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聖衣の召喚魔法剣士  作者: KAZUDONA


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189  断絶の未来、PC達の選択と迫る影

 フィン王国、謁見の間。カシューからもたらされたイヤホン型通信機を通じ、二人の王と二人の英雄による、時空を超えた会談が続いていた。


『……それで、ドルガン。本題なんだが』


 カシューの声色が、ふっと真面目なものに変わった。和やかだった空気が、少しだけ引き締まる。


『エデンは今、全土の悪魔を駆逐するために動いている。各国の協力を得て、大規模な包囲網を敷くつもりだ。フィンも、この対悪魔戦線の連合に加わる気はないかい?』


 直球の勧誘だった。カリナとサティアは、固唾を呑んでドルガンの反応を待った。かつてのゲーム仲間であり、同じPCとしてこの世界に迷い込んだ同志。彼ならば、二つ返事で快諾してくれるのではないか。そんな期待があった。


 しかし、ドルガンの表情に浮かんだのは、苦渋の色だった。彼は玉座の肘掛けを強く握りしめ、視線を落とした。


「……すまない、カシュー。それはできない」


『……理由は?』


「この国は、100年前の『五大国襲撃事件』の際に、あまりにも多くのPCを失ったんだ」


 ドルガンは重い口調で語り始めた。かつてこの世界を襲った未曾有の悲劇。多くのPC国家が壊滅し、数え切れないほどの同胞が命を落とした。


「あの時、俺達の主力だった国の主力のほとんどが死んだ。生き残ったのは、俺とレイラ、それに戦闘職ではない生産職の数名だけだ」


 彼は自嘲気味に笑った。


「今のフィンの騎士団も、戦力も、エデンほど強くはない。PCの戦闘職は俺とレイラだけ。連合に加わったところで、戦力としては足手まといにしかならないだろう」


「ドルガンさん……」


 サティアが痛ましげに眉を寄せる。


「それに……」


 ドルガンは顔を上げ、広大な謁見の間を見渡した。そこには、彼が100年かけて築き上げ、守り抜いてきた平穏な日常があった。


「この世界から抜け出せる保証もない。もう100年も、何も変わらないまま過ぎてしまった。……現実世界に戻れる保証など、どこにもないんだ」


 彼の言葉には、諦観と、現状への深い愛着が入り混じっていた。


「俺達はもう、この世界での生活が『日常』になってしまった。今は国政で手いっぱいだ。国民の生活を守り、このささやかな幸せを維持すること。それが、今の俺の全てなんだよ」


 カリナはハッとした。彼らはもう、この世界での自分達の幸せを見つけている。だからこそ、結婚し、子供を成した。元の世界への帰還を諦めたわけではないかもしれない。だが、それ以上に、「今ここにある守るべきもの」が大きくなり過ぎてしまったのだ。


 カリナはサティアに耳打ちした。


「……彼らに、女神アリアの言葉を伝えるのは酷かもしれないな」


「そうですね……」


 サティアも複雑な表情で頷いた。


「誰もが私達のように、希望を持って戦えるわけではないのでしょう。彼らは今、お子さんもできて幸せなのですから……。神の言葉と言えど、それを伝えるのは彼らの平穏を乱すことになるかもしれません」


 希望は時に、劇薬となる。もし「元の世界に帰れる」という可能性を提示すれば、彼らは再び戦場に身を投じなければならなくなるかもしれない。それは、愛する我が子や妻を危険に晒すことと同義だ。ドルガンにとって、それはあまりにも重過ぎる選択なのだろう。


『……そうか。分かったよ、ドルガン』


 通信機越しのカシューの声は、友の苦悩を理解したように優しかった。


『フィンも加わってくれれば連合も更に強固になるだろうけど……無理強いはしない。君達には君達の事情がある。この世界から抜け出すための悪魔討伐は、僕達エデンに任せてくれ』


「……すまない、カシュー。力になれなくて……」


 ドルガンは通信機を着けたまま頭を下げた。


「だが、魔導列車の工事の際には、ウチのPCの職人達を派遣するよ。技術提供なら、俺達にもできる」


「ああ、それで十分だ。ありがとう」


 カリナは努めて明るく言った。


「彼らはこの世界での自分達の幸せを見つけている。だからこそ結婚して子を成したんだ。それを血生臭い戦場に巻き込むのは酷だろう」


 カリナはドルガンを真っ直ぐに見つめた。


「フィンは私達のエデンと同様、PCの国だ。危機が迫ったら必ず守るよ。私達が戦う理由は、元の世界に帰るためだけじゃない。この世界で生きる、大切な仲間を守るためでもあるんだから」


「はい。現実世界を知る数少ない同胞ですから、連合に加わらなくても私達PCの絆は変わりませんからね」


 サティアも聖女の微笑みを向けた。


 その時だった。レイラの膝の上で大人しくしていた幼い少女が、とてとてとカリナの足元に歩み寄ってきた。純真な瞳で、カリナのフリルのついた衣装を興味深そうに見上げている。


「あら、カリナさんが気になったのですね」


 レイラが柔和な笑みを浮かべた。


 カリナはしゃがみ込み、ピンクの髪の少女をそっと抱き上げた。温かくて、柔らかい。そして何より、軽い。これが、PC同士の間に生まれた命。この世界で育まれた、かけがえのない希望。


「可愛いな……。名前は何て言うんだ?」


「レナ……」


 少女は恥ずかしそうに、しかしはっきりと答えた。


「そうか、レナか。いい名前だな」


 カリナは目尻を下げた。


「お母さんとお父さんは好きか?」


「うん! 大好き!」


 満面の笑みで答えるレナ。その曇りのない笑顔に、カリナの胸が温かくなる。


「そうか。両親の言うことをよく聞いて、元気に育つんだぞ」


「ふふ、カリナさんにも可愛い妹分ができちゃいましたね」


 サティアが微笑ましそうに見守る。


「お姉ちゃんのふく、ひらひらして可愛いね!」


 レナがカリナのコートの裾を掴んで言った。


「そうか? これはエデンのメイド隊が作ってくれた服なんだ」


 カリナは誇らしげに胸を張った。


「レナも魔導列車ができたら、エデンに来るといい。見たことがない物がたくさんあるぞ。美味しいお菓子も、可愛い服もな」


「うん! エデンいく!」


「いつもは人見知りするのに……カリナさんには懐くなんて、珍しいですね」


 レイラが驚いたように言った。


「カリナさんは純粋な人ですからね。きっとお子様にも、その心の綺麗さが伝わったのかもですね」


 サティアが自分のことのように嬉しそうに言う。


「そういうことだ」


 ドルガンが満足気に頷いた。


「悪魔との戦いに協力できるほどの国力はないが、今後はエデンとの国交は魔導列車で積極的に行わせて欲しい。エデンは発展しているからな、得るものも多いだろうし」


『そうか。一緒に戦えないのは残念だが、君達の国の事情もある。だが友として、今後もその通信機で世間話などで盛り上がろうじゃないか』


 カシューが笑った。


「ああ、これまでは書状でしか連絡はできなかったからな。エデンの国政についても学ばせてもらうぞ、カシュー」


 王達の、PCとしての絆が再び結ばれた瞬間だった。和やかな空気が謁見の間を満たし、誰もがこの穏やかな時間が続くことを願った。


 だが、現実は非情だった。


「失礼しますッ!!」


 バァンッ! と扉が勢いよく開かれ、一人の騎士が転がり込むように駆け込んできた。その顔色は蒼白で、息も絶え絶えだ。


「どうした! 人払いをしたはずだぞ!」


 ドルガンが瞬時に国王の顔に戻り、鋭く問いただした。騎士はその場に跪き、震える声で告げた。


「そ、それが……! 南門に悪魔が現れましたッ!!」


「何だと……!?」


 ドルガンが立ち上がった。


「こんな小国にまで悪魔だと……!?」


 謁見の間の空気が一変した。和やかな雰囲気は霧散し、凍りつくような緊張感が支配する。カリナは素早くレナをレイラに渡し、剣呑な眼差しで騎士を見た。気持ちの切り替えは一瞬だった。そこにはもう、子供をあやす優しい姉の顔はない。歴戦の英雄の顔があった。


「悪魔の階級と名前はわかるか?」


 静かな、しかし有無を言わせぬ圧力のある声。


「は、はいっ! 『影霊子爵ヴァル・ノクタリス』と名乗っており……」


 騎士は震えながら続けた。


「『召喚術士カリナ』と『聖女サティア』を出せと……そう言って来ております!」


「……ヴァル・ノクタリス」


 サティアが低く呟き、腰紐から『メイデンロッド』を抜き放った。


「カリナさん。ルミナス聖光国で仕留め損ねたやつです。まさか、あの重傷でまだ生きていたとは……」


 その表情から慈愛が消え、聖女としての厳しさが宿る。


「ああ、執念深いな」


 カリナは吐き捨てるように言った。


「だが、私達はあれからかなりの修羅場をくぐって来た。……すぐに滅却してやる」


 彼女は右腰に差した『女神刀』と『聖剣ティルヴィング』の柄に手を掛けた。


「それに、『スカーレット(真紅の)スティンガー(一刺)』を奴はすでに14発喰らっている。悪魔の回復力が凄くても、満身創痍だろう。さっさと片をつけてやる」


『カリナ、サティア!』


 通信機からカシューの切迫した声が響いた。


『フィンには戦力が足りてない! この国を救ってやってくれ!』


「すまない……!」


 ドルガンが悔しげに拳を震わせた。


「他国の君達に、こんなことを頼む羽目になるとは……! 俺達がもっと強ければ……!」


「ごめんなさい……あなた達を前線に送り出すようなことになるなんて……」


 レイラもレナを抱き締め、涙を浮かべて頭を下げた。


 自分達の無力さが歯痒い。守るべき家族がいる。国がある。だからこそ、戦えない。そのジレンマが、彼らを苛む。


 しかし、カリナは力強く笑ってみせた。サティアが取り出したショックポーションを二人は飲んだ。


「大丈夫だ。任せてくれ」


 彼女は二人に背を向け、扉へと歩き出した。


「さっさと滅却して来る。……守りたいものがあるなら、堂々と守っていればいい。そのための戦いは、私達が引き受ける」


「はい。お任せ下さい」


 サティアも凛とした声で続いた。


「あの悪魔は必ず消滅させます。……レナちゃんの未来は、私達が守りますから」


 二人は風のように謁見の間を駆け抜けていった。その背中は、あまりにも頼もしく、そして眩しかった。


「……カシュー、すまない」


 ドルガンは玉座に崩れ落ちるように座り、通信機に向かって呟いた。


「お前の国の大事な戦力を……危険な目に遭わせてしまう……」


『大丈夫さ、ドルガン』


 カシューの声は、確信に満ちていた。


『彼女達はエデンの特記戦力で、僕の自慢の仲間だ。万が一にも負けることなんてない』


 そして、明るい声で付け加えた。


『だから君は、今日の祝宴の準備をしておいてやってくれ。勝利の美酒を、彼女達に振る舞ってやってほしい』


「……ああ」


 ドルガンは顔を上げた。その目には、再び王としての光が戻っていた。


「さすがはPvPでも最強を誇ったエデンの戦力だな。……わかった。彼女達が戻って来たときには、国を挙げて祝宴を挙げさせてもらおう!」


 友であるカシューに誓う。自分にできることは、彼女達を信じ、帰還を待つこと。そして、最高の報酬を用意することだ。


『まあ、所詮はルミナスで半殺しにした相手だ。すぐにでも帰って来るよ』


 カシューが笑い飛ばす。


「頼んだぞ、エデンの英雄達……!」


 ドルガンは祈るように呟いた。


「我が国を、フィンを救ってくれ……!」


 平和を愛する者達と、平和のために戦う者達。それぞれの想いを背負い、カリナとサティアは再び戦場へと舞い戻る。因縁の相手、影霊子爵ヴァル・ノクタリスとの決着をつけるために。

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