第三十二話 ついつい期待しちゃうお祭り(夏向視点)
無事に新太と夏祭りへ行く約束をして部屋へ戻って来ると、ちょうどスマホが鳴った。
「みゃこから?」
あまりに良すぎるタイミングで通話が来たから、一瞬みゃこがどこかで見てるんじゃないかって思って、ついついきょろきょろしちゃった。
「みゃこ?」
『カナちゃん? どう? 市沢くんと夏祭りに行けそう?』
みゃこの声だけで、喜んでるんだろうなってことがわかっちゃった。
「ちょうど約束してきたところだよ」
『よかったわ。協力者に頼んだ甲斐もあったというものね』
「あー、やっぱり楠野ってー」
『ふふふ。特別に協力してもらったの。楠野くんも、カナちゃんと市沢くんには上手く行ってほしいみたいよ?』
「そうかなー。あいつのことだから、こっそり新太のこと狙ってるんじゃないの?」
『それも面白いかもしれないわね!』
「もう! みゃこはどっちの味方なの!」
『安心して。カナちゃんよ』
みゃことは付き合いが長いけど、面白そうな方を優先しかねないところがあるから、その辺は不安なんだよね。
「そういえば、楠野はぼくが女の子だって知ってんの?」
『そりゃ知ってるでしょ。普通の男子がカナちゃんを見たら、すぐ女の子だってわかるもの。市沢くんが特殊なだけよ』
「だよねー」
それなら、楠野は新太に言いふらすようなことはしてないってことだよね。
楠野は、ぼくからすれば油断ならないヤツだけど、新太のことは大事にしているみたいだし、いくらぼくが恋敵だとしても、新太が傷つくようなことはしないか。
『カナちゃん、浴衣はどうする?』
「もちろん着ていくよ」
『どっちの浴衣かしら? 男性用? 女性用?』
「あっ……」
そうだ。
去年と同じように女性用の浴衣で行ったら、新太はどう思うだろう?
女の子だって気づいちゃう?
今はまだ、ぼくが女の子だってバレちゃうのはマズいのに。
あれ? でも、そういえば。
「女性用の浴衣で行くよ。実はね、この前新太の前で――」
ぼくは、以前女の子感全開の和装メイドのコスプレ姿を見せても、新太に女の子だってバレなかったことを伝えた。
『なんだ。それなら安心ね。よかったわ、これで市沢くんに浴衣姿の可愛いカナちゃんを披露できるんだもの。もしかしたら、カナちゃんが女の子だって自然に気づいてくれるかもしれないわよ?』
「だったらいいけどなー」
『むしろ問題は市沢くんがどういう格好をしてきてくれるかよね。雰囲気づくりをするなら、私服より浴衣の方がいいけれど』
「うーん、新太はそういうの難しそうだなぁ」
異性がいっぱい集まる場所へ行くってだけで精一杯で、その場のイベントのノリに合わせた格好をするってところまで余裕がないんじゃなのかな。
「ぼくとしてはそこはこだわらないよ。新太と一緒にお祭りを回れるってだけで満足なんだ」
『あらあら。ごちそうさま。そうだ。実家に私のお古の浴衣があるみたいで、ちょうどカナちゃんのサイズにぴったり合いそうなんだけど、使う?』
「えー、どんなの?」
『あとでラインで送るわね』
「待って。みゃこのお古で、ぼくでも着れそうってことは、小学生のときのだったりしない?」
『その通りだけど、キャラモノの柄じゃないから平気よ』
「それなら……」
みゃこは実家が太いらしくて、ぼくが持っている安物の浴衣とは違うだろうから、どうせならいい浴衣を着ていきたい気持ちはある。
みゃことの通話を終えたぼくは、スマホをベッドに放り出して寝転がる。
「でも、いざ新太がサプライズで浴衣なんか着てきたら、ぼくの方がドキドキしちゃそう」
新太は体格がいいし、運動部に入っていない今も定期的にトレーニングしているみたいだから、筋肉がちゃんとある。
浴衣の隙間から厚い胸板がチラ見えしようものなら、ぼくは冷静じゃいられなくなっちゃうよ。
みゃこと、それと楠野がお膳立てしてくれた大事なイベントだ。
緊張しすぎて失敗したら、二人に悪いもんね。
「ぼくにとって大事なのは、新太本体だから」
どんな格好であれ、来てくれればそれでよかった。




