第二十六話 挙動不審な夏向
その日俺は、夏向に呼び出されて、ファミレスにやってきていた。
本当なら拓弥との用事があったのだが、「夏向ちゃんの用事? おいおい、それならそっち優先するべきだよ」と他ならぬ拓弥が言ってきたので、こうして指定されたカフェまでやってきたわけだ。
「えっと、夏向は……」
ついさっき着信したメッセージによれば、先に入って待っているそうなのだが……。
「あいつは小柄だから、こういうとき見つけにくいな……ん? あれか?」
窓際に並んだボックス席の、ちょうど真ん中あたりの席に、夏向はいた。
俺に気づいたのか、こちらに向かって控えめに手を振っている。
「悪い悪い。もしかして待たせたか?」
「だ、大丈夫だけど?」
俺に視線を合わせることなく、ちらちら落ち着きがない感じだった。
「もしかして、俺の他にも誰か来るのか?」
「う、ううん、新太だけだよー? これはちょっと首の運動してただけ」
「? まあいいけど……」
俺が席に座ったタイミングで店員が来たので、適当にアイスコーヒーを注文する。
「それで、何の用事なんだ?」
家じゃダメなのか? とまでは言えなかった。
こんなところまで呼び出したなりの理由があるんだろうし。
「えーっとね、別に、そんな大した用事じゃないんだけどぉ……」
トイレでも我慢してるのか? って感じでもじもじする夏向。
こんな決まりの悪そうな夏向なんて、今まで見たことないな。
まるで、犯人グループに監視されながら身代金を運んでいるような落ち着きのなさ……と言ったら大げさか。
「新太とお外でカフェタイムを過ごしたかったっていうか」
「なんだよ、そんな理由かよ。ま、忙しいってわけじゃなかったから、いいけど」
俺が注文したアイスコーヒーは、そう待たずに来たのだけど、その間も夏向はどこか落ち着きがなかった。
なんだろう。
なんか、警戒してる?
通路の向こうにガラの悪いヤカラでもいるのかと思って、そちらに視線を向けようとすると。
「あ、新太っ!」
夏向が突然両腕を広げて身を乗り出してきた。
「わっ、びっくりした」
「今日呼び出したのは、新太のためだから! カフェデートの練習だよ! だからぼくだけ見てて!」
まさか、お外でも恋人のフリをしようとしてくるとは。
夏向の気合も相当なものだ。
ただ、俺はそこまで覚悟が決まっていない。
周囲のお客に気づかれて、同性とデートをしている男だと思われてしまうことを恐れている俺がいた。
もし、店内に俺の知り合いがいたとしたら……それはそれで、説明が面倒なことになりそうだ。
「……わかったよ。でも、これみよがしに恋人っぽいことをするのは、俺はまだ耐えられそうにないからその辺は秘密にする感じにしてくれ」
「相変わらず弱々メンタルなんだから」
マウントを取れれば心に余裕ができるのか、夏向は上機嫌でメロンソーダをストローで啜った。
「新太はぼくだけ見てればいいの」
ふーん。そっか。
ちらっ。
俺は、またも通路側へと視線を向けた。
「わっ、また! ぼくから視線逸らさないでって言ったそばから!」
「すまん。ちょっと目の運動をしたくて」
「ほ、ほんとぉ? それなら窓の方を向いてやってよ」
「それだと一般通行人に見られるかもしれないから嫌なんだよ。こっちの方が気が楽」
「あっ! もう!」
夏向が気を抜いた隙に通路側へ視線を向けると、またも夏向が通せんぼしようとした。
やっぱり何かあるな、これ。
試しに窓際へ視線を向けようとして、ボディフェイントでディフェンダーの裏をかくような鋭さで通路側へ視線を移す。
「わわっ!」
身を乗り出した夏向は、両手を使って物理的に俺の視界を塞ごうとした。
これ……廊下を挟んだ向こうの席に、俺に気づかれたら都合の悪い人でもいる?
あいにく、ちょうど通路に面した席には俺たちと同年代くらいの男女でいっぱいで、一体誰がそれに当たるのかわからなかった。
ちらちらとこちらを見ているような怪しいヤツもいないし。
よくわからないが、夏向の何らかの策略に巻き込まれていることは確かなようだ。
「お待たせしました、お客様」
訝しがる俺の元へ、トレイを手にした店員さんが無料のスマイルを浮かべてやってくる。
トレイには、金魚鉢みたいなグラスが乗っていて、意味ありげなハートのかたちに曲がったストローが刺さっていた。
「ごゆっくりどうぞ~」
顔に笑みを貼り付けたまま、店員さんは去っていった。
テーブルの上に、不思議なストローがぶっ込まれたグラスを残して。
「えっ、なにこれ……夏向が注文したのか?」
「そうだよ! ほらほら、新太、一緒に飲も? 中身はオレンジジュースだからさ、新太も飲めるでしょ」
「ああ、やっぱり一緒に吸うヤツか、これ」
できれば間違いであってほしかったけど。
「夏向は、平気なのか?」
「変な質問。全然平気だよ~」
「そ、そうか……」
これまで二人きりの室内で恋人ムーブをすることはあっても、他人の目がある外では初めて。
流石の夏向も普段通りってわけじゃないみたいで、俺を見つめていても、その頬には朱が差して見える。
俺より先にストローをくわえていて、テーブルに両肘を付けながら流し目気味にこちらに視線を向ける姿を目の当たりにすると、夏向が同性ってわかっていても不思議とドキドキしてくる。
俺はなぜ夏向のペースに引きずり込まれそうになっているんだ……。
「ほら、新太も早く。ぼくばっかり恥ずかしい思いさせないでよ」
「わ、わかったよ」
結局俺は、夏向の熱意に負けて、カップル用ストローで味わうことになった。
「ぷはっ。ふふ、新太テイストでめっちゃおいしい~」
「変な言い方するなよ」
呆れる俺だったが、夏向ときたら、今度は自分から通路側へチラリと視線を送った。
「夏向、やっぱりそっちに誰かいるんだろ? いい加減白状しろ」
「い、いないよ……あれ?」
「なんだ、どうした?」
夏向は通路を挟んだボックス席の方へ視線を向けて、驚いた顔をするのだが、そこは無人の席だった。
あの席、確か少し前まで誰か座ってなかったか?
「そうなんだよ。だからオレもこうしてついつい見守っちゃってさ」
「その気持ちわかるわ。どうしても心配になってしまうのよね」
聞き覚えのある声と、聞き覚えのない声が同じ方向から同時に発生した。
ちょうど、夏向の背中側の席から。
嫌な予感がした俺は、つい立ち上がってしまうのだった。




