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エピローグ 徐々に染まりつつある俺

 思えば、異性が苦手なせいで損してばかりの人生だった。


 今日だってそうだ。

 大学近くのコンビニへ行ったら、あいにくセルフレジが故障中だった。


 女子大生らしき店員さんに接客してもらったのだが、そのときですら緊張で心臓がバクバクと鳴って、ペットボトル一本買うだけなのにとんでもなく恥ずかしい思いをしてしまった。


 けれど、これでも少しだけ進歩している。


 緊張こそしたけれど、目に見えるほどおかしな挙動はしなかったはずだから。

 表情はカチコチだっただろうけどさ。


 なんだかんだで、夏向が発案した作戦は上手く行っているのかもしれない。


 なんて考えながら、部屋で夕食の準備をしようとしたときだ。

 玄関のドアノブがガチャガチャと鳴ったと思ったら、呼び鈴の電子音がうるさく響く。


 こんなに遠慮がなくて騒々しいヤツは、夏向しかいない。

 懸念だった玄関の鍵はようやく直って、今はちゃんと施錠ができる。

 もはや夏向が勝手に入ってくるようなこともない。


 まあ、おかげで夏向が来るたびにわざわざ鍵を開けてやらないといけなくなったんだけど。


「ひどいよー、ぼくを締め出して! カノジョのぼくを!」


 鍵を開けてやったとき、夏向は不満そうに頬を膨らませた。


「悪い悪い、これから夕食の準備しようとしていたところだったんだ。今来られたら鬱陶しいかなって思って」

「鬱陶しいってなに!? いつでもぼくにはウェルカムな気持ちでいてよ!」


 不平不満を言いながらも、俺の腰に抱きついてくる夏向。

 ほら、こうして身動きが取れなくなる。


「今日も夕食をたかりにきたんだろ? 腹ペコで困ったことになりたくなかったら、早いところ俺を解放してくれ」

「むー。やっぱり新太ったらぼくへの愛が足りないんだから」

「はいはい。悪いな。料理の味を愛情の証とでも思っていてくれ」

「しょうがないなぁ」


 そう言うわりには、俺のことを離してくれない。


「夏向、手伝ってくれるならそばにいてもいいんだけど」

「ぼくは料理はできないけど、新太を応援することはできるから!」

「応援なら、そこのソファに座ってでもできるだろ?」

「ぼくの応援は、新太の体を直接通さないと伝わらないからさ」


 こうなったら、夏向は俺の言うことなんて聞きやしないんだ。

 もう慣れてるから今更という感じだけど。


 夏向を体にくっつけながらも夕食の準備を終えた俺は、いつものようにテーブルを囲んで食事にする。


 夏向は小柄なわりによく食べるので、作り甲斐もあるというものだ。

 俺の隣に座りたがるのは相変わらず。


「――だからねー、新太はぼくが相手のときも、もっともっと優しくした方がいいと思うんだよね」


 食事中も、まめに異性慣れするためのアドバイスを送ってくる。


「じゃあ、夏向に頭ナデナデでもしてやればいいのか?」

「新太の優しさってそれ? ズレてない?」

「悪かったな。経験不足なのは夏向も知ってるだろ」

「ぼくの場合はそれでもいいけどね。試しにやってみてくれる?」

「もぐもぐしながら頭を差し出すんじゃない」

「ぼくってせっかちだから。食欲と性欲を同時に満たしたくて」

「……性欲て」


 食事中だぞ。いや、食事中じゃなくてもあんまりそういうことは言わないでくれ。


「ごめんて。ほらほら、ぼくの頭を撫でるのは純粋に新太の練習のためなんだから」


 妙なことを言うせいで撫でにくくなったんだけど、夏向の頭がちょうど俺が皿に手を付けるのを邪魔する位置にあるから、満足するまで食事を再開できそうにないのが困ったところ。


 仕方なく夏向の頭に触れるのだが、頭の熱をほんのり含んでいる細く柔らかな毛髪の感触に、鼓動のテンポが上がりそうになった。


 どうして俺は、友達の頭を撫でるだけでこうも照れくさく思うのか。

 俺の太くてゴワッとした髪とあまりに感触が違うからだろうか?


「こ、これでどうだ?」

「それじゃ動物好きのおじさんが犬をわしゃわしゃしてるみたいな感じだよ。もっと丁寧にやって」

「注文が多いなぁ……」


 仕方なく、やんわりと夏向の頭に手のひらをすべらせる。


「夏向?」


 俯いたまま急に無言になるものだから、気分でも悪くしたんじゃないかと思って顔を覗き込もうとする。


「待って! もう少し待って!」


 夏向って時折こうやって俺に表情見られるのを嫌がることがあるんだけど、今日その謎が解けてしまったかもしれない。


 夏向のヤツ、頬のあたりが真っ赤に染まっていたんだ。


 これ、照れているところを俺に見られたくなかったってこと……だよな?

 そういう反応をされると、むしろ俺の方が照れくさいんだけど……。


「さ、冷めないうちに食えよ」


 俺は夏向の頭からそっと手を離し、もそもそと食事を再開する。

 夏向も隣でもそもそ食い始めた。

 なんだ、この空気。


 緊張感はあるんだけど、不思議と重苦しさはなかった。

 それどころか、冬が終わって暖かくなる春の訪れを感じているときみたいに気持ちが弾んでいる。


 これ……夏向が照れている様子なのを嬉しく思ってるってこと?


「新太、なんかソワソワしてない?」


 隣の夏向が、ぽそっと声に出す。


「し、してないし?」

「その言い方じゃソワソワしてるって言ってるようなもんなんだけどー?」


 俺の方が劣勢とわかって調子づいたのか、どこか楽しんでいるような声音だった。


「新太、ぼくが隣にいても緊張するようになっちゃったの?」


 弱い者にはとことん強く出るらしい夏向が俺にすり寄ってくる。

 図星と言えなくもないだけに、強く反論できない。


「でもしょうがないよね。それが新太なんだもん。すぐ変わっちゃったら、それはそれで寂しいしさ。よわよわな新太でも、ぼくは好きだよ?」


 そして夏向が、ぴとっと俺にくっついてくる。

 何故だ……。


 昔から、すぐそばでこうしているのが自然と思えてしまうくらい、しっくりと来る感覚がある。


「まだまだ女の子が苦手なら、ぼくで練習しちゃおうよ?」


 俺は確かに、異性が苦手だ。

 だからこうして、夏向に恋人役になってもらっている。


 しかし、このままでは。


 異性の苦手を克服するより早く、夏向を違和感なく受け入れてしまう方が先になってしまうのでは? と密かに危惧する俺だった。


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