205 サキラ女王との謁見
ドラゴンベイン・オーダー本部、一階食堂。活気あふれる朝の喧騒の中、カリナ達のテーブルには豪勢な朝食が並んでいた。エリック達の円卓にカリナとサティアが着き、隊員には子供用の椅子が用意されている。
「さて……今日はやることが多いから、しっかり食べておこう」
カリナは気合を入れるように言った。目の前には、アーシェラ風の粥、肉まん、点心、そして洋風のベーコンエッグやサラダなどが所狭しと並んでいる。
「おう、朝飯はしっかり食っとけ!」
エリックが給仕の女性を呼び止め、ウィンクした。
「この三人に、ガッツリとした朝食を出してやってくれ!」
「はい、団長のお客様ですしね! しっかりと食べていってください!」
女性は明るく答え、追加の蒸籠を運んできた。湯気と共に、食欲をそそる香りが漂う。
「今日は先に、この国のサキラ女王に会わないといけないんだ。エデンからの使者として来てるからね」
カリナは熱々の粥を匙ですくいながら言った。貝柱の出汁が効いた優しい味わいが、寝起きの身体に染み渡る。
「その後に、グラザのところに行こうと思ってる」
「そうか。まあ国交は大切だしな」
エリックは肉まんを豪快に頬張りながら頷いた。
「この国の女王は、ユーモラスな愛嬌のある人だ。俺達も何度か会ってる。ギルドの功績が認められてな」
彼はニカっと笑った。
「まあ、堅苦しくなることはないだろうぜ」
「それは良かったです。……毎度のことですけど、王族の方に会うのは多少緊張しますから」
サティアは胸を撫で下ろし、上品にエビ蒸し餃子を口に運んだ。プリッとした食感と共に、エビの甘みが口いっぱいに広がる。
「じゃあ俺らはその間に、北門の側の茶屋で寛いでるぜ。グラザのところに案内するからよ」
「ありがとう、助かるよ」
カリナは感謝の意を示した。
「謁見に、拳王グラザの説得ですか……大変そうですね」
テレジアが心配そうに眉を寄せる。
「はい。グラザさんのあの雰囲気は、今は少し近づきがたいものがありますからね」
ディードも同意するように頷く。
VAO時代、エデンの建国にも関わった元トップランカーにして最強の格闘術士、グラザ。槍の扱いも一流という武の達人だが、基本的には細かいことを考えない直情径行な「脳筋」タイプだった。しかし、100年前の五大国襲撃事件以降、彼は心を閉ざし、人里離れた場所で隠遁生活を送っている。
「私も同行しますからね!」
シャオリンが拳を握りしめて宣言する。
「ああ、色々と世話になる。……まあグラザは、ぶん殴っても連れて帰るけどな」
カリナは不敵に笑い、ベーコンエッグをパンに載せてかぶりついた。
「はい。彼を待っている人達が、エデンには多くいますからね」
サティアも決意を込めた瞳で頷く。
「あの脳筋グラザかにゃ? 会うのは久し振りにゃ」
隊員は口の周りを餡だらけにしながら、呑気に言った。
三人はしっかりとエネルギーを充填し、席を立った。支払いはエリックが済ませてくれた。
「じゃあ、後で北門で」
「はい、ありがとうございます。また後ほど」
「また後でなのにゃ!」
カリナ達は礼を言い、ドラゴンベイン・オーダーのギルド本部を後にした。
◆◆◆
朝のアーシェラ城下町は、活気に満ち溢れていた。石畳の通りには、様々な露店が並び、威勢の良い呼び込みの声が響く。行き交う人々は、武道家風の衣装や、煌びやかな絹の服を身に纏い、この国独自の文化を感じさせる。
そんな中を歩くカリナとサティアの姿は、ひときわ目を引いた。白と紫を基調としたゴスロリ風のドレスに身を包んだ赤髪の美少女と、聖なる法衣を纏った黒髪の聖女。二人の圧倒的な美貌と存在感に、街の人々は思わず足を止め、見惚れてしまう。
「おい、見たかよあの子……お人形さんみたいだ」「隣の女性もすっごい美人だぞ……」「エデンからの使者かな? どこの国のお姫様だろう?」
好奇と憧れの視線を浴びながら、三人は王城の前の城壁へと到着した。朱塗りの巨大な門の前には、屈強な門番達が槍を構えて立っている。
「私達はエデンからカシュー王の使いで来た使者だ。ここに書簡もある。サキラ女王にお目通りを願いたいのだが」
カリナは凛とした声で告げ、懐からAランクの冒険者カードと、エデンの紋章が入った書簡を提示した。
「所属はエデン……、これはようこそおいで下さいました!」
門番達は直立不動で敬礼した。
「エデンからの使者の方が来られたら、すぐに通すように言われております!」
重厚な門が、ギギギと音を立てて開かれる。カリナ達は一礼し、城内へと足を踏み入れた。
さらに進むと、王城の正門が見えてきた。そこでも同様の手続きを行い、書簡を預けた。兵士が走って取次に行き、やがて戻ってくると、恭しく門を開けた。
「どうぞ、中へお入りください! 女王陛下がお待ちです!」
アーシェラの王城内部は、他国のそれとは一線を画していた。
古き良き中華の王宮を思わせる造りで、朱色の柱や梁には精緻な彫刻が施され、金箔で彩られている。天井には巨大な龍の絵が描かれ、床には大理石が敷き詰められている。回廊からは美しい庭園が見え、池には蓮の花が咲き誇り、錦鯉が優雅に泳いでいる。
「こちらへどうぞ」
中華風の甲冑を纏った近衛兵に案内され、カリナ達は長い回廊を進んだ。
やがて、巨大な扉の前に到着した。謁見の間だ。扉がゆっくりと開かれ、カリナ達は中へと入った。
広大な広間の最奥。
数段高くなった台座の上に、豪華絢爛な玉座が置かれている。そこに座っていたのは、黒髪のロングヘアが美しい、まだ若い女性だった。彼女こそが、武大国アーシェラを治める女王、サキラ・アーシェラである。身に纏っているのは、鳳凰の刺繍が施された真紅のチャイナドレスのような衣装。頭には金色の冠を戴き、その姿は威厳と気品に満ちている。
赤い絨毯の左右には、城の重臣達や騎士達が整列している。サキラの隣の玉座には、彼女の夫と思われる男性と、まだ幼い王子の姿もあった。アーシェラは代々、王女が国を治める国である。それはVAO時代からの設定だが、100年が経過した今もその伝統は受け継がれているようだ。
カリナとサティア、そして隊員は、赤い絨毯の黒いラインの手前で立ち止まり、跪いた。冒険者としてのラフな態度は消え、瞬時に臣下としてのロールプレイに切り替える。
ザッ!
カリナとサティアが頭を下げると、隊員も真似をして土下座のような格好をした。
「よく来てくれた」
サキラ女王は柔和な笑顔を浮かべ、鈴を転がすような優しい声色で語りかけた。
「エデンからの使者であり、特記戦力の召喚術士カリナに聖女サティア……と、それはそなたの召喚体か?」
興味深そうに隊員を見る。
「はっ。エデンより参りました、カリナとサティアです」
カリナは顔を上げ、恭しく答えた。
「こいつは私の召喚体のケット・シーです。行儀は良いので、お気になさらないで下さい」
「お初にお目に掛ります、サティアです」
サティアも聖女の微笑みを向けた。
「うむ、良い目をしておるな」
サキラは満足気に頷いた。
「妾は、エデンから各国へ既に走っておる魔導列車での運行、それでこの国を繋ぐことには賛成である。五大国のルミナス、ヨルシカ、アレキサンドも既に繋がっておる。我が国も悪魔の脅威に共に立ち向かい、連合に参加しよう」
女王の英断に、カリナは表情を輝かせた。
「良かったです! アーシェラの、五大国の一つが加われば、対悪魔の共同戦線は更に鉄壁になるでしょう」
「この国の文化は素晴らしいものです。魔導列車で繋がれば、この文化も世界に広がるでしょうね」
サティアも喜びを口にする。
「うむ。しかし……五大国と連合を組み、世界の悪に立ち向かうエデン。今やかの国はこの世界の中心になっておる」
サキラは瞳を細めた。
「カシュー王とは、直に話してみたいものじゃ」
「その言葉を待ってました」
カリナはニヤリと笑い、アイテムボックスからイヤホン型の通信機を取り出した。
「サキラ女王陛下。今すぐカシューと会話をすることが可能です」
「なんと?」
「この通信機に魔力を込めれば、すぐにカシューとの回線が繋がります」
カリナが説明すると、サキラは身を乗り出した。
「そのような便利な魔道具があるとは……! 確かにヨルシカやルミナス、アレキサンドの王達の連盟の署名には、そのような話があったな。カリナよ、それを妾に使わせてくれぬか?」
「わかりました」
カリナは周囲の近衛兵に許可を取ってから、通信機に魔力を流し込んだ。
「カシューか。今、アーシェラのサキラ女王との謁見中だ。直接話して欲しい」
『わかった。じゃあそれを渡してくれ』
通信機からカシューの声が響く。
「失礼します」
カリナは玉座の近くまで進み、サキラの左耳に通信機を装着した。
「魔力を流せば、いつでも会話が可能です」
サキラはおずおずと魔力を流した。
「……カシュー王か?」
『初めまして、サキラ女王。エデンのカシューです』
クリアな音声に、サキラは目を見開いた。
「この度はわざわざ使者を遣わせて感謝する。しかし、エデンの技術はすごいものじゃな。この距離で会話ができるとは」
『この度は魔導列車の開通、並びに対悪魔連合に参加頂き、ありがとうございます。この通信機は女王が持っていて下さい。各国の王達と同時に会話で会議をすることもありますので』
カシューの国王らしい威厳のある声が、サキラの耳に届く。
「おお、了解した! しかしそなたの国は、今や世界の交通や常識を変えた。素晴らしいな」
『いえ、過分な評価ありがとうございます。我等はマギナ魔法国とも魔導列車を繋ぎ、大陸の五大国を繋ぎ、共に悪魔の脅威から世界を守りたいと思っております。これからは共に戦いましょう』
「うむ、我等も協力しよう!」
サキラは力強く頷いた。
「最近、悪魔の出現が目立っておる。そして『ヴォイド・リチュアル・サンクトゥム』のような闇の組織がまだ存在するかもしれん。その脅威に立ち向かうためにも、手を取り合おうではないか」
『はい、ではまた後ほど話しましょう』
「うむ、細かい詳細はまた後日詰めよう。大事な使者を待たせておるからの」
通信が切れると、サキラは耳元の通信機に触れ、感心したように呟いた。
「これは便利じゃ。カシュー王の言葉通り、ありがたく頂戴しておこう」
「はい、そうして下さい。何かあればいつでも連絡が取れます」
カリナは深く頷いた。
「待たせて悪かったの。ここまでエデンから長旅ご苦労だった。今日はささやかながら連合の参加も祝い、祝宴にしよう。貴賓室を用意するから寛ぐがいい」
「はい、ありがとうございます」
カリナは一礼し、顔を上げた。
「ですが、その前に私達の仲間のグラザが、このアーシェラの北の滝の前で我々を待っています。ドラゴンベイン・オーダーのメンバーも同行してくれるので、先にそこへ向かおうと思っています」
「ふむ……あの伝説の拳王グラザが、この国にいるという情報はあったが、まさかそんなところにいたとはな」
サキラは得心がいったように頷いた。
「わかった。大事な仲間を迎えに行ってやるがよい。だが、夜には一緒に戻って来るのだぞ?」
「はい、すぐに向かいます」
「ありがとうございます。では後ほど、またお邪魔させて頂きます」
カリナとサティア、隊員は立ち上がった。
「待っておるぞ」
サキラ女王の温かい言葉に見送られ、三人は謁見の間を後にした。
◆◆◆
城を出たカリナ達は、北門へと向かった。北門前の茶屋では、冒険者の装備をしたエリック達、テレジアとディード、シャオリンが団子を食べ、お茶を飲みながら待っていた。
「すまない、待たせたか?」
カリナが声をかけると、エリックは串に残った最後の団子を口に放り込んだ。
「いや、こっちものんびり来たからな、気にすんな」
彼は茶を飲み干し、ニカっと笑った。
「謁見は早く終わったみたいだな。上手くいったのか?」
「はい。エリックさんの言う通り、気さくな方でした」
サティアが微笑んで答える。
「エデンとの国交も、魔導列車の開通も問題なさそうです」
「そうか、そいつは良かったな!」
エリックは満足気に膝を叩いた。
「じゃあ、グラザのところに行くか!」
彼は席を立ち、代金をテーブルに置いた。テレジア、ディード、シャオリンも続き、一行は北門を抜けて歩き始めた。
北の空には、雄大な山々が聳え立っている。この先に、かつての仲間、グラザが待っている。かつては豪快で単純明快な「脳筋」として仲間を笑わせていた男。しかし、100年前の事件で心を閉ざし、今は隠遁しているという。
待ってろよ、グラザ……とカリナは拳を握りしめた。理由は何であれ、ぶん殴っても連れて帰る。あの頃のように、また一緒に戦い、馬鹿騒ぎをするために。カリナとサティアは、改めてそう決意するのだった。




