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聖衣の召喚魔法剣士  作者: KAZUDONA


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111  代行出陣・リーサの決意

 エデン南方。  


 乾いた大地に轍を刻み、砂煙を巻き上げながら疾走する装甲輸送車。その重厚な扉が内側から弾かれたように開いた瞬間、エデンの守護を託された代行達が、戦場という名の修羅場へと飛び出した。


 彼らの視界に飛び込んできたのは、地平線を埋め尽くさんばかりの絶望的な光景だった。  


 オークの咆哮、ゴブリンの奇声、コボルドの遠吠え。数百、いや千にも届こうかという魔物の混成大軍が、黒い津波となってエデンの防衛線に押し寄せていた。大地を揺らす足音は雷鳴の如く、巻き上がる砂塵が太陽を覆い隠す。  


 腐臭と獣臭が混じり合った風が鼻をつく中、代行達は一歩も引くことなく仁王立ちした。


「各員、戦闘開始! これ以上、エデンの地を一歩たりとも踏ませるな!」


 魔法使い代行、レミリアの凛とした号令が戦場に響き渡る。  


 その瞬間、彼女の全身から膨大な魔力が噴き出した。魔人族としての本性の解放。彼女の額が淡く発光し、白磁の肌を割って一本の鋭利な角が天を突くように生える。空間そのものが彼女の魔力に共鳴し、ビリビリと震えた。


「――熱よ、形を成せ。我が前に地獄を顕せ」


 レミリアが掌をかざすと、真紅の魔法陣が展開される。その複雑な幾何学模様は瞬く間に広がり、敵前衛部隊の足元を覆い尽くした。


「『インフェルノ・ブラスト』!」


 解き放たれたのは、極大の破壊魔法。  


 ドォォォォォォンッ!!  


 詠唱と共に地面が隆起し、地底のマグマをそのまま噴出させたかのような業火の柱が空へと突き抜けた。  


 灼熱の暴風が吹き荒れ、先頭集団を走っていたオーク達が悲鳴を上げる間もなく炭化し、消し飛ぶ。戦場に穿たれたのは、巨大な焼け焦げたクレーター。その圧倒的な火力が、魔物達の進軍を強制的に停止させた。


「へっ、派手にやるじゃねえか! こっちも負けてらんねえな!」


 熱波を切り裂き、弓術士代行エリアスが軽やかに宙を舞った。黒髪のロングヘアをなびかせ、エルフ特有の超人的な動体視力で戦場を俯瞰する。彼が手にするのは、身の丈ほどもある剛弓。矢筒から矢を抜く動作は神速。キリキリと引き絞られた弦が鳴り、魔力が矢に宿る。


「喰らいな、『レイン・オブ・アローズ』!」


 放たれた一本の矢が、空中で弾けるように分裂した。十、百、千――無数の光の矢が、スコールのように敵陣へと降り注ぐ。それは無差別な攻撃ではない。全ての矢が意思を持つかのように、ゴブリン達の眉間や心臓を正確無比に貫いていく。  


 ドサドサと死体が積み重なる中、エリアスは着地することなく、次の獲物に狙いを定めた。敵陣中央、分厚い装甲に身を包んだコボルドロードが、部下を盾にして突撃してくる。


「お次はこっちだ! 『トリプル・アロウ』!」


 着地と同時に放たれたのは、一直線に並ぶ三連の矢。  


 ギュオッ!  


 一の矢が装甲を砕き、二の矢が肉を抉り、三の矢が心臓を貫通して背後へと突き抜ける。巨体を誇るコボルドロードが、たった一撃で吹き飛ばされ、絶命した。


「あはは! いいねぇ、血が滾るぜ! さあ、かかって来いってんだ!」


 エリアスの援護射撃を背に、一人の猛女が敵陣のド真ん中へと突貫していた。  


 格闘術士代行クリス。水色のツインテールを揺らし、中華風の道着を着崩した彼女もまた、額に鬼の如き一本角を生やし、魔力を爆発させている。彼女の武器は、己の五体のみ。  群がるオーク達が槍や剣を突き出すが、クリスは紙一重で躱し、あるいは鋼鉄のような皮膚で弾き返す。


「邪魔だッ! 『轟拳(ごうけん)』!」


 踏み込みと共に放たれた正拳突き。その拳がオークの腹部にめり込んだ瞬間、背中から衝撃波が突き抜けた。  


 ドォンッ!!  


 大砲の直撃を受けたかのように、オークの巨体がくの字に折れ曲がり、砲弾となって後続の魔物達を巻き込みながら吹き飛ぶ。さらに、彼女は遠心力を利用して体を回転させた。


「『旋風螺旋脚(せんぷうらせんきゃく)』!」


 魔力を纏った脚が、鋭利な刃となって周囲を薙ぎ払う。竜巻のような回し蹴りが触れるもの全てを粉砕し、戦場に真空の鎌鼬(かまいたち)を生み出す。一瞬にして彼女の周囲には、誰も立ち入れない空白地帯が形成された。


「負傷者は下がってください! 私が守ります! 『サンクトゥス・グレイス』!」


 最前線で暴れるクリスの背後では、神聖術士代行ジュネが杖を掲げていた。  


 彼女が放つ慈愛に満ちた黄金の光が、傷ついた兵士達を優しく包み込む。裂けた傷口が塞がり、体力が瞬く間に回復していく。  


 だが、その慈愛は敵には向けられない。戦場の血の匂いに惹かれて現れたスケルトンやゾンビといったアンデッドの群れに対し、ジュネの瞳は冷徹に細められた。


「穢れし者よ、土へ還りなさい。『エクソルシスタ・レイ』!」


 杖の先端から放たれたのは、凝縮された退魔の光線。光が触れた端から、アンデッド達は断末魔を上げることも許されず、灰となって崩れ落ちていく。生と死、救済と浄化を司る聖職者の力が、戦線の崩壊を防いでいた。


「カグラ様が留守の今、私が代行としてエデンを守ります……。『砂嵐裂(さらんれつ)』!」


 相克術士代行ユズリハが優雅に扇子を振るう。それだけで、局地的な突風が発生した。風圧によって加速された無数の砂礫が、散弾銃のように敵集団を襲う。岩肌のような皮膚を持つトロールですら、その微細な刃の嵐には抗えず、全身を切り刻まれていく。  


 さらに、彼女は懐から取り出した数枚の呪符を空中に放った。


「『霧焔(むえん)』!」


 呪符が弾け、白い霧が戦場の一角を覆う。視界を奪われた魔物達が混乱して霧の中を彷徨う。その体表に、霧に紛れていた不可視の「火種」が付着した瞬間――。  


 ボッ、ボボボボッ!  


 連鎖的な爆発が発生し、紅蓮の炎が霧を赤く染め上げた。 予測不能なトラップ攻撃に、魔物達の指揮系統は完全に寸断され、混乱の極みに達していた。



 ◆◆◆



 そんな歴戦の猛者達の戦いの中で、一人、顔面蒼白で立ち尽くす少女がいた。  


 召喚術士代行、リーサ。今回が初陣となる彼女にとって、この戦場はあまりにも過酷過ぎた。鼻を突く濃厚な血の匂い。鼓膜を劈く魔物の絶叫。大地を揺らす衝撃。その全てが、彼女の思考を恐怖で塗りつぶしていく。


 だが、自分は代行なのだ。カリナに託された役目がある。 リーサは震える手で杖を握りしめ、声を張り上げた。


「い、いけっ! サラマンダー、ファイア・ボール!」


 召喚された火精霊サラマンダーが、主の命令に従い火球を放つ。しかし、狙った相手が悪かった。標的は、群れの指揮官クラスであるオークキング。鋼鉄の鎧を纏った巨躯に火球が着弾するが、煤をつけた程度で弾かれてしまう。


「グルルァァァァッ!!」


 逆に、攻撃されたことでオークキングの注意がリーサに向いた。怒り狂った怪物が、丸太のような太さの金棒を振り上げ、ドスドスと地響きを立てて迫ってくる。


「ひっ……!」


 その殺気に当てられ、リーサは恐怖で足がすくみ、動けない。逃げなければ。そう思うのに、体が鉛のように重い。オークキングが目の前に迫る。振り上げられた金棒が、空気を切り裂く音を立てて落下してくる。    


 自身の命が尽きる、絶望的な瞬間を幻視して、リーサはギュッと目を瞑った。


 ――ガギィンッ!!


 金属音が響き、衝撃波がリーサの前髪を揺らした。恐る恐る目を開けると、そこには小柄な背中があった。格闘術士代行クリスだ。彼女は魔力を纏った片腕一本で、オークキングの渾身の一撃を受け止めていた。


「ボーッとしてんじゃないよ、新入り! 戦場じゃ一瞬の迷いが命取りだ!」


「ク、クリスさん……!」


 クリスはニカッと不敵に笑うと、受け止めた手から紫色の稲妻を迸らせた。


「『雷拳(らいけん)』!」


 バチバチバチッ!  


 高圧電流が金棒を伝い、オークキングの巨体を駆け巡る。 感電による硬直。その一瞬の隙を、遠距離にいたエリアスが見逃すはずもなかった。


「『ピアース・アロウ』!」


 ドヒュンッ!  


 風切り音と共に飛来した矢は、回転しながらオークキングの眼窩に吸い込まれ、そのまま脳天を貫通して突き抜けた。  


 ズズ……ンッ!  


 巨体がどうと倒れ伏し、土煙が上がる。


「ふぅ……。助かったぜ、エリアス!」


 クリスが後方で弓を構えるエリアスに向かって親指を立てる。腰を抜かしていたリーサも、震える声で礼を言った。


「あ、ありがとうございます……! クリスさん、エリアスさん……!」


「礼には及ばねえよ。それよりリーサ、お前もっと周りを見ろ!」


 エリアスが弓を下ろさず、厳しい口調で叱咤する。


「召喚体任せじゃなくて、自分も動かなきゃ死ぬぞ! 術士本体が一番狙われやすいんだ!」


「す、すみません……。私、怖くて……足が動かなくて……」


 リーサは涙目で謝罪する。情けなくて、悔しくて、涙が溢れてくる。そんな彼女の頭を、クリスが乱暴に、しかし優しく撫でた。


「怖いのはみんな一緒だ。あたしだって最初はビビりまくってたさ。でもな、背負ってるもんがあるから戦えんだよ!」


 その時だった。戦場の混乱に乗じ、手薄になった側面から新たな影が疾走してきた。  


 コボルドエンペラー率いる精鋭別動隊。彼らはエリアスやクリスといった強者ではなく、明らかに隙だらけのリーサを狙って殺到してきたのだ。


「狙われてますよ、リーサさん! 『アイスバインド』!」


 上空からレミリアが叫び、氷の魔力を放つ。コボルド達の足元から氷の鎖が伸び、拘束しようとする。しかし、コボルドエンペラーの脚力は凄まじかった。バキバキッ! と強引に氷を砕き、減速することなく猛スピードで突っ込んでくる。


「くっ……! 『ホーリーナイト』、守って!」


 リーサは咄嗟に杖を振り、巨大な盾を持つ聖騎士を召喚し、自らの前に壁として展開する。  


 ガガァンッ!!  


 エンペラーの飛び蹴りが聖騎士の盾を直撃した。だが、エンペラーの一撃は重く、召喚されたばかりのホーリーナイトは盾ごと吹き飛ばされ、光の粒子となって霧散してしまった。


「うそ……!」


 守りを失い、無防備になったリーサ。エンペラーが残忍な笑みを浮かべ、鋭利な爪を振り上げる。今度こそ終わりだ。そう思った瞬間――。


「『双極(そうきょく)(まもり)』!」


 涼やかな声と共に、リーサの前に優雅な和装の背中が現れた。相克術士代行ユズリハだ。  


 彼女が展開した扇子の左右には、赤と青の魔力が渦巻いている。火と水の属性が反転し、循環する二重の防壁。エンペラーの爪が防壁に触れた瞬間、相反するエネルギーに弾かれ、攻撃の威力が霧散した。


「下がりなさい、リーサさん! ここは私が引き受けます!」


「ユズリハさん……!」


 ユズリハは扇子をパヂンッ! と閉じ、鋭い眼光でエンペラーを見据えた。


「『交刃相破(こうじんそうは)』!」


 懐から抜いた短刀の刀身に、火と水の二属性を同時に付与する。エンペラーが追撃を繰り出すよりも速く、ユズリハはすれ違いざまにその胴を薙いだ。相反する属性が体内で衝突し、――ドォォンッ!  と傷口から内部爆発が起き、コボルドエンペラーは断末魔の悲鳴を上げて絶命した。



 ◆◆◆



 数時間に及ぶ激闘の末、ようやく魔物の群れは壊滅した。  大地には無数の魔物の死骸が転がり、硝煙と血の匂いが立ち込めている。勝利の歓声が上がる中、リーサだけは地面に膝をつき、肩で息をしていた。


「はぁ……はぁ……」


 自分の無力さが、痛いほど胸に突き刺さる。  


 他の代行達は、圧倒的な実力で敵を蹴散らしていた。レミリアの広範囲殲滅魔法。エリアスの神業的な弓術。クリスの剛腕。ユズリハの巧みな術式。ジュネの完璧な支援。  


 それに比べて、自分はどうだ。ただ怯え、助けられ、足手まといになっていただけではないか。もし、皆がいなければ、自分は最初の数分で死んでいた。


「……私、ダメだ……。こんなんじゃ、代行なんて……」


 涙が零れ落ちそうになった時、誰かが肩に手を置いた。  顔を上げると、そこにはレミリアが立っていた。戦闘を終え、魔力を抑えて角を消した彼女は、いつもの冷静な表情でリーサを見下ろしていた。


「落ち込むことはありません、リーサさん。初陣にしては、よく生き残りました」


「レミリアさん……。でも、私、皆さんの足を引っ張ってばかりで……」


「誰だって最初は未熟なものです」


 レミリアは遠くを見つめ、懐かしそうに目を細めた。


「私だって、最初は今のあなたより酷いものでしたよ。魔法の制御もままならず、戦場でパニックになって……。それを、エクリア様に叩き直して頂いたのです」


「エクリア様に……?」


 あの災害級魔法使い、エクリア。彼女に指導を受けたという事実は、リーサにとって驚きだった。


「ええ。あの人の指導は……地獄のように厳しかったですが、そのおかげで今の私があります」


 横から、汗を拭いながらクリスも割り込んできた。


「あたしもそうだぜ。師匠の拳王グラザ様……あの人に、死ぬほど殴られて強くなったんだ。最初から強い奴なんていねえよ」


「俺もだ。エヴリーヌ様に弓のいろはを叩き込まれた時は、指の皮が何回剥けたか分からねえ」


 エリアスも苦笑しながら同意する。皆、それぞれの「筆頭」という師匠に鍛えられ、血の滲むような努力の果てに、今の強さを手に入れたのだ。天才に見える彼らにも、今の自分と同じような時期があった。


「……強くなりたいなら、覚悟を決めることです」


 ユズリハが静かに、しかし力強く告げる。


「自分の弱さを認め、それを乗り越える意志を持つこと。それが、強さへの第一歩です」


 傷ついた兵士の治療を終えたジュネも歩み寄り、優しく微笑みかけた。


「リーサさん。あなたには、素晴らしい師匠がいらっしゃるではありませんか」


「師匠……」


 リーサの脳裏に、敬愛する主の顔が鮮明に浮かぶ。燃えるような赤髪のツインテール。誰よりも強く、気高く、優しく、そして美しい召喚魔法剣士。


「……カリナ様」


 リーサは涙を拭い、立ち上がった。その瞳には、先ほどまでの弱気な色はなく、小さな、しかし確かな決意の光が宿っていた。


「私……強くなります。カリナ様のように、誰もを守れるような……立派な召喚術士になります!」


「その意気です」


 レミリアが満足気に頷く。


「カリナ様がお戻りになられたら、正式に修行をお願いするといいでしょう。あの方なら、きっとあなたを導いてくださいます」


「はい!」


 リーサは力強く返事をした。自分の未熟さを痛感し、それを乗り越えるための新たな目標を見つけた少女の顔は、戦いの前よりも少しだけ大人びて見えた。



 ◆◆◆



 ――そして、同時刻。  


 エクリアが単騎突入した、南西の戦場。


 その戦場を、遥か後方の丘から見下ろす巨躯の影。


 鉄色の肌は魔力を帯びた金属の如く硬質で、額には過去の激戦を物語る折れた角。禍々しいオーラを纏い、ただそこに在るだけで周囲の重力すら歪ませるほどの重圧を放つ存在。


 災禍六公(さいかりっこう)の一柱。暴虐と重圧の化身、バルザ・グラウス。


 彼は眼下でオーガの群れを蹂躙する金色の光――エクリアを見下ろし、感情の読めない瞳を細めた。


「……脆い」


 バルザ・グラウスは肩に担いでいた、人の背丈を超える巨大な鎖杭、グラヴィオン・スパイクをゆっくりと構えた。  その身から放たれる質量が、空間を軋ませる。


「……潰す」


 アレキサンドでの剣術大会に向けた準備の裏で、エデンを賭けた災害級の衝突が、今まさに始まろうとしていた。

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