第二十九話 思ってた印象と違う?
カラオケ店を出たあと。
拓弥と夏向は、これからバイトがあるらしく、突発的に始まった遊びはここでお開きになった。
俺と同年代や少し下の年齢の連中で賑わう通りを歩き、最寄り駅へ向かう道すがら。
夏向は拓弥に何かしら意見したいことがあったのか、何やら問答を吹っかけながら隣同士で歩いていた。
「結局、ファミレスで夏向と鷹木さんはどうして別々の席に座ってたんだ?」
手持ち無沙汰になった俺は、ふと気になったことを口にしてしまう。
誰に言おうとして言ったわけでもない。
しかし、手が空いていて、すぐ近くにいるのは鷹木さんだけ。
「ああ、それはねぇ」
「あっ、べ、べつに鷹木さんに疑問を持ったわけじゃないんです!」
俺はめちゃくちゃ震え声だったし、体が一気に熱を持って、思考がまともに機能しなくなった。
「いいわよ。せっかくだし教えてあげるわね。私が市沢くんの顔が見たいって、カナちゃんにお願いしたの」
「そ、そうだったんですか……俺の……」
それだけ絞り出すので精一杯で、俺は手と足が同時に前へ出る奇妙な歩き方になってしまっていた。
「市沢くんのことは、カナちゃんからよく聞いてたから。仲良くしているお隣さんがいるってね。楽しそうに話すの。そんなことされたら、一度は会ってみたいと思うものでしょう?」
鷹木さんが俺のすぐ隣を歩く位置取りになる。
同時に漂ってくる、嗅覚を邪魔しない程度の自然で爽やかな甘い香り。
マズい。
気絶しそう。
「どういうわけか面と向かって会わせるのを嫌がって、『離れたところで見てて』ってカナちゃんが言うものだから、近くの席であなたの様子を観察することにしたのよ」
それはきっと、俺があなたと面と向かって会えば気を失うって夏向にはわかっていたからですよ。
なんて口にする余裕もなく、俺の心臓はひたすらバクバク鳴っているばかり。
「……新太くん、こっちを見てくれないかしら」
どういう意図かわからないが、そう言われても、俺が鷹木さんのような正統派美女と目を合わせられるわけがない。
そのくせ俺は、機嫌を損ねて異性から嫌われたくないという都合の良い精神性を持っている。
だからちらりと、視線だけ鷹木さんの方へと向ける。
鷹木さんはいつもにっこりしているから、目が細く見えることが多い。
しかし今はその目はぱっちり開いていて。
思っていた印象と少し違うことに気づいた。
俺はもっと、鷹木さんの目はまん丸とした可愛らしい感じと思っていたのだけど、いざこうして目の当たりにすると、意思の強そうな鋭さがあった。
可憐で可愛いというよりは、イケメンで頼もしいと思えそうな、そんな印象のある眼差しだ。
「私はあなたの敵じゃないし、どちらかといえば味方なのだから、そんなおっかなびっくりすることはないのよ?」
それまでより若干低い、それでいて落ち着きを与えてくれるような声。
俺が大の苦手としている、女の子っぽさを中和してくれたような気がした。
「あらあら、よかったわ。わかってくれたみたいで」
「えっ? あっ……」
気づくと俺は、普通に鷹木さんと視線を合わせることができていた。
鷹木さんより俺の方が身長はずっと高いから、覗き込むような位置ではあるけれど。
「ほら。私がそばにいても、大丈夫でしょう?」
「そ、そうかも……」
相変わらず、ドキドキしていることに変わりはない。
ただ、他の女の子が近くにいるときとは違って、気絶したり吐いたりする心配はないと思える程度の安心感はあった。
ひょっとして。
鷹木さんも、そんな見た目をしていて実は男の子だったんですか!?
なんて質問をぶっこむほど無神経ではないし、そんな余裕もない。
とりあえず今は、こんな俺でもかろうじて正気を保てる同年代の女の子と知り合いになれたことで満足するべきだろう。
「あの、ありがとうございます」
だから俺に言えたのは、いや、言わないといけなかったのは、その言葉で。
「いいのよ。私には気を使わないで」
「いえ、俺のこともそうなんですけど、夏向のことも」
「カナちゃん?」
「高校の時、夏向のことを助けてくれたみたいですから」
「あら、そのこと? いいのよ。私だって、カナちゃんには助けられちゃったからね」
ふふふ、と穏やかに微笑む姿は、第一印象の清楚女子大生のままだったんだけど、もう機能不全になるほどの緊張をすることはなかった。
相変わらず、ドキドキはするし、油断すると頭が真っ白になるし、転けそうになるけどさ。
「……カナちゃんも隅に置けないわねぇ。こんな優良物件探り当てるなんて」
「えっ、何か?」
「あら? 私、何か言ったかしら?」
「す、すみません、幻聴だったみたいです!」
「あーっ! 新太がみゃこといちゃいちゃしてる!」
別にしていないのだが、前を歩いていた夏向がとてとてと歩いてきて、俺と鷹木さんの間に割って入った。
「いちゃいちゃはしていないわよ。これからしようと思っていただけでね。ふふふ」
「もう! みゃこは油断も隙もないんだから!」
夏向は、離すまいとするかのように俺の腕を抱きしめる。
なんだか一気にホッとしてしまった。
やっぱり俺には、まだまだ異性と隣を歩くなんてことは、ハードルが高すぎて無理みたいだ。




