第二十七話 こんなところで仲間に会えるなんてね(拓弥視点)
急な用事があるというから、新太と別れたオレ――楠野拓弥だったけど、実は帰ったフリをして新太のあとをつけていたわけ。
間違いなく、夏向ちゃん関係の用事ってわかったからね。
予定が潰れてヒマになっちゃったことと、夏向ちゃん関係で新太がどうするのかってことが気になって、こっそり様子を見に行くことにしたんだ。
何か不都合なことがあればフォローするつもりだった。
オレもすっかり保護者だよなぁ。
新太から少し遅れて入店し、案の定夏向ちゃんが待ち構えていた窓際のボックス席に座った新太の姿を見届けると。
「すみません。人を待ちたいので、あそこの席に座らせてもらっていいですか?」
店員さんに一言入れて、夏向ちゃんと背中合わせになるような位置の席を確保した。
これで新太と夏向ちゃんが何を話しているのか聞くことができる。
この店は、ボックス席はソファの背もたれが高いから、新太の側から見られてしまうことはないはず。
怪しまれないように適当にコーヒーを注文して、背後に聞き耳を立てる。
初めは普段とそう変わらないやりとりをしていたんだけど、同じグラスの飲み物を一本のストローで二人を飲むってことをしているみたいで、びっくりするほど恋人っぽい距離感になっている。
「なんだ、仲いいんじゃん」
ぽそっと呟いてしまうオレ。
それくらい親密なことをしてくれるのなら、オレも新太と一緒にいる機会を手放した甲斐があったというものだ。
「ていうかこんな尊い瞬間、録音しておかないとヤバいでしょ」
オレは慌ててスマホを取り出し、録音モードにする。
これは、決して盗聴ではなく、新太の成長を記録する文化的行為なんだ。
将来新太が苦手を克服し、一角の人物になったときに、「あのときのお前はこんなだったんだぞー」なんて青かった頃を振り返るドキュメンタリーの資料になるわけだし。
だからオレはできるだけ、新太の記録を残さないといけない……!
使命感に燃えるオレは、コーヒーのおかわりを聞きに来た店員さんを、声が入ってしまわないように無言のまま手のひらでノーと示し、二人のやりとりの録音に専念する。
集中して録音をするうちに、新太が妙に通路側を気にしているらしいことに気づく。
なんだ? 何があるんだ?
そう思ったオレまで、つい通路側の向こうを気にしてしまう。
通路を挟んだ隣のテーブル席には、おっとり優雅そうな雰囲気を醸し出しているように見えるオレと同い年くらいの女性がいて、これまたオレと同じようにスマホを手にしていた。
そんな清楚系美女と、視線がぶつかり合ってしまう。
正直、大学入学後に見かけた同世代の女子の中で一番の美人なんじゃないかって思えるほどの見た目だったけれど、今はそれどころじゃない。
オレは軽く微笑むだけで済ませて、さっさと録音を再開するのだが、手元のスマホに意識を集中させていると、突如オレを覆うような影ができた。
「ごめんなさい。少し、ご一緒しても?」
たおやかな声の美女が、オレに向かって微笑んでいた。
断ったってよかったんだ。こっちは忙しいんだから。こんなことをしている間に、新太の貴重な発言を録り逃したらどうしてくれるっていうの。
でも、腰をかがめ、声を潜めていて、まるで周囲に自分の存在を悟られたくないかのような振る舞いが、オレには引っかかった。
「どうぞ」
オレまで声を潜めて答えると、空いていたオレの左隣に腰掛けてきた。
「私、鷹木です。鷹木美夜子」
囁くように、鷹木さんとやらが言う。
こちらも名乗らねば無作法というものってノリで名乗り返す。
「オレは楠野拓弥」
「そうですか、あなたが楠野さんですか。それでは楠野さん、私は今、後ろの席にいる子を見守っている最中でして」
耳よりな話があるんですよ、みたいな言い草で迫ってきた。
そして、どうやらオレのことを知っているらしい。
まあ、情報源の予想はつくけどね。
「どうしてそれをオレに?」
「あら? 違うんですか? ずいぶん後ろを気にしていたみたいですから、私と目的を同じくする同志かと思ったんですけどね」
ふふふ、とたおやかに微笑むところが底知れなさを感じてしまう。
でもこれでわかった。
鷹木さんを警戒する必要はないってことに。
「同志ね。そうかもしれないっすね。実は向こうにいる男、オレの親友でして。ちょっと心配なヤツなんで、こうしてデートを見守りにこっそり付いてきちゃったんですよ」
「やっぱり。まあ私は、カナちゃんが仲良くしたがっている市沢新太くんって子がどういう人なのか、この目で確認したいと思ってカナちゃんに頼んだんですけど、どういうわけか直接会うのを嫌がって、こうして回りくどい方法を取ることになったんですよ」
「なるほどね」
まあ、警戒していたんだろうね。
いかにも女の子でございって見た目と態度の鷹木さんって、新太が一番苦手にしそうで、うっかり好きになっちゃいそうなタイプだし。
「さっきオレの名前を聞いて納得が行っていたみたいだけど、それは夏向ちゃんから話を聞いてるからってことかな?」
「そうですね。楠野くんのことは、よく話に出てきますよ」
「へえ。思ったより好かれてんのね。よかった」
すると鷹木さんは、ほんのりと眉を八の字にして。
「いえ、苦手なタイプのチャラいパリピイケメンだと」
夏向ちゃんさぁ、オレそんなに悪いことしてなくない? ちょっとうざ絡みはしたかもだけど、その評価はあんまりだよ。
「悪口じゃないんですよ? カナちゃんの場合、本当に苦手なら話題にも出しませんから」
「あ、ああ、そうなの」
いまいちフォローになっていないような気がするけど。
「お互いの素性もわかったことですし、堅苦しく話すのも止めましょうか?」
「そうだね。オレもそっちの方が気が楽だから。ああ、ついでに下の名前で呼んじゃっていい? 女の子を名字で呼ぶのはどうもしっくりこないからさ」
「あらあら、本当にチャラいパリピみたいね。カナちゃんの言う通り」
嫌味なのかと思ったんだけど、表情を見る限りではそうじゃないみたい。
いや、この子の場合、表情だけで本心を図るのは難しそうだ。
「それより、楠野くんの位置からじゃわからなかっただろうけど、ソファの向こうでは面白いことが行われているのよ?」
美夜子ちゃんが、背もたれの向こう側を指差す。
「ああ、カップル用のドリンク頼んで二人して同じストロー啜ってるんだよね?」
「なんだ。背中を向けていたから、気づいていないのかと思ったわ」
「会話でだいたい想像付くからね。あの新太がって考えると、感慨深いよ」
「女の子が苦手だからかしら?」
「それも夏向ちゃんから?」
「そうね。市沢くんはカナちゃんを男の子と勘違いしているから、それで悩んでいるってカナちゃんが言っていたわ」
結構深いところまで聞いているようだ。
それだけ仲良しってことかもね。
そしてこれで、夏向ちゃんが女の子だという言質も取れた。
「オレさ、新太には夏向ちゃんと上手く行ってほしいんだ。たぶん、今の新太じゃ夏向ちゃんを逃したら、もう女の子と付き合うのってかなり厳しくなると思うから」
「あらあら、私も同意見よ?」
「新太を親友のカレシとして認めてくれるなんて、キミもわかってるね」
「カナちゃんにも色々あったのよ。そんなカナちゃんが恋愛をしているのだから、親友として応援しないとね」
「なるほどね。やっぱりオレたちは同志だったみたいだ」
オレは、美夜子ちゃんに向けて手を差し出す。
「お互い、二人が成就するように陰ながら応援しないかい?」
「もちろん。カナちゃんには絶対に幸せになってほしいもの」
オレたちは固い握手を交わした。
「おい、何してんだよ……拓弥」
新太が呆れたような顔でオレを見下ろしていた。
当然というかなんというか、鷹木さんには一切視線を向けることなくオレに一点集中だ。
幸い、握手しているところは見られてなかったみたいだ。
見られてたらややこしいことになってたかもしれないからよかったよ。
「えぇ、楠野がどうしてここにいるの……?」
ソファの背もたれに身を乗り出して、こっちを見ている夏向ちゃんは露骨に嫌そうにしていた。あれ? もしかしてガチでオレのこと嫌いだったりする?
ともかく、見つかってしまってはしょうがない。
「新太にドタキャンされて寂しくてさ、ついついキミのあとを追いかけてきちゃったんだわ」
「ドタキャンはスマンとは思ってるけど、だったら言ってくれ。こっそりつけてこなくてもいいだろ……」
「そうだそうだー、新太~、こいつ陽キャのフリした変質者だよ。こんなヤツよりもっとぼくと仲良くしてよ」
「いいじゃないの。最初からカナちゃんが市沢くんに直接会わせてくれたら、こんなことにはならなかったんだから」
「ああっ! それ言っちゃダメなヤツ!」
夏向ちゃんが、美夜子ちゃんの口を塞ぎに掛かる。
「お客様。あまり他のお客様のご迷惑になるようなことは」
うるさくしすぎたのだろう。
店員さんに怒られてしまった。
「ほらほら、これ以上ここで騒いでたら出禁になっちゃうから、場所変えようぜ」
オレの提案に、首を横に振るヤツはいなかった。




