98 エデンでの宴会
決戦が終わり凱旋した、その夜。
エデン王城、大謁見の間。
普段は国政の重要事項が決定される厳粛な場であるが、今宵ばかりはその空気が一変していた。高い天井から吊るされた巨大なシャンデリアが煌々と輝き、広大なフロアには長大なテーブルが幾列にも並べられている。そこには、エデンの豊穣な大地が育んだ山海の幸――否、エデンは大陸の中心部に近い内陸国であるため海産物こそないが、その分、清流と深き森、そして肥沃な大地からの恵みが所狭しと並べられていた。
大皿に盛られたのは、香草と共にじっくりと焼き上げられた巨大な猪の丸焼き。皮はパリッと香ばしく、ナイフを入れれば溢れ出す肉汁が食欲をそそる。
その隣には、清流で獲れた鮎や岩魚のコンフィ。骨まで柔らかく調理され、彩り豊かな野菜と共に美しく盛り付けられている。
さらに、香り高いキノコと木の実をふんだんに使ったリゾット、新鮮な高原野菜のサラダなど盛沢山。山葡萄から醸造された芳醇な赤ワインや、冷えたエール、そして彩り鮮やかな果実水が次々と運ばれていた。
今宵は、世界を救った英雄たちを祝う祝勝パーティである。エデンの自由な気風を象徴するように、ドレスコードは「フリー」。参加者は皆、思い思いの格好でリラックスした表情を浮かべている。冒険者装備を綺麗に手入れして身につける者、軽装のチュニックで寛ぐ者、正装に身を包む騎士達。
そんな中、会場の入り口が一際大きくざわめいた。
「あら、ごきげんよう」
現れたのは、エデンが誇る筆頭魔法使い、エクリアだ。
普段のローブ姿ではない。彼女の美しい金髪をより一層引き立てる、夜空のような深い蒼色のイブニングドレス。胸元には大粒のサファイアが輝き、その立ち振る舞いは深窓の令嬢、あるいは一国の王女と見紛うばかりの完璧な優雅さだった。彼女が歩くたびに、ドレスの裾が流麗な波を描き、周囲の貴族や兵士達が感嘆の溜息を漏らす。
「おぉ……なんと美しい……」「あれは災害級魔法使いのエクリア様か……? まさに才色兼備だ……」
だが、その完璧な姿を遠巻きに見ていた四人――カリナ、カグラ、サティア、カシューだけは、揃って微妙な表情を浮かべていた。
「……またやってるわよ、アイツ」
「ああ。中身はアレなのにな……」
「黙っていれば完璧な淑女なんですけどねえ……」
「あはは、まあ彼女なりのオンとオフの切り替えなんだろう。そっとしておいてあげようよ」
PC組である彼らは、エクリアの本性を知り尽くしているため、その「完璧な演技」に生温かい視線を送っていた。
やがて、会場にファンファーレが高らかに鳴り響く。ざわめきが静まり、全員の視線がホール最奥の玉座へと向けられた。
「これより、勲章授与式を行う! 対象者は前へ!」
カシューの側近アステリオンのよく通る声が響き、名前を呼ばれた功労者達が玉座の前へと進み出る。
特記戦力のカリナ、カグラ、サティア。エデン王国騎士団を代表して、副団長のライアン。そして、チェスターの冒険者ギルド『シルバーウイング』の団長セリス、副団長エリア、アベル、ロック、セレナ。
玉座の前には、エデン国王カシューが威厳ある姿で立っていた。普段のフランクな態度は影を潜め、その瞳には王としての厳格さと、英雄たちへの深い敬意が宿っている。その横には、黒いビロードのクッションを捧げ持ったアステリオンが控えていた。クッションの上には、金と青銀で作られた精巧な『エデンの栄誉勲章』が輝いている。
「特記戦力、カリナ」
カシューが重々しく名を呼ぶ。カリナは一歩前へ出て、臣下の礼を取り、片膝をついた。これは「王と臣下」としてのロールプレイだ。
「はい」
「そなたの勇気と力が、世界を救った。この国の王として、そして友として、心からの感謝を」
カシューはアステリオンから勲章を受け取ると、自らの手でカリナの首にかけた。
「ありがたき幸せです。この身ある限り、エデンの剣としてあり続けます。カシュー王よ」
カリナが顔を上げ、凛とした瞳でカシューを見つめる。二人の間で、無言の信頼が交わされる。続いてカグラは礼儀正しく、サティアも聖女らしい振る舞いで、同様に勲章を授与された。
次に呼ばれたのは、エデンの騎士だ。
「エデン王国騎士団副団長、ライアン」
「はっ!」
ライアンが甲冑を鳴らして膝をつく。
「団長カーズ不在の中、よくぞ騎士団をまとめ上げ、最前線で戦い抜いた。そなたの働きこそ、騎士の鑑である」
「勿体なきお言葉。団長代理として、またエデンの盾として、当然の務めを果たしたまでにございます」
ライアンの胸に勲章が輝くと、会場の端で警備に当たっていた近衛騎士団長のクラウスも、満足げに頷いていた。
そして、シルバーウイングの番だ。
「ギルド『シルバーウイング』団長、セリス」
「はい」
セリスは洗練された動作で膝をつく。彼女はこうした場での礼儀作法は完璧に心得ているかのように振舞う。
「エデン領内チェスターのギルドとして、世界の危機に際し、命を賭して戦ってくれたこと、深く感謝する」
「もったいなきお言葉です。エデンの民として、為すべきことを為したまでです」
セリスに続き、メンバー達が呼ばれる。
副団長のエリアは、普段のあけすけな態度はどこへやら、カチコチに緊張して歩き方がぎこちない。巨漢のアベルは、その巨体を小さく縮めるようにして神妙な顔をしている。 ロックに至っては、慣れない場の雰囲気に飲まれまいと必死に平然を装っていた。
「副団長エリアにアベル、ロック、セレナ。そなたらの働き、見事であった」
カシューは冒険者達に対し、親しみを込めつつも王としての距離感を保ち、名を呼んで勲章をかけていく。
「あ、ありがたき幸せに存じますっ!」
エリアが裏返った声で応え、ロックは「へへっ、光栄です、王様」と少し照れたように返し、アベルは「感謝致します」と太く落ち着いた声で短く礼を述べた。セレナだけは、落ち着き払った動作で淑女の礼をとった。
全員への授与が終わると、カシューは玉座の前に立ち、会場全体を見渡した。そして、手にしたワイングラスを高々と掲げる。
「皆の者! 今宵は無礼講だ! 我らが英雄達の凱旋と、訪れた平和を祝い、飲み、食らい、語り合おうではないか! エデンに栄光あれ!」
「「「エデンに栄光あれ!!」」」
割れんばかりの歓声と共に、祝宴の幕が切って落とされた。
◆◆◆
パーティが始まると、会場のあちこちに歓談の輪が広がった。
カシューは王の立場上、安易に歩き回ることはせず、玉座にてアステリオンや給仕たちが運んでくる料理と酒を楽しんでいる。
「陛下、鹿肉のローストをお持ちしました」
「うむ、ありがとうアステリオン。……彼らも楽しんでいるようだな」
カシューはグラスを傾けながら、カリナ達が笑い合う姿を満足気に眺める。
そのカリナの周りには、側仕えのルナフレアと、召喚術士代行のリーサが付き従っていた。カリナの手には、ワインではなく果実水が入ったグラスが握られている。見た目が少女である彼女に、アルコールは厳禁である。
「カリナ様、この川魚のテリーヌ、絶品ですよ。お皿にお取りしましょうか?」
「いや、自分でやるから大丈夫だよ、ルナフレア。リーサも、遠慮せずに食べていいんだぞ」
「はい、ありがとうございます、カリナ様。……あ、でも緊張して味が分からないかも……」
リーサは敬愛するカリナと同じテーブルを囲める喜びに、頬を紅潮させている。
「しっかり食って体力をつけないと、学園の生徒達に示しがつかないぞ?」
「それもそうですね! いただきます!」
カリナの言葉に、リーサは元気よく頷いて料理を口にした。
別のテーブルでは、カグラと代行のユズリハが、日本酒に似たエデンの清酒を酌み交わしている。ユズリハは戦場には出ず、エデンでベルガーの保護を担当していたため、カグラの労いを受けていた。そして側には相律鎮禍連の精鋭達も祝杯を挙げていた。
「ぷはーっ! やっぱり仕事の後はこれね! ユズリハも飲みなさいよ!」
「はい、カグラ様。いただきます。……しかし、色々聞きましたが、やはりカグラ様の術や式神の展開は見事だったそうですね。私も拝見したかったです」
「あーもう、今は仕事の話はナシ! ほら、この焼き鳥みたいなやつ、美味しいわよ!」
カグラは扇子でユズリハの口を塞ぐように料理を差し出し、ケラケラと笑う。それを見た相律鎮禍連の精鋭達も一緒になって笑った。
サティアは、神聖術士代行のジュネと共に、比較的静かな一角でハーブティーと軽食を楽しんでいた。
「ジュネ、教会の皆さんは変わりありませんか?」
「はい、サティア様。皆様、サティア様のご帰還を祈っておりました。……サティア様、少しお痩せになったのでは? もっと召し上がってください」
「ふふ、心配性ですねジュネは。では、この果物のタルトを頂こうかしら」
穏やかな空気が流れる中、シルバーウイングの面々もエデンの食文化を堪能していた。
「うめぇ! このソース、何ていうんだ? 猪の肉に合いすぎるぜ!」
「ロック、口の周りがベタベタ。……でも確かに美味しいわよね」
マナーの悪さをエリアに注意されるロック。
「うむ、素材の味が生かされている。美味いな」
アベルが落ち着いた動作でナイフを使い、深く頷く。
「もう、アベルったら渋いわねぇ。私はもっと飲むわよー!」
エリアは既に空になったジョッキを掲げ、給仕の女性に追加を頼んでいる。セリスはそんなメンバー達を微笑ましく見守りつつ、静かにグラスを傾けていた。
騎士団のテーブルでは、ライアン副団長と近衛騎士団長クラウスが杯を交わしていた。
「ライアン、大役ご苦労だった。お前が勲章を受ける姿を見て、私も鼻が高いぞ」
「よしてくれ、クラウス。俺はただ、カーズ様の留守を預かる者として、当たり前のことをしただけだ。……だが、陛下からの言葉は素直に嬉しかったよ」
「うむ。今夜は存分に飲め。城の警備は私の部下が万全に行っている」
そんな中、魔法使いのセレナが、意を決したようにある人物の元へと歩み寄った。会場の中心で、貴族達と優雅に談笑しているエクリアだ。彼女の傍らには、代行のレミリアが控えている。
「あの……失礼致します。エデン筆頭魔法使い、エクリア様でしょうか?」
セレナが緊張した面持ちで声をかけると、エクリアは完璧な微笑みを浮かべて振り返った。
「ええ、そうですわ。貴女は……シルバーウイングのセレナさんですね。先ほどの叙勲式、拝見しておりましたわ」
「は、はい! 私、ずっとエクリア様に憧れていたんです! 災害級とも謳われるその絶大な魔力、そして魔法制御の技術……同じ魔法使いとして、ずっと目標にしていたんです!」
セレナの熱っぽい言葉に、エクリアは扇子で口元を隠し、優雅に目を細める。彼女は留守番をしていたため、セレナがどれほどの実力かも、戦場でどのような魔法を使ったかなども知らない。だが、そこは「完璧な女性」としての演技でカバーする。
「あら、光栄ですわ。チェスターの精鋭ギルドの方にそう言っていただけるなんて。……私など、まだまだ未熟者ですのに」
謙遜する言葉とは裏腹に、エクリアの内面では、ふふん、そうでしょうそうでしょう。もっと褒めていいのよ? 私の凄さが分かるなんて、なかなか見る目があるじゃない! と、自尊心が満たされまくっていた。
その心の声が聞こえているかのように、傍らのレミリアが小さく溜息をつき、冷静な声で助け舟を出す。
「エクリア様、セレナさんは今回の戦いで遊撃隊として素晴らしい魔法を見せたと、既に報告書に上がっておりますよ」
「ええ、そうですわね。レミリアの言う通り、貴女の活躍は耳にしております。これからも精進なさいませ」
「は、はいっ! ありがとうございます! 感激です……!」
エクリアの適当ながらも完璧な対応に、セレナは頬を紅潮させ、何度も頭を下げた。遠くからその様子を見ていたカリナ達は、「レミリア、ナイスフォロー」と心の中で親指を立てた。
◆◆◆
宴は夜更けまで続き、城内の熱気は冷めることを知らなかった。そして、その歓喜の輪は城内だけには留まらない。
城下でも、街の広場や酒場で祝杯が挙げられていた。
各家庭の窓には明かりが灯り、通りには臨時の屋台が立ち並ぶ。吟遊詩人達が英雄達の武勇伝――黒龍を従えたカリナの一撃や、三王の奇跡的な連携――を歌い上げ、人々はそれに合わせて踊り、笑い、杯を交わした。
「悪の組織は滅びた! 俺達の世界は守られたんだ!」「エデン万歳! この国の英雄達に乾杯!」
夜空には、勝利を祝う魔法の花火が打ち上げられ、色とりどりの光が王都を照らし出す。その光は、ヴォイド・リチュアル・サンクトゥムとの長い戦いの終わりと、きっとこれから始まる平和な時代――魔導列車によって繋がる新しい世界の幕開けを告げる狼煙のようでもあった。
城のバルコニーに出たカシューは、眼下に広がる城下の光の海を見つめ、静かに呟いた。
「……良い夜だな」
「はい。皆、幸せそうです」
隣に並んだアステリオンが頷く。カリナ達もグラスを持ってバルコニーに出て来た。夜風が火照った頬に心地よい。
「とりあえず終わったな」
「そうね。でも、明日は二日酔いかもだわー」
「ふふ、それもまた平和の証ですね」
カリナ、カグラ、サティアが笑い合う。エデンの夜は、優しく、そして賑やかに更けていった。




