192 フィン王城への凱旋
フィン王城、玉座の間。張り詰めた空気の中、国王ドルガンは玉座の肘掛けを強く握りしめ、耳元の通信機に向かって問いかけていた。
「……カシューよ。彼女達は大丈夫だろうか」
その声には、隠しきれない焦燥と不安が滲んでいた。
「彼女達に何かあっては、俺はお前に顔向けできん。……もう出発してからかなり時間も経つ。『影霊子爵』とは、それほど強敵なのか?」
通信機の向こう側で、カシューの落ち着いた声が響く。
『ああ。裏の階級の子爵だね。表の階級で言えば、侯爵から公爵レベルの力を持っているよ』
「なっ……公爵レベルだと!?」
ドルガンは息を呑んだ。この世界の魔物や悪魔の強さは、階級によって指数関数的に跳ね上がる。公爵級ともなれば、一国を単独で滅ぼしかねない災害指定クラスだ。
『それに、彼女達はルミナスでも既に戦っているし、あと一撃というところで邪魔が入ったんだよね。……でも、心配はいらないさ』
カシューは軽く笑った。
『今回はあの頃よりも、彼女達も成長している。魔法工学の装備も充実しているし、仲間同士の連携も洗練されている。まあ、負けることはないよ』
「し、しかしだな……相手は悪魔だぞ? 万が一ということも……」
ドルガンが言いかけた、その時だった。
ギギギィィィ……。
重厚な扉がゆっくりと開き、光が差し込んだ。逆光の中に浮かび上がったのは、騎士団長リギルと数名の騎士達。そして、その中央を堂々と歩く、真紅のツインテールの少女と、豊満な美女。二人の英雄、カリナとサティアだった。その身体には傷一つなく、足取りもしっかりとしている。
「へ、陛下……!」
騎士団長リギルは玉座の前の赤い絨毯まで進み出ると、深々と跪いた。その声は震えていたが、それは恐怖ではなく、圧倒的な感動によるものだった。
「ご報告申し上げます! 悪魔、『影霊子爵ヴァル・ノクタリス』の討伐……完了致しましたッ!!」
その言葉が、広い玉座の間に響き渡った。
『ほら、言った通りだろう?』
通信機から、カシューの愉快そうな声が聞こえた。
『今の彼女達には、裏の子爵など相手にならないさ』
「……信じられん」
ドルガンは呆然と呟き、慌てて騎士団長に問いかけた。
「リギルよ、被害は? 騎士団の損耗はどれくらいだ?」
「はっ!」
リギルは顔を上げ、力強く答えた。
「我々だけでは到底不可能な戦いでした。……正直に申し上げれば、負傷者も多く、あのままでは全滅していたでしょう。ですが……」
彼は畏敬の念を込めて、背後の二人を見上げた。
「彼女達の到着により、悪魔の軍勢はあっという間に壊滅しました! さらに、聖女様の神聖術で騎士団の負傷者も全て回復し……死者は、一名もおりません!!」
「な、なんと……!?」
ドルガンは目を見開いた。公爵級の悪魔を相手に、死者ゼロ。しかも、壊滅寸前だった騎士団を立て直し、完勝したというのか。
「エデンの特記戦力……そこまでなのか……」
『ははは! 驚いたかい?』
カシューが楽しげに笑う。
『じゃあ、彼女達を労ってやってくれ。祝宴を楽しむようにとね』
プツッと通信が切れた。ドルガンは大きく息を吐き、改めて二人に向き直った。
カリナとサティアは、他者の手前、即座に臣下のロールプレイに入っていた。リギルの後ろに跪き、恭しく頭を下げる。
「ドルガン国王陛下。影霊子爵ヴァル・ノクタリスは討ち取りました」
カリナは顔を上げ、アイテムボックスから黒い結晶を取り出した。それは大人の拳ほどの大きさがあり、禍々しい魔力を放っている。
「これがその証拠の、闇の魔力結晶です」
「お、おお……! 確かに、凄まじい魔力を感じる……」
ドルガンは玉座から身を乗り出した。
「最後に大技を放とうとしましたが、カリナさんの不死鳥の聖衣の絶技で完全に消滅しました。フィンの街にも被害はありません」
サティアが静かに、しかし誇らしげに報告する。
「ふぅ……」
ドルガンは玉座に深く沈み込み、安堵の息を漏らした。
「そうか、我が国は守られたのだな……。それにしても、聖衣とは……召喚体を鎧として纏うという、伝説のような奥義だ。カシューからは聞いていたが……カリナよ、お前の召喚術士としての腕前は、想像を遥かに超える凄まじいものなのだな」
「いえ、まだまだです」
カリナは謙虚に首を振った。
「私が更に腕を上げれば、聖衣ももっと進化し、さらに凄い力を発揮できるでしょう。……まだまだ、道半ばです」
その言葉に、リギルが感極まったように声を上げた。
「陛下! 彼女の召喚した軍勢の殲滅力は凄まじく、悪魔の魔界兵団を一瞬で灰燼に帰しました! あれほどの召喚術士がまだこの世界に存在することが、奇蹟に近いです!」
彼は興奮冷めやらぬ様子で続けた。
「それに加えて、彼女の剣技に魔法剣技は悪魔をも圧倒し、聖女様の神聖術は並の神聖術士の術とは規模も効果も段違いでした! 我々も……我々も更に腕を磨き、エデンに負けぬように鍛錬に励みます!!」
「うむ。良い心掛けだ、リギル」
ドルガンが満足気に頷く。その隣で、王妃のレイラも目を潤ませていた。
「まだこの世界に、そんな召喚術士が存在したなんて……。カリナさん、あなたはきっと、血の滲むような努力をして来たのね……」
彼女は膝に抱いた幼いレナの頭を撫でながら、カリナに優しい眼差しを向けた。同じPCとして、その強さを手に入れるまでの苦難を想像したのだろう。
「ああ、カリナにサティアよ」
ドルガンは威厳を持って告げた。
「フィンの騎士団を、そしてこの国を救ってくれたことを感謝する。お前達がいなければ、この国は落とされていただろう。礼を言わせてくれ」
「いえ」
カリナは顔を上げ、真っ直ぐに王を見つめた。
「あの悪魔の標的は私達でした。むしろ、私達がこの国を危機に追いやったようなものです。……なので、頭を上げて下さい」
完璧な臣下のロールプレイ。恩着せがましさなど微塵もない、清廉潔白な態度だ。
「はい。あの悪魔はルミナスで仕留めそこなった悪魔……。この国を巻き込んでしまい、申し訳ありません」
サティアも深く頭を下げた。
「そうか……。だが、どちらにせよこの国は守られたのだ。結果が全てだ」
ドルガンは立ち上がった。
「我等も騎士団や戦力を整えなければならないな。……とにかく、今日は国を挙げての祝宴だ!」
彼は懐から魔法マイクを取り出した。城下の拡声器に繋がっている、王の声を行き渡らせるための魔法工学の道具だ。
『親愛なるフィンの国民達よ! 聞いてくれ!』
ドルガンの朗々とした声が、城内だけでなく、城下町全体へと響き渡る。
『今日、この国を悪魔が襲った。……だが、恐れることはない! 我等が騎士団、そしてエデンの特記戦力の英雄、召喚魔法剣士カリナと聖女サティアの御陰で、誰一人欠けることなくこれを討伐できたのだ!!』
おおおおおおっ……!! 地響きのような歓声が、城壁を越えて玉座の間まで届く。
『今日は祝宴だ! 城下の者達も、今日は夜を明かして盛り上がろうではないか!! 酒も食料も振る舞うぞ!』
ワァァァァァァッ!! さらに大きな歓声が爆発した。
「リギルよ。お前達騎士団も大儀であった」
ドルガンはマイクを下ろし、騎士団長を労った。
「祝宴は夜からだ。それまではその疲れを癒しておくがよい」
「はっ! ありがとうございます!」
リギル達騎士団は一礼し、誇らしげな顔つきで退室していった。
重厚な扉が閉まり、広い玉座の間にはPC達だけが残された。途端に、ドルガンの表情から王の威厳が抜け、フランクな友人の顔に戻った。
「ふぅ……。やれやれ、これで一安心だな」
彼は肩の力を抜き、苦笑した。
「楽にしてくれ。……本当に、助かったよ」
「はは、カシューもそうだけど、王様のロールプレイは大変ですね」
カリナは立ち上がり、肩をすくめて笑った。
「ええ。私達もみんなの前では『カシュー陛下』って呼ばないといけませんからね。御陰で、他国に行っても臣下のロールプレイは自然とできてしまいますけどね」
サティアもくすりと笑い、優雅に立ち上がった。
「はは、そうだな。同じPCでも、立場が違えばロールプレイは大変だな」
ドルガンは笑い声を上げたが、すぐに真剣な眼差しになった。
「だが、本当にありがとう。……夜まではゆっくりしてくれ。今日は城の貴賓室を使ってくれ。そろそろ昼だ、昼食もそこに運ばせよう。祝宴の準備もあるし、悪魔との戦いでの疲労もあるだろう。城の大浴場も自由に使っていいからな」
「ええ。小国なので余り大したおもてなしはできないでしょうけど……楽しんでくれると嬉しいわ」
レイラも申し訳なさそうに、しかし心を込めて言った。
「いや、この国の人々が喜んでくれているのが何よりだよ」
カリナは外から聞こえる歓声に耳を傾け、微笑んだ。
「はい。それが一番の褒美ですね」
サティアも同意する。ドルガンは手元のベルを鳴らし、侍女を呼んだ。
「彼女達を最高級の貴賓室に案内しろ。すぐに昼食も運んでくれ」
「畏まりました、陛下」
現れた侍女は優雅に一礼し、カリナ達に向き直った。
「では、ご案内致します」
カリナとサティア、そしてケット・シー隊員は、侍女に連れられて王城の廊下を歩いた。磨き上げられた大理石の床、壁に飾られた絵画、生けられた花々。どこを見ても手入れが行き届いており、この国の豊かさと平和への愛着が感じられる。大浴場の場所も案内され、貴賓室へと移動する。
案内された貴賓室は、城の最上階近くにあった。
扉を開けると、そこは広々としたラグジュアリーな空間だった。高い天井にはシャンデリアが煌めき、床にはふかふかの絨毯が敷き詰められている。部屋の中央には、天蓋付きのキングサイズベッドが二つ並び、窓からはフィン王国の美しい街並みと、遠くに広がる山々が一望できた。家具は全て最高級の木材で作られており、座り心地の良さそうなソファセットや、書き物机も完備されている。
「うわぁ……凄いな」
カリナが感嘆の声を漏らす。
「はい、とても素敵なお部屋ですね」
サティアも目を輝かせる。
「ふかふかにゃー!」
隊員は早速ベッドにダイブし、その弾力を確かめている。
侍女が鍵を渡して退室すると、すぐに別の侍女達がワゴンを押して昼食を運んで来た。テーブルに並べられたのは、内陸のフィン王国ならではの豪華な料理だ。
メインは『高原牛のローストビーフ』。赤身と脂身のバランスが絶妙な肉を、低温でじっくりと焼き上げた一品。特製の赤ワインソースが食欲をそそる。
サイドには『森のキノコとハーブのソテー』。香り高いポルチーニ茸やマッシュルームを、新鮮なバターとハーブで炒めたものだ。
スープは『カボチャと栗のポタージュ』。濃厚な甘みとコクがあり、疲れた体に染み渡る優しさがある。パンは焼きたての『くるみパン』と『ライ麦パン』。デザートには『山葡萄のタルト』と、香り高い紅茶が添えられていた。
「おお、美味そうだな!」
「内陸ならではの山の幸ですね。どれも美味しそうです」
「肉にゃ! 肉をなのにゃ!」
三人は舌鼓を打った。戦闘後の空腹も相まって、料理はまたたく間に胃袋へと消えていく。PC同士の国だからか、味付けもどこか懐かしく、洗練されている。
食後の紅茶を楽しみながら、カリナは窓の外を眺めた。
「さて……夜までは時間があるし、多少は汚れただろうから大浴場に行くか」
無傷だが戦闘で汗もかいた。さっぱりしたい気分だ。
「そうですね。その後は夜までゆっくりしましょう」
サティアも微笑んで頷いた。
「じゃあおいらは男湯に行って来るにゃ! 広いお風呂で泳ぐにゃ!」
隊員は元気よく部屋を飛び出していった。
「ふふ、元気だなあいつは」
カリナが苦笑すると、サティアがそっと手を握ってきた。
「行きましょうか、カリナさん」
「ああ」
カリナはその手を握り返した。掌から伝わる温もりが、戦いの高揚感を心地よい安らぎへと変えていく。二人は寄り添うように部屋を出て、フィンの王城自慢の大浴場へと向かった。廊下に差し込む午後の日差しが、英雄達の背中を優しく照らしていた。




