105 レオン国王との謁見と謎の女神
アレキサンドの朝は、澄み切った青空と共に始まった。
石畳を踏みしめる音を響かせながら、カリナ達一行は街の北端に位置する小高い丘を目指す。そこに鎮座するのは、この国の象徴である巨大な王城だ。
近づくにつれ、その威容が露わになる。
エデンの城が近代的な白亜の優美さを誇るなら、この城はまさに「鉄壁」。切り出された巨大な灰色の岩石を積み上げて作られた城壁は、無骨ながらも圧倒的な重厚感を放っている。
城壁には、エデンの「黄金の獅子」とは異なる、この国の国章――『交差する二振りの剣と鉄壁の盾』を描いた旗が翻っている。装飾は最小限に抑えられ、実用性を重視した矢狭間が並ぶ様は、ここが武を尊ぶ騎士の国であることを無言のうちに物語っていた。
「へぇ、近くで見ると迫力が違うわね。飾り気はないけれど、そこがいいわ」
カグラが城壁を見上げ、感心したように扇子を揺らす。やがて、巨大な鉄格子の城門の前に到着した。
「止まれ! 何用か!」
屈強な鎧に身を包んだ門番達が、鋭い眼光と共に槍を交差させる。カリナは一歩前に出ると、懐から先日カシューに託された招待状と、自身のAランク冒険者カードを取り出した。
「エデン国王カシュー陛下の使いで参りました、冒険者のカリナです。レオン・アレキサンド国王陛下より、招きを受けております」
続いてカグラも、流れるような所作で自身のカードを提示する。
「同じく、エデン筆頭相克術士のカグラよ。同行者として許可を頂いているわ」
門番は招待状の封蝋にある王家の紋章と、二人のカードを確認すると、即座に姿勢を正した。槍を引き、ガシャンと音を立てて踵を揃える。
「はっ! 失礼致しました! カリナ様、カグラ様ですね。陛下よりお話は伺っております。どうぞ、中へ!」
重々しい音と共に城門が開かれる。
一歩足を踏み入れると、そこは静謐な空気に包まれていた。城内もまた、質実剛健な造りだった。磨き上げられた石の床、壁には歴代の戦いを描いたタペストリーや、交差した剣と盾の紋章が飾られている。
煌びやかなシャンデリアの代わりに、魔法石を埋め込んだ鉄製の燭台が通路を照らし、すれ違う騎士達は皆、規律正しく黙礼して通り過ぎていく。
「エデンとはまた違った緊張感があるにゃ……。おいら、背筋が伸びるにゃ」
ケット・シー隊員が、シルクハットの位置を直しながら小声で囁く。やがて、案内役の重臣に導かれ、一行は階段を上がり、最奥にある『謁見の間』へと通された。
◆◆◆
高い天井に、赤い絨毯が敷かれた広い空間。その最奥、玉座に腰を下ろしていたのは、一人の老王だった。
白髪交じりの銀髪をオールバックになでつけ、口元には立派な髭を蓄えている。顔には歴戦の証とも言える古傷が刻まれているが、その瞳は鷲のように鋭く、同時に深い知性を湛えていた。老いてなお、全身から放たれる覇気は衰えを知らない。
カリナとカグラは玉座の数メートル手前で足を止め、優雅に跪いた。隊員も慌てて真似をして、地面に額をこすりつける。
「エデンより参りました、冒険者のカリナです。この度は謁見の機会を賜り、光栄の極みに存じます」
「同じく、カグラと申します。お初にお目にかかります、陛下」
二人は完璧な礼儀作法で挨拶を述べた。ゲーム時代からのロールプレイの賜物だ。特にカリナは、可憐かつ凛とした「英雄」としての振る舞いを演じきっている。
レオン王はふっと表情を緩め、豪快に笑った。
「うむ、よく来てくれた! 堅苦しい挨拶は抜きにしよう。そなたらの活躍は、我が国にも轟いておるよ。面を上げよ」
「はっ」
許可を得て顔を上げると、レオン王は興味深そうに二人を見下ろし、口を開いた。
「我が名はレオン・アレキサンド。この騎士国を預かる者だ」
王は自ら名乗った後、深い感謝の意を込めて続けた。
「まずは礼を言わねばなるまい。我が国の領内にある『ザラーの街』……あそこを襲った悪魔と魔物の大軍を、そなたがたった一人で食い止め、殲滅したと聞いている。我が国の民を守ってくれたこと、王として深く感謝する」
レオン王が合図をすると、側近が豪奢な小箱を持って進み出た。中には、剣と盾をあしらった重厚な勲章が収められている。
「これは我が国の最高位の勲章、『銀盾勲章』だ。受け取ってほしい」
「……! 勿体ないお言葉、身に余る光栄です」
カリナは恭しく勲章を受け取った。ずしりとした重みが、事の重大さを物語っている。レオン王は玉座の肘掛けに体を預け、深いため息をついた。
「情けない話だがな……。かつて『五大国』として名を馳せた我が国も、今や過去の栄光にしがみつく老体よ。度重なる悪魔や魔物の襲撃、そして今回の『ヴォイド・リチュアル・サンクトゥム』の暗躍……。対応が後手に回り、他国の冒険者に頼らざるを得ないのが現状だ」
自国の衰退を隠さず口にする王の姿に、カリナは真摯な碧眼を向けた。
「いえ、陛下。悪魔の脅威は国境を越えた問題です。エデンも、ルミナスも、ヨルシカも、皆で手を取り合ってようやく退けたのですから」
「うむ、その通りだな。……特に今回、国内に潜伏していた教団の支部を早期に発見・殲滅できたのは、そなたらが同盟を組んで送ってくれた情報のおかげだと聞いている」
そこで、カグラが一歩前に進み出た。
「陛下。僭越ながら、その件についてお伺いしたいことがございます。……私は、以前より『ヴォイド・リチュアル・サンクトゥム』と戦っていた術士組織、『相律鎮禍連』の棟梁を務めておりました、カグラと申します」
「なんと!?」
レオン王が驚きに目を見開く。
「あの教団と長年戦い続けていると噂の組織、相律鎮禍連の……!? まさか、棟梁ご本人がこのような場所にいらっしゃるとは……」
「ええ。今は引退した身ですが、あの教団には少々因縁がございまして。アレキサンド国内での残党狩りの状況、詳しくお聞かせ願えれば幸いです」
「なるほど、そういうことであったか。……専門家の協力は願ってもないことだ。後ほど、担当の騎士団長より詳細な報告をさせよう」
カグラが優雅に一礼して下がる。レオン王は髭を撫でながら、感心したように頷いた。
「それにしても……エデンのカシュー王というのは、大した人物のようだな。ルミナス、ヨルシカと同盟を組み、世界規模の対悪魔包囲網を敷こうとしている。……一度、直に話してみたいものだ」
その言葉を聞き逃さず、カリナはニヤリと笑った。
「でしたら陛下、今すぐにお繋ぎしましょうか?」
「……ほう? 今すぐ、とは?」
カリナはアイテムボックスから、カシューに渡されたばかりの最新型のイヤホン型通信機を一つ取り出した。それを横にいたカグラが受け取る。
カグラは茶色のセミロングヘアをかき上げ、自身の左耳に装着されている同型の通信機を見せながら、王の側近に目配せをして許可を求めた。側近が王に伺いを立て、王が小さく頷くのを確認してから、カグラは優雅な足取りで玉座への階段を数段上った。
「失礼致しますわ、陛下。……ええ、そうです。そのまま楽になさっていてくださいね」
まるで孫娘が祖父に接するかのような、あるいは美女が誘惑するかのような、絶妙な距離感。カグラは指先で通信機に触れ、魔力を流し込んで起動させると、そっと王の左耳に装着した。
「……聞こえますか? カシュー、繋がったわよ」
「ああ、感度は良好だね。……初めまして、レオン・アレキサンド国王陛下。エデン国王のカシューと申します。以後、お見知りおきを」
レオン王の耳元に、非常に丁寧で落ち着いた声が響いた。 王は目を丸くし、そして愉快そうに髭を揺らした。
「おお! これは驚いた。まるで隣にいるかのようだ。……初めまして、カシュー殿。老骨のレオンだ」
そこからは、二人の王によるトップ会談が始まった。
「書簡での申し出、感謝致します。魔導列車の路線拡張の件、エデンとしても大歓迎です。大陸の中心である貴国と繋がれば、物資や人材の流通速度は飛躍的に向上するでしょう」
「うむ。我が国としても、エデンの技術力には大いに期待している。……それと、対悪魔同盟への加盟の件だが」
「もちろん、席は空けております。過去の栄光ではなく、今を生きる国として、共に未来を守っていきたい。……そう考えております」
「はっはっは! 若いくせに言うではないか。……良かろう。この老体、最期のひと踏ん張りとして、そなたの神輿に乗るとしよう!」
通話越しに固い握手が交わされた瞬間だった。
「ありがとうございます。では、細かい話はまた後程しようではありませんか」
「うむ、そうだな。また連絡を頼む」
通信は一度切断された。
「ふぅ……。実に有意義な時間であった。カリナ、カグラよ、礼を言うぞ」
レオン王は満足げに通信機を外そうとしたが、カリナは首を振った。
「いえ、陛下。それはそのままお持ちください。そして、常に連絡が可能になるよう装着しておいてください。いつ何時、緊急の事態が起こるとも限りませんので。魔力を込めれば通信機は起動致します」
「うむ、分かった。肌身離さず持っておこう」
王は通信機を耳につけたまま、居住まいを正してカリナに向き直った。
「さて……外交の話はこれで終わりだ。次は、武人の話をしよう」
レオン王の瞳に、鋭い剣気が宿る。
「書簡にも記したが、今日から一週間後、城下の闘技場にて大規模な『剣術大会』が開催される」
「はい。是非、参加させていただきたく思います」
カリナが即答すると、王はニヤリと笑った。
「うむ。この大会は単なる祭りではない。今後の悪魔の脅威に対抗しうる、有力な冒険者や戦士の発掘も兼ねているのだ。そのため、参加資格は『Aランク以上』の実力者に限定している」
「Aランク……」
それは、実質的に人類最高峰のレベルを要求するということだ。生半可な実力では門前払いとなる。だが、カリナは不敵に笑みを返した。
「望むところです。参加資格に不足はありません」
「ああ、そなたの実力は疑っておらん。なんといっても悪魔を、その剣技一つで単騎で屠った英雄だ。……召喚術だけでなく、その剣の腕前、この目で直接見られることを楽しみにしているぞ」
レオン王は期待に満ちた視線を送る。そして、ふと思い出したように言葉を続けた。
「そういえば……先ほど話に出た、国内の教団支部を殲滅した件だがな」
「はい」
「実は、それを行ったのは我が国の騎士団ではないのだ。……ある一人の、卓越した実力を持つ女性が、たった一人で壊滅させたのだよ」
「たった一人で……?」
カリナとカグラが顔を見合わせる。教団の支部ともなれば、多数の信徒に加え、人体実験によって改造された兵士やキメラもいたはずだ。それを単独で制圧するなど、並大抵のことではない。
「彼女もまた、今回の大会に参加することになっておる。……なんでも、自らを『女神』と名乗っているのだよ」
「女神……?」
その単語に、カリナの記憶の奥底で何かが引っかかった。 以前、召喚体であるカイザードラゴンの『アジーン』を呼び出した際、彼が言っていた言葉。――『龍の谷に赤い髪の女神を名乗る女性が滞在していたが、もう去って行った』。
アジーンが言っていた女神と、同一人物なのだろうか。カリナは内心で思索を巡らせる。
その時だった。謁見の間の隣にある控え室の扉が、静かに開かれた。
「――お呼びでしょうか、国王陛下」
凛とした、しかし鈴のような美しい声が響く。部屋に入ってきた人物を見た瞬間、カリナは息を呑んだ。
そこに立っていたのは、一人の女性だった。
燃えるような真紅のロングヘア。その髪は、奇妙なほどカリナの髪色と酷似しており、特徴的なツインテールのクセ毛までもが似ている。瞳の色は、カリナの碧眼とは対照的な、血のように鮮烈な赤。見た目は、幼さが残るカリナの少女の姿とは異なり、完成された大人の美貌を持つ美女だ。
そして何より目を引くのは、その全身を包む「赤」の装束だ。
真紅のロングコートに、膝丈の赤いスカート。腰まで届く赤いハーフマントをなびかせ、肩には実戦的な赤い鎧が装着されている。足には白いニーハイソックスに赤のブーツ。それは彼女のためだけの、全身赤一色のバトルドレスという衣装。さらに左腰には、剣と刀の二振りが納められた鞘が吊るされている。
「おお、来たか。……紹介しよう。彼女こそが教団支部を壊滅させた功労者、アリア殿だ」
アリアと呼ばれた女性は、カツカツとヒールの音を響かせて進み出ると、カリナの横で優雅に立ち止まり、王に向かって完璧なカーテシーを披露した。
「お初にお目にかかります、エデンの英雄様。……私は、アリアと申します」
アリアが横を向き、カリナに視線を合わせる。
カリナの深い碧眼と、アリアの燃えるような赤い瞳が交錯した瞬間、カリナの背筋に、得体の知れない戦慄が走った。 敵意ではない。殺気でもない。けれど、魂が震えるような、根源的な「運命」を感じさせる眼差し。
「……カリナだ」
「知ってますよ。あなたの噂はずっと聞いてましたし、私の星の目はこの世界の全てを見通せる。……こうして会える日を、楽しみにしてたんですよ?」
アリアは砕けた調子の敬語で、意味深に微笑む。その笑顔は美しいが、どこか底知れない深淵を覗き込むような危うさを秘めていた。
自分と瓜二つの髪型を持つ、謎の美女アリア。
自らを女神と名乗る彼女との出会いが、やがてカリナの運命を、そしてこの世界の真実をも揺るがすことになろうとは、この時のカリナはまだ知る由もなかった。




