115 剣術大会開幕
剣術大会当日の朝。
窓から差し込む朝日が、ベッドの上の二人を照らしていた。
「ん……」
カリナが目を覚ますと、目の前にはカグラの穏やかな笑顔があった。カグラは布団の中でカリナを愛おしそうに抱きしめたまま、優しく囁く。
「おはよう、カリナちゃん。よく寝れた?」
その体温と柔らかい感触に、カリナは安心しきった表情で頷いた。
「ああ……。カグラの温かさのおかげで、すごくよく寝れたよ。変な夢も見なかったし、気分もスッキリしてる。ありがとう」
何のてらいもなく、真っ直ぐな瞳で感謝を告げるカリナ。 そのあまりにストレートな言葉に、カグラの白い頬がボッと赤く染まる。
「もう……。こういう時は本当にストレートな言い方するのはずるいわよ……」
「?」
カグラが照れて顔を埋めるが、カリナはきょとんとして首を傾げるだけだ。相変わらずの鈍感さだった。
ベッドから出ると、身支度の時間だ。
カリナはアイテムボックスを開き、ルナフレアから渡された衣装セットの中から、今日という日に相応しい一着を選び出した。
それは、リボンとフリルがふんだんにあしらわれた、紫色のタイトなロングコート。その下には、カーキ色を基調としつつ、高貴な青色のリボンとフリルで飾られた冒険者風のドレス。内側の生地は純白とピンクで、動くたびに華やかに翻る。
足元は太ももまでの長さがある、リボン付きの白と黒のデザインのロングニーハイソックス。それをガーターベルトで留め、紺色に黄色のアクセントが入ったブーツを合わせる。
袖は長袖でフレアーなデザインになっており、優雅さを演出する一方で、裾や袖口のフリルが可愛らしさを添えている。最後に、燃えるような赤髪に黄色の花の髪飾りを留めて完成だ。
カグラが着付けを手伝いながら、眩しそうに目を細める。
「うん、とっても素敵よカリナちゃん。凛々しくて、可愛くて……最高ね」
「そうか? 少し派手な気もするが……まあ、気分は引き締まるな」
カリナが鏡の前で自身の姿を確認する。一方のカグラも、今日は気合が入っていた。いつもの装束とは少し違う、儀式用の巫女のような白い上着に、短いピンクの袴。その上に鮮やかな赤い羽織をまとい、白のニーハイに赤い履物を合わせている。
「私も一生懸命応援するわ。喉が枯れるくらい叫んじゃうかも」
「隊長の勇姿、しっかりとこの目に焼き付けるのにゃ! 楽しみですにゃー!」
ケット・シー隊員も興奮気味に尻尾を立てている。
そこへ、侍女が恭しく朝食を運んできた。
ワゴンに乗せられているのは、これから戦いに臨む戦士のためのボリューム満点のメニューだ。厚切りにカットされ、表面を香ばしく焼き上げたベーコンステーキ。ナイフを入れると半熟の中身がとろりと溢れ出す、チーズ入りの巨大なオムレツ。
新鮮な野菜とナッツをたっぷり使ったサラダには、酸味の効いたドレッシングがかけられている。湯気を立てる焼きたてのライ麦パンと、濃厚なパンプキンスープ。そしてデザートには山盛りの季節のフルーツ。
「「いただきます」」「いただきますにゃ」
カリナは手を合わせると、しっかりと食事を摂った。エネルギーを体に充填し、心身ともに万全の状態へと仕上げていく。
食後、カリナは愛刀の天羽々斬と聖剣ティルヴィングの入った鞘を手に取った。彼女は左利きだ。抜刀の動作に合わせ、迷いなく右腰に二振りを装着する。カチャリ、と硬質な音が室内に響いた瞬間、彼女の纏う空気が戦士のそれへと変わった。
「よし、行こう」
迎えの騎士に案内され、カリナ達は城外へ向かった。
◆◆◆
城の城門前には、既に迎えの豪勢な馬車が待機していた。 カリナとカグラ、隊員が乗り込むと、そこには既にアレキサンド国王レオンと、『女神』アリアが同乗していた。
「おはよう、カリナ。昨夜はよく眠れたか?」
レオン王が威厳ある、しかし親しみを含んだ声で問いかける。
「おはようございます、陛下。ええ、おかげさまで万全です」
「そうか。いよいよだな。各地の猛者が集うこの大会、其の方の見ごたえある試合を期待しているぞ」
「はい。全力を尽くします」
カリナが短く、力強く答える。その向かい側で、アリアがミステリアスな微笑みを浮かべていた。神々しいまでの美貌。その瞳は全てを見透かすようで、同時に底知れない深淵を感じさせる。
「おはようございます、カリナさん。準備は万端ですか?」
「……ああ。問題ない」
カリナはアリアのペースに乱されないよう、意識を集中して答える。アリアは優雅に小首を傾げた。
「ふふ、それは頼もしいですね。決勝で会えるのを、楽しみにしていますよ」
その言葉には、カリナがそこまで勝ち上がってくること、そして自分もまた勝ち進むことへの絶対的な確信――余裕があった。
隣に座るカグラが、ピクリと眉を動かし、警戒の色を瞳に浮かべる。その気配を察したのか、アリアはカグラに視線を移し、柔らかく微笑んだ。
「カグラさんも、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ? 今日は良い日になりますから」
「……ええ、そうね。私の妹分が優勝する、最高の日になるはずだわ」
カグラは笑顔で返したが、その瞳の奥には油断ならない相手への警戒心が渦巻いていた。
やがて、馬車は城下町の中心部にある巨大な闘技場へと到着した。石造りの外壁の向こうからは、既に地鳴りのような歓声と熱気が溢れ出している。
「では、私は先に行く。健闘を祈る」
レオン王はそう言い残し、近衛兵を連れて最上段にある特別席へと移動していった。続いて、選手の身内や関係者は、四角い舞台が間近に見える貴賓席へと案内される。
「じゃあカリナちゃん、頑張ってね! 客席からパワーを送るから!」
「隊長、みんなぶちのめして来るにゃ!」
「ああ、行ってくる」
今回は身代わり水晶のおかげで怪我の心配はない。隊員も遠慮なく檄を飛ばす。カグラと隊員に見送られ、カリナは出場者控室のある舞台袖へと向かった。
カグラ達が貴賓席に到着すると、そこには既に見知った顔ぶれが揃っていた。エリア以外の『シルバーウイング』の三人、ロック、アベル、セレナと、カーセル以外の『ルミナスアークナイツ』の三人、カイン、ユナ、テレサだ。
「あ、カグラさん! 隊員ちゃん! ここ、空いてますよ!」
ユナが手を振り、席を空けてくれる。カグラと隊員は会釈をし、彼らの近くに腰を下ろした。
「ありがとう、ユナちゃん。へぇ、ここなら舞台がよく見えるわね。特等席じゃない」
「ええ、迫力満点ですよ!」
◆◆◆
闘技場の中央、石畳の四角い舞台の上に出場者32名が集合した。観客席は超満員。割れんばかりの歓声が降り注ぐ中、トーナメントの組み合わせ抽選が行われる。
アリアが箱の中からくじを引く。その瞬間、彼女の指先から極小の、誰にも気づかれない神の力が波動となって放たれた。運命を操る、因果律への干渉。結果、トーナメント表はあまりにも劇的な形となった。
カリナとアリアは、別々のブロックの端と端。つまり、互いに勝ち進まなければ決勝で顔を合わせることはない配置だ。
そして――。
「うげっ……嘘でしょ……」
「はは……これは参ったね……」
控室に戻ってきたエリアとカーセルが、トーナメント表を見て頭を抱えていた。彼らは二人ともカリナと同じブロック。カーセルは順当にいけば二回戦で、エリアは三回戦でカリナとぶつかる組み合わせになっていたのだ。
「ツイてないわねぇ……。まさか身内で潰し合うことになるなんて」
「まあ、嘆いても仕方ないよ。やるからには全力でぶつかるさ」
彼らのぼやきを他所に、会場には軽快な声が響き渡る。
『さあ、皆様! 大変長らくお待たせいたしました! 実況はこの私、アレキサンド総合組合冒険者窓口の看板娘、マグダレナがお送りします! そして解説はなんとレオン国王陛下です!』
マグダレナの紹介と共に、魔法スポットライトが特別席のレオン王を照らす。会場がどよめきと大歓声に包まれた。
レオンは鷹揚に手を挙げ、マイクに向かう。
『うむ。本日は解説役として、剣士や騎士達の戦いをじっくりと見させてもらう』
異例の豪華な布陣に、観客のボルテージは最高潮だ。マグダレナが言葉を継ぐ。
『本日のルールは単純明快! 真剣を用いた、一対一の全力のぶつかり合いです! ですがご安心ください。選手の皆様には、こちらの特殊な魔装具を使用していただきます!』
彼女が指差したのは、舞台の両端――赤と青のコーナーに設置された、大きな美しい透明の水晶柱だった。
『選手はこの水晶に自身の魔力を流し、記憶させます。すると、体に受けたダメージは全て水晶へと転送され、水晶が砕けることで勝敗が決するのです! つまり、選手は無傷! 思う存分、死力を尽くした戦いができるというわけです!』
その説明に、観客達は驚き、そして安堵の歓声を上げた。 貴賓席のカグラが頷く。
「前に陛下から説明を受けた通りね。これなら安心して見ていられるわ」
「そうですにゃ。隊長も思いっきり戦えるにゃ」
以前、城での説明会でレオンとアリアから直接このシステムの仕組みを聞いていたカグラ達は、冷静にその安全性を受け止めていた。
『それでは、開会に先立ちまして、国王陛下よりお言葉を頂戴いたします!』
再びレオン王が立ち上がり、会場を見渡した。その威風堂々たる姿に、会場が静まり返る。
『……本日は、各地から集まったAランク冒険者、そして剣技を極めし猛者たちよ。よくぞ集まってくれた』
レオンの重厚な声が響く。
『今、世界には悪魔の脅威が再び迫っている。かつて100年前に起きた五大国襲撃事件……あの悪夢のような惨劇が、再び起きるかもしれぬ』
歴史的な悲劇への言及に、会場の空気がピリリと引き締まる。
『この大会は、その脅威に対抗しうる真の強者を発掘するためのものでもある。……だが! 我が国アレキサンドは騎士の国。ゆえに、小細工なし、純粋に剣技のみを突き詰めた戦いが見たいと願った!』
レオンは特別席の前に飾られた、豪奢な装飾が施された一本の剣を指し示した。
『各々、日頃の鍛錬や冒険で極めた技を存分に振るい、この会場を盛り上げてくれ! 優勝者には、この国のかつての騎士が愛用した「聖剣ジュノワーズ」を授与する!』
おおおっ!! と凄まじい歓声が沸き起こる。聖剣、その響きに剣士達の目の色が変った。
『では、健闘を祈る!』
王の宣言と共に、出場者たちは一斉に片膝をつき、敬意を表した。
◆◆◆
開会式が終わり、いよいよ試合開始だ。それ以外の出場者は一度壇上から降りる。カリナは客席を見上げ、手を振っているカグラの姿を見つけた。
「よし、あそこだな」
自分の出番までは時間がある。カリナはエリアと共に、カグラたちのいる貴賓席へと向かった。選手が客席に現れたことで周囲はざわついたが、カリナは気にせずカグラの隣に腰を下ろす。
「お疲れ様、カリナちゃん。いよいよ始まるわね」
「ああ。一回戦の第一試合はカーセルだ。見逃せないな」
カリナが舞台に視線を向ける。舞台上では、大盾を背負い、腰にソードを差したカーセルと、対戦相手が対峙していた。
『さあ、記念すべき一回戦第一試合! 青コーナー、ルミナス聖光国より参戦、Aランクギルド「ルミナスアークナイツ」団長、カーセル選手! 対する赤コーナー、剛腕の傭兵、ガジェル選手!』
マグダレナが選手の名前を高らかにコールする。二人は自分のコーナーの水晶に魔力を注ぎ、青と赤に発光させてリンクを完了させた。
『試合前には対戦相手に敬意を表し、礼ッ!』
二人は舞台中央に進み出て、互いに深々と一礼をする。そして、距離を取って構えた。
カーセルは背中の大盾を左手に持ち、右手でソードを抜く。鉄壁の守りを誇る聖騎士の構えだ。対するガジェルも、幅広のバスタードソードを抜き放ち、中段に構える。
会場の緊張がピークに達する。実況のマグダレナが叫んだ。
『それでは――第一試合、開始ッ!!』
銅鑼の音が打ち鳴らされた瞬間、ガジェルが地面を蹴った。
「おおおおらぁっ!!」
裂帛の気合いと共に、ガジェルの剛剣がカーセルに迫る。 貴賓席で見守るロックが、身を乗り出して叫んだ。
「いけぇっ、カーセル! ルミナスアークナイツ団長の意地を見せてやれ!」
「頑張って、カーセル!」
ユナも祈るように手を組む。カリナも真剣な眼差しで、戦友の初戦を見つめていた。
「相手も悪くない動きだ。……だが、カーセルの守りはそう簡単には崩れないぞ」
真剣と真剣がぶつかり合う火花が散り、熱狂の幕が開けた。




