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第二十四話 口直しの夜(夏向視点)

「新太ってあんなめんどくさそうな人と友達だったんだ……」


 ぼくは、新太の友達だという楠野拓弥が帰ったあとに自分の部屋へ戻って、ベッドに寝転がっていた。


 楠野が帰り際に言ってきたことが引っかかっていたんだ。


 楠野は、スマホを忘れたって理由で、新太をリビングへ向かわせたけど、あれはきっとウソだと思う。


 だって、ぼくとほんの少しの間二人きりになったとき、新太に聞こえないようにこんなことを言ってきたから。


『キミの大事な新太のことは盗らないから安心して。それにオレは、キミを応援する味方だからさ、夏向ちゃん』


 ぼく、すべてを知った上で立ち回る黒幕ムーブする人苦手なんだよなぁ……。

 味方だって言われたって、信用できるわけがない。

 ぜーったい他にもなんか企んでる顔してたよ。


 そして何よりやりにくいなと思ったのは。


「ぼくが本当は女の子だって気づいてたっぽいし……」


 いや、これに関しては、全然気づかない新太がおかしいだけだよね。


「味方っていうからには、新太にぼくが女の子だって気づかせようとすることはないと思うけど……」


 ぼくに対しての立ち位置はよくわからないままだけど、新太の話を聞く限りでは、少なくとも新太に対しては親切みたいだし。


「もう! あんなうさんくさい男のことばっか考えたくないよ!」


 ベッドから跳ね起きたぼくは、新太の部屋へと押しかけた。


「新太~!」

「ん? 夏向? どうした? メシならこれからつくるからもう少し待っててくれよ」


 新太はちょうど、夕食の支度をしようとしていたタイミングだった。


 ぼくは新太の背中に抱きつく。

 もしぼくが女の子だって知られたら、こんな気軽に触れることだってできなくなっちゃう。


「おい、なんだ、どうした?」

「新太、今日のぼくはラーメンの口なんだよね!」

「おいおい、急だな。ラーメンの買い置きあったかな……なかったら買いに行く時間くらいはくれよ」

「違う違う、ラーメン屋に行こ! ぼくのおごりで! 駅前の家系ね!」

「夏向がおごりを提案するなんて珍しいな」


 新太は笑って、ぼくと一緒にラーメン屋さんに行くことになった。


「夏向、戸締まりしたか?」

「したよー。てうかそれ訊かれるの二度目なんだけど」

「この前は鍵開けたまま出かけただろ」

「新太の部屋は鍵すら掛からないじゃん」

「それは俺にはどうしようもないだろ。明日直しに来てくれるって話だから、もう夏向が勝手に入ってくることはできないぞ?」

「合鍵もらうからいいもんね」

「当然のようにもらえると思うんじゃない」


 夜になり、新太と隣り合って駅前へと向かって、家系のラーメン屋さんに入店する。


 カウンター席で隣り合って座っていると、他にいっぱいお客さんがいても、新太と二人きりの感覚になってしまった。


「新太、この餃子食べていいよ」

「え? いいのか?」

「いいのいいの。そうだ、この半チャーハンもあげるね」

「待て待て、その調子だと、お前の食う分なくなるぞ。細いんだからもっとちゃんと食っとけ」

「いいんだよ。今日は新太に優しくしたい気分なんだから。ほらほら、食べて食べて」


 ぼくなりに、新太にこびまくった。


 食べ物で釣るのは安易すぎるかもしれないけど、他にどうすれば新太の気を引けるのか、ぼくはまだいまいちわかってないんだよね。


 同性だと思わせたまま関心を向けさせようとするのって大変。

 異性だって明かしても平気な状態だったら、もっと簡単に行くんだけどなぁ。

 でも新太は、女の子が苦手ってことを抜きにしても硬派っぽいから、思い通りにはいかないか。


「夏向から親切にされると不気味だな」

「あっ、酷い。人の好意は親切に受け取るべきだよ。新太っていつもぼくがすること疑うんだから」

「体に染み付いてるんだろうな。小学生のときの俺は、お前のフェイントに死ぬほど騙されたから」


 新太はそう言って、麺を豪快にずずっとすすった。


 それでもスープを跳ね飛ばさないんだから、新太ってば育ちがいいのかも。

 ぼくは麺をすするの下手だからなぁ。新太の隣で食べるのは、ちょっと恥ずかしくなっちゃう。


「新太ってば、ぼくが小学生だった頃のことばかり言うよね。昔のぼくだけじゃなくて、今のぼくも見てほしいなー」


 そして無理のないかたちでぼくが女の子だって気づいて抱きしめてほしい。


「待て。夏向」

「え? え?」


 新太が真剣な顔をして、ぼくに視線を向けてくる。

 結構な熱視線だよ、これ。

 もしかしてぼくの想いが通じたっていうの……?


 困るなぁ。急に来られても、心の準備がまだなんだよね。

 それに、ここのラーメンってにんにく結構使ってるって噂だから、できれば日を改めてもらえると。


 新太は、お水が入ったピッチャーのすぐ横にあるティッシュを抜き取ると、それをぼくの口元に近づけた。


「口元のところ、汚れてるだろ。ほら、これ使え」


 なーんだ、そういう理由か。

 期待しちゃっただけに、落差でがっかりかも。


「新太がやって」


 ぼくはスツールの位置を回転させて、新太に向き直ると、首をほんの少し前へと傾けた。


「また俺任せかよ……。まあ、仕方ないか。これも奢ってもらった礼だからな」


 新太から口元を拭き拭きされることは照れくさかったけど、これもせっかくの機会。

 口元を拭かれることを隠れ蓑にして、存分にドアップの新太を堪能することになった。


「お前、そんなに目をカッ開かなくてもよくない?」

「新太が変なことしないか見張らないといけないから」

「信用ねえのな」


 嘆くようなことを言いながら、新太は力が抜けたような自然体の笑みを見せてくれる。


 こういう気を張らなくていいところ、好き。


 十分すぎるほどのリターンがあって、心のお腹も満足して帰ってきたあとのことだ。


「あれ? みゃこからライン来てたんだ?」


 スマホの通知をタップすると、みゃこからのメッセージが表示されて。


『カナちゃん、この間のこと、ちゃんと話してくれてる~?』

『そろそろ、アラタくんと会わせてくれたっていいんじゃない?』

「そうだ、みゃこと約束してたんだった……」


 みゃこと新太を会わせることには不安はあるけど、一度約束しちゃったんだから、やっぱりナシってことにはできない。


「新太がみゃこを好きになっちゃわないようにみゃこと会わせるには……」


 その夜、ぼくは散々頭を捻ることになるのだった。


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