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聖衣の召喚魔法剣士  作者: KAZUDONA


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109  騎士団との稽古

 小鳥のさえずりと共に、カーテンの隙間から柔らかな朝陽が差し込んでくる。カリナは微睡みの中で、包み込まれるような温かさを感じて目を覚ました。


「ん……」


 目を開けると、すぐ目の前にカグラの穏やかな寝顔があった。昨晩、不安に押しつぶされそうになっていた自分を抱きしめ、一晩中こうして温め続けてくれたのだ。その母性にも似た深い愛情に、カリナの胸が熱くなる。


「……ありがとう、カグラ」


 カリナはそっと体を起こすと、カグラの肩を優しく揺すった。


「おはよう、カグラ。朝だぞ」


「んん……。あら、おはようカリナちゃん」


 カグラはゆっくりと目を開け、ふわりと微笑んだ。茶色のミディアムヘアが枕に広がり、朝日を浴びて輝いている。


「今日も可愛いわね。……気分はどう?」


「ああ。御陰で切り替えられたよ。ありがとう」


 カリナが素直に礼を言うと、カグラは嬉しそうに目を細めた。二人はベッドから起き上がり、身支度を整える。  


 カリナはアイテムボックスから、ルナフレアが出発前に持たせてくれた衣装セットの一つを取り出した。


「今日はこれにするか」


 広げられたのは、繊細かつ豪華な冒険者風のドレスセットだ。  


 アウターは、リボンとフリルがふんだんにあしらわれた、淡い水色のタイトなロングコート。袖は長袖で、手首に向かって優雅に広がるフレアーなデザインになっており、裾や袖口のフリルが可憐さを演出している。  


 その下に着るのは、淡い紺色を基調としたミニスカートの冒険者風ドレス。高貴な青色のリボンが胸元を飾り、スカートの内側には純白とピンクの生地が重ねられ、動くたびにチラリと覗く可愛らしい仕様だ。  


 足元は、太ももまでの長さがある白に黒のデザインが入ったロングニーハイソックスを、ガーターベルトで吊るすスタイル。そして、紺色に黄色のデザインが施されたお洒落なブーツを合わせる。  


 仕上げに、紫の花を模した髪飾りを、特徴的なクセ毛のツインテールにあしらう。


「あら、素敵なデザインね。ルナフレアは本当にいい仕事をするわ」


 カグラが感心しながら、着替えを手伝ってくれる。背中のリボンを結び、襟元を整える手つきは、本当に姉が妹の世話を焼くようだ。


「よし、完璧よ。お姫様騎士って感じね」


「ありがとう、カグラ」


 一方のカグラも着替えを済ませていた。彼女の衣装は、いつもの白い狩衣に、今日は高貴な紫の羽織を重ねている。下は動きやすいミニスカート丈にアレンジされた赤い袴。白のニーハイソックスに足袋という、和洋折衷の艶やかな装いだ。


 そこへ、コンコンとノックの音が響き、侍女達が朝食を運んできた。シルバーのワゴンに乗せられていたのは、目にも鮮やかな朝食だ。  


 厚切りのベーコンと、とろりとした半熟の目玉焼き。新鮮な朝採れ野菜のサラダには特製のドレッシングがかけられている。バスケットには焼きたてのクロワッサンとブリオッシュが盛られ、香ばしい小麦の香りを漂わせていた。そして、濃厚なカボチャのポタージュスープ。


「「「いただきます」」」「いただきますにゃ」


 サクサクのパンをスープに浸し、ベーコンの塩気と卵のまろやかさを楽しむ。しっかりと食事を摂り、活力を充填したカリナは、ナプキンで口元を拭って立ち上がった。


「よし、行くか。……今日から特訓だ」


「ええ、行きましょう。しっかり見守らせてもらうからね」


「おいらも応援するにゃ!」


 気合を入れたカリナを先頭に、一行は部屋を後にした。



 ◆◆◆



 部屋を出た一行は、待機していた城の侍従に案内され、城の敷地内にある広大な騎士団演習場へと向かった。土煙が舞う広場には、既に多くの騎士達が集まり、鍛錬に励んでいた。  


 カリナ達が姿を現すと、演習場の空気が一変する。


「おお、来られたか!」


 出迎えたのは、白髪交じりの短髪に、傷だらけの鎧を纏った屈強な男だった。彼はカリナの前に立つと、ビシッと音が出るほどの最敬礼を行った。


「お待ちしておりました、カリナ殿。陛下よりお話は伺っております。我ら騎士団への稽古、快く引き受けてくださり感謝致します!」


 男は顔を上げ、威厳と誠実さを湛えた瞳で名乗った。


「改めて自己紹介させて頂きます。私がこのアレキサンド騎士団を預かる団長、ガレスであります。かつての『ザラーの街』の砦防衛戦……あの地獄のような戦場で、共に戦えたことを誇りに思います」


 ガレス団長。彼はあの日、悪魔の軍勢に蹂躙されそうになっていた砦で、最後まで部下を鼓舞し続けていた指揮官だ。


「こちらこそ、場所を提供して頂き感謝するよ」


 カリナも背筋を伸ばし、凛とした表情で応えた。一歩進み出て、真っ直ぐにガレスの瞳を見据える。


「あの時は互いに名乗る間もないほどの戦場だったからな。私は冒険者で、エデンの筆頭召喚術士のカリナだ。改めて、よろしくお願いする、ガレス団長」


 その礼儀正しくも堂々とした挨拶に、ガレスは感極まったように何度も頷いた。


「はっ! こちらこそ、よしなに願い申し上げます!」


 二人が握手を交わすと、周囲の騎士達がざわめいた。ザラーの戦いを知らない若い騎士達は、カリナの姿を見て困惑の表情を浮かべている。


「おい、あの子がAランク冒険者なのか? あんなに華奢で、しかもフリフリの服じゃないか……」「本当にあのザラーの街を救った英雄なのか? ただの深窓の令嬢にしか見えんが……」「隣の和装の女性も美人だが、演習に来るような格好じゃないぞ」


 そんなひそひそ話を耳にしながら、カグラと隊員は演習場の脇にある見学用の壇上へと移動した。


「ふふ、みんな驚いてるわね。……でも、すぐに思い知ることになるわ。さすが私の妹分は可愛くて、誰よりも強いんだから」


 カグラが扇子を広げて優雅に微笑む。


「隊長は強くて可愛いのにゃ。思い知るのにゃ!」


 隊員も鼻息を荒くして胸を張った。


 演習場の中央に進み出たカリナは、ガレス団長と向き合った。軽いウォーミングアップを済ませ、互いに一礼をする。


「では、まずは私が相手を務めましょう。……手加減は無用ですぞ」


 ガレス団長は訓練用の刃引きされた鋼鉄の剣を抜く。対するカリナは、演習場の隅にあった木剣を手に取った。


「カリナ殿? そちらも刃引きの剣を使われては……?」


「いや、私はこの木剣で構わない」


 カリナは静かに告げた。


「誤解しないでくれ、決して舐めているわけじゃない。……自分をそれくらい追い込んだ訓練でなければ、意味がないからな」


「……なるほど。承知致しました!」


 ガレス団長の目が鋭くなる。審判役を務めるベテラン騎士が、高らかに手を挙げた。


「始めッ!」


 開始の合図と共に、団長が踏み込んだ。


「はぁっ!!」


 裂帛の気合いと共に繰り出される、重厚な斬撃。歴戦の騎士団長だけあって、その剣速は凄まじい。風を切る音が周囲に響く。だが、カリナは表情一つ変えなかった。切っ先が鼻先を掠めるギリギリの距離で、最小限の動きで回避する。


「なっ!?」


 ガレスが追撃の横薙ぎを放つが、カリナは木剣でその軌道を優しく逸らし、流れるような動作で懐へと潜り込んだ。技も魔法も使わない。純粋な剣と体術のみ。トン、と木剣の切っ先がガレスの首筋に触れ、団長の動きが凍りついた。


「……そこまで!」


 審判役の騎士が、驚愕を含んだ声を張り上げた。一瞬の静寂の後、騎士達からどよめきが上がった。


「ば、馬鹿な……団長があっさりと!?」「魔法も使っていないぞ? 純粋な剣技だけで……!」「あんな細い腕で、団長の剛剣を受け流したのか!?」


 これが、ザラーの街を救った召喚魔法剣士の実力。壇上で見ていたカグラは、満足げに頷いた。


「さすがね。カリナちゃんのメインキャラ『聖騎士カーズ』は、VAOでも最強と言われたトップランカー。アバターが変わっても、その剣技は全く錆びついていないわ」


「さすが隊長にゃ! かっこいいにゃー!」


 隊員が飛び跳ねて声援を送る。


「……参りました。まさかこれほどとは」


 ガレス団長が額の汗を拭いながら頭を下げる。カリナは木剣を下ろし、周囲の呆気に取られている騎士達を見渡した。


「さあ、次は君達の番だ。まとめてかかってきてくれ。休憩は挟むが、手加減はしない」


 そこからは、凄絶な稽古が始まった。  


 一対多数の乱戦形式。次々と襲いかかる騎士達を、カリナは淡々と、しかし的確に捌いていく。木剣が踊るたびに屈強な騎士が地面に転がる。  


 数時間が経過し、騎士達が肩で息をしてバテバテになっている中、カリナは涼しい顔で、息一つ乱していなかった。


「はぁ……はぁ……! ば、化け物か……!」「スタミナが底なしだ……」


 地面に座り込む騎士達の横で、カリナは終わった後も黙々と走り込みを始めた。


「休憩時間だぞ? 休まないのか?」


 肩で息をしている中堅の騎士が問いかける。


「私の目標はもっと高いところにある。これくらいで止まってはいられないんだ」


 その言葉に、ガレス団長がハッとしたように顔を上げた。


「お前達! 英雄殿があれほど努力されているのだぞ! 感心している場合ではない、我らも続くぞ!」


「おおぉぉっ!!」


 騎士達の目に、尊敬と対抗心が宿る。彼らもまた、痛む体に鞭打ってカリナの後を追い始めた。



 ◆◆◆



 午前の部が終わり、昼食の時間となった。演習場の隅に長テーブルが用意され、カリナ達は騎士達と共に食事をとることになった。


 運ばれてきたのは、鍛錬後の体に染み渡るようなスタミナメニューだ。大皿に盛られた骨付き肉のローストは、香草とニンニクの香りが食欲をそそる。その横には、トマトと挽肉をたっぷり使った大盛りのボロネーゼパスタ。そして、野菜と豆が煮込まれた具沢山のミネストローネと、堅焼きの黒パン。


「カリナ殿、先ほどは失礼しました! 見かけで判断するなど、騎士として恥ずかしい限りです!」


 若い騎士の一人が、パンを片手に頭を下げる。


「気にしなくていい。冒険者は実力が全てだ。分かってくれればそれでいいよ」


 カリナが笑って肉を頬張ると、カグラも優雅にお茶を飲みながら口を挟んだ。


「ふふ、私の妹分は凄いでしょう? あなた達も筋が良いわよ。午後も期待しているわ」


「は、はい! ありがとうございます、美しいお姉様!」


 カグラの美貌と大人の色気に、若い騎士達は顔を赤らめて直立不動になる。和やかな昼食の後、午後の演習が始まった。ひたすらに立ち合いを繰り返し、実戦の勘を磨く。カリナの動きは洗練され、無駄が削ぎ落とされていく。


 夕刻、訓練終了の鐘が鳴る頃には、騎士達は泥のように疲れ果てていた。ガレス団長が申し訳なさそうに歩み寄る。


「カリナ殿……。我らの実力不足で、貴殿の良い稽古相手にはなれなかったのではないかと……」


「いや、そんなことはないさ」


 カリナは首を振った。


「実戦の勘を磨くには、常に戦場を想定した緊張感が必要だ。それに……私の動きを見ることで、この国の騎士団の成長に繋がるのなら、それは私にとっても嬉しいことだからね」


 その言葉に、騎士達は胸を打たれた表情をした。自分達の成長まで考えてくれている。その高潔な精神と、強さを追い求める姿勢。


「……明日こそは! 明日こそは、必ず一本取ってみせます!」


「ああ、楽しみにしてるよ」



 ◆◆◆



 汗と土にまみれた演習を終え、城内へと戻る途中、偶然にも廊下でレオン王と鉢合わせた。


「おお、カリナよ。精が出るな」


「陛下」


 カリナ達が礼をすると、レオン王は満足げに頷いた。


「窓から見ておったぞ。我が国の騎士団に、あれほどの熱気が戻るとはな。礼を言う」


「いえ……。ですが陛下、率直に申し上げますと」


 カリナは真剣な眼差しで王を見つめた。


「かつては大陸最強を誇ったと言われる『五大国』の一つにしては……少し、戦力が落ちているように感じます」


 痛いところを突かれ、レオン王は苦渋の表情を浮かべた。


「……うむ。その通りだ。100年前に起きた『五大国襲撃事件』……あれで、多くの実力者達を失った。それ以来、魔物の攻勢に押され、後進も碌に育っておらん。王として、不甲斐ない限りだ」


 100年前。それは、この世界がゲームから現実へと変貌した時期と重なる。


「陛下。私がここにいる間は、できる限り彼らを鍛えます。……自分のためでもありますが、悪魔の脅威に脅かされている、この世界のためにも」


 カリナの力強い言葉に、レオン王は大きく目を見開いた。  そして、深く、重く頷いた。


「ああ……。短い期間だが、よろしく頼む。そなたのような若者がいてくれることが、今の我々にとって最大の希望だ」



 ◆◆◆



 王と別れ、カリナ達は大浴場へと向かった。脱衣所で汗まみれの服を脱ぐと、侍女が恭しく籠を受け取った。


「お召し物は洗濯しておきますので、こちらでお預かりいたします」


「ありがとう、頼むよ」


 浴場に入り、掛け湯をして汗を流す。いつものようにカグラに髪の毛も体も洗われて湯船に浸かった瞬間、カリナの口から大きな溜息が漏れた。


「はぁぁ……。効くなぁ……」


 全身の筋肉が喜びの声を上げている。すると、背後からカグラの柔らかな手が伸びてきて、凝り固まった肩を揉みほぐし始めた。


「お疲れ様、カリナちゃん。今日は本当によく頑張ったわね」


「ん……カグラ……」


「すごい集中力だったわね。見ていて惚れ惚れしちゃったわよ」


 カグラは優しくマッサージを続けながら、耳元で囁く。


「でも、無理はしすぎないでね? あなたの体は、私が一番よく知ってるんだから」


「ああ……ありがとう、気持ちいいよ」


 カグラの献身的なケアに、心身ともに癒やされていく。



 ◆◆◆



 部屋に戻ると、豪華なディナーが用意されていた。  


 テーブルに並ぶのは、まさに王侯貴族の晩餐だ。メインディッシュは、アレキサンド産牛フィレ肉のステーキ。絶妙な火加減で焼かれた肉には、芳醇な赤ワインソースがかかっている。  


 前菜には新鮮な白身魚のカルパッチョ、そしてトリュフの香りが立ち上る濃厚なキノコのリゾット。デザートには、色とりどりの果物が宝石のように飾られた、季節のフルーツタルトが添えられていた。


 空腹を満たし、心地よい疲労感に包まれながら、就寝の時間となる。


 ベッドに入ると、カグラが当然のように入ってきて、カリナを優しく抱きしめた。


「……ん」


 カリナも自然とカグラの胸に顔を埋める。カグラは慈しむようにカリナの頭を撫でた。


「女神との戦いがあるから、気持ちが入るのは分かるわ。でも、根を詰めすぎないようにね。……私達がついていることを、忘れないで」


「うん……分かってる。おやすみ、カグラ」


 カグラの姉のような包容力と、温かな体温に包まれ、カリナは深い眠りへと落ちていった。



 ◆◆◆



 ――カリナ達がアレキサンドで、来るべき決戦に向けて牙を研いでいる頃。  


 南、彼女達の拠点である『エデン』の上空には、不穏な暗雲が立ち込めようとしていた。平和に見える日常の裏で、新たな魔の手が、静かに、しかし確実に迫っていたのである。

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