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第三十一話 夏祭りへ

 帰宅後。


「――なんかそんなわけで、拓弥が鷹木さんのこと好きみたいなフリするんだよなぁ。悪いんだけど、一応夏向も協力してくれない?」


 バイトから帰ってきた夏向が、俺の部屋に夕食を食いに来たので、このタイミングで話すことにした。


「ヘー、ソウナンダー、ハジメテシッター」


 夏向は妙にぎこちなく棒読みセリフみたいになっていた。

 なんだ、その露骨に怪しい態度は。


「ワタシも、ナツマツリ一緒イキタイ思タカラ、チョウドヨカタ」

「まさかお前、事前に知ってた?」

「ソンナコトナイヨー」


 こいつ、ウソが下手すぎる……。


 どうやら俺は、拓弥の策略にハメられようとしているらしい。

 鷹木さんのことは、俺を夏祭りへと引っ張り出す口実だったのだろう。


 そんな回りくどい手を使わなくても、この前のカラオケメンバー四人一緒なら普通に行くのに。


 大勢の人が集まる祭りの場は多少不安だけど、すれ違う程度なら近くに異性がいようが問題ないんだから。


「ところで夏向、お前は河川敷の夏祭りに行ったことあるの?」

「あるよー。一年生のときにも行ったから」


 いつもの調子を取り戻した夏向は、俺がつくった味噌汁をずずずと吸いながら上機嫌だった。


「あそこ、綺麗な花火も上がるからね。みゃこと一緒に行って、どっちがいっぱい屋台の料理を食べられるか競争したんだ」

「花火どうでもよくなってんじゃねえか」


 腹ペコの男子高校生みたいなことしやがって。


「じゃ、新太は行ったの?」

「拓弥に連れられて、男子数人のグループでな」

「おー、陽キャじゃん。ていうか、花火目当てで女の子いっぱい来るところなのに、新太は平気だったの?」

「ああ。拓弥が上手くガードしてくれた。俺にぴったり寄り添ってくれて――」

「あいつ……やっぱり新太狙いじゃないか……!」

「なんでキレてんだよ……」


 テーブルに拳を打ち付けるのやめろ。怪我したらどうする。


「だって! 新太とぴったり密着しながら夏祭りに行くなんて、ぼくでもやったことないのに!」

「今年やればいいだろ」

「えっ……あ、う、うん、そうだね……」

「赤くなるなよ。意味深っぽくなっちゃうだろ……」

「だって、新太の方から言ってくれると思わなかったから」

「拓弥と鷹木さんをセットと考えたら、おのずとそうなるから、別に深い意味はないんだって」

「新太と一夏の思い出かぁ」

「夢見がちに呟くな。生々しい言い方もやめろ。まだ顔赤いじゃないか。ほら、そいつで体を冷やせ」


 真っ赤な夏向は、手元の麦茶で体を冷やそうとするのだが、夏向の態度を見て俺まで背中が熱を持ったような気がしてきた。


「新太、夏祭りのときは浴衣で来てね」

「そんなもん、持ってないよ」

「えー、なんで? ぼくは着ていくつもりだよ?」

「このイベント好きめ」

「みゃこも着てくるんじゃないかなぁ。去年は一緒に浴衣で合わせて行ったから」


 美少年と美女のコンビで浴衣となると、かなり人目を引きそうだな。

 ひょっとしたら、花火より注目を浴びていたんじゃないか?


「たぶんあいつも着てくるんでしょ。陽キャのイベント好きっぽいし」

「拓弥か? 持ってんのかなぁ。去年は普通に私服だったけど」

「あ、待って。あいつに浴衣着てこないように言っておいて」

「なんで? 鷹木さんが着てくるんなら、それに合わせた方がいいんじゃないのか?」

「あいつが浴衣で新太を誘惑するようだったら、許しちゃおけないよ」

「妙なことを心配するんだな」


 それと、拓弥のことも名前で呼んでやれ……。


「あーあ、やっぱりあいつに協力するのやめようかなぁ。怪しいし」

「怪しいのは同意だけど」

「新太も! あいつのことも、みゃこのことも見てちゃダメだよ。ぼくだけを見ててね。浴衣のぼくを」


 いくら可愛い系の見た目だろうが浴衣男子は俺の守備範囲じゃないんだけど。


「わかったよ。拓弥と鷹木さんの邪魔をしないことが一番だから」

「ぼく、その日一番の花火が打ち上がる瞬間に新太にキスするつもりだからさ、ちゃんと準備しておいてよ」

「いつでもかかってこい。たこやきと焼きそばで歯を青のりだらけにして待ってる」

「どうしてムード台無しにしようとしてるの!?」

「いくら恋人役でも、そこまでされるのは行き過ぎっていうか」

「それくらいやらないと、新太はぼくを恋人だって思ってくれないでしょ!?」


 ぷんすかする夏向だけど、今日の分の夕食はきっちり完食したらしい。細身のくせに、いい食いっぷりだと思う。


 キスは流石に恥ずかしいことこの上ないからしないけど、俺が夏祭りに行く上で、夏向がいてくれないと成り立たないんだよな。


「わかったよ。じゃあ今年は、夏向が去年の拓弥の代わりをしてくれ」

「えっ? ぼくが新太と手を繋いだり抱きついたり、境内の人目につかないところへ連れ込んでなんだかぐへへなことしちゃっていいってこと!?」

「お前は拓弥をなんだと思ってるんだよ」

「それじゃあ、新太がはぐれないように手を繋ぐのはいいんだよね?」

「……それくらいなら。俺一人じゃ、陽キャ女子大集合の祭りを無事乗り切れるわけないからな」

「やった。新太の公認もらっちゃった」


 厄介なこと言っちゃったかなぁ。

 とはいえ、拓弥のためとはいえ、多くの見知らぬ異性が集まる場所へ行くのは不安があっただけに、夏向の存在は心強く思えてしまった。


「でも、そうか。夏向も去年夏祭りに行ってたんだな」

「だねー。もしかしたらどこかですれ違ってたのかも。あーあ、もっと早く気づいてたらよかった。新太に一年早く会えてたんだもん」


 去年の俺は、アパートの隣人として夏向と再会することすら想像していなかった。

 それが今はこうして、一緒にあのときの夏祭りに行こうというのだから、縁とは不思議なものだ。


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