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第二十八話 本当は聞き専

 俺たちは、拓弥と、それと夏向の親友だという鷹木さんと一緒に、カフェの近場にあるカラオケボックスに来ていた。


 俺の目の前では夏向がノリノリで熱唱している。

 俺はといえば、情けないことに緊張していた。


 夏向の隣にいる、鷹木さんの存在のせいだ。


 女子アナテイストな服で身を包んでいて、ふわっとした長い栗色の髪に、穏やかそうな顔つき。

 そして、油断するとつい視線が向かってしまいそうになる大きな胸。

 全身から発する癒し系のオーラは、同性では持つことが難しい甘えたくなるような力があって、俺はそういう男性コミュニティにはまずいないであろう異性を特に苦手にしていた。


 そして何より、最大のモヤモヤポイントとしては。


 夏向って、こんな美女と親友なの? ってこと。

 異性と親友になれるなんて、俺からすれば未知の領域過ぎて理解不能だ。


 何だったら、実は付き合ってるんじゃないかとすら疑っている。

 いや待て。

 どうして俺は今、ちょっとでも寂しさを感じたんだ?


 異性と付き合いたい派閥の俺としては、演技だろうと同性の夏向に迫られることを面倒に思っていたはずじゃないか。


 もしかして、深層心理的なところでは俺は、夏向のことを好きだとでも?


「あれ? 新太、歌いたいの?」


 熱唱中だった夏向が、ギターソロの長い間奏に入ってヒマを持て余したのか、こっちにマイクを向けてきた。


「一緒に歌う?」

「俺はいいよ。歌は苦手なんだ」

「そうかな? オレが聴く限りじゃ、新太っていい歌声だと思ったけどね?」

「ええっ! そうなんだ! 聞きたい!」


 拓弥のせいで、夏向が騒ぎ出した。


「拓弥、いい加減なこと言うなよ。俺がいつお前の前で歌った?」

「キミが初めて酒飲んだのって、オレと一緒に居酒屋にいるときだったんだけどさ、そのとき酔った新太が歌い出したんだよ」

「……そんなこと、あったか?」


 記憶が曖昧だけど、確かに俺が初めて酒を飲んだのは、拓弥に誕生日を祝ってもらったときのことだ。


「鼻歌感覚ならともかく、きっちり歌うとなるとなぁ……」


 俺が悩んでいるうちに、夏向が歌っていた曲の長いギターソロによる間奏が終わって、夏向が再びマイクを口元へ持っていく。

 そうして一曲終えると、今度は夏向の隣にいる鷹木さんがマイクを手にした。


「カナちゃん、次は私とね。二人で歌えるやつ入れておいたから」


 夏向の隣に立った鷹木さんは、楽しそうに夏向の腕に自らの腕を絡ませた。

 やっぱこの二人、妙に距離感が近い。

 それに、カナちゃん、っていう、まるで幼馴染に向けるような幼い印象を受ける愛称を使うあたり、昔から付き合いがあるってこと?


「…………」


 俺の隣では、拓弥がカラオケ用タッチパネルをいじりながらこちらに意味ありげな視線を送ってきている。

 だから俺は、夏向に本命のカノジョがいようが、別に寂しくなんて思わないって。


 夏向と鷹木さんの二人は歌っている間も仲が良さそうで、なんらかのアイドルの曲をノリノリで歌っていた。


 夏向よりも鷹木さんの方が背が高いから、男女のカップルと考えると少々珍しく見えてしまうものの、夏向に寄りかかって見えるのは鷹木さんの方だった。

 二人の姿は実に自然で、ひょっとしたら、夏向は俺と一緒にいるときより楽しそうにしているんじゃないかって思えてしまうほど。


「新太、やっぱり気になるの?」


 熱唱する二人の歌声が響く中、拓弥がニヤニヤしながら顔を寄せてくる。


「べ、別にそんなことは」

「いやぁ、嫉妬くらいしちゃっていいんじゃない? ずーっと新太にくっついてたのに、他の子と楽しそうなところを見たらモヤモヤするよね」

「しない。だいたい、夏向は男だし。どんな女の子と一緒にいようが夏向の自由だろ」


 ちょうど曲が終わったようで、それまで賑やかだった室内が一瞬静かになる。


「よし、席替えしようぜ! 今度は夏向ちゃんが新太の隣ね!」

「新太の隣はいいけど、楠野に仕切られるのは嫌だなー」

「そんなにオレのことお嫌い!?」

「その全然傷ついてない感がチャラくて嫌なんだよねー」


 夏向は、テーブルの隙間をスルスル抜け、俺の隣に滑り込むようにして腰掛けた。

 そして、俺の腕にぴったり身を寄せてくる。


「ふふふ、新太の隣~」


 今日の俺は体調が悪いらしい。

 普段は夏向からこれほど近距離まで身を寄せられても、面倒だな、程度にしか感じなかったのに、今は胸の内がしっくり落ち着く感覚がしてしまっている。


「じゃあ次オレ歌うわ」


 目の前の席に移動した拓弥は歌も上手い。

 そんな熱唱を、隣の鷹木さんがニコニコしながら聴いているという光景が広がっている。


「……夏向、いいのかよ?」

「えっ、なにが?」

「変に俺と仲良さそうにしたら、鷹木さんに愛想尽かされちまうんじゃないの?」


 ぽかんとした顔で俺を見上げている夏向は、やがて太陽のごとく表情を輝かせる。


「まさか新太、嫉妬してくれたの!? ぼくがみゃこと仲良くしちゃってるから?」

「ち、違……」


 追撃の夏向は、ドヤ顔で俺に両手の人差し指を突きつけるなんだか鬱陶しいジェスチャーをして。


「ぼくとみゃこが仲良しカップルに見えたんだ?」


 的確に刺してきた。


「……男女の友情は、俺にはよくわからないから」


 正直に話したのは、カッコつけて変に隠すよりも、素直に明かした方が心のモヤモヤが晴れると思ったから。


「そっか」


 夏向は馬鹿にするでもなく、慈母の心を持っているような眼差しを向けてくる。


「みゃことは本当に仲良しの友達だよ。ていうか、戦友って言った方がいいかなぁ?」

「戦友か」

「高校の頃までのぼくって、結構大変だったんだよねー。理解者が圧倒的に不足してて尖ってたから。みゃこはみゃこで、仲間内のことで悩んでることがあって、お互いそういう悩みを持ってたからさ、協力して乗り越えたんだ」


 その過程で恋愛に発展したのでは?

 いや、美しい友情の話を恋愛で塗り潰そうとするのはよくない。


 異性が苦手な反動で恋愛に憧れ、変則的な恋愛脳と化している俺なだけに、軽率な発言には気をつけないといけない。


「そっか。わかったよ。変な疑い方して悪かったな」

「別にいーよ。でも安心したでしょ? だからぼくとみゃこがラブラブなんじゃないかって不安にならなくていいんだからね?」


 夏向は背筋を伸ばして、口元に手のひらを当てて俺に囁きかけてくる。


「ぼくは新太のものだからさ」

「こ、こういう場では恋人役はしなくていいんだよ!」


 俺は声を潜めるのだが、拓弥と鷹木さんの熱唱が響く室内ではきっと誰にも聞こえない。


「ああ、平気平気~。みゃこはぼくが新太の苦手克服のためのお手伝いをしてるって知ってるから~」

「俺の恥を広めないでくれるぅ!?」

「大丈夫だって。みゃこはその辺信用できるから」

「そ、それならいいんだが……」

「で、でもだからって、みゃこにうっかり近づいたらダメだよ?」


 親友の信頼性を保証したと思ったら、急に警戒を促すようなことを口にし始める。


「わかってるさ。ていうか、俺には近づくことすら難しいって。ああいう女子アナみたいな子は、俺が一番苦手にしてるタイプだから」

「うーん、そういうことじゃないんだけど。まあいいか」


 夏向的には別の意味があったみたいだけど、俺にはわからない。


「でも、安心した。夏向にも大事な仲間がいるんだってわかって」

「ぼくだってそりゃいるよ。ぼっちじゃないんだから」

「お前の性格なら、友達がいることくらいはわかるよ。でも俺、お前があれだけの才能があったのにサッカー辞めちまったこと心配してたから。何かものすごい悩み事があって、サッカーどころじゃなくなったからなんじゃないかって疑っててさ。まあ、それは俺の勝手な思い込みなんだけど、大事な仲間がいたなら、俺がごちゃごちゃ不安がることもないよな」

「なんだ、そんな心配してくれてたんだ?」


 俯く夏向は、手元を無闇にグーにしたりパーにしたりしていて、照れているように思えた。


「不安にさせちゃってごめんね。サッカーが嫌いになって辞めたわけじゃないから、そこは安心してよ」

「それならいいんだ」


 元々俺の夏向との思い出は、小学校時代のサッカー少年団絡みのことしかない。

 だから、唯一の共通点だったサッカー絡みのことで色々考えを巡らせてしまうのだけど、俺はもっと現在の夏向に目を向けるべきなのだろう。


「ほらほら、新太~。人にばっか歌わせてないで、お前も歌えよ」


 拓弥がマイクを向けてくる。


「そうだ。せっかくだし、夏向ちゃんと一緒に歌えよ。それなら新太も恥ずかしくないだろ?」

「いや俺は……」

「あらあら。私も市沢くんの歌を聴いてみたいわ」


 両手を胸の間で合わせ、にっこり微笑む鷹木さん。


「そ、そうですか? それなら……」

「あーっ、新太ったら、みゃこから頼まれたら安請け合いするんだから! ぼくが歌ってって言ったときは嫌がったのに!」

「ダメだぞ新太~。夏向ちゃんにも優しくしてやれ~」

「ほら新太、ぼくのマイク握って!」


 結局俺は、夏向にマイクを押し付けられ、夏向と一緒に流行りの恋愛ソングを歌わせられるハメになった。


 夏向って意外と歌うのが好きなのか、いざ曲が始まると俺にワンバースも譲ることはなくて、俺の出番なんてほとんどなかったんだけどさ。


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