202 武大国アーシェラ
神獣グリフォンの背に揺られ、カリナ達は西の空を進んでいった。
時折、地上に降りて休憩を取り、リュウホウの街で作ってもらったお弁当を広げる。そうして旅を続けるうちに、日は傾き、空が茜色に染まる頃、前方に巨大な街並みが姿を現した。
「あれが……アーシェラか」
カリナが眼下を見下ろして呟く。
初期五大国の一つ、武大国アーシェラ。その規模は圧巻の一言だった。ヨルシカやアレキサンド、ルミナスにも引けを取らない広大な城下町が広がり、その西側には夕日を背負って聳え立つ巨大な王城が見える。中華風の建築様式を取り入れた城壁や建物が、独特の威厳と美しさを放っていた。
「大きいですね……」
サティアも感嘆の声を漏らす。
「よし、グリフォン、西門の前に降りてくれ」
カリナが指示を出すと、グリフォンは大きく翼を広げ、滑空体勢に入った。風を切り裂き、地上へと舞い降りる。
ズズーンッ!!
巨大な質量が着地し、周囲に砂煙が舞い上がった。西門を守る兵士達が、突然の事態に槍を構え、どよめきが走る。
「な、なんだあれは!? 魔物か!?」「いや、あれは伝説の神獣グリフォンだぞ! まさか敵襲か!?」
カリナとサティア、そしてケット・シー隊員は、グリフォンの背から軽やかに飛び降りた。
「ご苦労だったな、グリフォン。また頼むよ」
カリナが愛おしげにその太い首筋を撫でてやると、グリフォンは恭しく頭を下げた。
「いつでもお喚び下さい、我が主よ」
重厚な声と共に、グリフォンは光の粒子となって空へと溶けていった。その神々しい光景に、門番達は呆然と立ち尽くすしかなかった。
「あ、あれは召喚体か……。あんな神獣を召喚できる召喚術士が、まだ存在するのか……」
畏敬の念を込めて呟く門番達。その時、門の奥から聞き覚えのある声が響いた。
「おいおい、騒ぐんじゃねーよ。あいつなら当然だ」
現れたのは、豪快な笑みを浮かべた金髪の青年剣士、背中に背丈ほどもある魔剣バルムンクを背負ったエリックだった。その背後には、アレキサンドの剣術大会で出会った二人のエルフの剣士、テレジアとディードの姿もある。さらに、彼女達の後ろには、赤い狩衣に膝丈の白の袴、紫の羽織を纏った、艶やかな紫のロングヘアの女性が控えていた。
カリナ達は西門に近づいた。
「よう、久し振りだな! 待ちくたびれたぜ。だが無事到着して何よりだ」
エリックが親しげに右手を差し出す。
「ああ、久し振りだなエリック。待たせて悪かった」
カリナはその手をしっかりと握り返した。力強い握手。戦友との再会の喜びが、掌を通して伝わってくる。
「カリナさん、お久し振りですね。再会できて嬉しいです」
テレジアとディードも丁寧にお辞儀をした。エルフ特有の優雅な所作は健在だ。
「ああ、二人も久しぶりだな」
カリナが微笑むと、サティアが一歩前に出た。
「初めましてみなさん、サティアです。お世話になります」
聖女の微笑みと共に、優雅に一礼する。その美しさと清楚な雰囲気に、周囲の空気が一瞬で浄化されたような錯覚すら覚える。
「おお、エデンの元トップランカーの聖女サティアか! 会いたかったぜ、よろしくな!」
エリックは目を輝かせ、サティアとも握手を交わした。VAO時代からの有名プレイヤーであるサティアに会えたことが、純粋に嬉しいようだ。
「ふふ、まあゲーム時代のことですけどね」
サティアは謙遜しつつも、嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、紹介しとくぜ。ウチの主力の相克術士のシャオリンだ。アレキサンドには来てなかったけどな」
エリックが紫髪の女性を紹介する。
「初めまして、シャオリンと申します」
シャオリンは凛とした声で挨拶し、深々と頭を下げた。
「伝説の聖女様に、あの聖騎士カーズ様の妹さんに会えて感激です」
「ああ、よろしくな。エリック、世話になるよ」
カリナが答えると、サティアも続いた。
「こちらこそよろしくお願いします。伝説なんてほどの大したものじゃないですよ」
「いやいや、あなた方の活躍はここアーシェラまで届いていますから」
シャオリンは尊敬の眼差しを向けた。
「まあここで立ち話もなんだ。ウチのギルド本部に行こうぜ」
エリックが促す。カリナとサティアはAランクの冒険者カードを門番に提示した。
「どうぞお通り下さい! アーシェラへようこそ、英雄殿!」
門番達は敬礼し、道を空けた。
エリックに連れられ、一行はアーシェラの城下町へと足を踏み入れた。
そこは、まさに異国情緒あふれる世界だった。石畳の道に、朱塗りの柱と緑の瓦屋根が特徴的な建物が並ぶ。軒先には赤い提灯が揺れ、店の看板には独特の文字が躍っている。
通りを行き交う人々も、チャイナドレスやカンフー着のような衣装を身に纏い、活気に満ちている。屋台からは香辛料のスパイシーな香りや、甘い点心の匂いが漂い、食欲をそそる。
「さすがアーシェラだな、中華風の街並みだ」
カリナがキョロキョロと辺りを見回す。
「はい、中華のテイストがいいですね。リュウホウよりもさらに洗練されている気がします」
サティアも目を輝かせる。
「まあ中華風だが、この世界だと通じないからな。『アーシェラ風』って感じだな」
エリックが苦笑しながら解説する。
街を歩いていると、すれ違う人々がエリック達に気付き、声をかけてくる。
「おお、エリック団長じゃないか! 遠征から帰ったのかい?」「ドラゴンベイン・オーダーの皆様だわ! 素敵!」「今日もカッコいいな、エリック!」
Aランクギルド『ドラゴンベイン・オーダー』は、この国では英雄扱いされているようだ。そして、その隣を歩くカリナとサティアの美貌にも、驚嘆の声が上がる。
「おい、あの子……すっげえ美人だぞ」「隣の黒髪の人も、聖女様みたいだ」「エリック団長の知り合いか? すごいな……」
そんな注目を浴びながら、一行は街の中心部に近い場所で足を止めた。
「ここがウチの『ドラゴンベイン・オーダー』のギルド本部だ」
エリックが誇らしげに指差した先には、壮麗な建物が聳え立っていた。中華風の外観と、現代的なビルの構造が見事に融合した五階建ての建築物だ。朱色の柱に支えられた入り口には、金色の文字で『ドラゴンベイン・オーダー本部』と書かれた立派な看板が掲げられている。
「へえ、シルバーウイングの本部も立派だったが、ここも立派な建物だな」
カリナが感心して見上げる。
「はい、一つのギルドでこんな本部があるとは凄いです。エリックさんの人望と実力の賜物ですね」
サティアも称賛の言葉を贈る。
「へへっ、よせやい。照れるじゃねーか」
エリックは鼻の下を擦りながらも、嬉しそうだ。
「まあ中に入ってくれ」
一行は内部へと足を踏み入れた。中は吹き抜けの広々とした空間になっており、一階が食堂とロビー、奥には大浴場があるようだ。二階から上はギルドメンバーの居住スペースや会議室、そして三階は来客用の宿泊施設になっているという。磨き上げられた床や、壁に飾られた武具、そして行き交うギルドメンバー達の活気ある様子が、このギルドの充実ぶりを物語っていた。
「まあもう夕刻だしな、腹も減っただろう。一階の食堂で飯でも食べようぜ」
エリックが提案する。
「ここで働く奴らもいるから無料じゃないけどな、一般客も飯を食べに来るくらい評判がいいんだぜ」
食堂に入ると、チャイナドレス風の給仕服を着た女性が駆け寄ってきた。
「エリック団長、おかえりなさい! お食事にしますか?」
「ああ、今日はエデンからの大事な客人だ。豪勢な料理をガッツリ頼む!」
「はい、お任せください!」
女性は元気よく答え、奥の広い円卓へと案内してくれた。
カリナは席に着いた。右隣にはサティア、左には子供用の椅子にケット・シー隊員が座る。隊員の隣にはテレジアとディード、サティアの隣にはシャオリンが座り、カリナの向かいにはエリックが陣取った。
「まあ今日はウチでゆっくりしてくれ。飯代は奢りだ、好きに飲み食いしてくれ」
エリックが太っ腹なところを見せる。
「ありがとうエリック。召喚体に乗って来たから速かったが、エデンからは結構な距離だったからな。お言葉に甘えて今日はゆっくりさせてもらうよ」
「はい。それなりの距離でしたし、途中で悪魔と二戦ありましたからね。ゆっくり寛げるのはありがたいです。ありがとうございます、エリックさん」
サティアも深々と頭を下げる。
「お前達久しぶりなのにゃ! 元気だったにゃ?」
隊員がフォークとナイフを構えながら尋ねる。
「おお、あのときのケット・シー隊員か! まあ元気だぜ。ウチはこの国じゃ一番の稼ぎ頭だからな」
エリックが笑う。
「はい、あれから剣技にも磨きをかけて来ました。まああの女神には勝てないでしょうけどね」
テレジアが苦笑交じりに言う。
「ええ。次の大会があれば、エリアさんに雪辱をしたいですね」
ディードも闘志を燃やしている。
「剣術大会だったから出れないし行かなかったけど、中々波乱があったみたいですね。私も行けば良かったとちょっと後悔してます」
シャオリンが残念そうに肩をすくめる。
やがて、次々と料理が運ばれてきた。テーブルを埋め尽くすほどの、アーシェラ料理の数々だ。
まずは『アーシェラ風・海鮮おこげ』。熱々の土鍋に入ったサクサクのおこげに、具だくさんのあんかけを目の前でジュワッとかける。香ばしい音と共に立ち上る湯気。海老、イカ、ホタテといった海の幸がたっぷりと入っており、塩味の効いたあんがおこげに染み込んでいく。
続いて『アーシェラダック』。飴色に焼き上げられたアヒルの皮を、薄い餅にネギやキュウリ、甘味噌と共に包んで食べる。パリッとした皮の食感と、噛むほどに溢れ出る脂の甘み。それを野菜と味噌がさっぱりとまとめ上げ、絶妙なハーモニーを奏でる。
メインは『フカヒレの姿煮・アーシェラ風』。黄金色の濃厚なスープの中に、立派なフカヒレが鎮座している。繊維の一本一本にスープが絡みつき、口の中でほろりと解ける。コラーゲンたっぷりで、美容にも良さそうだ。
他にも、点心盛り合わせや、青菜の炒め物、海鮮チャーハンなど、どれも絶品ばかりだ。
「んっ! これも美味いな!」
カリナは海鮮おこげを頬張り、目を細めた。
「海の幸が豊富ですね。……どれも美味しいです」
サティアも上品に、しかし次々と料理を口に運んでいる。
「はぐはぐ……うみゃい! うみゃいにゃ!」
隊員は皿に顔を突っ込まんばかりの勢いだ。
料理を楽しみながら、カリナは今後の予定を話した。
「明日は、まずはこの国のサキラ女王に謁見しないといけないんだ。エデンからの使いの役目もあるからね」
「そうか、ひょっとして魔導列車ってやつか? エデンからは三カ国に既に開通してるらしいな」
エリックが興味深そうに身を乗り出す。
「アーシェラとも繋がれば、交通は便利になるな」
「そうですね。内陸の国でも海の幸が味わえたりしますからね、便利です」
サティアが補足する。
「内陸の方々には、それは嬉しいことでしょうね。アーシェラはすぐ西に海がありますから海の幸は豊かですけど、内陸にも美味しいものはあるでしょうしね」
テレジアが頷く。
「エデンの技術は素晴らしいですね。開通したらエデンに行ってみたいものです」
ディードも夢を膨らませる。
「魔導列車か、凄いですね。全くどんなものかわからないですが、各国を速く移動できるのは便利でしょうね」
シャオリンも感心したように言った。
宴もたけなわとなり、皆が満腹になったところで、エリック達が支払いをしてくれた。
「ありがとうな、エリック」
「気にするな。大事な客人だ、それをもてなさないでいたら、ウチのギルドの名折れだからな」
エリックは給仕の女性を呼んだ。
「おーい、この三人に部屋の鍵を渡してやってくれ」
「はい、かしこまりました。……お部屋は同じでよろしいですか?」
女性が確認すると、サティアが即座に答えた。
「はい、同じ部屋の方がいいです」
カリナの精神状態を気遣ってのことだ。サティアは受け取った鍵を隊員に渡した。いつものやり取りだ。
「おいらはエリックと一緒にお風呂に入るにゃ! 一緒に行くにゃ!」
隊員が元気よく手を挙げた。
「おう、そうか! じゃあ一緒に行くか!」
エリックは笑って立ち上がり、隊員を肩車した。
「じゃあ俺達は男湯に行ってくるわ。お前らはゆっくりしてこい」
エリックと隊員は男湯の方へと消えていった。
「では私達も浴場へ行きましょうか。アレキサンドではカリナさんの周りに人が多かったですけど、今日は私達がお背中お流ししますよ」
テレジアが微笑みかける。
「ええ、お任せ下さい。旅の疲れを癒しましょう」
ディードも頷く。
「じゃあ行きましょう!」
シャオリンが元気に先導する。
カリナとサティアは顔を見合わせて微笑み、彼女達の後に続いた。ドラゴンベイン・オーダーの本部にある大浴場。そこで繰り広げられるであろう、女同士の裸の付き合い。アーシェラの夜は、賑やかに、そして華やかに更けていこうとしていた。




