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第三十三話 浴衣で集合

 夏祭り当日。


 俺は拓弥と最寄り駅で合流して、夏祭りの会場である河川敷へと向かう。


 圧倒的な人通りの中に異性の姿を見つけるたびに、俺の体はこのイベントを乗り切れるのだろうか? と不安になってしまう。


「見ないようにしなきゃ、見ないようにしなきゃ、浴衣女子だけは絶対に視界に入れないようにしないと……!」

「そんなお経唱えてんの、世界広しといえど新太だけだろうなぁ」


 俺の隣の、拓弥が苦笑いをする。


 もちろん男性もいるのだが、俺たちと同年代と思しき女性たちの大半が浴衣着用で、俺にとっては本当に心臓に悪い。


 浴衣女子を目にするたびに心臓が爆発しそうだ。

 一般男子なら、眼福と喜んでいそうな光景なんだろうけどさ……。


「私服でも、たぶんなんてことない部屋着でもドキドキするのに、浴衣みたいなイベント用衣装でいられたら……俺には刺激が強すぎる!」

「ある意味キミ、オレよりずっと祭りを楽しんでる気がするよ」

「もう俺、拓弥の顔見ながら歩こうかな……」

「ははは、それいいな。……えっ、冗談じゃなくて?」


 俺は拓弥の顔を凝視しながら、夏向たちと約束した合流ポイントへと向かう。


 隣にいる拓弥の顔を、視線で密着マークしながら、合流場所の石像目指して歩いていく。


「新太、ほら。二人ともいたよ?」


 苦笑する拓弥が指す方向へ視線を向けると、合流のランドマークにしていた石像の前で待っていた鷹木さんがこちらに向かって手を振っているのが見えた。


「あらあら、相変わらずの仲良しさんね」


 鷹木さんはいつものようににっこり微笑んでくれて、だからこそ目のやり場に困った。


 だって浴衣姿だったから。白帯の紺色の浴衣には落ち着いた雰囲気があり、白と桃色の花びらが浮かぶ意匠が印象的だった。

 しかも、ふわふわ髪を今日はアップにしているものだから、この前見かけたときとは違う魅力に視線が吸い込まれてしまう。

 その上、帯をしているせいか、もとから豊かだったらしい胸元が強調されていた。


 待て待て。


 今日はあくまで、拓弥と鷹木さんをいい感じにするための引き立て役ってことでこの場にいるんだ。


 俺が見惚れてどうする。

 拓弥がどう思うかが大事なんじゃないか。


 隣の拓弥の様子を伺うと、表向きは特に緊張なんてしていない様子で。


「お、美夜子ちゃん、浴衣も髪型もめっちゃ可愛いじゃん」


 さらっと自然に褒めていた。

 やっぱり鷹木さんのことを好きになったなんてウソじゃないか。


 まあ今更、もう何も言わないけどさ。


「ありがとう。二人とも、浴衣で来てくれたのね」

「そりゃもちろんだよ。ドレスコードみたいなもんだからね」

「市沢くんも」

「新太は最初は渋ってたんだよ~」

「……あんまり気合入れて夏祭りに挑むぞ! って感じでいたくなかったんだよ」


 拓弥の背中に半身隠れてしまっているような弱い俺なだけに、夏祭りという非日常の重圧に飲まれてしまわないように、本当なら私服で行く予定だった。


「それじゃダメだろってことで、オレが浴衣を貸したの」

「じゃあ、市沢くんのそれは楠野くんの?」

「……い、いや、拓弥のツテで」

「オレの友達に演劇サークルのヤツがいてね。ちょうど衣装に浴衣を使ったばかりで、背格好も新太と近かったから、頼んで借りたんだよねー。新太に似合いそうないい柄だったからさ」

「わざわざ借りてもらっちまった以上、俺に拒否権はなかったんだ」


 ため息をつく俺。


「あらあら、似合ってるわよ? 市沢くんは和風な感じがよく合うのね」

「……あ、ありがとうございます」


 浴衣美人に褒められた俺は、舞い上がったせいで気絶しかけた。

 まだ祭りの入口にも立っていないっていうのに、今からこんな調子でどうする。


「それより市沢くん、カナちゃんのことも見てあげてくれないかしら?」

「夏向? あっ、そういえば夏向は……」


 さっきから姿が見えない。


「遅刻?」

「おいおい新太、そこにいるでしょ。美夜子ちゃんの後ろに隠れてぷるぷる震えてるよ」

「ふ、震えてない!」


 声がしたのは、拓弥の言う通り鷹木さんの背中側から。


「……夏向、そんなところで何を?」

「う、うるさいなぁ」


 長身の鷹木さんですっぽり隠れていたらしい夏向が、顔だけこちらに覗かせる。


「ふふふ、カナちゃんはね、向こうから市沢くんがやってきたのを見たら――」

「わー、いいから! もう! そんなこと言ったら新太が調子に乗っちゃうでしょ!」


 俺がなんだというのだろう?

 しかし、それよりも触れないといけないことがあって。


「夏向も、浴衣で来たのか」

「そ、そうだけど? 悪い?」


 悪いどころか、普段と印象が違うものだから、ついつい視線が引き寄せられてしまう。


 薄桃色の生地の上には、大輪の赤い花がところどころで咲いていて、打ち上がったあとに落ちていく火花のラインが添えてある。帯は赤く、手には小さなバッグをぶら下げていた。


 鷹木さんと違って、髪型こそいつもどおりだけど、まるで夏向じゃないみたいだ。


「……みゃこのあとじゃ、インパクトゼロかもだけどさ」

「いや、そんなことはないんじゃないか?」


 俺はついつい、視線をそらしてしまう。


 相手はもはや見慣れた夏向で、浴衣姿だろうが同性なのだから鷹木さんに感じたような緊張を持つことはないはずだった。


 それでも、普段と違う特別な輝きを見出しちゃったんだよな。


「それはそれで、アリだと思うし」

「ほ、ホント!?」


 瞳を輝かせた夏向が、鷹木さんに隠れることなく前へと出てきた。


「やっぱり新太、ぼくのこと好きなんじゃん!」


 今にも抱きつきそうな勢いで飛び出してきた夏向の額を押し留める。


「飛躍しすぎだ。俺は浴衣を褒めただけだから。それより気になることはあるぞ」

「えー、どんな?」

「それって女の子の浴衣じゃないのか?」

「そうそう。私のお古を貸してあげたのよ?」


 相変わらずのにっこりした笑みを浮かべて、鷹木さんが誇らしく自慢するように夏向の両肩に手を置く。


 そうか。思った通り、女装だったか。


「や、やっぱり変かな?」


 俺の意図を慎重に探るように上目遣いをしてくる夏向。


 不思議と、拓弥も鷹木さんも、俺の反応を気にしているような気がする。


「いや、いいと思う」


 別に、拓弥と鷹木さんに忖度したわけじゃない。

 俺なりの本心だ。


「女装は今に始まったことじゃないしさ」


 夏向がバイト先のコスプレイベントで女装もすることは知っているから、今更どうこういう気はない。夏向のことだし、好きにしたらいいと思う。


「じゃ、じゃあ、可愛いってこと!?」


 頬を上気させた夏向が、俺にすがりついてくる。


「ま、まあ、その姿を見たら可愛いって評価する人もいるかもな」


 急に照れくさくなった俺は、視線をそらしてしまうのだが、夏向としてはそんな反応こそどんな言葉よりも雄弁に語っていると捉えたらしい。


「じゃ、可愛いぼくがきみの夏祭りデートの相手になってあげるね」


 ますます調子に乗って、俺の腕に抱きついてくる。

 結局、こうなるわけか。


 まあ、今の夏向は女の子の浴衣姿で、周囲の人たちからは女の子にしか見えない状態になっているだろうから、俺も同性とデートする男として過剰に意識する必要もないだろう。そういう意味では、普段よりも気が楽だ。


「おっ、いいねぇ新太。羨ましいよ~」


 へらへらした顔で、拓弥が言う。


「あーあ、オレも好きな子と夏向ちゃんみたいにラブラブデートしたいなぁ」


 そして、この上なくわざとらしい。


「そろそろ行きましょうか。花火が始まるまでに一通り縁日を覗いて、花火が見えるスポットを確保しておきたいもの」


 鷹木さんは祭りをガチで楽しみに来たようだ。


 俺たちは、吸い込まれるように境内へと向かっていく人の流れに飛び込み、祭りの最中へと向かうのだった。

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