第五話 ぼくが女の子だってどうして気づかないんだろう?(夏向視点)
ぼくのお隣の部屋は、しばらくの間空き家だった。
だから、大学二年生になって、夏の気配がしてきた頃、隣の部屋に誰かが引っ越してくるとなったとき、嫌だなぁ、と思っちゃったんだ。
お隣さんのことを考えなくてもいい気楽なアパート生活が終わっちゃうと思ったから。
でも、お隣さんがぼくに挨拶に来たとき。
それが、市沢新太だってわかって、ぼくは飛び上がるほど嬉しかった。
だってもう二度と会えないと思っていたから。
中学に入学するタイミングで引っ越しが決まってしまい、ぼくは隣県で中高生時代を過ごし、大学進学を機に小学生時代を過ごした街に戻ってきた。
親元を離れて一人暮らしを始めたのも、この街にいれば新太と再会できるかも、なんて淡い期待を抱いていたからだ。
結局大学一年生のときには何も起こらなくて、そんな青写真が結局妄想以外の何物でもないことを思い知らされて、すっかり諦めかけていたときに新太がお隣さんとして現れたのだから神様の名采配としか思えない。
「だから期待してたんだけどなー」
ずっと前から好きだった人と運命的な再会をして、恋人同士になるみたいなベタなことを期待していたぼくの想いを打ち砕いたのは、他でもない新太だった。
「新太ったらさぁ……」
わなわな震えちゃうぼく。
「どうしてぼくが女の子って気づかないんだよ!?」
そう。
どういうわけかぼくを男の子だと信じて疑わないんだよね……。
「そ、そんなにぼくって男っぽいのかな……? 自分で気づかなかっただけで……?」
不安になって洗面台の鏡を覗いてみる。
ゴツゴツした顔立ちのいかにもな男の子じゃなくて、ところどころ丸みを感じられる女の子の顔しか映っていなかった。
「髪型のせい? 中学のときみたいにわかりやすく長かったらぼくが女の子だってわかった?」
中学時代はワケあって猫を被っていて、いかにも女子らしい清楚お嬢様路線を目指していたから、黒髪ロングだった。
そのときに色々面倒な目にあって、尖りまくってやさぐれていた高校時代を経て、大学生になってようやく無理のない自分でいられるようになって、今みたいなレイヤーボブにおしゃれできるくらいになった。
どうも新太から女の子だと気づいてもらえていないっぽいな、ってわかったとき、ぼくなりにいくつか気づいてもらえるようなアクションを起こそうとしたよ。
大きくはないけれど小さくもない胸をアピールしてやろうか、とか。
いっそのこと、ぼくは女の子だから! って直球で言ってやろうか、とか。
でも、ついさっき新太の口から聞かされた過去の話は、ぼくが考えていたそれら安易な手段が全部悪手だって知らしめるものだったんだ。
今の新太に、露骨に女の子アピールしたところで、距離を置かれるに決まっている。
痴漢の人から逃げてきたお姉さんを助けたとき、お姉さんは体がデカい新太を頼ったんだけど、そのときの新太は顔が赤くて冷や汗ダラダラで、のちに新太本人から聞く話に説得力を持たせるのに十分な態度になってしまっていたから。
このままじゃ全員痴漢の人にやられる! と思って咄嗟の判断で缶ビールをコナンシュートして事なきを得たからよかったけど、あんな危機的状況でも身の危険よりも女性が苦手という危険信号が上回っちゃう新太の苦手は相当なものなんだと思う。
それでもぼくのことは女の子と気づかず、どれだけぴったりくっついても新太は平気そうなんだ。
ぼくはここで発想を逆転させた。
ぼくを女の子だって気づいていないなら、ぼくこそが、女性が苦手な新太に一番近づくことができる唯一の女の子なんじゃないかって。
だからぼくは言ったんだ。
『女の子が苦手ならぼくで練習しちゃおうよ』って。
他の女の子が寄り付く余地がないなら、ぼくだけが新太と特別になれるチャンスもだんね。
「でも、浮かれてやりすぎないようにしなきゃ」
今の新太に、ぼくが女の子だと気づかれたらマズい。
ぼく相手でも、苦手が顔を出すようだったら、ぼくが今持っているアドバンテージがなくなっちゃう。
「だからぼくは『女の子のフリをしている男の子』として、新太に言い寄りまくる……」
ぼくが『男の子』でい続ける限り、新太の苦手を刺激することはない。
その上で、『恋人』として、新太にアピールをする。
もう相手が男の子でもいいや、と新太に思わせられるくらいに。
もしかしたら、同性を好きになっちゃうことを思い悩むこともあるかもしれないよね。
でもそういうとき、「実はぼく、女の子だったんだよね!」ってネタバラシをすれば、効果は絶大だ。
もう悩まなくていいんだ! って嬉しくなった反動でぼくにルパンダイブで飛びついてきてくれる未来だって十分ありえるよ!
「新太が相手なら、その場で押し倒されるのもやぶさかじゃないし……ふふふ」
楽しい妄想が湧いてくる。
「ぼくを男の子だと勘違いしてること、いっぱい後悔させちゃうからね」
意識的に低めの声を出して、ぼくは鏡の前のぼくに誓ってみせるのだった。




