9 お風呂
自室の扉を開けると、奥からルナフレアが出て来て出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、カリナ様。今日はお早いのですね」
「ああ、討伐任務だけだったし、その後はカシューと今後のことについて話し合いしたくらいだけだしね」
そう言うカリナの服装が出発前とは違うことに気付き、ほうほうと眺めるルナフレア。
「そうでしたか。それにしてもまた可愛らしい衣装ですね。リアさん達やりますね。カリナ様の可憐さをしっかりと引き出している素敵な服です」
服を褒められているのか自分を褒められているのかよくわからなくなったカリナは妙にそわそわした。
「また無理矢理着せられたんだよ。新作だってさ。これからは新作ができる度に着せ替え人形にされる予感しかない」
「いいではありませんか。私などいつもここに努めているのでこのメイド服ばかりですよ。たまにはお洒落をしてもみたくなります」
「そうか……。あ、だったら明日は城下に用事があるから一緒に行くか? ルナフレアの私服も見てみたいしな」
その言葉にルナフレアは目を輝かせた。
「本当ですか?! カリナ様とデートでしたら思いっきりおめかししないといけませんね」
「いや、別にデートでは……、ってまあいいか。明日はギルドに用事とその他にも色々と回ってみるつもりだから。楽しもう」
喜ぶルナフレアを見るとそれ以上は何も言えなくなってしまった。これまで寂しい思いをさせていた分、明日はしっかり満足してもらえるようにしようと、カリナは心の中でそう誓った。
「まだ早いですけど、お風呂になさいますか? 討伐任務だったのならどこかしら汚れているかもしれませんから」
くんくんと自分の匂いを嗅いだが、新しい衣服の匂いしかしない。だが、折角だし頂くとしようと思い、彼女の意見に同意する。
「それほど汚れてはないかもしれないけど、髪の毛とかはわからないし、それならお先に頂こうかな」
「はい、お風呂はいつでも綺麗になっておりますよ」
そう言って笑ったルナフレアを見て、カリナは浴場に向かった。
◆◆◆
更衣室。カリナは衣装を脱ぐのに苦戦していた。無理矢理着せられたので、どのようにして脱げばいいのかイマイチわからない。
「むぐぐ、脱げない。どこかに紐やら留め具があるのか?」
四苦八苦していると、ルナフレアが更衣室に入って来た。
「どうなさいましたか? ああ、脱ぎ方がわからないのですね」
「そうなんだよ、お洒落なのはいいけど、上手く脱げないとさすがに困る。ちょっと手伝ってくれないか?」
「そうですね、多分スカートのこの部分のリボンを緩めたら、ほら、ウエストが緩くなりましたよ。あとガーターは留め具を外して……、はい、これで脱げましたよ」
ほっと安堵すると共に、女性のお洒落衣装は着るのも脱ぐのも大変なのだと実感した。これまでは装備欄を触るだけで自動的に着脱可能だったのだから、便利過ぎたのである。今後はこういう女性の衣装にも慣れていく必要がある。
「ありがとう、じゃあ入って来る」
タオルを巻くと、カリナは浴場の扉を開けてさっさと入って行ってしまった。
「私も一緒に入ってもいいかしら……? カリナ様がちゃんと洗えているのか気になる」
そう思い立ったルナフレアはメイド服を脱ぐと、カリナの後を追った。
◆◆◆
さて、入浴する前に洗わなければと思い、シャワーの前の椅子に腰かけると、シャンプーで頭をわしわしと洗い始めた。毛が長いとやはり大変だと思いながら乱雑に髪の毛を手で洗う。
目の前の鏡に映る自分の姿は少々幼さが残る美少女である。周りからはこんな風に見えているんだなと改めて思う。
「そりゃちょっかいもかけたくなる、のかな?」
リア達メイド隊が可愛らしい衣装を着せようとして来る気持ちも何となくわかってしまった。
「あらあら、そんな洗い方ではちゃんと綺麗になりませんよ」
そのとき背後からルナフレアの声が聞こえた。もしかして洗うのを手助けに来てくれたのかと思って、鏡越しに確かめることもせずにカリナは後ろを振り返った。
目に飛び込んで来た彼女の姿は、タオルを一枚体の前に片手で掛けただけの、一糸纏わぬものだった。余りの驚きに、カリナはさっと目を逸らした。
「少々恥ずかしいですが、今は女同士ですから……」
「いや、まあそれはそうだけど……」
ルナフレアの肢体は美しく均整が取れておりながら、出るところはしっかりと主張している。大人の女性のそれだった。元はNPCとはいえ、意志を持った普通の人間である彼女に対して、カリナは恥ずかしさと見てはいけないものを見てしまった罪悪感でいっぱいになってしまった。
「大丈夫ですよ。私が洗い方を教えて差し上げますから。先ずは、このシャンプーを落として……。最初にお湯でしっかりと素洗いをして下さい。この長さなら、五分は必要ですね」
そう言いながらルナフレアはカリナの後ろに椅子を持って来て座り、綺麗に髪の毛を濯いでくれた。そのまま後ろから手と櫛を使って素洗いをしてくれる。カリナは他人から洗ってもらうのは気持ちいいのだと感じた。美容院などでシャンプーをしてもらうときのあの感覚である。
素洗いが終わると、シャンプーを手に取って泡立ててから柔らかい手つきで前髪から後ろ髪まで丁寧に彼女はカリナの髪を洗ってくれた。身体が密着する度に、彼女の豊満な乳房がカリナの小さな背中に当たり、それがカリナをドキドキさせた。ルナフレアは善意でやってくれているのにこんな気持ちになるのは良くないと、自制心を働かせた。
そうこうしている内にシャンプーが終わり、丁寧に濯いだ後、今度はトリートメントまでしてくれた。
「カリナ様、ちゃんとトリートメントを昨日しましたか?」
「あ、いや、したけど待つのが面倒臭くて直ぐに流してしまったかも」
「トリートメントが馴染んでいる間に体を洗いましょう。その後流せば時間の短縮になりますよ」
そう言って、スポンジにボディソープをたっぷりと付けてカリナの身体をルナフレアは丁寧に労わるように洗ってくれたのだった。その頃には体を隠していた小さなタオルは支えを失って、ルナフレアの一糸纏わぬ姿が目の前に曝け出されていた。それは妖精族だけあって、まるで彫刻の様に美しかった。そしてリラックスしているからなのか、背中から美しく七色に輝く妖精族特有の蝶のような羽が現れていた。
「何度見ても綺麗だな、その羽は」
「ありがとうございます。カリナ様の可憐さには敵いませんが、私にとっての自慢です」
そう言ってルナフレアはふわりと笑った。
全身を洗い、トリートメントを濯いだ後、ルナフレアが自分の身体を洗う間にカリナは湯船に浸かった。大したことはしていないが、今日の疲れが滲み出て癒されていく様に感じられた。浴槽の縁に頭を乗せて、高い天井を見上げる。これからの冒険の旅に思いを巡らせる。新生VAOとも言えるこの世界に果たして何が待っているのだろう。
そうして微睡んでいると、ルナフレアの声が聞こえた。
「洗い終えました。隣よろしいですか?」
「ああ、構わないよ」
カリナの右隣の浴槽に浸かるルナフレア。その豊満な双丘がぷかぷかとお湯に浮いていた。
「……浮くんだな」
「ええ、恥ずかしながら。でも浮いている方が楽ですよ」
そう言いながら自分の胸をたぷたぷと下から持ち上げるルナフレア。カリナは真似してみたが、自分のではそこまで大きさが足りない。
「私のでは無理だな……」
「うふふ、でももしかしたらこれから成長するかもしれませんよ」
くすくすと笑うルナフレアだが、PCはカシューが言っていたが、体形や年齢の変化がないらしい。恐らくカリナの胸がこれ以上育つことはないだろう。
「気持ちいいな。こんな大浴場を独りで使うのは贅沢だ」
「ではこれからはいつもご一緒させて頂きますね」
そう言ってルナフレアは、頭をカリナの方へ傾けてもたれ掛かった。静かな時間が流れて行く。
女性のままで良かったかもしれない。もし男キャラだったら、こんな魅力的な女性が側仕えで好意を寄せてくれていたら、現実世界なら、我慢ができなかっただろう。
不躾な考えが頭をぐるぐると巡る。今は自分が女性であることに感謝しなければいけないとカリナは思った。そしてこの世界が続く限りは彼女を大切にしたい。だから帰って来たときは必ずちゃんと顔を見せようと思うのだった。
「さて、そろそろ上がろうか? 今日は二人でゆっくり過ごそう」
「はい、夕食はとびきり豪勢にしますから」
更衣室でルナフレアに全身を丁寧に拭かれ、部屋着に着替えさせられた。下着の着け方もレクチャーされる羽目になったが、今後必要になる身だしなみである。カリナはルナフレアの好意をありがたく受け取った。
「至れり尽くせりだなあ」
「まあ、私は側付きなのですからこれくらいは当然です。それにカリナ様にはいつも元気で健康でいて欲しいですから。カーズ様のときにはできなかったお世話も色々とできて、今はとても嬉しいのですよ」
「まあ、男の姿の時に風呂に一緒に入るとかはさすがにできないからな」
「私はカーズ様が求められるのなら構いませんが?」
「いやいや、貞操観念はちゃんとしような。今は女の姿だから大丈夫なだけだから。男にそんなこと言ったらダメだぞ」
危なっかしい。まあ彼女が自分以外に変な気を起こすことはないだろうが、どこか心配になる。
「心配しないで下さい。カリナ様以外の方にこのような無防備な姿を見せることはありません。これでも王国騎士団長直属の側仕えなのですよ。武術の心得もありますし、魔法も使えますからね」
カリナが杞憂していることを感じ取ったのか、彼女はそう言って胸を張った。早く服を着て欲しい。目のやり場に困る。
「失礼しました。では私も着替えます。カリナ様は部屋でごゆっくりなさって下さい」
◆◆◆
その後は自室で読書をしたりと思い思いに過ごし、夕食はルナフレアの作ったご馳走に舌鼓を打った。
就寝の時間になると、また部屋にやって来たルナフレアと一緒に寝ることになった。手を繋いで寝ていたはずが、いつの間にか彼女に抱き締められていた。だが心地良い彼女の柔らかさに包まれて、カリナは再び目を閉じて眠りに落ちて行った。
翌朝、ルナフレアの朝食を作る音と匂いで目覚めたカリナは、キッチンへと向かった。
「おはよう、よく眠れたかい?」
「おはようございます、カリナ様。ええ、お陰様で気持ち良く眠れました。でも私、寝相が悪かったりしませんでしたか?」
「ああー、いつの間にか抱き締められてたけど。別に悪いとかじゃないから気にしなくていいよ」
「私ったら……。次からは気を付けますね」
また次があるんだな。ということはこれからはずっと彼女と就寝することになるのだろうとカリナは悟った。だが100年間の孤独の埋め合わせ程度と考えると安いものだとも思った。
朝食を食べてから着替えなどの準備をすると、二人は城下のギルドへと向けて出発した。




