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聖衣の召喚魔法剣士  作者: KAZUDONA


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118  異次元の能力

 コロシアム上空に浮かぶ太陽が、白熱した午前の試合を終えた戦士達を労うように、柔らかくも力強い日差しを降り注いでいた。


 一般席とは隔絶された、選手とその関係者のみが入ることを許された貴賓席。舞台が良く見えるそのスペースには、大会運営のスタッフによって豪華な食事が所狭しと並べられている。


 張り詰めていた試合の空気はふっと緩み、シルバーウイングのギルドメンバーやルミナスアークナイツの面々、そしてケット・シー隊員達を交えた、和やかなランチタイムが既に和気あいあいと繰り広げられている。


「いやあ、午前中の試合も見応えあったな! 特にカリナちゃん、初戦の相手を凄い動きで翻弄しちまうんだから、見ててスカッとしたぜ!」


 口いっぱいにサンドイッチを頬張りながら、シルバーウイングのロックが陽気な声を上げる。その隣では、巨漢のアベルが、自身の拳ほどの大きさはある特大おにぎりを手に取りながら深く頷いた。


「ああ。俺達も観戦していて力が入った。あの細い体でよくあれだけの剣撃を繰り出せるものだ」


「ありがとう、アベル。ロックの応援はよく聞こえてたぞ」


 カリナが口元を緩めて短く答えると、シルバーウイングの副団長、エリアが楽しげに笑い、隣にいるルミナスアークナイツの面々に話を振る。


「そっちはどう? カーセル、次はカリナちゃんとでしょ?」


「う……エリアさん、食事中にその話題は胃が痛くなるから勘弁してくれないかな」


 ルミナスアークナイツの団長であるカーセルが、眉をハの字にして苦笑いを浮かべる。彼は次の二回戦、初戦でカリナと当たることが決まっていた。その様子を見て、カインが背中をバシッと叩く。


「しっかりしろよーカーセル。俺達の代表として戦ってるんだからな」


「そうよ。私とかテレサは術士だから、この大会には出られないし。その分、団長が頑張ってよね」


「プレッシャーかけないでくれよ、ユナ……」


 陰陽術士の装束に身を包んだユナが元気よく笑い、カーセルが嘆く。カリナは、そんなギルド同士の垣根を超えた交流を、大会側が用意してくれた特製ランチを食べながら眺めていた。


「……平和だな」


 ふと、カリナが呟く。 命のやり取りにも似た激闘の合間に訪れる、この穏やかな時間。カグラが隣で優しく微笑み、カリナのカップに新しいお茶を注いでくれた。


「そうね。でも、しっかり食べておかないと保たないわよ。午後はもっとハードになるんだから」


「ああ、分かってる。……ん?」


 ふと、カリナの視線が、舞台を挟んで向かい側に位置する、もう一つの貴賓席の方角へ吸い寄せられた。 そこには、この大会の主催者側であり、カリナ達にとって因縁の相手でもある「女神」――アリアが優雅に座っているはずだった。


 だが、そこに見えた光景は、カリナの予想を遥かに超えるものだった。


「……おい、あれ」


「え? どうしたのカリナちゃん……って、うわあ」


 カリナの視線を追ったカグラが、目を丸くして絶句する。その異変に気付いたセレナやロック達も、食事の手を止めて向かい側を凝視した。


 向かいの貴賓席には、次から次へと給仕達が運び込む料理のカートが列をなしていた。


 銀のクロッシュが開けられるたびに、湯気を立てる極上の肉料理、ホールごとのピザ、山盛りのパスタ、そしてタワーのように積まれたデザートが現れる。


 その中心に座るのは、真紅のロングヘアに、特徴的なツインテールのクセっ毛がふわりと跳ねる美女、アリア。カリナと瓜二つの髪型を持つ彼女は、フォークとナイフを指揮棒のように軽やかに操りながら、信じられない速度で料理を口に運んでいた。


「んんっ! やはり下界の食事は美味しいですね! 素材の味が生きているというか、この雑多な感じがまた食欲をそそります!」


 アリアは決して下品ではなく、背筋を伸ばし、マナーも完璧だ。口元を汚すこともなく、咀嚼音すら立てない。だが、その「摂取速度」と「量」が物理法則を無視していた。巨大なローストチキンが、数秒できれいに骨だけの標本に変わる。


「おかわりください! 次はあちらの魚料理を! あ、そっちのスープも鍋ごとお願いします!」


 給仕達が悲鳴に近い声を上げながら、必死に走り回っている。積み上げられた空の皿の塔は、既にアリアの座高を超えようとしていた。


「な、なんだあれ……ブラックホールか?」


「あの細い体のどこに入ってるんだ……?」


 ロックとカインが口をあんぐりと開ける。 さらに、手に持っていた巨大なおにぎりを食べ終えたばかりのアベルが、その光景を見て、持っていた茶をこぼしそうになった。


「いや……、あの量は無理だな。俺でも、あんなには食えんぞ……」


 ギルド随一の大食漢であり巨体のアベルが「無理だ」と言うレベル。それはもう、生物としての規格が違うことを意味していた。


 周囲の一般観客席からも、ざわめきが波紋のように広がっていく。「おい見ろよ、あの貴賓席」「一人で食ってるのか?」「すげえ、見てるだけで腹いっぱいになるぞ」といった驚愕の声がここまで聞こえてくる。


「何もかもある意味レベルが違うな……」


 カリナは乾いた笑みを浮かべるしかなかった。戦闘能力だけでなく、胃袋のキャパシティまでもが常軌を逸している。


「んっ、ふぅ……。ごちそうさまでした」


 やがて、テーブルの上に並べられた料理が全て消え失せると、アリアは満足気にナプキンで口元を拭った。その表情は、至福の極みといったところだ。


「まあ、腹八分目ですね。これくらいにしておきましょうか、午後の試合に差し障るといけませんし」


『あれで腹八分目!?』


 その場にいた全員の心の声がシンクロした瞬間だった。 エリアが呆然と呟いた。


「……規格外すぎるね、あの子。燃費悪いのかなあ?」


「ああ。見てるだけで胃袋が負けた気分だ」


 ロックが肩をすくめ、ユナも苦笑いを浮かべる。


「あんなに食べて、スタイルが変わらないのが羨ましいというか、妬ましいというか……」


「代謝の概念が私達とは違うのでしょうね……」


 テレサが冷静に分析し、ケット・シー隊員も「あんなに食べたら食費がすごいことになるにゃ……」と震えていた。


  シルバーウイングやルミナスアークナイツの面々はアリアを「謎の強豪」として見ているが、その正体が「神」であることを知るカリナとカグラ、隊員だけは、人知を超えたエネルギー摂取を目の当たりにし、別の意味で戦慄していた。



 ◆◆◆



 そんな騒ぎが一段落し、昼休憩も残り少なくなってきた頃。


「食後の運動……じゃないけど、次の試合の前にトイレに行ってくるよ」


 カリナが席を立った。


「あ、待ってカリナちゃん。一応心配だから、私も行くわ」


 カグラがすぐに反応し、後を追う。アリアとの因縁がある不穏な空気を考えれば、一人での行動は極力避けたほうがいいという判断だろう。 二人は並んで、選手エリアの奥にあるレストルームへと向かった。


 選手専用のトイレは、一般客用とは比べ物にならないほど清潔で、高級ホテルのような内装が施されていた。磨き上げられた大理石の床、芳しい香りが漂う空間。 カリナは「女性用」のマークがついた扉をくぐり、個室へと入る。


 用を足しながら、ふと自嘲気味な笑みが漏れた。洋式のトイレで、女性のトイレを使うことにも、もういい加減に慣れてしまった。日常の生理現象への対処も、女性特有の作法も、無意識レベルでこなせるようになっている。その適応力の高さが、今は少しだけ恨めしく、そして切なくもあった。


 個室を出て、洗面台の鏡の前に立つ。 そこに映るのは、真紅の髪の毛先が金色に輝く、ツインテールのクセ毛の紛れもない美少女の姿だ。 隣の洗面台では、先に用を済ませたカグラが手を洗っている。


「大丈夫? カリナちゃん」


「ああ、問題ないよ。ただ、ちょっと考え事をしてた」


 カリナが蛇口をひねり、冷たい水で手を洗おうとした、その時だった。


 カチャリ。


 奥の個室のドアが開き、一人の女性が姿を現した。


「――あら、奇遇ですね」


 真紅のロングヘアに、カリナと同じ特徴的なクセっ毛が跳ねるツインテール。この世のものとは思えない神秘的なオーラを纏った美女。 先ほどまで貴賓席で山盛りの料理を平らげていた張本人、アリアだった。


「ッ……!?」


 カリナとカグラの背筋に緊張が走る。 まさか、こんな場所で鉢合わせるとは。


 カリナは手を洗う動作を一瞬止め、鏡越しにアリアを見据えた。


「……神でもトイレに行くんだな」


 皮肉混じりにそう返すと、アリアは手を洗いながら、けろっとした顔で笑った。


「まあ、構造的には人間とそう変わりませんよ。食べたものは消化され、不要なものは排出される。生命の(ことわり)ですね」


 アリアはハンカチで丁寧に手を拭きながら、悪戯っぽく付け加える。


「生理は必要な時にしか来ないように調整していますけどね。あれは面倒ですから」


「アンタねぇ……」


 あまりにあっけらかんとした物言いに、カグラが呆れたような声を出す。だが、すぐにその瞳に警戒の色を宿し、アリアに向き直った。この機会を逃すまいと、ずっと聞きたかったことをぶつける。


「ねえ、単刀直入に聞くわよ。……あの能力は一体何なの?」


 カグラの問いに、アリアが小首を傾げる。


「能力、ですか?」


「とぼけないで。一回戦で見たわ。目を閉じたままで周囲が見えているみたいだし、まるで攻撃が来るのが最初から分かっているかのような回避行動……。ただの反射神経や勘じゃ説明がつかないわ」


 カグラの鋭い指摘に、カリナも無言で頷く。アリアの戦闘で見せた動きは、常軌を逸していた。


 アリアは隠す気配もなく、ふふっと柔らかく微笑んだ。


「ああ、あれですか。いいですよ、教えましょう」


 アリアは人差し指を立て、歌うように説明を始めた。


「あれは『神眼(しんがん)』に『明鏡止水(めいきょうしすい)』、そして『未来視(プリディクト・アイズ)』です」


「……は?」


 聞き慣れない、しかし響きだけで強大さを感じさせる単語の羅列に、カリナ達が眉をひそめる。


「『神眼』は、目を閉じていても相手の動きや魔力の流れ、温度、音、空気の振動……周囲のあらゆる情報を色と感覚として捉えることができる能力です。死角はありません」


 アリアは閉じていた瞳をうっすらと開ける。その真紅の瞳の奥には、底知れぬ宇宙が広がっているようだった。


「そして『明鏡止水』。常に心を波立たせないことで、体感時間を極限まで引き延ばします。あなた方の攻撃は、私にはスローモーションのようにゆっくりと見えているのですよ。冷静な判断がいつでも可能です」


「スローモーション……だと……」


 カリナが呻く。速さが武器の自分にとって、それは天敵とも言える能力だ。


「そして『未来視(プリディクト・アイズ)』。これは文字通り、数秒先の未来を見通すことができる、神の固有能力です。あなたがどちらに剣を振るか、どの魔法を使うか、結果が先に『視えて』いるのですから、避けるのは容易いでしょう?」


「…………」


 絶句だった。予想はしていたが、その内容はあまりにも理不尽過ぎた。


「そんなの……そんなチート技相手に、勝てるわけないじゃない!」


 カグラが悲鳴に近い声を上げる。全ての情報が見え、世界が止まって見え、さらには未来まで分かっている相手。じゃんけんで後出しをされるどころか、何を出すか心を読まれた上で時間を止められているようなものだ。


「ああ……そこまでの能力じゃ、まるで勝負にならない。一太刀浴びせるどころか、戦いとして成立しない」


 カリナもまた、絶望的な溜息をついた。技量や気迫で埋められる差ではない。次元が違うというのは、こういうことなのかと。


 二人の反応を見て、アリアは「それもそうですね」とあっさりと頷いた。


「あまりに一方的では、観客も興奮しませんし、何よりカリナさん、あなたが本気を出せませんよね?」


 アリアはにこやかに、とんでもない提案を口にする。


「じゃあ、決勝ではそれらは封印しますよ。ハンデです」


「……は?」


「『神眼』も『明鏡止水』も『未来視(プリディクト・アイズ)』も使いません。純粋な剣技だけでお相手しましょう。それなら文句はありませんね?」


 カリナは口を開いたまま固まった。ハンデ。神が人間に与える慈悲。プライドを傷つけられたような、しかし同時に安堵してしまった自分への情けなさ。


「そうか……ハンデ、かよ」


 カリナは何とも言えない複雑な気分で呟く。アリアの余裕綽々な態度が、どうしようもなく高い壁として立ちはだかっていた。


「さ、もう行きましょうカリナちゃん。これ以上この人と話しても、メンタルに響くだけだわ」


 カグラがカリナの手を強く引く。その顔は「あームカつくわね、あの余裕ぶった態度!」と憤慨していた。


「イライラするわね! 何がハンデよ、何が生理はコントロールできるよ! 絶対に見返してやるわ!」


 カグラの怒りに満ちた足音と共に、トイレから連れ出されるカリナ。だが、その瞳には先ほどまでの絶望とは違う、鋭い光が宿っていた。


 ハンデとはいえ、一太刀入れるチャンスはできた。相手が舐めてかかってくれるなら、それを利用しない手はない。神の能力を封じた状態のアリアになら、自分の剣が届く可能性はゼロではないはずだ。何としても一撃入れてやる、そして……この制約(ギアス)を解いてやる。拳を固く握りしめ、カリナは闘志を燃え上がらせた。



 ◆◆◆



 昼休憩が終わりの鐘が鳴り響く。午後の部、二回戦の開始だ。


 会場の熱気は午前中よりもさらに高まっている。実況のマグダレナの声が、魔法マイクを通してスタジアム全体に響き渡った。


『さあ皆様、長らくお待たせいたしました! いよいよトーナメントも佳境、二回戦のスタートです! その初戦を飾るのは……この二人!!』


 実況席の隣の解説席ではレオン王が興味深そうに身を乗り出す。


『ほう、次はルミナスアークナイツの団長と、英雄カリナか。私が最も期待を寄せる彼女が、どのような戦いを見せるか楽しみだ』


 王の視線の先、カリナとカーセルがそれぞれの席から立ち上がり、会場中央の舞台へと移動する。 同じ冒険者として、あるいは共に戦う仲間として顔見知りの二人だが、今は敵同士として対峙する。


 貴賓席から見守るエリアが、少し心配そうに、しかし期待を込めて舞台を見つめていた。


「カーセル、顔が硬いなぁ。まあ、相手がカリナちゃんじゃ無理もないけど」


「でも、彼も強くなっていますよ。簡単には終わらないでしょうね」


 傍にいたセレナが頷く。エリアは腕を組み、ニヤリと笑った。


「ま、どっちが勝っても次は私と当たる可能性があるんだからね。しっかりデータ取らせてもらうよ! ……あ、私が勝てばの話だけど!」


「エリアはまず自分の試合に集中して」


「分かってるって!」


 エリアとセレナのやり取りを背に、会場中央、カリナとカーセルが向かい合う。 カーセルは、カリナの凛とした立ち姿を見て、一度深呼吸をした後、苦笑いを浮かべた。


「はは……正直、君と当たるなんて一番引きたくないクジだったよ」


 カーセルはそう言いながらも、その瞳から逃げる意志は感じられなかった。 彼は真っ直ぐにカリナを見据える。


「でも、やるからには全力でぶつからせてもらうよ。胸を借りるつもりでね」


「ああ、手加減はしないからな。全力で来い、カーセル」


 カリナもまた、鋭い眼光を放つ。アリアと決勝で戦うためには、ここで躓くわけにはいかない。


『両者、準備はいいですね!?』


 マグダレナの声が高らかに響く。二人がそれぞれのコーナーに設置された水晶に手をかざし、魔力を注ぎ込む。水晶が強く脈動し、試合開始の準備が整ったことを告げた。


『では礼!』


 二人は一礼をし、互いに剣を構え、殺気と共に空気が張り詰める。


『それでは――始めッ!!』


 開始の合図と共に、二つの影が同時に弾けた。 カリナの神速の剣と、カーセルの堅実な技が激突する――。

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