201 朝露の涙と神獣の翼
リュウホウの街、『蒼銀の羽亭』の『桃源の間』。中華風の透かし彫りが施された窓から、柔らかな朝陽が差し込んでいる。
カリナはまどろみの中で意識を取り戻した。視界いっぱいに広がるのは、雪のように白い肌と、圧倒的な存在感を放つ豊かな双丘だった。いつものようにサティアに抱き締められたまま眠っていた。ベージュの薄手のナイトドレスは大きくはだけ、その豊満な胸は完全に露わになり、先端の愛らしいピンク色が朝の光に照らされている。
「ん……」
カリナは無意識に、その温もりをもっと感じていたいと願った。甘えたい。満たされたい。その衝動が、昨夜よりも強く、激しく湧き上がってくる。それを抑え付けようと、カリナはサティアの胸に顔を埋め、背中に回した腕に力を込めた。
ドクン、ドクン……心臓の鼓動が早くなる。自分の精神が、この少女のアバターの未成熟な情緒に侵食されていく感覚。不安になる間隔が、以前よりも明らかに短くなっている。
怖い。カリナの胸中に、暗い影が落ちる。中身は男性であるはずなのに、思考までもが少女のそれに書き換えられていくような恐怖。自分という存在が、アバターに飲み込まれて消えてしまうのではないかという根源的な不安が鎌首をもたげる。
「……うぅ……」
カリナの美しい碧眼から、勝手に涙が溢れ出した。止めようと思っても止まらない。熱い滴が頬を伝い、サティアの胸元を濡らしていく。
抑えなくてはいけない。サティアは受け入れて楽になってもいいと言ってくれたが、大切な仲間に、いつまでもこんなことをしてはならない。理性がそう叫ぶ。だが、心が悲鳴を上げる。受け入れないと苦しい。拒絶すれば、心が壊れてしまいそうだ。その激しい葛藤が、さらにカリナを追い詰めていく。
「……ん?」
腕に込められた力強さと、胸元に感じる湿り気に、サティアがゆっくりと目を覚ました。長い睫毛が震え、優しげな瞳が腕の中のカリナを捉える。小刻みに震える華奢な肩。押し殺した嗚咽。
サティアはすぐに状況を察した。彼女は腕に力を込め、カリナを優しく、しかし強く抱き締め返した。震える頭を撫で、耳元で囁く。
「大丈夫ですよ……、カリナさん……」
聖母のような、慈愛に満ちた声。
「不安なら、その衝動に身を任せて下さい。……私達はみんな、あなたを受け入れてあげる覚悟がありますから。遠慮しないで下さい」
「……うぅ……っ……!」
カリナは顔を上げた。涙で濡れた瞳が、縋るようにサティアを見つめる。
「甘えたい衝動や……不安になる不安定な状態になる間隔が……どんどん短くなっているんだ……」
震える唇から、悲痛な言葉が漏れる。
「こんなのは私じゃないのに……お前達にこんなことをしちゃいけないのに……!」
葛藤と、少女のアバター特有の不安定な性の揺らぎ。それに苦しむカリナの姿を、サティアはたまらなく愛おしく感じた。守ってあげたい。包み込んであげたい。聖女としての本能が、そう告げていた。
「カリナさん、大丈夫です……」
サティアは微笑み、自身の左胸をカリナの口元へと近づけた。
「さあ……、私に甘えて下さい……」
全てを受け入れる、絶対的な肯定。その言葉が、カリナの理性の最後の砦を崩した。
カリナは不安をかき消すように、目の前のピンク色の先端に吸い付いた。舌で転がし、強く吸う。同時に、左手でもう片方の右胸を掴み、指を食い込ませるように揉みしだく。指が柔らかい肉に沈み込み、形を変える。
「んっ……ぁ……!」
朝の静寂な部屋に、サティアの甘美な吐息が響く。カリナは無心で吸い続けた。口の中に広がる、温かく甘い母乳の味。それは飢えた心を癒やす甘露のようだった。左手で揉まれる右胸からも、母乳が零れ落ち、白い肌を伝ってシーツに染み込んでいく。
サティアは拒むことなく、むしろ積極的に胸を押し付け、カリナの頭を抱き寄せた。髪を撫で、背中を擦り、その存在の全てを肯定するように愛撫する。
水音と衣擦れの音だけが、部屋に満ちていく。カリナは乳飲み子のように、一心不乱に母性を求め続けた。
しばらくして、ようやく衝動の波が引いていった。カリナは名残惜しそうに口を離し、荒い息を吐いた。目の前には、紅潮し、瞳を潤ませたサティアの顔があった。
「はぁ……はぁ……落ち着きましたか、カリナさん?」
サティアもまた、息を弾ませながら尋ねた。
「ああ……落ち着いたよ……」
カリナは涙を流したまま答えた。衝動は収まったが、今度は自己嫌悪と不安が押し寄せてくる。
「でも、勝手に涙が溢れて来る……。どうしてしまったんだ私は……。どうなってしまうのか怖いよ、サティア……」
カリナは子供のように泣きじゃくった。
「大丈夫です……」
サティアは優しく囁き、静かに詠唱を始めた。
「それは少女のアバターの不安定な年代の情緒がそうさせるだけで、カリナさんが悪い訳じゃないんですよ。……ララバイ・オブ・アエテルナ」
淡い光の粒子が部屋を満たし、カリナの心を包み込む。不安や恐怖が浄化され、穏やかな凪が訪れる。カリナの心が落ち着きを取り戻した。
「……ありがとう。楽になったよ」
カリナは袖で涙を拭った。サティアはカリナの頬を両手で包み込み、その顔を自分の顔の前に引き寄せた。そして、チュッ、と濡れた頬に口づけを落とした。
「サティア……今のは?」
カリナが驚いて目を丸くする。
「ふふ、愛しいカリナさんへのおまじないです」
サティアは悪戯っぽく微笑んだ。そのまま顔を寄せ、耳元で囁く。
「カリナさん、自分を責めないで下さいね。あなたが悪いわけではないのですから。……この世界に少女の姿でいる以上は、避けられないことなのですから、辛い時はいつでも甘えて下さい」
その言葉に、カリナはふっと肩の力を抜いた。
「そうか……。この世界にこの姿でいる限りは、仕方ないと受け入れないといけないのか……」
諦めにも似た、しかし前向きな受容。サティアの頬に、自分の頬が触れる距離で呟く。
「はい。そのためにも、カリナさんが旅に出る時は、私かカグラさんが必ずご一緒しますから。……一人で抱え込まないで下さいね」
「ああ、ありがとう。……お前は本当の聖女だな」
カリナは心からの感謝を込めて言った。
「ふふ、そういう言葉は本当に素直に口にできるんですから。……苦しいことも、素直に言って下さいね」
「ああ、そうするよ」
カリナが頷くと、サティアは更に愛おしさが込み上げ、ぎゅっと強く抱き締めた。
「ぐっ……苦しいぞ、サティア。……でも、ありがとうな」
二人はしばらくの間、互いの温もりを感じ合いながら抱き合っていた。
ぐーっ……、不意に、二人のお腹が可愛らしい音を立てた。
「ふふ、お腹が空きましたね。着替えましょうか」
「そうだな。お腹が空いたよ」
二人は顔を見合わせて笑い、ベッドから起き上がろうとしたが、まだ互いに抱き締め合ったまま離れがたい。
「サティア……このままだとずっとこうしてしまいそうだ」
「そうですね。……離れるのが寂しくなりますね」
名残惜しそうに身体を離し、ようやく起き上がった。カリナはワンピースの寝間着を脱ぎ捨てた。すると、昨夜穿いた白のフリルショーツが、濡れていることに気付いた。お漏らしをしたわけでもないのに、股間の部分がしっとりと湿っている。
「なんだ……? 下着が濡れてる……」
カリナは不思議そうな顔で自分の下半身を見下ろした。
サティアもナイトドレスを脱ぎ捨てた。母乳とカリナの涙で濡れた胸元、そして自身から溢れたもので濡れた下腹部。彼女は濡れたショーツも脱ぎ捨て、全裸になった。
「あれだけ身体中で私を感じたのですから……濡れてしまったのかもですね」
サティアは優しく微笑み、カリナのショーツに手をかけた。
「えっ……?」
されるがままにショーツを脱がされる。太ももを伝う、ねとっとした感触。カリナは今まで感じたことのない感覚に戸惑い、顔を赤らめた。
「どうしよう……変な感じだ……」
不安げにサティアを見上げる。
「ふふ、カリナさんも大人に近づいて来たということですね」
サティアは少し悪戯な顔で笑い、部屋のティッシュでカリナの股間を丁寧に拭いてくれた。
「うわあ……こんなのが私から出たのか。……生理とはまた違って、これはこれで違和感だな」
カリナは顔をしかめた。少女の身体の変化に、中身の精神が追いついていかない。
「カリナさんのアバターは、大人になる境目の少女のものですからね。そういう反応も生理現象ですよ」
サティアは新しいセクシーなレースの黄色のショーツを穿きながら言った。
「私のショーツを見てみますか? ぐっしょりですよ?」
脱ぎ捨てた自分のショーツを指差して笑う。
「いや、いい! なんか怖い!」
カリナは慌てて目を逸らし、アイテムボックスを開いた。新しいショーツとセットのブラ、そして今日の衣装セットを取り出す。
今回の衣装は、紺色を基調としたシックなデザインだ。
リボンとフリルがたくさんついた紺色のロングコート。その下には、淡い水色のフリルと高貴な青色のリボンが付いたミニドレス。内側の生地は淡いピンクで、動くたびにチラリと見えるのが可愛らしい。
足元は、太ももまでの長さがある、リボン付きの白と黒のデザインのロングニーハイソックス。そして、それを留めるためのガーターベルト。袖は長袖でフレアーなデザインになっており、裾や袖口にもフリルがたっぷりと使われている。髪飾りは紫の花を模したもの。靴は白地に黄色のデザインが施されたブーツだ。
「手伝いますね」
サティアは、ショーツ一枚のままのカリナに近づき、姉が妹の世話をするように丁寧に手伝い始めた。ブラのホックを留め、ガーターベルトを巻き、ニーハイソックスを履かせる。ドレスを着せ、コートを羽織らせ、髪飾りをつけてやる。
「……ありがとう」
カリナは少し照れくさそうに礼を言った。
「次は私が手伝うよ」
今度はカリナの番だ。サティアの大きなブラを手に取り、前から背中に手を回してホックを留める。その際、どうしても顔が巨乳の間に埋もれてしまう。
「んっ……」
敏感なサティアが甘い声を漏らす。
「着替えなんだから、我慢しろよな」
カリナは苦笑しながら、零れ落ちそうな肉をカップに収めた。白い法衣を着せ、スリットの入ったスカートに青いポンチョのマントを羽織らせる。カチューシャ型の銀のサークレットを着け、ソックスとブーツを履かせて完了だ。
「さて……」
カリナはアイテムボックスから、自身の愛用する武器を取り出した。女神刀と聖剣ティルヴィングを右腰に装着し、その重みがカリナを甘えるだけの少女から、戦う冒険者へと引き戻してくれる。
「準備完了ですね」
サティアもまた、メイデンロッドを腰紐に差す。
「おい、起きろ。朝だぞ」
カリナはエキストラベッドで丸くなっている毛玉――ケット・シー隊員を揺り起こした。
「むにゃ……おはようにゃ……」
隊員は目を擦りながら起き上がり、いつものシルクハットと青いマントに赤いブーツを装着した。
身支度を整え、洗面を済ませると、サティアがブラシを手に取った。いつものようにカリナの髪を梳いてくれる。
「今日は、私も自然な髪型でいきましょうかね」
サティアは鏡を見ながら言った。いつもは三つ編みにしている黒髪を、今日はそのまま下ろしている。
「うん、そのままでも綺麗な黒髪で良い感じだと思うぞ」
カリナは鏡越しに見て、素直な感想を口にした。
「……ふふふ、もうそのストレートな物言いにも慣れて来ましたよ」
サティアは少し赤面しながらも、ドキドキしながら平然を装った。
「……? そうか? よくわからないけど、良いことならいいんじゃないか」
カリナは首を傾げ、いつもの鈍感ぶりを発揮した。
忘れ物がないか確認してから、三人は一階の食堂へと降りた。
「おはようございます。朝食ですね、こちらにどうぞ」
給仕の女性が笑顔で出迎え、テーブル席に案内してくれた。食堂は宿泊客や朝食を食べに来ている人々で賑わっており、活気に満ちている。カリナ達の美貌に目を奪われる者も多いが、三人は気にする様子もなく席に着いた。
朝食は、洋食と和食を折衷したようなメニューだった。焼きたてのパンに、具だくさんのオムレツ、新鮮なサラダ。そして、温かいお粥と点心のセットも選べるようになっている。カリナはパンとオムレツを、サティアはお粥と点心を選び、隊員は両方を欲張って注文した。
「うん、美味いな」
カリナはオムレツを頬張り、満足気に頷いた。
「旅先での色んな景色を見れるのも、楽しいものだな」
「はい。……みんなどこでも、懸命に生きているんですね」
サティアも窓の外を行き交う人々を見つめ、微笑んだ。
「おいらは各地の料理が食べれるだけで幸せなのにゃ」
隊員は口の周りをソースだらけにしながら言った。
「お前は気楽でいいな」
カリナは苦笑しつつ、隊員の口を拭いてやった。
食後、給仕の女性にアーシェラへの道中でのお弁当を頼んだ。出来上がったお弁当を受け取り、アイテムボックスに収納する。支払いを済ませると、宿のスタッフ達が総出で見送ってくれた。
「いってらっしゃいませ! またのお越しをお待ちしております!」
「ありがとう。世話になった」
カリナとサティアは礼を言い、宿を後にした。
外に出ると、爽やかな朝の風が吹き抜けた。サティアから差し出された手を、カリナは自然と握り返した。三人は西門へと向かう。
西門でも、門番達が敬礼して見送ってくれた。
「いってらっしゃい! 道中お気をつけて!」
門を出たところで、カリナは空を見上げた。
「来い、グリフォンッ!!」
召喚陣が展開され、鷲の上半身とライオンの下半身を持つ巨大な神獣、グリフォンが舞い降りた。鋭い眼光と、鋼鉄のような爪。威風堂々とした姿だ。
「召喚に応じました、我が主よ」
グリフォンは恭しく頭を下げた。
「ここから西にあるアーシェラまで、お前の背に乗せてくれ」
「畏まりました。空の旅をお楽しみ下さい」
グリフォンは身を屈め、乗りやすいように背中を差し出した。三人はその逞しい背中に飛び乗った。
一番前には、景色が見たいとはしゃぐケット・シー隊員。¥そのすぐ後ろにカリナが座り、最後尾にサティアが座った。サティアは後ろからカリナの腰に手を回し、落ちないようにしっかりと抱き締める。
「行くぞ!」
バサァッ!!
グリフォンが大きく翼を広げ、力強く羽搏いた。風を巻き起こし、身体がふわりと浮き上がる。
だが、カリナが以前高山病になった記憶が共有されているため、グリフォンはあまり高度を上げず、安定した飛行を保った。
眼下には、リュウホウの街が小さくなっていく。背中から伝わるサティアの柔らかな感触と体温が、カリナに安心感を与えてくれる。
目指すは西、武大国アーシェラ。そこには、かつての盟友エリック達との再会、サキラ女王との謁見とエデンとの国交の役目、そして拳王グラザが待っている。
カリナは前を見据えた。その瞳には、新たな旅への希望と決意が満ちていた。後ろにはサティアが、前には隊員がいる。どんな困難が待ち受けていようとも、この仲間達と一緒なら乗り越えられる。
グリフォンは西の空へと、矢のように突き進んでいくのだった。




