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第四十二話 ぼくの昔の話(夏向視点)

 新太と二人きりの部屋にいる緊張感に耐えきれなくて、部屋の外に出ようとした選択が一番の失敗だったみたい。


 土砂降りで新幹線が止まって、どこかに泊まるってなったとき、ネットカフェに行くって決まって、ぼくは安心してた。


 でも、いざ新太と個室で二人きりでいると、落ち着かなくなってしまった。


 二人きりでいることなんていつものことのはずなのに、アパートの外だと同じようにはいかないみたいだ。


 どうにか普段通りの自分を取り戻したくて、漫画に集中したり、あえてリラックスしまくりな姿勢になって、部屋で過ごすときと同じ感じを取り戻そうとしたけれど、結局無理だったんだ。


 それで、仕切り直しに一旦部屋を出ようとして、新太のそばを通ろうとしたとき、急に恥ずかしくなって転んじゃった。


 新太が受け止めてくれて嬉しかったけれど、それで満足しただけで終わらせたくなかった。

 夏祭り以降、ずっとギクシャクしたままで、起死回生を懸けて企画したこのアウェイ観戦。


 もっと何か、変化がほしかった。

 新太には、ずっとぼく自身のことを伝えられなかった。

 ぼくが女の子だとわかったら、新太はもう会ってくれなくなっちゃうような気がして。


 少しずつ、ぼくのことをわかってくれるようになって、そして、来るべきときが来たら伝えられたらいいと思っていた。


 新太がぼくを受け止めてくれたとき、ぼくとぴったりくっついていても同性と触れている感じの反応しかしないいつもの新太じゃなくて、ぼくと同じようにドキドキしてくれている感じがしたんだ。


 今こそ最大のチャンスのように思えた。

 言うべきときが、やってきた気がした。

 ずっと長い間、待ち続けてきたんだ。


 新太のことは小学生の頃から知っている。


 だけど、同じ小学校じゃなかったから、当時所属していたサッカー少年団のライバルチーム同士で顔を合わせるときしか、ちゃんとした交流なんてなかったんだよね。

 同じ地域のライバルチームだったからか、練習試合を組まれることが多くて、特に小学校六年生だった年は、ほぼ毎週のように試合で顔を合わせていた。


 ぼくと新太の関わりなんて、ほとんどそれだけだよ。


 そしてその頃から、新太はぼくが女の子だってことに気づいていないっぽかった。

 あの頃のぼくは、今よりずっと髪が短かったし、学校でも女子と一緒にいるよりも男子と一緒になって遊んでいることの方が多くて、ぼく自身も自分は男子なんだって思っていたくらいだ。他校の新太が気づかなくたってしょうがない。


 そんな活発でやんちゃなくらいだから、恋愛なんて頭にないはずだった。

 小学生の頃は、新太のことだって、負けたくないライバルって程度にしか思ってなかったよ。


 ぼくはサッカーが上手いって自負があった。

 実際、全国大会に出場してどこの学校のどんな相手とやっても、ぼくがボールを奪われたことなんてほとんどなかったんだ。


 でも、新太だけは別だった。

 上手さじゃぼくの方がずっとずっと上だったけど、新太はどこまでも懸命に食らいついてくるんだ。


 だから、試合のたびに楽しみだったよ。

 新太ほど倒しがいのある相手もいなかったから。

 小学生のときのぼくはそんな感じだったから、新太に恋してるなんてことはなくて、本当にいいライバルって感じだった。新太のおかげで、ぼくのテクニックもぐーんと上がってくれたしさ。


 ぼくが恋愛って意味で新太を好きになったのは、中学生になってから。


 都内に引っ越したこともあって、もう新太に会えないんだって気づいたあとのことなんだ。


 中学になって、それまで続けていたサッカーはピタリとやめちゃった。

 ぼくが通っていた中学では女子サッカー部なんてなかったから。

 プロチームの女子クラブユースも通えないこともない距離にあったけれど、愛するナッツィオナーレ以外のユースチームに所属することは気が乗らなかった。


 でも一番大きな理由は、新太ってライバルがいなくなって、燃え尽きちゃったんだろうね。

 ずーっと、新太には絶対に勝つぞってモチベーションで続けてたからさ。


 新太の方は、ぼくと再戦できる日を夢見て待っていてくれたみたいだったから、申し訳ないことをしたって思うよ。どちらにしろ、ぼくは女子で新太は男子だから、同じピッチで勝負はできなかったけどさ。


 中学生になって失ったのは、新太とサッカーだけじゃないんだ。


 中学生になった途端、急にぼくの周りは、男子も女子もそわそわし始めた。

 男女ともに恋愛のことを意識するようになるからね。

 もう小学生のときみたいに、男子と一緒に無邪気に遊ぶなんてことはできなくなっちゃってた。


 ぼくはこれまでみたいに、男子とも仲良く友達でいたかったっていうのにさー。

 ぼくは新太のことは好きだけど、同じ学校の男子に恋愛するようなことはなかったから、入学してしばらくは蚊帳の外状態だったんだ。


 でもそれだと仲間外れになってるみたいで寂しいから、仕方ないからぼくも女子になってやれって思って、同性の人たちに混じって遊ぶようになった。


 髪を伸ばすようにして、小学生のときのぼくじゃ考えられなかったような、いかにもな女子っぽい振る舞いをしてきたんだよ。


 どっちつかずになるよりは、女の子同士で楽しく遊べたらなって思って。


 まあ結局、思った通りにはいかなくて、挫折を味わうだけになっちゃったんだけさ。

 ぼくには思ったより女の子の才能があったみたいで、女子同士でつるんで仲良くできればそれでいいと思っていても、男子絡みのことで女子との人間関係が上手く行かなくなっちゃっていたから。


 ぼっちに追い込まれた状況で、よく頭に思い浮かべるようになったのが、その場にはいないはずの新太のことだった。


 新太なら、こんなめんどくさいことにならずに今までどおりぼくと一緒にいてくれるのに。


 新太に勝つことばかり考えていたときを懐かしむたびに、だんだんドキドキし始めている自分に気づいた。


 もしかしたらぼくは、新太に勝ちたかったってこと以上に、新太に自分のことを意識させたかったのかもしれない。

 小学生にときは、自分をずっと男子と同じようなものって考えていたから、『同性』の男子に恋愛感情を持つはずがないって心のどこかで思っていたから気づかなかった。


 でも、女の子ごっこを経た女子な自分の視点で思い返すと、あのときの感情は恋愛に近かったってわかったんだ。


 それからずーっと新太のことを考えっぱなし。

 ぼくの中で新太のことがどんどん美化されちゃって、もうこんなの新太じゃないでしょ、って思うくらい。


 授業中にぼんやり窓の外を見て、今頃新太は何してるだろう? なんて考えて、ひょっとしたらカノジョができちゃってるかもしれない、って想像するといてもたってもいられなくなっちゃうんだけど、ぼくにはどうしようもなかった。


 だからこそ、新太と再会できたのは嬉しかった。


 どれだけ頭の中で美化されてたって、幻滅するようなことはなかったし。

 女の子が苦手なところだって、それならぼくが初めて新太と仲良くなれる女の子だよねって思えば、全然マイナスなんかじゃないしむしろプラスだ。


 新太と再会できたことが嬉しくて何度もうざ絡みをしちゃったけど、どれだけしつこくしても新太は見放さなかったし、その上何かと世話を焼いてくれた。


 そんな新太と、二度も離れ離れになるのは嫌だ。


 真正面から好きと言えずに二度も後悔するくらいなら、ここで全てを明かしてしまうべき。

 ぼくは腹をくくったわけ。

 勝算がないわけじゃない。

 新太が女の人を前にして緊張しまくっちゃうのは、きっと新太にとって馴染みのない知らない人だから。


 でもぼくは、小学校の時はもちろん、こうして再会してからも交流を持っている。

 もう全然知らない人なんかじゃないはず。


 女の子だろうと、新太がこれまで自然に接してきた『男の子』のぼくと全然変わらないんだってわかってくれれば、ぼくたちはこれからも同じように付き合い続けていけるに違いない。

 だから、言うとしたら今なんだ。


 でも、さあ言ってやれ! ってお腹の底から声を引っ張り出そうとしたときだよ。

 建物を叩く雨の音に紛れて、遠くからゴロゴロ鳴るような音が聞こえ始めてきたんだ。


 ネットカフェへ逃げ込んで、新太と二人きりになったことの緊張で、すっかり忘れてたんだよ。

 ぼくって昔から、雷が大の苦手なんだ。

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