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第三十四話 祭りの最中

 屋台や露店で大賑わいの境内を歩く俺の隣には、夏向がぴったり密着していた。


「新太、わかってるよね? 今日はたんにお祭りを楽しみに来たわけじゃないってことを」


 背伸びをして囁くように言うのだが、なにぶん俺との身長差が結構ある。ぴょんぴょん飛ぶせいでちょっと鬱陶しかった。


 俺たちの目の前には、拓弥と鷹木さんが並んで歩いている。


「わかってるよ」


 拓弥と鷹木さんは、さっきからやたらと楽しそうにおしゃべりに興じていて、会話のラリーも実にスムーズにぽんぽん続いている。

 これ、やっぱ俺たちが気を利かせる必要ないんじゃない? って思うよ。


 ただ、俺と夏向は夏祭りが始まる前に、一応の打ち合わせをしていて、拓弥と鷹木さんを自然に二人きりにさせられるような言い訳を考えていた。


 やっぱ必要なさそうだぞ、と言ったところで、夏向が許してくれそうにないから、当初の計画通り実行に移すとするか。


「拓弥、悪いんだけど」


 俺は拓弥のもとに小走りで駆け寄る。


「……やっぱ俺、こういう人混みに居続けるのはキツいみたいだ。ほら、そこに社務所があるだろ? あの辺は人混みから離れられるし、ちょっと休憩するわ。待たせるのも悪いし、お前たちは先に行っててくれない?」


 たいしてコミュ力の高くない俺のことなので、無理なく自然に言うことができず、事前に考えてきました感が強いセリフになってしまったけど、拓弥というより鷹木さんに聞こえるように言った。


「ああ、そっか。悪いね、新太。不調に気付けなくてさ」


 拓弥と鷹木さんを二人きりにする作戦は、俺の鷹木さんと仲良くなりたいと相談してきた張本人である拓弥も知っているから、俺のお芝居の意図もすぐにわかってくれた。


「じゃ、しょうがないよね。美夜子ちゃん、先に行こう」

「市沢くんは、大丈夫なの?」

「大丈夫! ぼくも一緒にいるからさ!」


 隣の夏向が胸を張った。


「……見てのとおり、夏向がいれば、どうにかなると思うんで。先行っててください」

「そうね。カナちゃんも自信満々みたいだし」


 夏向のことを信頼しているのだろう。鷹木さんが食い下がってくることはなかった。


「いい場所確保したら新太に電話するよ」


 拓弥は手を振り、鷹木さんを伴って、人混みの中に紛れていった。


「……俺、本当に芝居が下手だよな。違和感ありまくりじゃないか」

「ぼくたちの目的は、みゃこと楠野を二人きりにすることでしょ? 計画通りに行ったんだからいいじゃん」


 相変わらず不器用な俺を、夏向がポンポン肩を叩いて慰めてくれる。

 なんだかんだで、夏向はいつでも俺に優しいんだよな。


「ありがとうよ。さて、あとはどう時間を潰すかだな」


 社務所の脇にある石垣に腰掛け、俺は首をひねった。


 人混みから離れたかったことは、拓弥と鷹木さんを二人きりにする理由付けには違いないのだが、同年代の異性がたくさんいる環境が辛いことに代わりはない。


 このままここで時間を潰すのがベストか、なんて考えていたのだが。


「もう、新太ってば何言ってんの。せっかくぼくたちも二人きりなんだから、この時間を楽しまなきゃ」

「あっ、おい、夏向」

「ほらほら、屋台も露店もいっぱいあるよ。行こ」


 夏向が俺の腕をグイグイ引っ張る。


「お前だってわかってるだろ? こういう場は苦手なんだよ」

「ぼくと一緒なら平気だよ。ぼくから離れなければいいんだから」

「わっ」


 夏向が再び俺の腕に抱きついてくる。


「随分機嫌がいいな」

「そりゃそうだよ。ぼく、ずっと前から新太と一緒にこういうお祭りに来たいって思ってたから。それこそ、小学生のときからね」


 俺の腕を、鈴緒でも扱っているように、ぶんぶん左右に振る夏向。


 柔らかな笑みを浮かべているときの夏向は、男子のものとはまた違う柔らかい印象を持たせる鷹木さんの微笑みを彷彿とさせた。


「そうかよ……」


 どうして俺は、夏向相手に照れないといけないのか。


「ほら、新太、まずはあそこ行こ! わたあめだって!」

「大学生にもなってわたあめはないだろ」

「わかってないなぁ、新太は。お祭りでカッコつけるのが一番カッコ悪いんだから。こういう場は子どもに戻っちゃうくらい楽しむ方がマナーなんだよ」


 夏向は俺の手を引っ張り、賑わいを見せる祭りの最中へと向かっていく。

 無理やり夏向に先導されるかたちだけど、不思議と不快感はなかった。


 むしろ、楽しみにしている俺がいた。

 もしかしたら、俺も夏向と同じように、小学生時代に一緒にこういう祭りに来られなかったことを後悔していたのかもしれない。


 顔見知りとはいえ、通っている小学校は違うし、所属しているサッカー少年団もライバルチーム同士ではあったから、気軽に誘えない環境だったしな。


 あの頃からもっと身近だったら……なんて考えると、まるで運悪く修学旅行を欠席してしまったような残念な気持ちに襲われる。


 わたあめの屋台の前で、俺が知らないニチアサアニメの袋に詰め込まれたわたあめを手にした夏向は満足そうだった。


「お前が満足してくれたみたいでよかったよ」

「まだまだ! 他にも楽しそうなのとか美味しそうなのいっぱいあるし!」


 夏向は、俺を離すまいとするみたいにわたあめ片手に俺の腕を抱き込む。


「新太と一緒に行きたいところは、他にもいっぱいあるんだから。花火が上がる前に、行けるだけ行くからね」


 再び夏向は、俺を引っ張り回そうとする。


「夏向は、たこやきとやきそばどっち派?」

「派閥とかあるのかそれ? ……まあ、強いて言えば、こういう場ならやきそばかなぁ」

「そっか。ぼくはどっちも派だから、やきそば買ったら半分あげるね」

「どっちも食うつもりだったの?」

「せっかくだしね。屋台の味は、こういうお祭りの雰囲気の中じゃないと、家で同じようにつくったって同じ味わいにはならないし」

「それはわからんでもないけどさ、せめてそのわたあめ食ってからにしろよ」

「あー、ね」


 夏向は、袋から出したわたあめをもしゃもしゃ食べたと思ったら、こちらにわりばしの持ち手を差し出してきた。


「新太も食べていいよ?」

「えっ? 俺は……」


 夏向がかじったばかりのわたあめを凝視してしまう。

 俺がこのまま食べたとしたら、間接キスになりかねない。


 待て。同性相手に、間接キスもなにもないだろ。

 大学二年生にもなってこんなことを気にしているのは俺くらいなものだろうな、と思うと凹みそうになる。


「ありがとうな……」


 俺は抵抗することなく、わたあめにかじりつく。

 ザラメの甘みがあるはずなのに、俺には妙にしょっぱく感じた。


「あ……」

「ん? どうした?」


 気づくと、夏向の顔が紅潮してしまっていた。

 俺、なんか恥ずかしいことでもしたか……? わたあめって食うのになんかマナーってあったっけ?


「えっと、よく考えたら、間接キスだなと思ってー……」


 気にするタイプのバカが、俺の他にもう一人いた。


「ば、バカだな。わたあめに間接キスもなにもないだろ! 食べかけをシェアしただけだから、そんな綺麗なもんじゃないってー」


 動揺を悟られたくない俺は強がった。


「だよね。新太が間接キスだなんて変なこと言うから」

「言ったのはお前だろ。俺はもうわたあめのシェアなんてしないからな」

「ふふふ……」


 ついさっきまで真っ赤になっていたはずの夏向が、今度は楽しそうに笑う。

 こんなときでも、いや、こんなときだからこそころころ表情が変わるのだろうか。


「新太、その調子なら、人混みの中でも大丈夫なんじゃない?」

「あ……」


 今度は、恥ずかしがるのは俺の番だった。

 わたあめで押し問答をしているとき、俺は祭りの最中という完全アウェイにいることなんてすっかり忘れていた。


「今は新太と一緒にお祭りを楽しめるだけ楽しみたいんだよね」


 石垣から立ち上がった夏向は、わたあめの残りを袋の中に突っ込むと、俺に向かって手を伸ばしてくる。


「わたあめはあとにして、今のうちにいっぱい楽しんじゃお。せっかくのお祭りなんだし」

「……わかったよ、仕方ないな」


 もっと素直に返事をしたってよかったかもな、という後悔は、夏向が差し出した手をわりとあっさり握れてしまったことで消えた。


 周囲は、友達連れや恋人連れの異性が多くて、俺は何の関係もないくせに近くにいるだけで身構えてしまいそうになるのだが、夏向のおかげで緊張が和らいで、祭りを楽しむだけの心の余裕が生まれた。


 結局、拓弥の狙いはここにあったんだろうな。

 俺と夏向を二人きりにさせたかったのだ。


 まんまと作戦に嵌まってしまうのは悔しいけれど、はしゃぐ夏向に引っ張られるようにして祭りの最中へと向かう俺は、少しだけ浮かれてしまっていた。


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