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第三話 夜道のピンチを救ったのは

「せっかくこうして再会したんだし、お祝いでもしようよー」


 そう提案してきたのは、夏向の方からだった。

 俺だって夏向との再会は嬉しかったから、喜んで提案に乗った。

 すでにじんわりと暑さがやってきている夜道を歩き、コンビニへ向かう。


「この辺は、近くにコンビニもスーパーもあるから買い出しには困らないよ」


 夏向はアパート暮らしに関しては一年先輩だし、この辺の地理にも明るいだろうから、こういうときは頼もしい。


「そっか。じゃあ酒を切らしても慌てる心配はないな」

「えっ、お酒?」

「ああ。俺、5月生まれだからこの前で20歳になったんだ」

「ズルくない? どうしてぼくより先に歳取っちゃうの。お酒まで飲もうとして!」

「誕生日に文句言ってもしょうがないだろ……」

「あーあ、せめて新太の誕生日が明日だったらな。そしたら、新太の誕生会ができたのに」

「その気持ちだけ受け取っておくよ。俺を祝ってくれる気があったんだな。ありがとう」

「いやだなー。これから新太からこれ見よがしにお酒飲んでるところ見せられて、大人アピールされてウザったい目に遭うんだ」

「そんなクソダサいことするつもりないが?」

「ぼく、新太が酔っ払っても介抱なんてしてあげないからね?」

「そんな泥酔するほどは飲まないって」

「新太が酔ったら脱ぐタイプだったらどうしよう。そこまでされたらぼくだってどうしていいかわからないよ」

「だから、そんなみっともない酔い方しないよ」


 暗い夜道をこうして二人きりで歩いていて、俺は確信していた。


 やっぱり夏向は、男だ。

 俺と夏向は、腕同士がぴったり重なりかねない距離感で歩いているのに、俺の身には女子を相手にしたときの発作が現れていないのだ。


 極度の緊張どころか、居心地良く感じることすらある。


 ひょっとして俺は勘違いをしていて、出会ったときから夏向はずっと女の子だったんじゃないかって一瞬思ったけれど、俺の思い違いで済んだみたい。


 これで心置きなく、夏向と仲良くできるというものだ。


「? 新太、どうしたの? スキップしそうな勢いじゃん」

「まあまあ、気にするなよ」

「気になるって。変な新太。あっ、ほら、あそこだよ」


 コンビニに足を踏み入れた俺たちは、引っ越し祝い用のお菓子や酒やジュースに加えて、夕食用の弁当をカゴに放り込んで会計を済ませ、来た道を引き返していく。


 住んでいるアパートがようやく見えたというとき、背中にどすんと誰かが突進してきた感触がした。


「助けてください、追われているんです!」


 急に殺伐とした空気になる中、俺にしがみつくようにして訴えかけているのは、俺より少し年上っぽい社会人らしき女の人だった。

 マズい。

 知らない若い女の人で、しかも結構な美人にこれだけ近づかれたら……。


「どうかしたんですか?」


 俺の代わりに女の人に訊ねる夏向。


「とてもハードな痴漢に追われていて……」


 女の人が俺の背中側に隠れた途端、電柱のそばにあった影がぬらっと動いた。


「ククク……触らせろぉ……」

「あっ、あの人です!」

「触らせろよぉ!」

「やばー。話通じなさそうじゃん……しかもなんか酔ってる?」


 変質者らしき中年の男は、確かに千鳥足でふらふらしていて、それでも俺たちの方へ向かってじりじりと距離を詰めてくる。


 俺は足が震えていた。

 にじりよる男に怖気づいたわけじゃない。


 助けを求める女の人が、俺の腕にしがみついていたからだ。


 おそらく女の人は、近くにいたことと、俺の体格を頼りにして助けを求めたのだろうから、どうにかしてあげたいのは山々なのだが……この調子じゃまともに動けそうもない。


 こうなったら、夏向に頼んで一旦女の人を引き離してもらうべきか。


 困っていた俺の隣で、夏向は俺が手にぶら下げていたレジ袋に手を突っ込んでいた。


「新太! 缶ビール借りるね!」

「あ、ああ……」


 わけもわからず返答する前から、夏向の手にはキンキンに冷えた缶ビールがあった。


 夏向はそれを足下へ向かって落とすと、軸足である左脚に力を込め、右脚をおおきく振りかぶって……。


「いっ……けぇぇぇぇぇぇ!」


 サッカーボールをシュートするようなフォームで、缶ビールを変質者の顔面に向かって蹴り込んだ。


 某少年名探偵の必殺ムーブをブチかました夏向の足から放たれた缶ビールは、暴力的な速度を伴って見事変質者の顎先にヒットした。


「ぐ……ぐぇ……」


 ハードパンチャーのアッパーを食らったみたいに崩れ落ちる変質者。


「今のうちに逃げて!」

「は、はい! ……ありがとうございます!」


 女の人が俺から離れたことで、ようやくどこまでも心拍数が上がっていきそうな緊張感から解放されることができた。


「ほら! 新太も! これ以上ここでぼーっとしてたっていいことないんだから。早く帰ろ」

「お、おう……」


 夏向は俺の手を引いて、アパートがある方向へ走り出す。


 夏向の行動力と勇気に驚かされて、自分がどれだけ情けないヤツか思い知らされてしまった。


 俺が体を張るべきところだったのに。

 俺よりずっと小柄な夏向に任せるなんて。


 歩幅と筋力の分、すぐ夏向に追いつけるはずなのに、隣に並ぶ気になれなくて、俺は夏向に腕を引っ張られたまま夏向の背中ばかり見つめている。


 大学生になっても俺は、小学生の頃と同じく、夏向に勝てないってことかよ……。

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