第三十九話 いざ二人旅
休日。
サッカー観戦のために遠征する俺は、初めて新幹線に乗った。
「新太~。ぼくおやつ持ってきたんだけど、こういうところって車内販売とかあるのかな?」
隣の席では、出発前から夏向がはしゃいでいる。
元はと言えば、夏向の誘いを引き受けたのがきっかけだった。
三日前のことだ。
『新太! 一緒にナッツィオナーレ八知又の試合観に行こ!』
俺の部屋に乗り込んできたと思ったら、そんなことを言ってきた。
ここ最近の俺は、夏向は実は女の子なんじゃないか? という強い疑念を抱いてしまったせいで、上手く付き合うことができなくなっていた。
夏向からすれば、急に冷たい態度を取られるようになったと考えていたっておかしくない。
だから、夏向の方から誘ってくれたことは純粋に嬉しかったし、同時に不安もあった。
日帰りとはいえ、夏向と一緒に遠出をする。
今の不安定な俺が、夏向と一緒にいる時間が長くなれば、夏向をもっと不安にさせるようなことが起きる恐れがあったから。
けれど、ここで断れば、夏向との関係性が終わってしまいそうだ。
それだけは、絶対に避けたかった。
もしかしたら夏向だって、今の状況を気にしているからこそ俺を誘ったのかもしれないし、引き受ける以外の選択肢はなかったんだ。
そんなわけで、こうして新幹線に乗っているわけだけど、今のところ夏向の明るさに引っ張られて、俺が恐れているような事態にはなっていない。
まるで、夏向に疑惑を持つ前に戻ったみたいだ。
「そうだ。一応、新太の分も持ってきたから、分けてあげるね」
夏向が、膝の上に置いていたリュックをごそごそ漁り始める。
「まるで遠足みたいだな」
「でもぼくら、小学校は別々だったから、遠足気分を味わえたことないよね?」
「それはまあ、そうだけど」
「だから、はい、これ」
レジ袋に入ったお菓子を押し付けてくる夏向。
俺の胸元に、ぽすんと拳を押し付けてくるような、少々手荒な仕草だった。
「とっておいてよ。ぼくが誘ったんだからさ、新太はお客さんなの」
「……わかったよ」
できるだけ夏向の機嫌を損ねたくなくて、俺は夏向のおごりを受け入れた。
「あれ? 新太、どうしたの?」
「いや、なんでもない」
不思議と今日は、夏向と隣同士の席にいても、あの夏祭りの直後ほどには緊張を感じることがなかった。
それは、夏向がわざとらしいと思えるくらい『男子』として振る舞っているからに違いない。
これまでのように、恋人役を自称してくっついてくることもない。
女の子だと勘違いされるようなことを徹底的に避けているというか。
寂しいと思うことを、これまでの俺なら平気で否定していたに違いないのだが、グイグイ来ない夏向に物足りなさを感じているのも事実。
……結局俺は、夏向にどういてほしいんだろうな。
もちろん、これまで通り仲良くしたいさ。
でもそれが……友達としてなのか、それとも大事な異性としてなのか、俺にはわからなかった。
「新太」
「えっ?」
レジ袋の中のお菓子を吟味していたらしい夏向に視線を向けていたことを咎められたようで、呼びかけられた瞬間に胸の内でビクッとしてしまう弱い俺。
「やっぱり、窓際の方が良い? なんか途中で富士山見れるらしいし、それで気になってたんでしょ?」
「……悪いな」
夏向に違和感を持っていることを勘付かれたくなくて、俺は素直に窓際へと映った。
天候に恵まれたおかげか、窓ガラスには俺の顔が幽霊のようにぼんやりと映っている。
俺は、夏向への態度を決めかねている。
でも、いつまでもこんなことをしているつもりはない。
せっかくの機会だ。
この日帰り観戦旅行で、決着を付けてやる。
ギクシャクしたまま家に帰るようなことなんてしたくなかった。




