200 再会の約束と安らぎの夜
『蒼銀の羽亭』の大浴場。心地良い湯加減と、互いの体温に包まれた安心感。カリナとサティアは、うとうととまどろみの中に沈んでいたが、ふと我に返った。
「っ……! 危ない、完全に寝てしまいそうだった」
カリナが慌てて顔を上げた。頬は上気し、瞳はとろんとしている。
「ふふ、そうですね。心地良くて……眠くなっちゃいましたね」
サティアもまた、夢見心地のような表情で微笑んだ。
「少し、涼みましょうか」
二人は湯船から上がり、のぼせ気味の身体を冷ますために、浴室の隅にあるベンチへと向かった。ベンチは竹製で、ひんやりとした感触が火照った肌に心地好い。見上げれば、開け放たれた天井の一部から、満天の星空が見えた。宝石箱をひっくり返したような輝きが、湯気に霞む視界の先で瞬いている。
「座ってください、カリナさん」
サティアはベンチに腰掛けると、自身の太ももをポンと叩いた。
「えっ……いや、普通に横に座るよ」
カリナは躊躇したが、サティアは譲らない。
「いいえ、私がカリナさんを甘やかすと言ったでしょう? さあ……」
有無を言わせぬ聖女の圧に負け、カリナはおずおずとサティアの膝の上に腰を下ろした。豊満な太ももの感触と、背中に触れる柔らかい肢体。
「ふふ、軽いですね。それに、柔らかくて気持ちいいです」
サティアはカリナの腰に手を回し、愛おしそうに抱き寄せた。少女特有の華奢な身体と、滑らかな肌の質感。まるで精巧なビスクドールを抱いているかのような錯覚を覚える。
「……星が綺麗だな」
カリナは照れ隠しに空を見上げた。
「この世界が虚構だとは、とても思えない。……本物の現実世界みたいだ」
煌めく星々、肌を撫でる夜風、竹林の擦れる音。五感で感じる全てが、あまりにもリアルすぎる。
「そうですね……」
サティアもまた、星空を見上げながら、カリナの身体を後ろからぎゅっと抱き締めた。豊かな胸がカリナの背中に押し付けられ、二人の心臓の鼓動が重なり合う。
「こんな世界を創った存在と、その女神アリア様は戦うのでしょうから……想像を絶する戦いになりそうですね」
「ああ。私達人間の力では、絶対に敵わない存在だと言っていた」
カリナの脳裏に、女神アリアの言葉が蘇る。
「アリアのあの神気の絶対結界、あれは人間や悪魔では破ることは不可能だ。……そんな存在と敵対するくらいだから、相手も神なのかもしれないな。邪神や魔神なのかもしれないけど」
神々の戦い。それは、PCである彼らの想像すら及ばない領域の話だ。
「まあ、私達は悪魔を滅するのみですよ」
サティアは努めて明るい声を出した。
「いずれ魔導列車でアーシェラとマギナも繋がれば、いつか魔大陸に乗り込むことになるでしょう。……でもその前に、グラザさんやエヴリーヌさんをエデンに呼び戻して、万全の戦力で挑まないとですけど」
「そうだな。あいつらが、私達の主力メンバーがいれば、エデンの戦力は盤石になる」
カリナは頷いた。格闘術士で『拳王』の異名を持つグラザに、弓術士で射撃の天才であるエヴリーヌ。残りは二人だ。
「グラザはまあ、既に居場所がわかっているからぶん殴ってでも連れて帰る。……だが、エヴリーヌはどこにいるんだろうな」
カリナは眉を寄せた。
「全く見当がつかない。あいつは何をやってるんだろうか」
「私達なら、きっと見つけられますよ」
サティアの手が、カリナの濡れた髪を優しく撫でた。
「希望を持っていきましょう」
「そうだな、きっと見つかる。見つけ出して見せるさ」
カリナの瞳に、強い意志の光が宿る。
しばらく星空を眺めていたが、身体が冷え始めてきた。
「そろそろ出ないと湯冷めしますね。出ましょうか」
サティアは言うなり、カリナを軽々と持ち上げた。
「うわっ!?」
お姫様抱っこだ。視界が高くなり、サティアの顔が間近に迫る。
「お前ら術士なのに、力あるよな……」
カリナは呆れたようにこぼした。見た目は深窓の令嬢のようなのに、この怪力ぶりはどうだ。
「まあ、筋力も鍛えてますからね。……エクリアさんなんて、素手でも並の魔物なら斃せるんじゃないですか?」
サティアは茶目っ気たっぷりに笑う。
「ああ、あいつも確かに筋力はあるな」
カリナも苦笑した。
「カグラも接近戦でも強いし、エヴリーヌも遠距離からの狙撃だけじゃなく、接近されれば短剣技も使える。……隙が無いよな、ウチのエデンのメンバー達は」
頼もしい仲間達。彼らとなら、どんな困難も乗り越えていける。
「そうですね。時間が掛かっても、みなさんを見つけましょう」
サティアはカリナを抱っこしたまま、脱衣所へと向かった。その足取りは軽く、まるで宝物を運んでいるかのように大切そうだ。
脱衣所に戻ると、サティアはカリナを籐の椅子に座らせ、甲斐甲斐しく世話を焼き始めた。ふかふかのバスタオルで、カリナの身体についた水滴を優しく拭き取っていく。指の間、耳の後ろ、そして背中。まるで赤子を扱うような手つきに、カリナはくすぐったいやら恥ずかしいやらだ。
「髪も拭きますね」
別のタオルで、長い赤髪を包み込み、水分を吸い取らせる。
「……私もやるよ」
カリナは立ち上がり、新しいタオルを手に取った。今度は自分がサティアの世話をする番だ。豊かな黒髪を丁寧に拭き、その迫力ある肢体についた水滴を拭っていく。豊満な胸、くびれた腰、滑らかな太もも。拭くたびに肌が震え、サティアが微かに吐息を漏らす。
「今後は旅に出る時は、魔導ドライヤーを持って来た方がいいな」
カリナが髪を拭きながら提案する。
「あれはコンセントがなくても使えるから便利だし」
「そうですね。タオルドライだと、乾くのに時間が掛かりますから」
サティアも同意した。長い髪の女性にとって、ドライヤーは文明の利器であり必需品だ。
身体が乾いたところで、着替えだ。カリナはアイテムボックスから、白のフリルが付いた可愛らしいレースのショーツを取り出し、穿いた。就寝前なのでブラは着けず、その上からルミナス聖光国の王女セラフィナに貰った、桃色のフリルのワンピースの寝間着を頭から被る。ふわりとしたシルエットが、少女らしさを引き立てる。
サティアもまた、セクシーな白のレースショーツを穿いた。彼女もブラは着けず、ベージュの薄手のナイトドレスに袖を通す。胸元が大きく開いたデザインで、ゆったりとした生地が身体のラインを拾いつつも、ノーブラであるため、動くたびに豊かな胸が揺れ、深い谷間が強調される。その姿は、清楚な聖女というよりは、夜の女神のような妖艶さを秘めていた。
「じゃあ、部屋に行きましょうか」
サティアは自然にカリナの手を引いた。その手は温かく、カリナは安心感を覚える。二人は手を繋ぎ、隊員が待つ『桃源の間』へと戻った。
部屋に入ると、中華風のランタンの柔らかな光が出迎えてくれた。壁には水墨画が掛けられ、調度品も紫檀などの高級木材が使われており、ここがアーシェラに近いのだと改めて実感させられる。
エキストラベッドでは、ケット・シー隊員が丸くなって幸せそうな寝息を立てていた。
「ぐぅ……魚……うまい……むにゃ……」
どうやら夢の中でも食事をしているらしい。
「あいつは幸せそうだな」
カリナは苦笑しつつ、通信機を取り出して耳に装着した。魔力を流し込むと、通信機が起動した。
『……おっ、カリナか?』
すぐにエリックの声が聞こえてきた。
「ああ、エリックか。今はリュウホウの街に着いたところだ。明日の夕方には、そっちに着くと思う」
『おお、もうアーシェラ領内だな! 早いじゃねえか!』
エリックの声が弾む。
『わかったぜ、夕方だな。どうせ明日は暇だし、テレジア達と東門の前で出迎えてやるよ』
「ああ、頼む。……今回は、聖女のサティアも一緒だ」
カリナは隣にいるサティアに視線を送った。
「彼女もエデンの、VAOのトップランカーだったから、知ってるんじゃないか?」
『えっ? サティアって……あのえげつない神聖術を使う聖女か!?』
エリックの声が裏返った。
『知ってるぜ! そいつは楽しみだ! 俺はお前達エデンのランカーのPvPの圧倒的さを見て、それを目指してVAOを始めたくちだからよ!』
憧れのプレイヤーに会える興奮が伝わってくる。
『了解だ! じゃあ明日、楽しみに待ってるぜ!』
「ああ、じゃあ明日な」
通話を終え、カリナは通信機を外した。
「エリックさんですか? アレキサンドの剣術大会で知り合ったPCですよね」
サティアが興味深そうに尋ねる。
「最高ランクの魔剣バルムンクを持っていると、カグラさんが言ってましたね」
「ああ。あいつもセリスと同じ様に、弱者を守るために剣を振るっている英雄だ」
カリナは誇らしげに語った。
「『ドラゴンベイン・オーダー』、竜滅の騎士団って名前のギルドの団長だ。メンバーのテレジアとディードはNPCだが、中々の使い手だった。会うのは久しぶりだな」
「カリナさんは、行く先々でいろんな人と仲良くなりますよね」
サティアは感心したように目を細めた。
「その行動力は、素晴らしいです」
「自分では意識してないんだけどなあ……」
カリナは頭をかいた。
「いつの間にか、この世界でもたくさんの縁ができたな。シルバーウイングにルミナスアークナイツ、それにドラゴンベイン・オーダー、各国の王達……」
この短期間で出会った人々の顔が、走馬灯のように脳裏をよぎる。
「みんな、この世界を懸命に生きている。……だからこそ、こんな虚構の世界は終わらせないといけないんだろうな」
カリナは小さな拳を強く握り締めた。この世界が元はゲームの世界である以上、いつかは終わる。だが、そこで生きる人々の想いは本物だ。それを守りたいと願う気持ちもまた、本物なのだ。
「ええ……。でも、焦ってはダメですよ」
サティアは優しく諭し、ベッドに腰掛けるカリナを抱き締めた。
「カリナさんはすぐに無理をしますから。……ゆっくりでいいんです。この世界を楽しみながらでも、少しずつ前に進みましょう」
サティアの温もりが、カリナの張り詰めた心を解きほぐしていく。
「そうだな……焦っても仕方ないよな」
カリナは肩の力を抜いた。
「明日はアーシェラに着いたら、エリックのギルド本部でゆっくりさせてもらおう。この街では何も問題が起きてなくて良かった。御陰でのんびりできたしな」
そう言って、隣のサティアの柔らかい身体を抱き締め返した。甘い香り、弾力のある肌、そして自分を全肯定してくれる慈愛。
「そうですね。この街は平和で良かったです。どこに行っても悪魔の騒動がありましたからね」
サティアも安堵の息を漏らす。
「グラザさんに会う前に、アーシェラのサキラ女王に会いましょう。カシューさんとの通信手段を渡さないといけませんから。……その後で、グラザさんのところに行きましょうね」
「そうだな、まずは国交が大切だ。グラザは逃げたりはしないだろうしな」
カリナは笑った。
夜も更け、就寝の時間となった。サティアはいつものようにベッドに入り、シーツをめくってカリナを招いた。
「さあ、カリナさん。こっちへ」
「じゃあ、お言葉に甘えて……サティアに甘えさせてもらうよ」
カリナは躊躇いなくベッドに潜り込んだ。すぐにサティアの腕が伸びてきて、カリナを引き寄せる。ノーブラのナイトドレスは乱れ、はだけそうな巨乳の胸元に、カリナの顔が埋まる。
「……ん」
カリナはそっとサティアを抱き締め返した。その温もりと甘い香り、そして海のような包容力。不安も迷いも全て溶けていくような安らぎの中で、カリナの意識は急速に遠のいていった。
「おやすみなさい、カリナさん」
サティアはその寝顔を愛おしそうに眺めながら、カリナの赤髪にそっと口づけを落とした。そして、胸の中に大切な宝物を守るようにして抱き締め、静かに目を閉じた。
窓の外では、月が静かにリュウホウの街を照らしている。こうして、二人の穏やかで平和な夜は、更けていくのだった。




