」


 仲間達の言葉が、グラザの心に突き刺さる。だが、100年の孤独はそう簡単に解けるものではない。


「お前達は相変わらず熱いな……。俺にはもう、そんな気持ちは残っていない」


 グラザは俯き、背を向けようとした。


「そうか、お前の気持ちはわかった」


 カリナの声が低く響いた。次の瞬間。


 ドゴォォォッ!!


 カリナの左拳が、グラザの顔面を捉えた。手加減なし。魂の籠った一撃だ。


「ぐはっ!?」


 不意を突かれたグラザは、数メートル後ろに吹っ飛び、地面に転がった。


「起きろ」


 カリナは拳を構え、見下ろした。


「その程度で、拳王のお前がくたばるはずがない」


「……ってえな」


 グラザは頬を抑えながら、ゆらりと立ち上がった。その瞳に、微かな怒りの色が宿る。


「お前の拳が壊すことしかできないと、もう守るためのものじゃないって言うなら……私を壊してみろ!」


 ドォォォォォォンッ!!!


 カリナは全身の闘気を爆発させた。身体から激しい闘気の赤いオーラが噴き出し、赤い髪の毛が逆立つ。大気がビリビリと震える。


「……いいだろう」


 グラザが口元の血を拭った。その全身から、凄まじいプレッシャーが放たれる。


「後悔するなよ。お前の格闘術で、俺が倒せると思うな」


 ズオォォォォォッ!!!


 グラザもまた闘気を爆発させ、全身から赤いオーラを噴き上げた。二つの強大な力がぶつかり合い、周囲の空間が歪む。


「何だあの凄まじい闘気は……! 普通じゃねえぞ!」


 離れて見ていたエリックが目を見張る。


「大気が震えるほどの闘気……! 何て言う凄まじさなんですか……!」


 テレジア達も驚愕に声を震わせる。


「カリナさん!」


 サティアが駆け寄ろうとするが、カリナは手で制した。


「サティアは下がっていろ! これは……男の拳での語り合いだ!」


 その言葉を合図に、二人は同時に地面を蹴った。


 ドガアアアアアンッ!!!


 両者の拳が激突し、爆音と共に衝撃波が広がる。その場の大地が陥没し、小規模なクレーターが生まれた。


「お前のその軟弱な性根を叩き直してやる!!」


 カリナが連撃を繰り出す。


「格闘術でお前が俺に勝てると思っているのか!!」


 グラザがそれを受け止め、重い蹴りを返す。


「勝てるさ! 今のお前の曇った拳など、私には効かないからな!!」


 二人は防御もせず、ただひたすらに拳や蹴りをぶつけ合った。


 バキィ! ドガアッ! ズドンッ!


 生身の人間同士とは思えない破壊音が響き続ける。


「効かないな、腑抜けの拳など!」


 カリナが挑発する。


「おのれ……ならば本気でいかせて貰うからな!!」


 グラザが吼えた。


「真眼解放!!」 「真眼解放!!」


 二人の瞳が同時に赤く染まる。リミッターが外れ、身体能力が飛躍的に上昇した。戦いはさらに激化し、もはや常人の目では追えない速度の攻防となる。


 衝撃音が響き、大気が震え、空気が裂け、大地が割れる。その激闘は、数時間にも及んだ。


『…………』


 通信機越しのカシューやエクリア、カグラは言葉を失っていた。ただ、二人の魂のぶつかり合いの音だけが響いている。


「仲間の二人がこんなことをするのは間違っています……」


 サティアは胸の前で手を組んだ。


「でも、カリナさんはきっとグラザさんを正気に戻そうと必死なのですね。……それがカリナさんですから」


 彼女は祈るように、二人の戦いを見届けた。やがて、決着の時が訪れた。


「おおおおおおっ!!」


 カリナが渾身の力を込め、左拳を振り抜く。グラザのガードをこじ開け、その顔面にクリーンヒットした。


 ガゴォッ!!!


 グラザは仰向けに吹き飛び、地面に叩きつけられた。そのまま動かなくなる。


「はぁ……はぁ……」


 カリナもまた、体力とダメージが限界に達していた。膝から崩れ落ち、その場に大の字になって倒れ込んだ。静寂が戻り滝の音だけが響く。


「……どうだ」


 カリナは空を見上げたまま、荒い息で言った。


「私は壊れないだろう……。お前の拳は壊すためじゃない……エデンを、そしてこの世界を守るためのものだ……」


 グラザは倒れたまま、自分のボロボロになった拳を掲げた。血と泥に塗れた、武人の手だ。


「……ああ、そうだな」


 グラザは小さく笑った。


「お前はアバターが変わっても熱いな……」


『どうやら、拳での語り合いは終わったみたいだね』


 カシューの声が優しく響いた。


『グラザ、君の拳は壊すためのものじゃない。その拳でエデンは守られたんだ。君の代行のクリスは、カリナ達に涙を流して「グラザ様をお願いします」と言っていたよ。可愛い代行の気持ちも裏切り続けるのかい? 君はそんな奴じゃないはずだ』


『殴り合ってスッキリしただろ。いい加減脳筋が下らんことを考え込むんじゃねーよ。さっさとエデンに戻って来て、またバカ騒ぎしようぜ』


 エクリアがぶっきらぼうに言う。


『そうね。もう100年前のことでうじうじ考えるのはやめにしなさい。私達は未来を見ているんだからね』


 カグラも力強く告げる。


「そうです、グラザさん!」


 サティアが涙ながらに叫んだ。


「弱虫の私でも乗り越えられたんです! グラザさんが乗り越えられないはずはありません!!」


 二人は真眼を解除した。カリナは身体を起こし、グラザの手を掴んで引っ張り起こした。


「そうだ、私達は過去を見ていない。この世界から抜け出るためにも、悪魔の親玉を討つ為にもお前の力が必要だ」


 カリナはニカっと笑った。


「だから戻って来い、グラザ」


 グラザはその笑顔を見て、憑き物が落ちたような顔をした。


「お前達は熱いな……。100年経っても変わらないものがあるのか」


 彼は空を見上げ、大きく息を吸い込んだ。


「俺は小難しいことを考え過ぎていたようだ。……お前の熱い拳で目が覚めた。今は爽快な気分だ」


 グラザは満面の笑みを見せた。かつての豪快な拳王の顔だ。


「その格闘術士の衣装、エデンの国章の黄金の獅子が刻まれている。エデンへの想いは捨て切れていない」


 カリナはグラザの胸を指差した。


「お前は誰かに救ってもらいたかったんだろう。……また迷ったらいつでも私が相手になってやる」


「そうだな、だがもう迷わないさ。お前の熱い拳は響いたからな」


 グラザは爽やかに笑い、カリナの手を強く握り返した。固い握手。戦友としての絆が、再び結ばれた瞬間だった。


 グラザの格闘術士の衣装は頑丈な作りだが、カリナの衣装はフォーマルなものだ。激闘の末、リボンやフリルは引き裂かれ、コートはボロボロになっている。


「ブレスド・メイデンズ・グレイス……」


 サティアが微笑むと、温かな光が二人を包み込んだ。聖女が微笑むだけで、周囲の味方の生命力が満ちる魔法。傷が癒え、体力が瞬く間に全回復していく。魔力を使った格闘術は使っていないので、二人の魔力は減っていない。万全の状態だ。


「ボロボロの衣装のままではまずいな」


 カリナは自分の惨状を見て苦笑した。


換装(かんそう)ッ!」


 魔力を集中し、叫ぶ。光と共にボロボロの衣装がアイテムボックスへ収納され、代わりに女神アリアに貰った真紅のバトルドレスが装着された。戦乙女の如き凛々しい姿だ。


「まあ凄まじい立ち合いだったが、結果が良ければそれが一番だな!」


 エリックが近づいて来て、豪快に笑った。


「団長、笑い事じゃないですよ。死んでもおかしくない程のぶつかりあいでしたからね」


 テレジアが呆れたように言う。


「はい。伝説の拳王、それと打ち合えるカリナさんも異常ですよ」


 ディードも畏怖の念を込めて言った。


「はい、とんでもない戦いでしたね……」


 シャオリンは胸を撫で下ろした。


「お帰り、拳王」


 カリナが声をかけると、グラザは照れくさそうに頭をかいた。


「その呼び名はやめてくれ」


 その時だった。


 ビビビッ!


 全員の肌に、不穏な気配が突き刺さった。南の方角、アーシェラの街の方からだ。


「……!」


 カリナは即座に『千里眼』を発動し、東門の方角を確認した。そこには、黒い瘴気を纏った魔物の軍勢が迫っていた。


「まずい、悪魔の襲撃だ! 急いで戻るぞ!」


「魔力探知……! 下級の悪魔も含まれています。それに軍を率いているのは……災禍六公に引けを取らない強大な魔力を感じます!」


 サティアが警告を発する。彼女はアイテムボックスからショックポーションを取り出して全員に配り、カリナ達はその赤いポーションを飲んだ。


「来い! ペガサス、ガルーダ!!」


 カリナが召喚陣を展開し、二体の召喚獣を喚び出した。純白の翼を持つ天馬ペガサスと、黄金の神鳥ガルーダが姿を現す。


「エリック達はガルーダの背に乗れ! 私とサティア、隊員はペガサスだ!」


 指示を飛ばし、全員が騎乗する。


「グラザ、お前はどうする?」


 カリナが尋ねると、グラザは不敵な笑みを浮かべた。その瞳には、かつての闘志が燃え上がっている。


「いいだろう。災禍六公……俺が大将首を獲る」


 彼は腰を落とし、構えを取った。


「瞬歩ですぐに追いつく。お前達は先に行け!」


「わかった! 行くぞ!!」


 カリナ達は空へと飛び立った。ペガサスとガルーダが力強く羽ばたき、戦場へと急行する。


 その直後、グラザの姿がかき消えた。音速を超える程の速度で大地を蹴り、風となって戦場へと疾走する。迫る悪魔の軍勢からアーシェラを守るために。拳王グラザは、今度こそ「守るための戦い」に身を投じるのだった。

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