110 エデン襲撃
カリナ達がアレキサンドで剣術大会に向けて牙を研いでいる頃。
南方、彼女達の拠点である『エデン』の上空には、不穏な暗雲が立ち込めようとしていた。
エデン城、アステリオンの執務室。カシュー専属執政官アステリオンの元に、カグラが組織する特務術士部隊から、緊急の連絡が入った。飛来した式神が、緊迫した情報を伝える。
「……なんと」
アステリオンは即座に通信機を起動し、カシューへと繋いだ。
「カシュー陛下、緊急事態です。南と南西の大地に、魔物の集団が押し寄せております」
「報告せよ」
通信越しに、カシューの落ち着いた、しかし鋭い声が響く。
「はっ。式神によれば、南の砦にはオークやゴブリン、コボルドを含む数百以上の混成大軍。そして南西の砦には、オーガの群れと……それを率いる『悪魔』の姿が確認されたとのことです」
「悪魔、か……。ついに動き出したか」
カシューは一瞬の沈黙の後、即座に命を下した。
「直ちにエクリア、サティア、王国副騎士団長ライアン、近衛騎士団長クラウス、そして各特記戦力の筆頭代行達を玉座の間に招集せよ。軍議を開く!」
◆◆◆
数分後、エデン城の玉座の間。緊急招集に応じ、エデンの防衛を担う主要メンバーが集結していた。
玉座に座るカシューの前に、聖女サティア、騎士団長ライアン、近衛騎士団長クラウス。そして、各筆頭が不在の間、実務を取り仕切る代行達。
魔法使い代行レミリア、相克術士代行ユズリハ、神聖術士代行ジュネ。 さらに、行方不明のエヴリーヌに代わる弓術士代行、エリアス。黒髪のロングヘアをなびかせたエルフの男性で、軽装のライトメイルを身に纏っている。
そして、拳王グラザの代行を務める格闘術士代行、クリス。水色のロングヘアをツインテールにし、エデンの黄金の獅子が刺繍された中華風の道着を着崩している。
彼女は魔法使い代行のレミリアと同じく、魔人族と呼ばれる長寿の種族だ。普段の容姿は人間と変わらないが、戦闘時に魔力を完全開放したときには額に一本の角が生える特徴を持つ。
その末席には、今回が初陣となる召喚術士代行、リーサの姿もあった。
だが、そこには最も重要な戦力が一人、欠けていた。筆頭魔法使い、エクリアの姿がない。
「……アステリオン。エクリアはどうした?」
カシューが低い声で問うと、アステリオンは申し訳なさそうに頭を下げた。
「そ、それが……城下のブティックで新作のドレスが出たとのことで、買い物に出られております」
「…………」
カシューは頭を抱えた。こんな緊急時に、あのガチゲーマーは何をやっているのか。アステリオンが恐る恐る進言する。
「陛下。……カリナ様とカグラ様を招集すべきでは? 今からでも連絡を取れば……」
「ならん」
カシューはきっぱりと否定した。
「彼らは今、アレキサンドとの大切な国交のために出国している。彼らがいなくても、我々だけで守り切れなくては、エデンの名が廃るというものだ」
王の決意に、集まった代行達の表情が引き締まる。カシューは目の前に控えていたレミリアに視線を向けた。
「レミリア、お前ならエクリアの行きつけの店を知っているな? 場所をアステリオンに報告しろ」
「はい、陛下」
「アステリオン、すぐにガレオスを向かわせ、エクリアを回収させろ!」
「はっ!」
カシューは顔を上げ、迅速に指示を飛ばした。
「よいか! 敵は二手に分かれている。まずは南だ。レミリア、ユズリハ、ジュネ、エリアス、クリス。そして初陣となる召喚術士代行のリーサもだ! お前達は南の砦へ向かい、大軍を食い止めろ!」
「「「「「「御意!」」」」」」
「そして南西。こちらは悪魔がいる危険地帯だ。主力を持って当たる。サティア、ライアン、お前達は騎士団の精鋭を率いて向かえ! エクリアも回収次第、そちらへ急行させる!」
最後にカシューは、近衛騎士団長を見据えた。
「クラウス! お前達近衛騎士団は、万が一砦が突破された際のエデンの最後の防備だ。城下の外壁に待機し、鉄壁の守りを固めろ!」
「はっ! この命に代えましても!」
◆◆◆
エデン城下町、高級ブティック。
店内では、金髪のロングヘアをなびかせた絶世の美女が、鏡の前でポーズを取っていた。エデン筆頭魔法使い、エクリアだ。今は完璧な淑女の皮を被り、ショッピングを楽しんでいた。
「あら、このラインも素敵ねぇ。……ふふ、やはり私のプロポーションは完璧だわ」
うっとりと自分の姿に見惚れていると、店の外で轟音が響き、重厚な装甲車が急停車した。ドアが開き、軍服姿の戦車隊隊長ガレオスが店内に駆け込んでくる。
「エクリア様! 失礼致します!」
「あら、ガレオスじゃない。どうしたの? そんなに慌てて」
エクリアは優雅に振り返り、淑女の微笑みを向けた。ガレオスは直立不動で敬礼する。
「緊急事態です! 悪魔の襲撃が確認されました。陛下より、直ちに出撃せよとの勅命です!」
「……なんですって?!」
エクリアの目が、一瞬だけ鋭く細められた。だが、すぐに淑女の仮面を被り直し、店員に向かって微笑んだ。
「ごめんなさいね。急用ができてしまったわ。このドレス、包んでおいていただけるかしら?」
そう言いながら、エクリアは試着室へ飛び込むと、目にも止まらぬ早業で戦闘用のタイトな魔導ローブへと着替えた。買い込んだ大量の服をアイテムボックスへと収納し、再びガレオスの前に現れる。
「お待たせ。……せっかくの休日が台無しね。行きましょう」
◆◆◆
ガレオスの装甲車に乗り込み、エクリアは南西の砦へと急行する。
一方、南の砦へ向かう大型輸送車両の中では、代行達がそれぞれの武器を確認し、戦いに向けての意思を固めていた。
「へっ、数だけは一丁前だな。俺の弓のサビにしてやるぜ!」
好戦的な笑みを浮かべるエリアス。男らしい言葉遣いは、その優美なエルフの容姿とは裏腹に、頼もしさを感じさせる。
「望むところよ! あたしの拳が唸るぜ! さあ、いっちょ揉んでやろうじゃないか!」
クリスも道着の帯を締め直し、気合を入れる。
そんな好戦的な二人に続き、他の代行達も静かに、しかし力強く口を開いた。
「エデンを侵略する敵は排除するのみです」
魔法使い代行レミリアが、氷のように冷徹な瞳で告げる。
「負傷者は私がすぐに治療します。神聖術による援護も任せて下さい」
神聖術士代行ジュネが、慈愛に満ちた、しかし芯の通った声で続く。
「カグラ様が留守の今、私が代行としてエデンを守ります」
相克術士代行ユズリハは、主の不在を守る決意を扇子に込めた。そんな猛者達に囲まれ、車両の隅でリーサは緊張した面持ちで杖を握りしめていた。
「皆さん凄い自信です……。私に大役が務まるのでしょうか、カリナ様……」
◆◆◆
南西方面へ向かうガレオスの装甲車内。エクリアは足を組み、優雅にガレオスに問いかけた。
「ガレオス。戦況はどうなっているのかしら?」
「はっ! 南と南西の砦に魔物が集結しております。南には各代行と召喚術士代行のリーサを含む部隊が向かいました。エクリア様には、南西にて確認されたオーガの群れと、それを率いる悪魔の撃滅をお願い致します」
「悪魔、ね……。なるほど、理解したわ」
エクリアは優雅に頷いた。だが、その内心では、マグマのような怒りが煮えたぎっていた。
ずっと防衛と留守番をさせられ、ようやく訪れた休日のショッピングの機会。一番楽しみにしていた新作ドレスの試着を邪魔された怒りは、筆舌に尽くしがたい。
俺のショッピングを邪魔しやがって……ただで済むと思うなよ、クソ悪魔共が。エクリアの全身から、隠しきれない殺気が滲み出ていた。
◆◆◆
そして、南西の砦。巨大なオーガの群れが地響きを立てて迫る中、聖女サティアと騎士団長ライアン、そして王国騎士団の精鋭達が防衛線を張っていた。
「くっ……! 数が多過ぎます! このままでは……!」
ライアン達騎士団が剣を振るうが、オーガの怪力に押され気味だ。サティアも回復魔法で支えるが、ジリ貧の状況。そこへ、猛スピードで突っ込んできた装甲車がドリフトしながら停止した。
「到着しました! エクリア様!」
ガレオスの声と共に、装甲車の扉が開く。降り立ったエクリアは、戦場の惨状を一瞥すると、すぐに指示を出した。
「ライアン。騎士団を後退させなさい。これ以上は無駄死にするだけよ」
完璧な女性口調での指示。だがそれは、絶対的な上官としての命令だった。ライアンにとって、その指示に逆らうという選択肢はない。
「は、はい! 総員、後退せよ! エクリア様の射線を開けろ!」
騎士達が砦へと撤退を始める中、サティアが駆け寄ってきた。
「エクリアさん! 来てくれたのですね!」
サティアは安堵の表情を浮かべ、杖を構えた。
「私も『聖女の神聖術』で援護します!」
だが、エクリアはそれを手で制した。周囲に騎士達がいなくなったことを確認すると、エクリアは溜め込んでいた鬱憤を爆発させた。
「サティア。お前は下がってろ」
「え……?」
そこには、淑女の面影は微塵もなかった。エクリアは不機嫌そうに金髪をかき上げ、ドスの利いた低い声で吐き捨てた。
「ここはPC同士だ、猫を被る必要もねぇ。……俺はずっと留守番で鬱憤が溜まってたんだ。しかも、一番楽しみにしてた新作ドレスの試着を邪魔されやがった」
エクリアの全身から、どす黒いほどの魔力が噴き上がる。その凄まじいプレッシャーに、味方であるサティアですら息を呑んだ。
「手出しは無用だ。……こいつらは全員、俺一人で片づける」
言うが早いか、エクリアは『空歩』で宙を蹴り、単身でオーガの群れへと突っ込んでいった。その背中には、悪魔すら裸足で逃げ出すほどの激しい怒りが渦巻いていた。
◆◆◆
その南西の戦場を、オーガの群れの遥か後方、小高い丘の上から見下ろす巨躯の影があった。禍々しいオーラを纏い、周囲の空間すら歪ませるほどの重圧を放つ存在。
災禍六公の一柱。暴虐と重圧の化身、バルザ・グラウス。
彼は眼下でオーガの群れに突撃する金色の光――エクリアを見下ろし、退屈そうに鼻を鳴らした。
「はん、脆弱な人間共が。……面倒臭い小細工などいらん」
バルザ・グラウスは巨大な鎖杭を軽々と担ぎ上げ、凶悪な笑みを浮かべた。
「俺一人で、このエデンを叩き潰してやる」
アレキサンドでの剣術大会に向けた準備の裏で、エデンを賭けた血で血を洗う戦いが、今まさに始まろうとしていた。




