12 城下町デート
「ここが噂のお店かぁ。お客も多いし、人気あるのは本当なんだな」
ギルドから数分歩いた場所に、衛兵からお勧めされたアンティークというレストランはあった。
雰囲気ある木造の造りで、そこまで大きくはないが目立つ建物である。ルナフレアと二人で開放してある入口から中に入ると、元気いっぱいのウエイトレスから「いらっしゃいませ」の歓迎を受ける。
「二人なんだけど、席空いてるかな?」
「ここが噂のお店かぁ。お客も多いし、人気あるのは本当なんだな」
ギルドから数分歩いた場所に、衛兵からお勧めされたアンティークというレストランはあった。
雰囲気ある木造の造りで、そこまで大きくはないが目立つ建物である。ルナフレアと二人で開放してある入口から中に入ると、元気いっぱいのウエイトレスから「いらっしゃいませ」の歓迎を受ける。
「二人なんだけど、席空いてるかな?」
「二名様ですね。今なら窓際のテーブル席が一つ空いていますよ。そこで構いませんか?」
「うん、ありがとう」
「ではご案内致しますねー」
現代のレストランの接客服の様な衣装を着たその女性に席まで案内される。その窓際の席からは通りがよく見えた。昼時だからか、人通りもそれなりに多い。そして店内は非常に活気があり、料理のいい匂いがした。カリナのお腹が鳴る。
「ふふっ、お腹が空きましたか?」
「そうだな。中途半端に運動もしたし、商業区までは結構な距離も歩いたからね」
「こちらがメニューです。今日のお勧めはシェフの気まぐれパスタです。良ければどうぞ。ドリンクはどうなさいますか?」
メニューを開いて中身を見る。そこには様々な品が写真付きで紹介されていた。
「私はとりあえずオレンジジュースで、ルナフレアはどうする?」
「そうですね、このアップルオレというのをお願いします」
「はい、注文承りました。メインが決まりましたらお近くのウエイトレスにお声かけ下さいねー」
はきはきとした口調で注文を取ると、その女性は奥へと行ってしまった。
「元気があってよいですね。好感が持てる接客です」
「そうだな、接客はその店の顔だ。その感じがいいとお店の雰囲気も良くなる」
現実世界でアルバイトをこなしてきた経験から来る言葉が口をついた。ゲーム世界ではルナフレアの世話になりっぱなしなので、それが彼女には可笑しく聞こえたのだろう。ルナフレアはくすりと笑った。
「カリナ様はこういう所で働いた経験があるのですか?」
迂闊なことを喋ってしまった。しかし、リアルでは働いたことがあるので嘘は吐けない。
「まあね、学生時代にだけど。こういうレストランというよりお酒をメインに扱っている様な居酒屋だったけど」
「それは絶対に看板娘だったのでしょうね。こんな可憐なカリナ様が働いておられるなら、常連客はたくさんいたでしょう」
「いや、まあ、どうなんだろうか……」
女性客からよく声を掛けられることはあった。だがもしそれが今の姿で男女逆だったと想像すると、カリナは少々怖気がした。ぶるっと身震いする。
「カリナ様、お手洗いはあちらのようですよ」
「あ、うん、注文したら行って来るよ」
ぶるりとしたのを催したと思われたのだろう。まあそれも変な想像をした自分が悪い。
「じゃあ、さっきの子が言ってたお勧めにしようかな。ルナフレアは?」
「私はこの野菜たっぷりのキッシュにします。デザートはどうしますか?」
「そうだなぁ、じゃあこのチーズケーキかな」
「では私はこのガトーショコラにしますね」
そのとき近くに給仕の女性が通りかかったので、注文を告げる。
「畏まりました。では少々お待ち下さいませ!」
今度の女性も快活な様子で注文を受けると奥へと行ってしまった。ふと周りを見ると、ウエイトレスは綺麗どころを揃えているように見える。これは顔で採用してるんだろうなとカリナは思った。
トイレを済ませて戻って来ると、ルナフレアがぽつりと話始めた。
「カリナ様は明日から旅に出られるのですよね?」
「ああ、先ずは東にあるルミナス聖光国に行ってみる。聖職者がたくさん集まる国だ。聖女のサティアの情報が手に入るかもしれない。まあそう簡単に上手くいくかはわからないけどな。それでも何かしらの手掛かりは掴めるかもだし。あ、それと悪魔が最近やたらと目撃されているらしいから、次に遭遇したら奴らが何を企んでいるのか聞き出さないとだな」
「そうですか……。ここ中央からはかなりの距離がありますけど、どうやって移動されるのですか?」
「うーん、カイザードラゴンのアジーンかペガサスに乗って飛んで行こうかと思ってるけど」
「ドラゴンは、さすがに大騒ぎになりますよ。ペガサスの方が小さいし目立たないのでは?」
召喚体であるカイザードラゴンのアジーンはかなりの巨体である。確かにそれに乗って移動するとなると、目立って仕方ないだろう。ドラゴンに乗ってみたいとも思っていたが、大人しくペガサスに乗って移動する方がいいだろうとカリナは思った。
「そうだな、やっぱりペガサスに頑張ってもらうとするか」
「そうですね、それが良いと思います。でも気を付けて下さいね。聖光国は周囲を高い山脈に囲まれていますから、その上を飛ぶとなると高山病などの心配があります。そうなっては心配ですから、山脈を抜ける時は公道をお使い下さいね」
「そうか、今のVAOが現実世界ならそういった体の変調をきたす可能性もあるのか……。ありがとう、気を付けるよ。余り高い高度は飛ばないように気を付けよう」
「? ええ、是非そうして下さい。カリナ様に何かあっても遠い場所では私は行くことが出来ませんからね」
VAOやらリアルの話は止めた方がいいのかも知れないとカリナは思った。ルナフレアがその手の話をするとポカンとした表情をするからである。こういう話はPCと出会った時にするのが一番だろう。
そうやって話をしていると、料理が運ばれて来た。空腹だった二人は人気のお店のメニューを楽しんだ。絶妙な味付けがされている品を、ルナフレアとシェアして食べた。満足した二人は会計を済ませて店を出た。
「ふー、結構ボリュームあったなぁ。お腹が膨れたよ」
少し膨れた小さなお腹をぽんぽんと叩く。
「身体が小さくなった影響で小食になられたのかもしれませんね。かく言う私ももうお腹いっぱいです。量も味も中々のものでしたね。色々と隠し味が使われていたようなので、自分の料理にも取り入れてみます」
「研究熱心だな。でも私はルナフレアの料理が一番落ち着いて食べれるし、美味しいと思うけどね」
その言葉にルナフレアの表情がぱあっと明るくなる。カリナに褒められたのが純粋に嬉しいのである。
「ではこれからも精進致します。さて今からはどうしますか? まだお昼を回ったばかりですから、今日はたくさん時間がありますよ」
「うーん、確かにそうだな。じゃあ今日はルナフレアが行きたいところに付き合うよ。明日から暫くお別れだから、今日は君の好きなところに一緒に行こう」
カリナの言葉にルナフレアが笑顔になった。
「では、洋服を見に行きましょう」
「服かー、この姿でのお洒落はさっぱりだよ。武具の店にしか行ったことないなあ」
「勿体無いです、カリナ様。折角こんなにも可愛らしいのに私服が乏しいなんて。私が今日はたくさん選んであげますから」
あ、これは着せ替え人形にされるなとカリナは覚悟した。だがルナフレアが楽しそうならばそれもいいだろうと思い、彼女の動向に付き合うことにしたのだった。
◆◆◆
「つ、疲れた……」
何軒も店をはしごし、ルナフレアが気になった服を次々と試着させられたのである。休憩に寄った公園のベンチにどかっとカリナは背中からもたれ掛かった。
女性の買い物が長いのを身をもって知ることになった。たくさん買い込んだ衣装は全てアイテムボックスに放り込んである。荷物を持ち歩かなくて済むのはPCの特権であろう。NPC達は買ったものを両手いっぱいにぶら下げて歩いている。
「すみません。はしゃいでしまって……」
疲弊したカリナの隣に腰掛けたルナマリアが反省の弁を口にした。
「いやいや、私に耐性がないだけだから。その内慣れるから気にしないでくれ」
とは言っても中身は男性である。とても慣れそうには思えなかった。
「でもルナフレアはそれだけで良かったのか?」
彼女の首には綺麗なネックレスが輝いている。買い物の途中でカリナが日頃の感謝にと、気に入った物を送ったのである。
「ええ、私には今日の思い出とこのネックレスがあれば十分です。それに普段はメイド服以外は余り着ることはありませんからね」
「そっか、まあ喜んでくれたのなら良かったよ」
「でもこれ幾らしたんですか? 高かったのではありませんか?」
「1万セリンだよ。今までソロで散々稼いで来たから安いもんだ。それよりもルナフレアの方が私の服にかなりの額を使ったんじゃないのか? 今からでも払うよ」
「いえ、私はカリナ様に私の選んだ服を着て欲しかっただけですから。それにお城のお給料はかなり高いのですよ。恐らく普通の庶民の稼ぐ額の何倍もあります。王国騎士団長の側付きとなれば、それはもう裕福なものです。それに私が持っていても貯まるばかりで使うことも滅多にありませんからね」
「そうだったのか。じゃあ今日はありがたくお言葉に甘えようかな? でも次からは自分が着るものとかは自分で出すからな。いつも奢って貰ってちゃアンフェアだろ?」
「ふふ、そうかもしれませんね。では次のデートはカリナ様にたくさん奢って頂きます」
そう言って笑うルナフレアの笑顔は素敵だとカリナは心から思った。この子を泣かせるような真似は絶対にしてはいけない。戦いになっても絶対に死ぬ訳にはいかないと思うのだった。
夕日が赤く彼女の美しい横顔を照らしていた。
「さて、そろそろ帰ろうか。今日のルナフレアの夕食も楽しみだからね」
「あはは、食いしん坊さんですね。では今日も腕を振るわせて頂きます」
城下が夕焼けに染まる中、二人は手を繋いで城までの道を歩いた。
◆◆◆
城に着くと、辺りはもう暗くなっていた。城門の入口には今朝の若い衛兵がまだいたので、今日のお礼を言っておいた。「お役に立てて光栄です」と敬礼した衛兵と別れて城内に入った。
城内を進んでいると、アステリオンと出会った。二人の様子を何となく観察した彼は、「良かったですね、ルナフレア」と声を掛けた。
彼女の首に掛けられたネックレスと嬉しそうな表情を見て、そう言ったのだろう。さすがは王国の、国王直属の執政官である。観察眼が優れている。
「ふふっ、カリナ様からのプレゼントですから」
嬉しそうに答えるルナフレア。それを優しい表情で眺めながら、彼はカリナに話しかけた。
「ああ、そうそう。陛下がお呼びでしたよ。明日からのルミナス聖光国への遠征に向けて、少々話したいことがあるらしいです」
「マジか……。また変なこと企んでないだろうな。済まないルナフレア、直ぐに戻るから。夕食楽しみにしてる」
「はい、行ってらっしゃいませ」
全く、何の用事なんだかと思いながら、カリナは急ぎ足で執務室に向かった。
ドアをノックしてから「カリナだ、来たぞ」と言うと、中からいつもの気の抜けた様な声で「開いてるよー」という声がした。扉を開けて中に入る。そのままソファーに腰掛けると、カシューに話しかける。
「もう、これからルナフレアの夕食だったってのに。何の用だよ?」
「釣れないなあ。一日探し回ったんだよ。外出するならちゃんと報告してくれないかな?」
「お前は私のお母さんか? 何でイチイチそんな報告しないといけないんだよ」
「君は一応王国直属の召喚魔法剣士だ。カーズの代わりにもなってもらっている。部下の動向はちゃんと把握してないと何かあった時に困るだろう?」
「うーん、まあ、確かにそれはそうかもしれないな……」
「単純な君が大好きだよ」
「やめろ、気持ち悪い!」
いつもの冗談のやり取りをすると、カシューは立ち上がってソファーに腰掛けた。
「魔法石、たくさん余ってないかな?」
「ああ、魔物を倒すと偶に落とすあれか。あるぞ、ソロでかなりやりこんでたからかなりたくさん持ってる」
「貰ってもいいかな? 色々と新発明をするのに動力源が必要なんだよね」
「ああ、あの妙な戦車とかも魔法石で動かしていたのか?」
「まあそれとドライバーの魔力もだけどね。これから遠出になるだろう? だから連絡手段は確保しておこうと思ってね」
カシューはカリナがアイテムボックスから大量に出した魔法石の中から小さなものを見つけると、ベルを鳴らしてアステリオンを呼び出した。来るのが早過ぎる。あのベルにも恐らく何かしらの通信装置が使われているのだろう。
「この魔法石で通信機を完成させてくれ。それとこの大量の魔法石は今後の発明に利用するように」
「畏まりました。では直ぐに戻ります」
そう言って魔法石を数人の部下に回収させたアステリオンは退出して行った。
「そんな長距離の通信機が作れるものなのか?」
「フフフ……、エデンの科学力を舐めてはいけないよ。片耳に着けるだけで遠隔通信が可能になるものがこれで出来上がる。それと、この書状をルミナスの教会関係者に渡してくれるかい? サティアの捜索に協力してもらう予定だから」
そう言ってカシューはニヤリと笑った。




