表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/44

第八話 お出迎え夏向ちゃんの大サービス

 家に帰ってきたときには、もうすっかり夜だった。

 この日は、朝の一限から語学系の講義をこなしていて、ほぼ一日がかりで講義に挑んでいたから、流石に疲れた。


「ただいまー……」

「おっかえり~、あ・ら・た~♡」


 だから、新妻の演技らしきことをしながら夏向が玄関まで出迎えてきたときは、もうこの場で寝てしまいたいと思うくらい疲労感が増した。


 ちなみに玄関の鍵の件は大家に伝えたものの、業者を呼んで直すのにはまだ時間が掛かるらしく、夏向が好き放題行き来できる無法状態になっている。


 しかし今日の夏向は、いつにもまして無法者だった。


「夏向……お前なに、その格好?」

「いいでしょ~、これ」


 夏向は、真っ白なフリフリエプロンを着ていた。


 よほど嬉しいのか、くるっとターンを決めて見せる夏向。


 大きめトラックジャケットの上にエプロンを着ているのだが、その下はショートパンツで、ほっそりしていながらも白くて艶めかしい脚が丸出しになっている。


 すげぇ、膝小僧がツルツルだ。ムダ毛が生える様子も一切ない!

 って、男の脚に感動してどうするんだよ。


「きみをお出迎えするならエプロンだよねって思って。ドンキの安コスプレグッズだけど、結構出来よくない?」

「そんな無駄遣いしなくてもいいのに」

「無駄なもんか。きみのためだもん」


 俺のためにわざわざ小道具を用意してくれたっていうことは、やっぱり夏向は、本気で俺のために頑張ってくれてるってこと?


「ぼくはきみがびっくりして、ドキドキする顔も見たいんだよね」


 やっぱりただ単に楽しんでるだけかもしれん。

 それ以外に俺をドキドキさせる理由なんてないだろ。


「それで、どうするの?」

「わっ」


 靴を脱いで玄関から上がった瞬間、俺の腕に抱きついてくる夏向。


「新太は、エプロンのぼくと何がしたい?」

「大人しくじっとしていてくれればそれでいい」

「わかった。天井のシミ数えていれば終わるやつだね?」

「生々しい勘違いで俺をクズ男にするなよ……」

「ごめんごめん。でも、エプロン自慢しただけじゃ、新太の練習にならないよね」

「お前のその恋人ごっこに取り組む真面目な姿勢はいいんだが、今日は疲れてるから練習は休みにしてくれない?」

「そっか。今日は朝からずっと大学行ってたもんね。隣から物音しなかったもん」


 怖っ。こいつ俺の部屋から物音するか確かめてんの……?


「よし、わかった。今日は疲れてる新太のために、癒やし路線のカノジョ役やってあげるからね!」

「わかってくれてねぇなぁ……」


 俺は疲れてるんだよ?


 まあ、夏向がここまで熱心に練習相手になろうとしているのに、肝心の俺が塩対応じゃ悪い気がするから、少し休んでから付き合うつもりではあるのだが。


「じゃ、新太、とりあえず向こうのソファまで行っちゃお?」


 俺の左腕を両手で引っ張っていく夏向。

 夏向のペースに巻き込まれたくないという気持ちから、あえて重心を背中側へ持って行く俺。

 ただでさえデカい体に重みを増した俺に対して、それでも夏向は懸命に引っ張ろうとする。


 そんな健気な姿に、俺の胸の内で何か高い音が鳴った気がした。

 ……って、そんなはず、あるか。


 いくら女子っぽい見た目をしていたって、同性にはときめかないよ。


「新太~。重いよ~」


 そんなに重いか? と不思議になるくらい、夏向の顔は赤くなっていた。


「でも、重くても頑張って引っ張ろうとするぼくって可愛いと思わない?」

「お前、狙ってやってたのかよ。あざといな」

「その言い方だと、ぼくにきゅんとしちゃったって解釈しちゃうけど、いい?」

「へ、変な誤解するな」

「全然いいんだよ? それくらいじゃないと、女の子を相手にしているようなリアリティは出ないと思うし」


 もっともらしいことを言う夏向。


「だから、ぼくのことをどれだけ女の子として見られれるかが、新太が苦手を克服するカギだと思うんだよね! だからもっとぼくを女の子扱いしちゃお?」


 夏向の言う通りではあるのだが。

 しかし俺にとって、夏向は同性ってだけではなく、小学生時代に互いに切磋琢磨した仲のライバルでもある。


 今の夏向にきゅんきゅんするのは……あの頃のゴリゴリ爆速ドリブラーだった夏向に負け続ける気がして嫌だ。


 大学生になった今になってまで、負けを重ねるわけにはいかない。

 そのプライドは結果的に俺のためにはならず、事態を解決するのに遠回りになるとわかっていもなかなか認め難いものがあった。


「そんなわけで、はい、ここに頭乗せて?」


 ソファまで連れてこられた俺の目の前には、座って腿を示す夏向がいる。


「俺をどうするつもりだ?」

「見てわからない? 膝枕だよ~。きみを癒やすにはこれが一番だろ?」

「男の太ももで、俺が癒やされるとでも?」

「今はきみのために女の子になってるよ? それにほら」


 なんとも不気味にニヤニヤしながら、夏向は再度自らの脚を指し示す。


「ぼくの腿なら、新太だって満更じゃないんじゃない? さっきから視線が脚に向かってるの知ってるからね」

「そ、そういう意味で見てないから!」


 確かに視線は向いちゃってたけどさ!

 それは、同性なのに俺の脚とは全然違うんだなっていう物珍しさからだから!

 性的な意味じゃないんだよ!


「ふーん、視線を向けてはいたんだね?」

「見えるような服着てるんだから、しょうがねえだろ……」

「新太の念願が叶うね。ぼくのお膝、枕にしていいよ」


 やっぱり、夏向相手にガチで恋人ごっこをするのは、新しい自分に目覚めそうで嫌なんだけど。

 苦手を克服したい気持ちはあるから、あれもこれも全部嫌だと言ってるわけにもいかないんだよな。


「……わかったよ、仕方ない」


 いざ俺が夏向の膝に側頭部を乗せると、夏向は急に無言になった。


「……夏向?」


 気になった俺は、夏向に横目で視線を向けるのだが。


「だめー!」

「わっ」


 突然俺の目を手のひらで覆ってくる。

 一体、何がダメなんだよ……?


「新太~、急にぼくの方見てくるの禁止だから!」

「横暴すぎないか?」

「だめ。ぼくが落ち着くまでこっち見たらだめ」

「落ち着くって、何が?」

「なんでもいいだろー」


 なんだか自分勝手だが、実は結構ジャイアン気質なのか?

 まあ俺がよく知る夏向の姿は、一度ボールを持ったら滅多にチームメイトに渡そうとしないでドリブルを始めるセルフィッシュな姿だから、頷ける部分はあった。


 ただ、夏向に目元を覆われていると、アイマスクをしているみたいで妙に気持ちが落ち着くのが不思議だ。


 手のひらの柔らかさと、ちょっと湿った感じがするしっとり感と、それでいてどこか冷たい感触が絶妙に混ざり合って快適な空間を形成している。


 まさか初膝枕を男子の夏向に奪われてしまうとは思わなかったけれど、ここまで心地よさを感じている俺は、もはやダメになってしまっているんじゃないか……?


 夏向は、落ち着きとやらを取り戻したのか、さっきから俺の髪を指先で耳にかけたり、耳のふちの部分を指先でなぞったり、耳たぶに触れてきたりして遊んでくる。


「新太、どう? 気持ちいい?」


 俺の耳元で囁いてきやがったから、さあ大変。

 夏向の意図的に甘ったるくしたらしい囁きが、ガツンと効いてしまう。

 背筋を甘く撫でられるような甘美な快楽が湧き出てしまった。


「新太は耳のどの部分が一番弱いのかさっきから確かめようとしてたんだけどー」


 それでやたらと耳をいじっていたのか……。


「新太はどこ触ってもなんかぴくってするよね」


 俺で遊びまくる夏向。


「この調子で、新太が一番気持ちよくなっちゃうポイント探しちゃうぞー」

「俺の体で遊ばないでくれ」


 同性なのにやたら心地よい膝加減で膝枕されているってだけで複雑な気分になってしまうのだから、これ以上惑わせようとするな。


 しかし、ふと気づいたことがあった。

 いや、気づいてしまった。


 夏向の膝を枕にして横になっている俺の後頭部の向こう側には、男子を象徴するものが待ち構えていることに。


「それじゃ新太、次は左耳をいじりたいから、お腹の方を向いて――」

「それは断固拒否する!」


 俺は、バネじかけみたいな勢いで立ち上がって、夏向から逃げた。

 ほんの一瞬でも夏向の膝に癒やしを感じてしまった以上、夏向の男な部分に触れようものなら俺の中の何かがぶっ壊れてしまいそうだから。


 男に膝枕されることで癒やされるのは、今の俺にはレベルが高すぎるんだ。


「あっ、どうして逃げるの! ぼくの膝枕で気持ちよさそうにしてたのに!」

「な、なんだっていいだろ! 諸事情だよ!」

「『恋人』同士なら、そんな膝枕を嫌がることしないよー」

「も、もっと穏当なヤツから始めてくれ!」


 同性同士である以上、いきなり甘々な感じがする練習は俺のメンタルが保たないので勘弁してほしいところ。


 その後俺は、部屋の中で夏向と追いかけっこをするハメになり、余計に疲れてしまうのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ