16 死者の迷宮へ
宿の女将さんに教えてもらった防具屋に着く。まだそれなりに早い時間帯だが、その店は既に営業を開始していた。入り口の扉に「OPEN」と書かれた札が掛けられている。カリナがヤコフを連れて店に入ると、店の店主が声を掛けて来た。
「おや、いらっしゃい。こいつは可愛らしいお客さんだ。もしかして冒険者なのかい?」
店主はどうやらドワーフのようで、恰幅の良い体格、言い換えればずんぐりとした小柄の体格に顔には立派な髭を蓄えていた。手先が器用な種族で鍛冶や生産などにその能力を発揮する。ゲームプレイヤーなら誰もがある程度は知っている知識である。
その店主は、まだ幼さが残る少女が小さな子供を連れて来たので驚いたのだろう。
「おはよう。店主、済まないがこの子に合う防具を見繕ってくれないだろうか?」
「まあ、客の要望だから応えさせてもらうが……。こんな子供を冒険にでも連れ出すつもりなのかい?」
「少々訳ありでな。この子のことは私が守る約束だが、万が一に備えてね。どうかな?」
「ふむ、客の事情には深入りはせん主義だ。子供でも着れる軽い装備を準備しよう」
「話が早くて助かるよ」
店主はヤコフの身体をごつい手で掴み、素早く寸法を測り終えると、身体に合うサイズの軽いレザーアーマーを着せてくれた。頭にもなめし皮で作られた頑丈な皮の帽子の様な兜を被せた。さすがドワーフだけあって、皮の製品であっても硬く、防御性能は高そうである。この装備に依存する展開が来ないことが一番だが、念には念を入れてのことである。
「これでどうだ? ウチでは一番小さいサイズだが、かなり硬くなめした皮で作っているから、多少の攻撃ではびくともしないはずだ」
鎧と帽子を身に付けたヤコフが鏡の前で自分の姿を見て確かめている。
「すごいね、これ。硬いのに軽いから着ていても全然苦しくないよ」
「そうか、ならそれにしよう。店主、値段は幾らだろうか?」
「そうだな、本当は二つ合わせて8,000セリンだが、サイズが合う人間がいなくてな。もう売れないと思っていたから5,000に負けておくよ。それでどうだ?」
「わかった、それで十分だよ。ありがとう」
カリナが代金を払うと、店主から「まいどあり」という言葉が返って来た。こういう店での定番のやり取りである。
「良い買い物ができた。また機会があれば寄らせてもらうよ」
「おう、気を付けて行ってきな」
愛想の良い店主に見送られて二人は店を出た。
そろそろ集合時間になる。カリナはマップを見て街の広場の場所を確認すると、ヤコフの手を引いて歩き始めた。
◆◆◆
街の中心部にある広場は多くの人で賑わっていた。屋台などの出店も出ており、ここがこの街の憩いの広場なのだとわかる。中心部に見えた大きな時計塔の真下にはベンチがあったので、ヤコフとそこに腰掛ける。まだエリア達は到着していないようなので、カリナは自分とヤコフの分のいちごオレを取り出して渡してやり、自分のストローに口を付けた。
約束の10時を回ったが、エリア達がまだ来ない。カリナは時間はきっちり守るタイプだったので、少々イライラした。そこに人混みの集団が遠くから近づいて来る。誰か有名人でもいるのだろうかと思って、その集団に目を凝らす。
そこには人々に声を掛けられながら此方に向かって来るシルバーウイングの面々がいることに気付いた。どうやら野次馬が多くて余り速く進めなかったのであろう。周囲から彼らに挨拶や声かけなどがされているようである。
「頑張れよ、シルバーウイング!」
「エリア、今日は何処へ行くんだい?」
「ロック、あんまり調子に乗んなよー」
「今日も厳ついな、アベル」
「セリナちゃん今日も可愛いぞ」
耳を澄ますとそのような他愛もない言葉が交わされている。これはさすがAランクのギルドパーティーということなのだろうか? カリナはあんな風に人気者になって騒がれるくらいなら、目立たずBランクの冒険者のままでいいと思うのだった。
人混みを掻き分けて、エリア達が時計台の下にあるベンチに腰掛けたカリナとヤコフを発見し、二人の下に走り寄って来た。やっと来たかという感じで、カリナがエリアを見る。
「ごめんね、そこで人混みに捕まっちゃって……。本当に遅れてごめん」
エリアが謝罪をしたが、カリナの機嫌は悪い。
「遅いぞ。私は時間が守れない人間が一番嫌いなんだ」
「本当にごめんなさい。あんなにも人が集まるとは思わなくて……」
予想外に人が集まり過ぎたのだろうか。それなら仕方がないと諦めて、カリナは水に流すことにした。
「まあいい。次があったら気を付けてくれ。それにしても野次馬が集まるとは、Aランクの冒険者というのは人気者なのだな」
「へへ、まあな。ウチのギルドはこの街じゃ結構人気なんだぜ」
ロックが軽口を叩く。それは別に構わないのだが、カリナには野次馬の視線が自分達にも注がれているのが居心地が悪い。
「散らせられないのか? 此方まで値踏みされているみたいで余りいい気分じゃないな。それにヤコフまでジロジロと見られるのは可哀想だろう?」
不機嫌そうにそう言ったカリナの言葉を耳にして、アベルが野次馬に大声で話しかける。
「済まないが、これから大事な話し合いもある。みんな戻ってくれないか?!」
その言葉を聞いて、野次馬達はぽつぽつと退散していった。ようやく静かになったか、とカリナは安堵した。そうやって気を抜いた瞬間にセリナが急にカリナに抱き着いて来た。
「はぁ、今日もとても可愛い! この衣装もフリフリで凄く可愛いわ! ああー、もう食べちゃいたい!」
カリナと衣装の匂いを嗅ぎながら、頬を擦り合わせて来るセリナから逃げようと体をよじる。
「何なんだ、お前は? ええい、離れてくれ!」
それでもがっちりと抱き着いてカリナを解放しないセリナを、エリアが後ろから羽交い絞めにした。
「はぁはぁ、何なんだこいつは……」
可愛いなどといわれることはあってもここまでの行動をして来る輩はいなかった。さすがに度が過ぎている。
「いい加減に謝りなさい!」
エリアが興奮するセリナの頭にチョップを喰らわせると、セリナは「ふぎゃ」と言って大人しくなった。
「ごめんなさい……。昨日からずっと可愛くて仕方ないと思っていたんだけど、今日改めて会ってみるとその可憐さについ我慢が……」
ここまで変態的に絡まれると、さすがに気味が悪い。カリナは次に絡まれたら、相手が女性とはいっても手が出るかもしれないとまで思った。そうならないためにも釘を刺しておく。
「セリナ、お前は私の側に寄らないでくれ。さすがに気味が悪い。次に同じことをしてきたら、私でも手が出るかもしれないぞ」
「はい、我慢します。だから嫌わないで、カリナちゃん!」
「いや、別に嫌うとかの話じゃない。シンプルに気持ち悪いから止めてくれと言ってるんだ」
「嫌われてないのなら良かった!」
会話が成立しない。この手の手合いは初めてである。カリナは今後もこの女性にだけは隙を見せないように気を付けないといけないと思った。
「ま、まあ、とにかく揃ったことだし、そろそろ出発しましょう。片道一時間程度の道のりだけど、ぐずぐずしてたら日が暮れてしまうわ」
エリアのその一言で、一行はようやく出発となった。カリナは出発前に既に疲労を感じていた。飲み干したいちごオレの容器を広場のゴミ箱に捨てる。
「死者の迷宮はこの街から南に行ったところにある。前衛は俺が務めるから、みんなは後ろからついて来てくれ」
街の南門から外に出て、両脇に木々が立ち並んだ道を進む。カリナはエリアの帯同している剣が淡い光を放っていることに気付いた。
「それは光の属性剣か? 良い装備を持っているな」
「ああ、これね。アンデッドが多いダンジョンだし、ウチの団長から借りて来たのよ。光属性は奴らの弱点だしね」
鞘をぱしぱしと叩いて、剣の自慢をするエリア。属性武器はその属性の精霊の祝福を受けている。そしてそれは魔法をある程度のレベルまで鍛えた者にしか目視できない。それを一目で見破ったカリナは一体何者なのだろうかと、セリナは思った。
「へぇ、ヤコフに防具を準備してやったのか。優しいんだな、カリナちゃん」
ロックがヤコフの身に付けている装備を見てそう言った。
「一応万が一に備えてな。私が守ると言った以上絶対に守るが、何が起きるかはわからない。だから最低限の防具は必要だと思ったんだよ」
ヤコフはそんなことを言われながら、自分が身に付けている皮の鎧を手で触った。
「だが、心配するな。万が一など起きないように気を配る。だからヤコフは心配しなくてもいいからな」
「うん、ありがとうカリナお姉ちゃん」
そう言ってヤコフは笑顔になった。気にかけてくれる者達がいることが、今のこの少年には心強いのだろう。
「あ、昨晩はどうだったの? 二人共あの宿でよく眠れた?」
セリナがそう言って昨夜のことを聞いて来た。
「ああ、そうだった。宿代も先に払っておいてくれたんだな。ありがとうエリア」
「いえいえ、お安い御用よ」
何のことはないという風に返すエリアには好感が持てる。
「昨日はそうだな、ヤコフが泣いて寂しそうだったので一緒に寝たよ。少しは安心してくれたみたいで、よく眠っていた。私もよく眠れたよ」
それを聞いて、セリナの目の色が変わる。
「なななな、一緒に寝たの?! なんて羨ま、いやけしからん展開なの! くぅ、私も同じ宿に泊まれば良かった!」
「いい加減に落ち着きなさい!」
エリアのげんこつがセリナの頭にヒットする。セリナは「ふぎゃっ」と言って大人しくなった。
「別にそんなにおかしなことじゃないだろう? 子供が泣いていたから一緒に寝ただけだ。騒ぐようなことじゃない」
「カリナちゃんはまるで大人の様な発言をするのね。口調もだけど、何だか男前だわ」
セリナの一言に、カリナは「そりゃ内面は青年男性なのだから当然なんだけどな」と思ったが、口には出さなかった。
暫く道なりに進んで行くと、前方に人影の様なものが見えた。それが此方へゆっくりと進んで来る。カリナの探知スキルはそれが魔物だという反応を示した。どうやら敵のお出ましである。
「出たな。ここいらじゃ頻繁に目にする魔物、ゾンビだ。この程度は俺達に任せてもらおう」
アベルがそう言うと、シルバーウイングの面々は前方へと駆け出した。ここはお手並み拝見といくかと思ったカリナは、ホーリーナイトを召喚し、ヤコフの護衛に回した。
「おりゃああああ!!!」
先に突っ込んだアベルの巨大なバトルアクスが前方のゾンビを頭から真っ二つにする。続いて飛び出したエリアの光の属性剣とロックの二刀のナイフが次々と敵を切り刻む。そして最後にセリナが放った炎の魔法で、ゾンビ共は灰になって消滅した。
「おお、さすがはAランクのギルドだけはある。見事な連携だな」
「うん、すごいなぁ……」
カリナは感心し、ヤコフは間近で見る高ランク冒険者の戦いに目を奪われていた。
「まぁ、こんなもんかな? お、魔法石発見。貰っておくか」
ロックが灰になったゾンビの中から紫色に光る欠片を取り出した。魔物を倒すと偶に手に入る魔法石である。この世界では貴重なエネルギー資源となっている代物だ。例えばランプに灯りを灯したりするのに使用される。
エデン王国ではカシューがもっと大きな機構を動かすための動力源として研究している。冒険者の仕事がなくならないのは、この魔法石が人々の生活に欠かせない物として取引きされているからでもある。
「見事だな。この調子なら私の出番はないかもしれない」
敵を殲滅して戻って来たエリア達にカリナはそう言った。
「まあ、街道周辺に出るゾンビはまだ雑魚だからね。死者の迷宮に入ればもっと危険なグールやスケルトンなんかが出て来るから、油断は禁物ね」
エリア達シルバーウイングの面々と話しながら道を進むと、そこに神殿の様な造りをした荘厳な建物が姿を現した。この建物の中がダンジョンに通じている。死者の迷宮が口を開けて一行を待ち受けていた。
「さて、ここからが本番だな」
カリナは左拳を右掌に打ち付けると、両頬をパンパンと叩いて気合を入れた。




