116 一回戦開始
闘技場を揺るがす銅鑼の音と共に、一回戦第一試合の幕が上がった。
『さあ始まりました! 先手を取ったのは赤コーナー、ガジェル選手だぁぁっ!!』
マグダレナの実況が叫ぶのと同時、ガジェルの巨体が砲弾のように飛び出す。彼の手にあるのは、身の丈ほどもある巨大なバスタードソード。それを軽々と振りかぶり、初手から全力の一撃を叩き込んだ。
「吹き飛びなぁっ!! グランド・クレイモアッ!!」
ドォォォォンッ!!
地面ごと叩き割るような重い一撃が、カーセルの大盾を直撃する。衝撃波が放射状に広がり、舞台の石畳が捲れ上がった。
『速い! そして重い! いきなり大技を叩き込んでいくぅ!』
『うむ。迷いのない良い踏み込みだ。体重と魔力の乗せ方が手慣れている』
レオン王が冷静に分析する。凄まじい衝撃音に観客が息を呑むが、土煙が晴れたその先には、一歩も引かずに立つカーセルの姿があった。
「ぐっ……! 重いな……!」
「へへっ、耐えるか聖騎士! ならこいつはどうだ!」
ガジェルは止まらない。大剣を風車のように振り回し、次なる技へと繋げる。
「ヘヴィ・スラッシュ! オーバーヘッド・ブレイカーッ!!」
横薙ぎの重撃が防御を崩しにかかり、間髪入れずに頭上からの必殺の縦斬りが降り注ぐ。カーセルは歯を食いしばり、必死に大盾を操った。
「シールド・バッシュ!」
盾を突き出し、攻撃のベクトルを逸らす。だが、ガジェルの膂力は予想以上だった。剣と盾が激突するたびに、カーセルのコーナーにある水晶にピキピキと小さな亀裂が走る。
『おっと! カーセル選手の水晶にヒビが入りました! ダメージが転送されています! ガジェル選手の猛攻が止まらない!』
貴賓席で見守る仲間達が身を乗り出す。
「くっ、押されてるぞカーセル!」
「相手のパワーが桁違いです……! 盾の上から叩き潰す気です!」
カインが焦り、テレサも悲鳴のような声を上げる。しかし、カリナだけは冷静だった。
「いや、カーセルはまだ本気を出していない。……それに、気づいていないだけだ」
「え?」
カインが怪訝そうに振り返る。
「自分の力が、以前とは比べ物にならないほど上がっていることにな」
その言葉を証明するかのように、防戦一方に見えたカーセルの瞳に、鋭い光が宿り始めた。
おかしい。ガジェルの攻撃は確かに重い。だが、見えている。
カーセルは盾越しの衝撃に耐えながら、自身の感覚の変容に戸惑い、そして確信していた。以前の自分なら、今の連撃で体勢を崩されていたはずだ。だが今は、相手の筋肉の動き、魔力の奔流、剣の軌道が手に取るようにわかる。
脳裏をよぎるのは、エデン、ルミナス聖光国、陰陽国ヨルシカの三カ国連合――『対魔連合戦線』での死闘。遊撃隊の最前線で対峙した悪魔子爵との戦い、そして影霊子爵ヴァル・ノクタリスとの激戦。あの極限状態を生き抜いた経験が、彼の肉体と精神を別次元へと押し上げていたのだ。
あの時のプレッシャーに比べれば、この程度ッ!!
「フォートレス・ドミニオン!」
カーセルが吼える。盾を中心に不可視の要塞領域が展開され、防御力が爆発的に跳ね上がった。
「なっ……硬ぇッ!?」
ガジェルが驚愕に目を見開く。その隙を、覚醒した聖騎士は見逃さなかった。
「今度はこっちの番だ! ソニックセイバーダンス!」
カーセルの右手のソードが唸る。音速の領域に達した剣閃が、舞うようにガジェルの巨体を切り裂いた。
『カーセル選手、反撃開始ぃぃぃッ! 速い! 目にも止まりません!』
ピシッ、ビキキッ!
今度はガジェルの水晶に次々と亀裂が入っていく。
「ぐおおおっ!? こ、この野郎ッ! アイアン・テンペストォォッ!!」
ガジェルが大剣を暴風のように振り回し、周囲を薙ぎ払う。だが、カーセルはタワー・スタンスで要塞のような安定感を見せたかと思うと、一瞬の隙を突いて踏み込んだ。
「ドラゴンスラストッ!!」
竜が噛みつくような重い刺突が、ガジェルの大剣の腹を捉え、その体勢を大きく崩す。決定的な隙が生まれた。
「決めるッ!!」
カーセルが剣を掲げる。その刀身に、聖なる光と闘気が収束していく。会場中の空気が震えた。
「エターナルクロスディバイドッ!!」
空間そのものを十字に断つかの如き、究極のクロス斬。神速の二連撃がガジェルの体を透過し――その直後。
バァァァァァァァンッ!!
ガジェルのコーナーにある水晶が、粉々に砕け散った。
『決まったぁぁぁぁぁッ!! カーセル選手、大逆転勝利ぃぃぃぃッ!!』
一瞬の静寂の後、闘技場が揺れるほどの大歓声が爆発した。
「やったぁぁぁっ!! カーセルすごいっ!!」「見たか! あれが俺達の団長だ!」
ユナとカインが抱き合って喜ぶ。カリナも満足気に頷いた。
「やるじゃないか。見事な技だった」
「ええ、最後の奥義、鳥肌が立ったわ」
カグラも感嘆の声を漏らす。
『いやはや、見事な逆転劇でしたね陛下!』
『うむ。序盤の劣勢を耐え抜き、相手の攻め疲れを見切ってからの反撃。そしてあの一撃の威力。Aランクの名に恥じぬ、素晴らしい戦いだった』
レオン王も惜しみない賛辞を送る。
舞台上では、カーセルが剣を納め、ガジェルに歩み寄っていた。ガジェルは放心したように砕けた水晶を見ていたが、やがて苦笑してカーセルに向き直った。
「完敗だ……。あんた、とんでもなく硬ぇな。まるで城壁と戦ってる気分だったぜ」
「君の剣も重かったよ。盾が割れるかと思った」
カーセルが手を差し出すと、ガジェルはその手を力強く握り返した。互いの健闘を称え合う二人の姿に、観客席から再び温かい拍手が送られる。
カーセルが貴賓席に戻ってくると、そこはもうお祭り騒ぎだった。
「カーセル! お疲れ様! かっこよかったよ!」「まったく、ハラハラさせやがって!」「でも最後のは最高だったぜ!」
ユナやカイン、ロックたちにもみくちゃにされる。カリナも歩み寄り、ポンと肩を叩いた。
「お疲れ、カーセル。いい試合だった」
「ありがとう、カリナちゃん。……自分でも驚いたよ。体が勝手に動いたというか、あの時の戦いが活きているんだなって実感した」
「ああ。私達は確実に強くなってる」
二人は力強く頷き合った。
◆◆◆
会場ではスタッフの手により、素早く新しい水晶が設置されていく。続いて行われる試合に向けて、一人の剣士が立ち上がった。
「ふふ、次は私の番ね」
『シルバーウイング』副団長、エリアだ。彼女は腰に愛用の『光の精霊剣』を一振り差し、不敵な笑みを浮かべている。
「頑張ってね、エリアちゃん!」
「派手に決めてきて頂戴!」
カグラとセレナのエールを背に、エリアは颯爽と舞台へと向かった。対戦相手は既に舞台上で待っていた。霧の街リシオノール出身の剣士、シルヴィア。ウェーブのかかった銀髪を揺らす、妖艶な美女だ。彼女は両手に細身の曲刀を構えている。二刀流の使い手だ。
『さあ、続いての試合も注目です! チェスターのAランクギルド「シルバーウイング」副団長、エリア選手! 対するは、霧の街リシオノールより参戦、幻惑の二刀流、シルヴィア選手!』
実況と共に、二人は水晶に魔力を注ぐ。青と赤の光が灯った。エリアの一刀流に対し、シルヴィアは二刀流。手数の差をどう覆すかが鍵となる。
『礼ッ!』
一礼を済ませ、構える二人。
エリアは半身になり、光の精霊剣を正眼に構える。刀身が淡い粒子を纏って輝く。対するシルヴィアは、踊り子のようにゆらりと剣を交差させた。
『始めッ!!』
開始の合図と共に、二つの影が交錯した。
キィィィィンッ!!
金属音が連続して響き渡る。
「はあっ! ツインカッター!」
「甘いわッ!」
シルヴィアの繰り出す左右からの連撃を、エリアは最小限の動きで弾き返す。シルヴィアの攻撃は速く、変則的だ。二本の剣が蛇のようにうねり、死角からエリアを襲う。
「ブレードワルツ!」
舞うような連続攻撃。二刀流特有の手数でエリアを圧倒しようと迫る。
『凄まじい手数の応酬です! シルヴィア選手、二刀流の特性を活かした怒涛の連撃! エリア選手、防戦に回っています!』
観客の目には、エリアが押されているように見えた。だが、エリアの表情に焦りはない。
遅い。
エリアの心中は、驚くほど静かだった。シルヴィアの剣は確かに速い。Aランクの実力者であることは間違いないだろう。しかし、あの剛力の悪魔男爵との戦い、理不尽なまでの暴力を知るエリアにとって、この攻撃は十分に「見える」範疇だった。
私だってあの地獄を見てきたんだからと、エリアの瞳がカッと見開かれる。彼女の中で、眠っていた感覚が覚醒した。
「そこッ!」
シルヴィアの突きを紙一重でかわすと同時に、エリアは踏み込んだ。その動きは、カーセルのそれと同じく洗練された基本技の極致。
「スラッシュエッジからの――クイック・リッパーッ!!」
斬り上げで体勢を崩させ、返す刀で高速の横薙ぎを見舞う。その速度は、先ほどまでの比ではなかった。
「なっ……!?」
シルヴィアが反応しきれず、水晶にヒビが入る。
「まだまだ! ハリケーンエッジ!」
エリアは回転しながら、一刀で周囲を薙ぎ払う。光の粒子を撒き散らしながら放たれるその斬撃は、美しく、そして致命的だ。シルヴィアは二本の剣をクロスさせて防御しようとするが、エリアの剣圧に押され、ジリジリと後退する。
『エリア選手、一気に攻勢に出たぁぁ! シルヴィア選手、二本の剣があるのに防ぎきれません!』
『素晴らしい。一本の剣でありながら、二刀の隙間を縫うように正確無比な剣撃を繰り出している。非常に理に適った動きだ』
レオン王も感嘆の声を漏らす。エリアの勢いは止まらない。戦いの中で、彼女の体はより軽く、剣はより鋭くなっていく。
「これで終わりよッ!!」
エリアが剣を高く掲げる。魔力が奔流となって刀身に集まり、黒いオーラへと変質していく。
「ブラックメテオエッジッ!!」
黒い隕石のような質量と速度を帯びた、渾身の一撃。シルヴィアは必死に二本の剣で受け止めようとしたが、その重圧は桁外れだった。
ドゴォォォォォンッ!!
防御ごと吹き飛ばされたシルヴィアが地面を転がり、同時にコーナーの水晶が粉砕された。
『決着ぅぅぅぅぅッ!! エリア選手、圧倒的な強さを見せつけ勝利です!!』
「やったぁぁぁっ!!」
エリアは剣を掲げ、喜びを爆発させてぴょんぴょんと飛び跳ねた。観客席からは「エリア」コールが巻き起こる。
エリアは息を整えると、倒れていたシルヴィアに駆け寄り、手を差し伸べた。
「大丈夫? いい剣だったわ」
「……ええ。完敗よ。あなた、強過ぎるわ……」
シルヴィアは苦笑しながら手を取り、立ち上がる。二人はガッチリと握手を交わし、互いの健闘を称え合った。
エリアが貴賓席に戻ると、待っていたのは喝采の嵐だった。
「エリア! 最高だったわよー!」「さすが副団長! さすがだぜ!」
セレナが抱きつこうとするのをエリアは軽くかわしつつ、満面の笑みでロックとのハイタッチに応じる。カリナも腕を組んで頷いた。
「お見事だ、エリア。迷いのない良い太刀筋だった」
「へへん、でしょ? カリナちゃんに褒められると嬉しいわね!」
「やるじゃないエリアちゃん。最後の一撃、キレてたわよ」
カグラも扇子で口元を隠しながら称賛する。
「ありがとう! カーセルに負けてられないもんね!」
勝利の興奮と再会の喜びに沸く貴賓席。
そんな中、大会は順調に進んでいく。数々の熱戦が繰り広げられ、会場の熱気は冷めることを知らない。
そして――。
『さあ、一回戦もいよいよ大詰め! 皆様お待ちかね、このお方の登場です!!』
マグダレナの声が一段と高くなる。会場の空気が一変した。ざわめきが波のように引き、静寂と緊張が支配する。
『Dブロック第一試合! ……謎の存在、『女神』アリア選手ぅぅぅッ!!』
光と共に、舞台上にアリアが姿を現した。
彼女が纏っているのは、真紅のロングコートに、膝丈の赤いスカート。腰まで届く赤いハーフマントをなびかせ、肩には実戦的な赤い鎧が装着されている。
足には白いニーハイソックスに赤のブーツ。それは彼女のためだけの、全身赤一色のバトルドレスという衣装。さらに左腰には、剣と刀の二振りが納められた鞘が吊るされている。
ただ立っているだけで、世界そのものが彼女を中心に回っているかのような、圧倒的な存在感。彼女は貴賓席の方を――正確にはカリナの方を一瞥し、妖艶に微笑んだ。
「……来たな」
カリナの瞳が、剣呑な光を帯びて細められた。運命の歯車が、音を立てて回り始めた。




