100 銀翼との別れ
特務術士部隊の結成が決まり、広間が新たな決意に包まれた後。
エデン王城、玉座の間。
カシュー王の前には、今回の世界的な危機において多大なる貢献を果たした冒険者ギルド『シルバーウイング』の面々――団長である剣士セリス、副団長の剣士エリア、スカウトのロック、重戦士のアベル、そして魔法使いのセレナが整列していた。
「セリスよ、そしてシルバーウイングの皆よ。改めて礼を言う。そなたらが危険を顧みず、連合軍の一員として世界の危機に立ち向かってくれたこと……この国の王として、心より感謝する」
カシューが玉座から身を乗り出し、深々と頭を下げる。一国の王からの最上級の謝意に、セリスは凛とした佇まいで静かに首を振った。
「勿体ないお言葉です、陛下。私達はこの国の冒険者として王命を遂行したまでです。……ですが、もし友が危機に瀕しているのなら、命令がなくとも駆けつけたでしょう」
セリスの視線が、傍らに控えるカリナへと向けられ、二人は信頼のこもった笑みを交わす。カシューは満足気に頷くと、傍らに控えていた戦車隊隊長のガレウスに視線を送った。
「うむ。その功績に報いるためにも、帰路は我が国の装甲車を手配させた。ガレウス、彼らをチェスターまで送り届けよ」
「はっ! 我が愛車にて、安全かつ快適にお送りいたします!」
ガレウスがビシッと敬礼する。その顔には、共に戦った戦友を送れる誇らしさが滲んでいた。
◆◆◆
エデン王城正門前。そこにはエデンの装甲車がエンジン音を響かせて待機していた。
見送りにはカリナ、サティア、カグラ、そしてエクリアに加え、共に戦ったライアン王国副騎士団長含めた騎士団も姿を見せている。
「カリナちゃん、お互い無事で本当によかったわ。また絶対、チェスターに来てね」
快活な声でそう告げたのは、副団長のエリアだ。彼女はカリナの手をぎゅっと握り、太陽のように明るい笑顔を向けた。
「ああ、必ず行くよ。エリアも元気でな」
カリナは短く、しかし親しみを込めて応える。
「カリナちゃんも達者でな! また何か美味いモンでも食おうぜ!」
ロックがニカッと爽やかに笑う。
「ああ、ロックもな。あんまり飲み過ぎるなよ?」
カリナが口角を上げて返す。その隣で巨大な戦斧を背負ったアベルも、別れの言葉を口にする。
「今回も世話になった。嬢ちゃんも達者でな」
「ああ、アベルもな」
和やかな別れの空気が流れる中――突如として、奇声が響き渡った。
「イヤァアアアッ!! 嫌よ嫌よぉお! 私は帰らないっ! カリナちゃんという天使を置いて帰るなんて、そんな殺生なぁあああっ!!」
セレナが、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔でカリナに抱きつこうと突進した。その目は完全にイッている。
「あぁん、カリナちゃん! そのスベスベの太ももをもう一度! あと匂い! くんかくんかさせてぇええ!!」
「ちょ、おいセレナ!?」
カリナが引きつった顔で後退る。だが、その変態魔法使いの魔の手が届く直前――。
「――いい加減にしなさいっ!」
ドゴォッ!!
エリアの振るった剣の鞘が、勢いよくセレナの後頭部に炸裂した。白目を剥いて地面に沈むセレナ。エリアは「まったくもう!」と息を吐き、腰のベルトに愛剣を差し直しながら、呆れたように腰に手を当てる。
「カリナちゃんが困ってるでしょ! もう、恥ずかしいんだからね!」
「あうぅ……エリアの愛の鞭が……」
ピクピクと痙攣していたセレナだったが、ふと視界の端に佇む人物を見つけると、ゾンビのような動きでむくりと起き上がった。そして、先程までの奇行が嘘のように、シュッと背筋を伸ばし、凛とした表情を作る。
「これは、エクリア様。ご機嫌麗しゅう」
ターゲットは、エクリアだった。セレナは優雅にスカートの端をつまみ、完璧なカーテシーを披露する。
「昨晩の祝宴に続き、再びエクリア様のような高潔な方にご挨拶できますこと、光栄の極みでございます」
エクリアは、直前までカリナに対して発情していた変態が、自分に対して態度が急変したその落差に内心で盛大にドン引いていた。だが、その感情を表に出すことはなく、完璧な美女の仮面を被ったまま、聖女のごとき微笑みで受け流すことにした。
「ふふ、ありがとうセレナさん。貴女も、道中お気をつけて」
「ははぁっ! 勿体なきお言葉です!」
セレナは深々と頭を下げた。その態度は、可愛いものへの執着とは別ベクトルの、純粋な敬意に満ちていた。
そんな騒がしいやり取りを微笑ましく見守っていた団長のセリスが、カリナとサティアの前に歩み寄る。
「カリナさん、サティアさん。……お世話になりました」
セリスが差し出した手を、カリナが、続いてサティアが握り返す。
「セリスもな。本当に助かったよ。ありがとう」
「また、私達の力が必要な時はいつでも呼んでください。ギルドへの依頼としても、友人としてでも、いつでも駆けつけます」
そしてセリスは、傍らで扇子を揺らすカグラにも向き直り、敬意を込めて一礼した。
「カグラさんも、あなたの術と強力な式神のおかげで、私も存分に戦えました。背中を預けられたこと、誇りに思います」
「あら、嬉しいことを言ってくれるのね。ふふ、あなたこそ、見てて惚れ惚れする剣技だったわよ。……元気でね」
カグラが扇子を口元に当てて明るく笑いかけると、セリスも微笑み返し、再びカリナ達を見据えた。
「私達にできることは少ないかもしれません。ですが……、この手が届く範囲のものは、何としても守り抜く。それが私達『シルバーウイング』の矜持ですから」
「――ッ!?」
その言葉を聞いた瞬間、サティアはハッとしてカリナを見た。かつてルミナス聖光国で、過去の心の傷により戦うことを恐れていた自分。力はあっても、足がすくんで動けずにいたあの時、去り際のカリナが背中越しにかけてくれた言葉――『この手が届く範囲だけは守りたい』。
その言葉は、目の前のセリスという女性の信念そのものだったのだと、サティアは深く理解した。カリナはセリスからその意志を受け取り、それをあの時の自分に繋いでくれたのだ。
サティアの胸に、温かいものが込み上げてくる。彼女はセリスの手を両手で包み込み、深く頭を下げた。
「はい……! セリスさん、皆様。本当に、ありがとうございました。あなた達の言葉と剣に、私は救われました」
「……感謝するのはこちらです。あなたの祈りがなければ、私は立っていられなかったのですから」
セリスは柔らかく微笑むと、最後に全員を見渡し、踵を返した。
「よし、行くわよ! みんな!」
「「「応!」」」
エリアが号令し、三人が応える。セレナを引きずり、一行はガレウスの待つ装甲車へと乗り込んでいく。
「では皆様、これより彼らを送り届けて参ります!」
運転席のガレウスがビシッと敬礼し、重厚な装甲車が動き出す。窓からはエリアやロックが身を乗り出して手を振っていた。
「またねー! カリナちゃーん!」「元気でなー!」「皆様、お元気で」「また会いましょうねー!」
カリナ達も、車が見えなくなるまで大きく手を振り続けた。砂煙の向こうへ消えていく友の背中は、心地よい寂しさと、未来への希望を残していった。
◆◆◆
エデンを離れ、街道を走る装甲車の車内。すっかり馴染んだその快適な乗り心地に、ロックが感心したように頭に巻いたスカーフの位置を直した。
「やっぱ軍用車は乗り心地がいいな」
「ああ。これならチェスターまであっという間だろうな」
アベルの巨躯をもってしても余裕のある広い車内で、彼は窓外の景色を眺めながら呟く。そして、ふと思い出したように苦笑した。
「それにしても……とんでもない規模の戦いだったな。悪魔との戦いは特にな」
「ええ、全くだわ。私達、よく生きて帰ってこれたものね」
腰の剣を撫でながら、エリアが快活に笑い飛ばす。その明るい横顔には、死線を潜り抜けた充実感が溢れていた。隣ではセレナがまだカリナとの別れを惜しんでハンカチを噛んでいたが、その目には変態的な狂気とは違う、真剣な光が混じっていた。
「でも……カリナちゃん達は、きっとまだ戦い続けるのね。あんなに可愛くて、愛らしいのに……」
「ええ、そうですね」
腕を組んで目を閉じていたセリスが、静かに頷いた。
「世界は広いです。そして闇は深い。……今回の戦いで、私達も思い知らされたはずです。自分達の未熟さを」
その言葉に、全員の表情が引き締まる。世界の危機を救った英雄の一員となっても、彼らは慢心していなかった。むしろ、上には上がいること、そして守るべきものの重さを、肌で感じていたのだ。
「私達も止まってはいられません。……鍛え直しますよ。次にカリナさん達に会った時、胸を張って背中を預けられるように」
「おうよ、団長!」「もちろんだ」「そうね、次はもっといい所を見せなきゃね!」「はい、カリナちゃんを守るためなら、地獄の特訓も辞さないわ……!」
ガレウスの運転する車は、彼らの新たな決意を乗せて、荒野を力強く走り抜けていった。
◆◆◆
シルバーウイングの面々を見送り、王城に戻った後。カシュー王の執務室。
豪奢なソファーには、エデンの中心人物達が車座になって腰を下ろしていた。上座のソファーにはカシューと、その隣にエクリア。向かい側には、真ん中にカリナが座り、その左右をカグラとサティアがガッチリと挟むという布陣である。
テーブルには芳醇な香りを漂わせる紅茶と、色とりどりの茶菓子が並び、一行は公の場の緊張から解放され、友人同士の顔に戻ってリラックスしていた。
「――で? 結局、魔導列車の開通はいつになるんだ? カシュー」
カリナがクッキーを齧りながら尋ねると、カシューは紅茶を一口啜り、柔和な笑みを浮かべて答えた。
「ああ、それなら心配いらないよ。既に三カ国合同で敷設作業に入っているからね。技術的にもエデンの職人達が主導で行っているから問題ないよ。突貫工事であと数ヶ月で全線開通するんじゃないかな」
「へぇ、仕事が早いな。さすがは我らが国王様だぜ」
エクリアが感心したように、しかし軽い口調で茶化す。
「移動が楽になるのは助かるわね。今回の遠征、正直移動は車だから良かったけど、あれが馬とかだったら大変よ」
「ええ、本当に。列車ができれば、もっと気軽にルミナスやヨルシカの皆さんもエデンに来れますね」
カグラとサティアも期待に胸を膨らませる。と、そこでカリナが思い出したようにカシューを見た。
「そういやカシュー、お前あのデカい剣……『機神剣』だっけ? あんなのいつの間に作ってたんだよ? 最高ランクの超レアな聖剣エクスカリバーを持ってるのに、更に隠し玉を持ってるなんて聞いてないぞ」
今回の戦いでカシューが披露した巨大な対悪魔用兵器。その話題が出ると、カシューは少し照れくさそうに、だが少年のように目を輝かせて鼻をこすった。
「いやぁ、だって男のロマンじゃないか。変形する巨大剣なんて。実はこっそり設計しててね、エデンの職人達の中の腕利きのドワーフ達に無理言って、極秘で作ってもらってたんだよね。驚いてくれたかい?」
「相変わらずそういうの好きだよな、お前は。あーあ、俺も見たかったぜ。留守番なんて貧乏くじ引かされなきゃなー」
エクリアがつまらなそうにぼやく。
「ま、そのロマンのおかげで助かったのは事実だ。あれがなきゃ、あの災禍伯メリグッシュ・ロバスのなれの果て……『虚無の王』は止められなかったかもしれないしな」
カリナがしみじみと言うと、カグラも扇子を閉じて頷いた。
「ええ、本当にね。あの災禍伯があそこまで変貌するなんて……正直、肝が冷えたわ。カリナちゃんの精霊王の加護がなかったら、私達も危なかったかもしれないしね」
「はい……。あの時のカリナさんの光、とても温かくて、凄かったです。あれが精霊王の力なんですね」
サティアが尊敬の眼差しを向けると、カリナは照れくさそうに頬をかいた。
「さて……、とりあえずの危機は去ったけど、まだ終わっちゃいないよね。悪魔の脅威は残っているし、何よりエデンの特記戦力がまだ二人、行方不明のままだ」
カシューが穏やかながらも真剣なトーンで切り出す。
「弓術士の射撃の天才エヴリーヌ、そして格闘術の達人『拳王』グラザか……」
「ああ。これからの戦いには、彼らの力が絶対に必要になる。悪魔共からすれば、今のエデンは相当目障りだろうしね。特に精霊王の加護を持つ君は、真っ先に狙われると思うよ? カリナ」
カシューの忠告に、カリナは腕を組み、ふむと唸った。
「分かってるよ。だからこそ、ここでじっとしているわけにはいかない。……私もまた旅に出る。残りの二人を探しにな」
「あら、もう行くつもり? 生き急いでるわねぇ、カリナちゃんは」
カグラが呆れたように、しかし愛おしげにカリナの肩に頭を預ける。
「手掛かりはあるんですか? カリナさん」
反対側からサティアが心配そうに覗き込むと、カリナは頷いた。
「ああ。とりあえずは西にある初期五大国の一つ、武大国アーシェラに向かおうと思っている。あそこなら、腕自慢のグラザがいそうな気がするからな」
「なるほど、武大国か。あそこなら脳筋のグラザにはおあつらえ向きだよなー」
エクリアがケラケラと笑う。
「それにあそこは格闘術や特殊な武器種を扱うクラスが集まる場所でもあるわ。エヴリーヌ、彼女の痕跡も見つかるかもしれないわね」
「それもそうか。もしかしたら二人の足取りを掴めるかもしれない。一石二鳥だね」
カグラの言葉にカシューが同意する。
「……ん?」
その時、カリナが不意に眉を寄せ、自身の下腹部あたりをさすった。会話の途中で、妙な違和感が走ったのだ。




