195 揺れる心と平和への乾杯
貴賓室の天蓋付きベッドで、カリナは深い眠りから覚めた。
まぶたの裏に残る温かな余韻。そして、目を開けた瞬間に視界いっぱいに飛び込んできたのは、至近距離にある豊かな双丘だった。サティアが、まるで大切な宝物を守るように、眠るカリナを抱き締めていた。ブラウンのナイトドレスは大きくはだけ、その豊満な胸は完全に露わになっていた。雪のように白い肌、瑞々しい張り、そして頂点に咲く愛らしいピンク色の蕾。サティアの素肌の感触が、カリナの頬にダイレクトに伝わっていた。
「ん……」
甘い匂い。サティア特有の、花のような、そして微かに残るミルクのような香り。カリナはその温もりから離れたくないと感じ、無意識にそのさらけ出された豊満な胸に顔を埋めた。右手の掌に感じるサティアの巨乳の柔らかさが、生々しく、そしてあまりにも心地良く伝わってくる。その重み、弾力、そして肌の滑らかさ。全てがカリナの心を溶かしていくようだった。
しかし、その安らぎの中で、ふと冷たい不安が鎌首をもたげた。その温もりを手放したくないという衝動が湧き上がると同時に、自分の身体はどうなってしまうのかという恐怖が襲う。
このまま、この少女の身体でいる限り、この不安定な状態がずっと続くのだろうか。PCの肉体は基本的に変化しない。成長も老化もしない。そうだとするならば、自分はこの性と、アバターの年齢的な未成熟さ、そして不安定なホルモンバランスの揺らぎと、この先もずっと向き合わなければならないのか。
中身は男であるはずなのに、精神が肉体に引っ張られ、思考までもが少女のそれに書き換えられていくような感覚。それは、自己の喪失にも似た根源的な恐怖だった。
良くない考えが頭を巡り、思考の沼に沈んでいきそうになる。カリナはその不安をかき消そうと、すがるようにサティアの胸に顔を埋め、背中に回した腕に強く力を込めた。
「……んっ……?」
その力強さに、サティアがゆっくりと目を覚ました。長い睫毛が震え、優しげな瞳が不安に揺れるカリナを捉える。彼女はすぐに状況を察したようだった。震えるカリナの身体を、さらに強く抱き締め返す。その腕には、母のような慈愛と、決して離さないという強い意志が込められていた。
「大丈夫ですよ、カリナさん」
耳元で囁かれる、聖母のような声。
「あなたがどうなっても、私達はずっと側で支えますから。辛い時はいつでも甘えて下さい。……衝動が抑えられなくなっても、私達は全て受け入れてあげますから」
サティアの手が、カリナの頭を、髪を、そして背中を優しく一定のリズムで撫でる。
「……こんなのは、私じゃないんだ……」
カリナの声が震える。
「本当は……こんなことしたいと思ってしているんじゃないんだ……。身体が勝手に……心が勝手に求めてしまうんだ……」
「わかっていますよ」
サティアは深く頷き、カリナの額に自身の額を寄せた。
「カリナさんは、本当はふしだらな人じゃないことは、私達みんなが理解しています。それは全て、少女のアバターの影響なんです。……だから、心配しないで下さい。カリナさんの真摯で純真な心は、決して穢れてなんていませんから」
その言葉が、カリナの心に染み渡る。誰も責めていない。みんな、わかってくれている。その事実が、何よりも救いだった。
「ありがとう……サティア。……お前達と友達で、仲間で……一緒で、本当に良かった……」
カリナの目から、一筋の涙がこぼれ落ちる。サティアは微笑み、静かに詠唱を始めた。
「ララバイ・オブ・アエテルナ……」
淡い光の粒子が部屋を満たし、カリナの心を包み込む。不安や恐怖が浄化され、穏やかな凪が訪れる。カリナは涙を拭い、大きく息を吐いた。
「ありがとう、サティア。……でも、もう少しこのままでいさせてくれ」
「ええ、もちろんですよ」
サティアの胸に、溢れんばかりの愛おしさが込み上げた。彼女は自身の豊かな胸でカリナを挟み込むように、ぎゅっと抱き締めた。
「ああ……こうしていると、心が安らぐよ……」
二人はしばらくの間、互いの体温を確かめ合うように抱き合っていた。窓の外から、祭りの準備をする喧騒が微かに聞こえてくる。
コンコン。 控えめなノックの音が、静寂を破った。
「失礼致します。侍女でございます」
ドア越しに声が聞こえる。
「祝宴の準備が整いました。準備ができましたら、玉座の間にてお待ちしております。ドレスコードなどはありませんので、自由な格好で構いませんとのことです」
「……わかった。すぐに行く」
カリナは身体を起こした。気まずそうに目を逸らさず、しっかりと前を向く。
「よし。気を取り直して、祝宴の御馳走を楽しもう。……お酒は飲めないけどな」
苦笑いしつつ、ベッドから降りる。白いワンピースの寝間着を脱ぎ捨てると、淡い黄緑のショーツ一枚の姿になった。華奢な肩、くびれた腰。そして、少女特有の慎ましやかながらも、形の良い膨らみを持った胸。未成熟と成熟の狭間にある危うげな美しさが、夕暮れの光に照らされる。
サティアも起き上がり、ブラウンのナイトドレスを脱いだ。肩紐を滑らせ、布地が床に落ちると、露わになるのは対照的なまでに成熟した肉体美。だが、その胸元と下腹部は、見てわかるほどに濡れていた。先ほどのカリナの行為と、そこから溢れた母乳によって、ナイトドレスだけでなくショーツまでもしっとりと湿っていたのだ。
「ああ……私が胸を吸ったからだよな。……ごめん」
カリナがその濡れた下着を見て、申し訳なさそうに眉を下げる。サティアは濡れたショーツも脱ぎ捨て、全裸になると、悪戯っぽく笑った。
「ふふ、仕方ないですよ。あんなに吸われたら……下着も濡れちゃいますから」
彼女はアイテムボックスから、新しいショーツを取り出した。淡いピンク色の、レースをふんだんに使ったセクシーかつ清楚なデザインだ。それを優雅に身につける姿は、滑らかなヒップラインが強調され、まるで女神の身支度のように美しい。
「……私も、そんな風に下着が濡れたりするんだろうか」
カリナが自分の身体を見下ろし、不思議そうな顔をする。アバターの影響がそこまで及ぶのかという純粋な疑問だった。
「ふふ、試してみますか?」
サティアが指をわきわきさせながら、蠱惑的な笑みで近づいてくる。
「いや、やっぱりいい! なんか怖い!」
カリナは慌てて後ずさりし、アイテムボックスを開いた。取り出したのは、エクリアのブティック『モード・ド・エデン・セレスト』で、ルナフレアに見立てて買ってもらった服だ。
「これにするよ」
それは、黒を基調としたシックでモダンなセットアップだった。
トップスはノースリーブで、Vネックの胸元にはリボンのようなタイがあしらわれている。肩周りには黒い花びらのようなフリルが幾重にも重なり、まるで小さな翼のようだ。
ボトムスは、ショートパンツの上にアシンメトリーなロングスカートのような布地が重ねられたデザイン。歩くたびに太ももが見え隠れし、生地に施された立体的なフリルがエレガントな動きを演出する。
足元は、服の色に合わせた黒いパンプスを選んだ。シンプルなデザインだが、足首を美しく見せるカッティングが施されている。
「手伝いますね」
サティアは、ショーツとお揃いの黒いブラを手に取り、カリナに着けてやった。背中のホックを留め、肩紐を調整する。カップに収められたバストは、控えめながらも柔らかな曲線を描き、少女から大人の女性へと変化していく過程の美しさを湛えている。
「……これ、買った時は気付かなかったけど、エデンの祝宴でリーサが着てたのと似てるなあ」
カリナが袖を通しながら苦笑する。
「ルナフレアに怒涛の着せ替えをさせられたから、気付かなかったよ」
姿見の前に立ち、自分の姿を映す。黒い服が白い肌を際立たせ、思った以上に似合っている。ショートパンツから伸びる脚のラインと、それを隠すようで隠さないロングスカートのバランスが絶妙だ。
「……こういうのも悪くないな」
ふと漏れた言葉。女性のファッションを自然と受け入れている自分に、やはり違和感を覚えてしまう。以前なら拒絶していたかもしれない装いを、今は「悪くない」と感じている自分。
だが、サティアは背後からカリナの肩に手を置き、鏡越しに微笑みかけた。
「似合っていますよ、とても素敵です。……現実の性別がどうであれ、今のカリナさんはカリナさんですから。自分を受け入れて下さい。その方が、精神的にも楽になりますからね」
「そうだな……。今更どうしようもない。今はそうした方が精神的にも楽なのなら、そうするよ」
カリナは肩の力を抜いた。抗うのではなく、受け入れる。それは諦めではなく、この世界で生きていくための適応なのだと、サティアの言葉に救われた気がした。
次はサティアの番だ。彼女はショーツに合わせた大きなブラと、私服を取り出した。それは、細かいギンガムチェック柄のロングドレスだった。
胸元には大きなリボンがあしらわれ、フリルがふんだんに使われたデザインは可愛らしさを強調しているが、サティアが着るとその意味合いが変わる。
タイトなウエストラインから広がるマーメイドのようなシルエットは、彼女の女性らしい曲線を際立たせ、歩くたびに揺れる裾が優雅さを演出する。
足元には、つま先にリボンのついた黒いヒールパンプスを合わせた。歩きやすさと上品さを兼ね備えた一足だ。
「よいしょ……っと」
カリナは背伸びをして、サティアの大きなブラのホックを留めてやった。弾力のある肉が手に当たる。ドレスのファスナーを上げ、胸元のリボンを整える。長い黒髪はそのまま背中に流し、清楚なお嬢様風でありながら、隠しきれない色気が漂う装いが完成した。
「ありがとうございます。……こういうのも、現実世界を思い出して良いものですね」
サティアがスカートの裾をつまんで微笑む。
「私もちょっと前に、そのお店に行ったんですよ。カグラさんと。……カグラさんは、洋服はあまり興味がなさそうでしたけどね」
「何だ、そうだったのか。行くのなら誘ってくれたら良かったのに」
「カリナさんが生理で倒れている時だったので、さすがに誘えませんでしたよ」
「ああ……そうだったのか。じゃあ仕方ないな。今度はみんなで行こう」
二人は顔を見合わせて笑った。
「おい、隊員。起きろ」
カリナはまだ爆睡しているケット・シー隊員を揺り起こした。
「むにゃ……祝宴……ごはん……肉……魚……」
寝言を言いながら起き上がった隊員は、手早くシルクハットと青いマント、赤いブーツを装着した。
「準備完了にゃ! ごはん行くにゃ!」
カリナは差し出されたサティアの手を握り、三人は祝宴の開かれる玉座の間へと向かった。
玉座の間は、昼間とは全く違う華やかな空気に包まれていた。魔法のランプが増設され、煌びやかな光が広間を照らし出している。中央には長いテーブルが置かれ、そこにはフィン王国の威信をかけた豪華な料理が所狭しと並べられていた。
山岳地帯特有の『高原野菜のバーニャカウダ』。新鮮な野菜の甘みと、温かいアンチョビソースの塩気が絶妙なハーモニーを奏でる。
メインディッシュの『幻獣猪肉のロースト』。希少な猪の肉を香草と共に焼き上げ、切り分けると肉汁が溢れ出す。川魚の王様と呼ばれる『ゴールデントラウトのムニエル』。黄金色に輝く皮目はパリッと、身はふっくらとしており、焦がしバターの香りが食欲をそそる。
他にも、チーズの盛り合わせ、色とりどりのフルーツ、見た目にも美しい一口サイズの前菜など、目移りするほどの御馳走だ。
会場には、正装したドルガンとレイラ、そして愛娘のレナが待っていた。 騎士団長リギルをはじめとする騎士達や、城の重臣達も正装で集まっている。
カリナ達が姿を現すと、会場全体から割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。
「おおおおおおっ!!」「英雄のお出ましだ!!」「カリナ様ー! サティア様ー!」
熱狂的な歓迎に、カリナは少し照れくさそうに頬をかいた。
「凄いな……ここまで派手にしてくれるなんて」
「ふふ、それだけ私達の功績が認められたと言うことですよ。胸を張りましょう」
サティアが堂々と微笑む。ドルガンが進み出て、高らかに宣言した。
「皆の者! この国を救った英雄、カリナとサティアが到着した! さあ、今日は無礼講だ! 大いに飲み食いし、盛り上がろうではないか!!」
侍従たちが銀の盆に載せたグラスを配って回る。カリナと隊員には、果汁100%の高級ブドウジュースが手渡された。
「フィンの平和を祝って……乾杯!!」
「「「乾杯!!!」」」
無数のグラスが触れ合う音が、祝宴の始まりを告げた。ドルガンは魔法マイクを手に取り、城下の民へも声を届けた。
『愛すべきフィンの国民達よ! 今日は祝宴だ! 悪魔は去った! 我々の勝利だ! 大いに盛り上がろう!!』
ドォォォォォン……!
城の外から、地響きのような歓声と、祝砲代わりの魔法花火の音が響いてきた。
「おねえちゃん!」
ピンク色のドレスを着たレナが、カリナの元へ駆け寄ってきた。後ろには、優しく微笑むレイラがついている。
「レナ、可愛いドレスだな」
カリナはしゃがみ込み、レナの頭を撫でた。
「えへへ、おねえちゃんもかわいい!」
レナが無邪気に笑う。その笑顔を見て、カリナはサティアと顔を見合わせた。守るべきものはここにある。この平和を、この笑顔を、決して悪魔になど渡さない。二人は強くそう誓い合い、フィンでの熱い祝宴の夜は幕を開けた。




