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聖衣の召喚魔法剣士  作者: KAZUDONA


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113  新たな脅威

 南西の砦でのバルザ・グラウスとの激闘、そして南の砦での魔物連合軍との死闘。  


 二つの戦場で完全勝利を収めたエデン軍は、負傷者の応急処置を終え、凱旋の途についていた。荒野を走る戦車部隊の隊列。  


 先頭を行くガレオスの指揮車両。運転席にはガレオス、助手席には騎士団副団長のライアン。そして後部座席には、激戦を終えたエクリアとサティアが座っていた。車内の空気は、勝利の安堵と、未だ冷めやらぬ戦慄が入り混じっていた。  


 特にライアンは、ルームミラー越しに、後部座席で優雅にアイテムボックスから取り出した最高級品の紅茶を啜るエクリアを、畏怖の眼差しで見つめていた。


「……エクリア様。先ほどの魔法……あれはいったい……」  


 ライアンの問いに、エクリアはカップを置き、淑女の微笑みを浮かべる。


「あら、ただの『お仕置き』よ。少々、虫の居所が悪かったものですから」


「お、お仕置き……。あれで、ですか……」  


 ライアンは言葉を失った。地形ごと空間を削り取り、災禍六公(さいかりっこう)ごとき怪物を塵一つ残さず消滅させたあの一撃。それが「お仕置き」の一言で片付けられるとは。隣でサティアが苦笑する。


「ふふ、ライアンさん。エクリアさんを怒らせてはいけませんよ? 特に、休日のショッピング中はね」


「サティア、人聞きが悪いわね。私はいつだって寛大よ? ……邪魔さえされなければ」  


 最後の一言に込められた低いドスに、ハンドルを握るガレオスの背筋が凍りついた。彼は冷や汗を流しながら、絶対にこの御方の機嫌だけは損ねてはならないと、心臓に深く刻み込んだ。  


 一方、後続の大型輸送車両には、南の戦場で暴れ回った代行達が乗車していた。こちらは打って変わって、勝利の興奮で賑やかだ。


「いやぁ、いい汗かいたねぇ! あいつら、数は多かったけど張り合いがなかったよ!」  


 クリスが道着の胸元をパタパタと仰ぎながら、豪快に笑う。その言葉に、向かいに座っていたエリアスが愛弓の手入れをしながらニヤリと応じた。


「まったくだ。俺の弓のサビにするにゃあ、少々物足りなかったぜ」


「ふん、当然です」  


 レミリアが腕を組み、冷徹に言い放つ。


「私達がエデンの留守を預かっているのです。この程度の敵に後れを取るようでは、筆頭魔法使いのエクリア様に顔向けできません」


「あらあら、レミリアさんは相変わらず厳しいですねぇ」  


 ユズリハが扇子で口元を隠して笑う。ジュネも穏やかに頷いた。


「でも、負傷者を最小限に抑えられたのは良かったです。皆様の奮闘のおかげですね」  


 そんな歴戦の猛者達の会話を聞きながら、リーサは窓の外を流れる景色を見つめていた。その瞳に、以前のような暗い絶望の色はない。  


 彼女は横目で、談笑する先輩達の姿を見た。圧倒的な力を持つ彼らも、かつては自分と同じように未熟だった。そこから這い上がり、今の強さを手に入れたのだ。自分は今日、何もできなかった。けれど、ここで折れてしまえば、本当に何も残らない。  


 リーサは膝の上で拳をギュッと握りしめた。いつか私も、あの中に入って胸を張れるようになりたい。いや、なるんだ。カリナ様のような、立派な召喚術士に。  


 その決意は、揺るぎないものになっていた。    



 ◆◆◆    



 やがて、車列はエデンの城下町へと差し掛かった。  


 巨大な城壁のゲートをくぐった瞬間、凄まじい歓声が沸き起こった。


「「「うおおおおおおおおっ!!」」」「「「エデン万歳! カシュー王万歳!!」」」「「「騎士団の帰還だぞーっ!!」」」  


 街道の両脇を、数えきれないほどの国民が埋め尽くしていた。彼らは南の空に上がった火柱や、南西の空を一瞬にして白と黒に染め上げたエクリアの極大魔法の輝きを目撃していたのだ。自分達の生活が脅かされる危機を、英雄達が未然に防いでくれたことを知っていた。


「見て! 先頭車両だ! エクリア様だぞ!」「キャーッ! エクリア様ーっ! 素敵ーっ!!」「あの方があの光の魔法を放ったんだ!」  


 特に、ガレオスの車両に乗るエクリアへの歓声は凄まじかった。その声を聞いた瞬間、エクリアの表情から疲労の色が消え去った。背筋を伸ばし、窓を開け、優雅に手を振る。


「ありがとう。ええ、皆が無事でよかったわ」  


 その姿は、慈愛と気品に満ちた、完璧な淑女そのもの。内心では、肩が凝っただの、早く風呂に入って限定プリンが食べたいだのと毒づいていたが、その表情には微塵も出さない。国民の期待に応える「アイドルの鑑」のような振る舞いを崩さない。 隣で手を振るサティアと一緒に二人の姿は実に絵になっていた。   



 ◆◆◆    



 熱狂の城下町を抜け、車列はエデン城へと向かう広い通路に到着した。そこには、近衛騎士団長クラウス率いる近衛騎士団が、城下の外壁での防衛任務を終え、一糸乱れぬ隊列で整列していた。彼らは帰還した英雄達に剣を捧げ、敬意を表して迎える。


「英雄達の帰還に、敬礼ッ!」  


 クラウスの号令と共に、鎧の音が揃って響く。その荘厳な出迎えを受けながら、エクリア、サティア、そして代行達は城内へと足を踏み入れた。  



 ◆◆◆



 謁見の間。  


 重厚な扉が開かれると、玉座にはカシューが座していた。王としての威厳を纏い、鋭い眼光で帰還者達を見据える。


「……よくぞ戻った。皆の無事な姿を見られて、私も安堵している」  


 カシューの言葉に、全員が片膝をついて頭を下げる。代表して、エクリアが進み出た。


「陛下。南および南西の砦に押し寄せた魔物の軍勢、全滅を確認致しました」


「うむ。……して、南西に現れたという『悪魔』については?」  


 エクリアは懐から、黒く輝く結晶を取り出した。バルザ・グラウスが遺した、闇の魔法結晶だ。


「これをご覧下さい。奴の名はバルザ・グラウス。『災禍六公(さいかりっこう)』と名乗っておりました」


災禍六公(さいかりっこう)、か」  


 カシューが眉をひそめる。サティアが補足するように口を開いた。


「はい。その力は……先日私達が苦戦した、災禍伯メリグッシュ・ロバスと同等、あるいはそれ以上のプレッシャーを感じました。単独で城塞都市を落とせるレベルの化け物です」  


 広間に緊張が走る。


「奴は、私の魔法で空間ごと消し飛ばしました。ですが……」  


 エクリアが報告を続ける。


「名前からして、あのレベルのがあと五体はいるでしょう」


「……相分かった」  


 カシューは重々しく頷き、玉座から立ち上がった。そんな怪物が、まだ他に五体もいるという事実。


「我々は今、新たな脅威の前に立たされている。今後はあのレベルの敵と戦う運命にあるということだ。各自、力を磨くのを怠るな」


「「「はっ!」」」


「この度の戦いにおけるそなたらの武功、誠に大義であった! よって、ここに勲章を授与する!」  


 アステリオンが、高級なビロードのクッションに載せた勲章を恭しく運んでくる。エクリア、サティア、レミリア、エリアス、クリス、ユズリハ、ジュネ。一人一人に、カシュー自らが勲章を首に掛けていく。皆、誇らしげな表情でそれを受け取った。  


 そして、最後。リーサの番が回ってきた。カシューが勲章を手に取ると、リーサは顔を伏せ、震える声で言った。


「……陛下。……私は、受け取れません」  


 広間が静まり返る。リーサは涙を堪えながら、必死に言葉を絞り出した。


「私は……何もできませんでした。ただ怯えて、足手まといになって……。魔物を倒すどころか、自分の身さえ守れませんでした……!」  


 大粒の涙が、床にポタポタと落ちる。だが誰も彼女を笑ったりなどしない。温かい目で見つめている。


「こんな私が勲章なんて……今の実力で代行なんて名乗る資格はありません……ッ!」  


 痛切な告白。だが、カシューは静かにリーサの前に膝をつき、視線の高さを合わせた。


「リーサよ。……初陣は、辛かったか?」  


 王の威厳ではなく、父親のような優しい声色。リーサは嗚咽を漏らしながら頷く。


「は、はい……。怖くて、悔しくて……」


「そうか。だがな、リーサ」  


 カシューはリーサの細い首に、勲章を優しく掛けた。


「お前は生き残った。戦場に立ち、恐怖に耐え、最後までここに立っている。それは、紛れもない『戦果』だ」


「へ、陛下……」


「何もできなかったと嘆く必要はない。だが、その悔しさを忘れるな。この勲章は、今の戦果に対する褒美ではない。未来への『楔』だ」  


 カシューはリーサの瞳を真っ直ぐに見据えた。


「いつか、この勲章が今は重くとも、それに見合うだけの実力をつけよ。……力をつけたいと言ったな? ならば、カリナに師事するが良い。お前の覚悟、私からも伝えておこう」  


 その言葉に、リーサの瞳から再び涙が溢れ出した。だが、それは絶望の涙ではなかった。


「はい……ッ! ありがとうございます……! 私、絶対……絶対に強くなりますッ!」  


 リーサは首に掛かった勲章を震える手で握りしめ、深く頭を下げた。カシューは満足気に頷き、玉座へと戻った。


「皆の者! エデンのため、実によく戦ってくれた! 大義である! 解散!」    



 ◆◆◆    



 式典が終わり、場所は変わってカシューの執務室。  


 王の仮面を脱ぎ捨てたカシューと、エクリア、サティアが集まっていた。


「……あー、疲れた……」  


 エクリアがドサリとソファーに沈み込む。淑女の仮面は完全に剥がれ落ち、気怠げないつもの顔に戻っている。


「いきなり災禍六公(さいかりっこう)とか、ハードモードすぎんだろ。怒りのままにぶっ飛ばしたけど、正直ヤバかったぜ」


「本当ですよ。私もヒヤヒヤしました」  


 サティアが紅茶を淹れながら微笑む。


「でも、さすがエクリアさんでしたね。むしろエクリアさんだからこそ勝てたようなものです。あんな存在がまだ五体もいるなんて……」


「はん、数が多いのは雑魚の特権だろ。……ったく」  


 エクリアは天井を仰いだ。カシューも執務机で腕を組み、眉間を揉む。


「ああ。それに、リーサのことも心配だ。……メンタルケアも含めて、早急に対策が必要だな」  


 カシューは耳に装着したイヤホン型通信機を起動し、アレキサンドにいるカリナとカグラへの回線を開いた。音声のみの通信が繋がる。


「カリナ、カグラ。聞こえるか?」


「カシューか? 聞こえてるぞ。そっちはなんか騒がしかったみたいだが、大丈夫なのか?」  


 カリナの、凛とした頼もしい声が耳元に響く。


「部下の式神から情報はある程度聞いてるけど、詳しいことはどうなってるの?」  


 カグラの、快活な声も続く。臣下としてのロールプレイを解いた、彼女本来の明るいトーンだ。


「ああ、悪魔の軍団による大規模な襲撃があった。だが、安心してくれ。エクリアとサティア、そして留守を預かる代行達の活躍で、敵は壊滅した」


「マジか? 悪魔だって? なんで呼んでくれなかったんだ。言ってくれればすぐ戻ったのに」  


 カリナが不満げに声を上げる。カグラも同意するように言った。


「そうよ。私達抜きでお祭り騒ぎなんて、水臭いじゃないの」  


 二人の抗議に、カシューは苦笑しながら答えた。


「君達は今、アレキサンドとの国交っていう一番大事なイベントの最中だ。それに……」  


 カシューの声に、信頼の色が混じる。


「君達二人が抜けた程度で落とされるようなら、エデンはその程度の国だったってことだ。僕は、ここにいる仲間達を信じた。で、彼らは見事にそれに応えてくれたよ」  


 その言葉に、ソファーのエクリアが「へっ」と照れ隠しのように鼻を鳴らした。通信の向こうで、カリナ達の気配が緩むのが分かった。


「それと、カリナ。君に頼みがある」


「ん? 私に? なんだ?」


「ああ。リーサのことだ。今回の戦いで、彼女は自分の無力さを痛感して、かなり凹んでるね。……でも、同時に強くなりたいって燃えているんだよ」  


 カシューは、謁見の間でのリーサの様子を伝えた。


「帰国したら、魔導列車が開通するまでの間、リーサを徹底的に鍛えてやって欲しい。これは王命だ」


「……そっか。リーサ、頑張ったんだな」  


 カリナの声が優しくなる。


「分かったよ、可愛い代行の頼みだ。私が責任を持って、一人前の召喚術士に育て上げる。任せてくれ」


「頼んだよ。……それと、現在進めているエヴリーヌとグラザの探索だが、一時中止とする」


「えっ? なんでだ?」


「カリナ、君にはリーサを鍛える時間を確保してもらいたい。それに、魔導列車が開通するまでにはまだ時間がかかる。戦力の分散は避けたいし、今は国軍全体の底上げにリソースを集中させたいんだ」  


 カシューの説明に、少しの間があってから、カリナが納得したように答えた。


「……そっか、そうだな。まずは足元を固めないと、か。了解した。アレキサンドでの務めを果たしたら、すぐに戻って特訓開始だ」  


 カリナの返事を聞き、カシューは居住まいを正した。


「今回の悪魔のことはまた追って伝えるよ。では二人は引き続きそちらでの国交任務、そして帰国後のことを頼む」  


 その王命に、カリナとカグラが声を揃えて締める。


「「御意、カシュー王よ」」


「うむ。頼りにしている」  


 通信を切ると、カシューは深く息を吐き、椅子の背もたれに体を預けた。


「……さて、これからが正念場だね」


「ああ。休んでる暇はなさそうだ」  


 エクリアが立ち上がり、不敵に笑う。その瞳には、新たな強敵との戦いへの闘志が、静かに燃えていた。

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