119 カリナ対カーセル
実況のマグダレナの開始の合図と同時に、張り詰めていた空気が破裂した。ドォンッ!! という爆音が二重に響く。カリナとカーセル、双方が同時に地面を蹴り砕き、弾丸のように肉薄したのだ。
「はあぁッ!」「せやあぁッ!!」
舞台中央、激突の瞬間。カリナが腰に佩いた片手剣、聖剣ティルヴィングを抜き放つと同時に、カーセルの剣と激しく火花を散らす。互いの剣が噛み合い、鍔迫り合いの形になるかと思われた刹那――カリナの手首が柔軟に返る。
「ッ!?」
カーセルが目を見開く。カリナは力での押し合いを拒否し、接触した刃を滑らせるように受け流すと、流れるような動作でスラッシュエッジを繰り出した。
「くっ!」
カーセルは即座に盾を突き出し、防ぐ。ガギィンッ! と甲高い金属音が響き、カーセルが後方へタタラを踏む。
『おおっと! 初手から速い! 英雄カリナ、目にも止まらぬ剣速でカーセル選手の盾を叩きました! しかしカーセル選手も堅い! さすがはルミナスアークナイツの団長、反応速度が素晴らしい!』
実況のマグダレナが興奮気味に叫ぶ。だが、解説席のレオン王は、顎に手を当てて冷静に分析した。
『いや……今の攻防、カリナの方が動き出しがコンマ数秒遅かったはずだ。彼女は相手の出方を見てから、最適な角度で剣を入れている。恐ろしい動体視力だな』
王の言葉通り、カリナの瞳は冷静にカーセルの動きを捉えていた。体勢を立て直したカーセルが、気合と共に踏み込む。
「これならどうだ! ブレードラッシュ!」
短距離を高速で詰めながら放つ突進斬り。シンプルだが、それゆえに回避が難しい実戦的な技だ。
しかし、カリナはその軌道が最初から見えていたかのように、わずかに半身を引いた。踏み込みの深さ、肩の角度から、来る技がブレードラッシュであると瞬時に看破しての回避だ。かつて自身が操っていたメインキャラであり、カーセルと同じ聖騎士である「カーズ」の記憶と経験が、相手の攻撃モーション、硬直時間、有効射程の全てを教えてくれている。
「そこだ」
技の終わりの僅かな隙。カリナはティルヴィングを走らせる。クイック・リッパー。最短距離で振り抜く高速の一閃が、カーセルの脇腹を掠めた。
「ぐッ!?」
カーセルのコーナーに設置された水晶に、ピシリと小さな亀裂が入る。
「まだまだ! ツインカッター!」
カーセルが左右から素早く二度切り裂く連撃を放つ。対するカリナもまた、全く同じ構えを取った。
「ツインカッター」
ズガガッ!!
鏡写しのように繰り出されたカリナの剣が、カーセルの剣を二撃とも空中で相殺する。
「なっ……! 僕の技に合わせて、同じ技を!?」
「呼吸もタイミングも丸わかりだぞ、カーセル」
驚愕するカーセルを余所に、カリナは追撃の手を緩めない。回転しながら斬り払うハリケーンエッジが放たれれば、カリナはバックステップで範囲外へと退避し、回転の終わり際にライトニングピアスの刺突を盾の隙間へねじ込む。
盾で殴りつけるシールド・バッシュが来れば、その予備動作を見た瞬間に回り込み、ヴァニッシュスラストで死角から一撃を見舞う。
貴賓席で見守る仲間達からも、驚きの声が上がる。
「すっげえ……。カリナちゃん、まるでカーセルの動きを予知してるみたいだぜ」
ロックがサンドイッチを持ったまま呆然と呟く。カグラは安堵と誇らしさが入り混じった表情で頷いた。
「ふふっ、あの子はあのクラスの強さも弱点も、誰よりも知っているわ。元トップランカーの聖騎士カーズ。まるで、かつての自分自身と戦っているような感覚でしょうね」
向かいの貴賓席では、アリアが頬杖をつき、にこやかにその光景を眺めていた。
「知識と経験の差ですね。同じ手札を持っていても、それをどう切るか。カリナさんは相手の手札が透けて見えている」
舞台上、防戦一方となりつつあるカーセルが、焦燥と共に吼える。
「くっ、全部読まれてるのか!? だったら、力で押し切るまで!」
カーセルは盾を構え、全身の筋肉を躍動させた。
「アイアン・ラム!!」
盾を構えたままの突進。重装の敵すら押し返す重量級の体当たりだ。だが、カリナは不敵に笑う。それは悪手だと、その目は語っていた。カリナは一歩も引かず、ティルヴィングを逆手に持ち替えた。重心を落とし、迎撃の構えを取る。
「ガードシャッター」
ガギィィィンッ!!
盾や武器ごと押し砕く対防御専用技。カリナの一撃が、突進してくるカーセルの盾の芯を捉えた。凄まじい衝撃音が響き渡り、カーセルの体が大きく弾かれる。
「うわあぁッ!?」
自慢の盾ごと弾き飛ばされ、カーセルが体勢を崩す。その隙を見逃すカリナではない。
「ブレードワルツ」
剣を舞うように振るい、軽快な連続攻撃がカーセルを襲う。二段の斬撃から刺突、薙ぎ払い。カーセルは何とか盾で防御しようとするが、ファランクス・ガードを展開する暇も与えられない。防ぎきれない斬撃が次々と身体を捉え、その度に水晶の亀裂が広がっていく。
『つ、強い! 強過ぎる! カーセル選手、手も足も出ない状況です! カリナ選手、相手の攻撃を全て無力化し、一方的に攻め立てています!』
会場の観衆からも、どよめきが波及する。
「おいおい、あのカーセルが子供扱いかよ……」「さすがはアラーの街を救った英雄カリナだ」「格が違うな……」
ルミナスアークナイツの応援席では、ユナとカインが悲痛な声を上げた。
「団長ー! 頑張ってー! 負けないでー!」「踏ん張れカーセル! まだ終わってねえぞ!」「……相性が悪過ぎますね。カーセルの堅実な剣技が、全て裏目に出ています」
テレサが冷静に、しかし悔しげに分析する。舞台上のカーセルは、荒い息を吐きながらも、倒れることなく剣を構え直した。その瞳には、まだ闘志が宿っている。
「はぁ、はぁ……! まだだ、まだ終われない……! この盾は、みんなを守るための盾なんだ!」
カーセルが吼える。盾が淡い光を帯び始めた。
「キングス・バスティオン!」
使用者の前方を完全遮断する絶対防御。ボス級の一撃すら受け止める切り札を展開し、カーセルは守りを固めた。
それを見たカリナは、ふっと息を吐き、剣を正眼に構え直す。
「いい気迫だ。……だからこそ、私も全力で応えよう」
カリナの全身から、膨大な魔力が立ち昇る。真紅の髪がふわりと逆立ち、ティルヴィングの刀身が紅蓮の炎に包まれた。魔法剣の解放だ。
「いくぞ、カーセル」
カリナの姿がブレる。カーセルの視界からカリナの姿が消滅するほどの瞬歩による高速移動。
「消え……っ、上か!?」
カーセルが反応し、盾を掲げようとした瞬間、カリナは既に空中にいた。炎を纏った聖剣が、太陽を背に振り上げられる。
「炎属性魔法剣技――クリムゾンエッジ!」
剣から火柱が噴き上がる高威力の斬撃。絶対防御の盾に対し、カリナは真っ向からその火力を叩きつけた。
ドゴオオオォンッ!!
爆炎が舞い、カーセルのキングス・バスティオンが悲鳴を上げる。防ぎきったか、と思われたが、それは連撃の始まりに過ぎなかった。
「――サンセット・リープ!」
上段から、落陽の如く重く、鋭い斬り下ろし。炎の残滓を引き裂きながら、カーセルの盾を強引にこじ開ける一撃が入る。カーセルの膝がガクンと折れ、地面にめり込む。
「ぐ、あぁぁぁ……ッ!!」
「終わりだ。サンライズ・リープ!」
沈み込んだ体勢から、今度は地面ごと相手を斬り上げる、翔陽の如き両断技。大地を爆ぜさせながら、カリナの剣がカーセルの胴を斬り抜けた。
パァァァァンッ!!
その一撃が決定打となり、カーセルのコーナーにあった水晶が粉々に砕け散った。爆炎と砂煙が晴れていく。
『勝負ありィィッ!! 勝者、カリナァァァーッ!!』
マグダレナの絶叫と共に、会場が割れんばかりの歓声に包まれた。舞台上、カーセルは大の字に倒れ込み、空を見上げていた。カリナはティルヴィングを鞘に納め、息を整えてからカーセルの元へと歩み寄る。
「……大丈夫か?」
カリナが手を差し出すと、カーセルは苦笑いを浮かべながら、その手を取った。
「はは……完敗だよ。手も足も出なかった」
カリナに引き上げられ、カーセルは服についた土を払う。その表情には、悔しさよりも清々しさがあった。
「さすがだね、カリナちゃん。僕の技、全部見切っていただろ?」
「ああ、お前が真面目だからな。基本に忠実で、良い剣だった」
「……次は負けないよ。もっと鍛え直してくる」
「いつでも受けて立つよ」
二人は互いの健闘を称え合い、ガッチリと握手を交わした。その姿に、観客席からは惜しみない拍手が送られる。
『見事な戦いでした! 英雄カリナ選手の圧倒的な実力、そして最後まで諦めずに立ち向かったカーセル選手の不屈の精神! 素晴らしい試合に、今一度大きな拍手を!』
レオン王も満足げに頷きながらマイクに向かう。
『うむ。カリナの剣技は洗練の極みにあるな。だが、カーセルの防御も見事であった。良きライバル関係が、互いを高め合っているのが見て取れる』
試合を終え、カリナとカーセルは並んで貴賓席へと戻った。扉を開けると、仲間達が一斉に出迎える。
「カリナちゃん、おかえり! 流石ね、圧勝だったわ!」
真っ先にカグラが駆け寄り、カリナの手を握って勝利を喜ぶ。ロックがカリナの肩を叩き、アベルが親指を立てた。
「カリナちゃん、さすがだったぜ! カーセルを圧倒しちまうなんて!」
「ああ、見事な勝利だった」
そして、興奮を隠しきれないセレナが、頬を紅潮させ、荒い息を吐きながら身を乗り出してきた。
「はぁ、はぁ……カリナちゃんっ! 素晴らしかったです……! あの堅牢な守りを、正面から蹂躙する圧倒的な暴力……! そしてあの冷徹な眼差し……! ゾクゾクして、もう痺れちゃいましたぁ……!」
恍惚とした表情のセレナに、カリナは苦笑するしかない。 その横で、ケット・シー隊員も目を輝かせて飛び跳ねていた。
「隊長! さすがですにゃ! 感動したにゃ!」
一方、ユナとカインはカーセルに駆け寄り、タオルや飲み物を渡して労っていた。
「団長ー! お疲れ様! かっこよかったよ!」
「お疲れ、やっぱ一太刀入れるのも難しいな」
「いやあ、面目ない。いいところ見せられなかったよ」
「そんなことないですよ。最後まで勇敢でした」
カーセルが頭をかき、テレサが優しく声をかける。
そんな賑やかな輪の中で、ふと、エリアが立ち上がった。 彼女は自身の武器を手に取り、不敵な笑みをカリナに向ける。
「さてと。次は私の番だね」
エリアはシルバーウイングの副団長としての風格を漂わせ、軽く準備運動をする。
「カリナちゃんに凄まじい試合を見せられちゃったし、私も負けてられないな。……次は私が勝って、準決勝でカリナちゃんと戦うんだから」
「ああ。楽しみに待ってるよ、エリア」
カリナが力強く返すと、エリアはニカっと笑い、貴賓席の出口から舞台の方へと向かった。
「待っててよ、カリナちゃん! すぐ戻ってくるから!」
ひらひらと手を振り、エリアが次の戦いの場へと向かっていく。その背中を見送りながら、カリナは次の戦い、そしてその先にあるアリアとの決戦に向けて、静かに闘志を研ぎ澄ませていた。




