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第二十三話 親友VS恋人役

 夏向が、いざ拓弥と顔を合わせたときは大変だった。


「ふしゃーっ!」


 両手を広げ、俺を背中側に隠すようにして、まるで威嚇する猫みたいな声を出しているのが、戦闘モードに入っている夏向だ。

 思わず俺は額に手を当ててしまう。

 やたら拓弥を警戒しているようだから心配ではあったんだけど……。


「新太~。夏向ちゃんに何か余計なこと言った?」

「お前は悪くないよ。気にしないでくれ。そのうち誤解も解けるから」

「オレ、誤解されるような要素あったかなー」


 苦笑いの拓弥に助けを求められても、俺ではどうすることもできなかった。


「きみがどれだけ新太と仲が良いか知らないけど!」


 拓弥に人差し指を突きつけたあと、すすす、と俺の隣へと寄ってくる夏向。


「新太と一番なかよしなのは、ぼくだから!」

「どうしてマウントを取ろうとする……?」


 夏向は、拓弥と仲良くする気はないようだ。


 拓弥に頼まれたこととはいえ、こうして引き合わせたのは俺だから、夏向の機嫌が悪いことには責任を感じてしまう。


 拓弥が気を悪くしていないといいんだけど。


「なん……だと……? おいおい新太、オレとの関係は遊びだったっていうのか?」

「遊び以外の何物でもないだろうよ。ていうか、拓弥も乗っかるなよ。ややこしくなるから」

「新太に遊ばれただって!? ズルい!」

「ほら、めんどくさくなってる……」

「新太、ぼくのことも弄んで!」

「まあ落ち着けよ」


 俺は、夏向の口元を手のひらで塞いだ。


「二人して俺をいかがわしいキャラにしようとするな。ていうか、その連携見せるあたり、お前ら案外仲いいだろ?」

「ははは、そりゃオレは仲良くしたいよ。でもオレだけ片思いでもなー」

「ぼくはお断りだからね!」


 夏向は、首を左右に振って俺の手のひらから抜け出し、大人げないことを口にした。


「新太はぼくのことだけ好きになってくれればいいの!」

「すごいな、新太。オレでもこんなに一人の相手に愛された記憶ないよ?」

「夏向の場合はまた事情が違うから」


 あくまで俺の恋人役としての態度だから。嫉妬があるのだとしても、仲良くしている友達を知らない誰かに取られてしまうようで嫌だという程度だろう。


「夏向、落ち着いてくれ。拓弥は俺の親友。それだけだから。拓弥、そうだろ?」

「そうそう。同じ大学の仲良し同士だよ。友達、友達」


 へらへらしながら答える拓弥だけど、ちゃんと空気は読めるヤツだから、事態をこれ以上ややこしくするような悪ノリはやめてくれたみたいだ。


「それにしても、驚いたなー」

「何がだ?」

「わ、な、なんだよー」


 拓弥は、夏向の周りをぐるぐる周りながら、品定めするような視線を向けていた。


 おかげで夏向が警戒を強くする。

 夏向の性別問題はセンシティブなことだから触れてくれるな、と事前に言い含めていたから、面と向かってその手のことを口にすることはないはず。


「新太から話は聞いてたんだよ。キミのことはね。ふーん、そっか、なるほどなるほど」

「ぼ、ぼく、きみのことなんか興味ないからね!」


 じろじろ見られていることで怯んだのだろう。

 とうとう夏向は、俺の背中に隠れてしまった。


「それがねぇ、オレはキミに興味があるんだよ」

「えっ!? 狙いはぼくだったの!?」

「おいおい、夏向。本気で受け止めるんじゃない。拓弥なりの冗談だよ」


 いや、待てよ。


 拓弥のことだ。異性にモテすぎたせいで同性への興味が増したと考えれば、ありえそうなことだった。


 ……そうなると俺も、拓弥の恋愛対象に入ってたりする?


 振り返ってみれば、思い当たるフシはある。

 拓弥はモテる男だが、俺と知り合って以降、カノジョがいるという話は聞いたことがなかった。

 それどころか、飲み会で仲良くなった女子とのお出かけよりも、私服のバリエーションが少ないことを悩んだ俺の服選びの付き添いを優先させた男だ。


 だから、俺は聞いたんだよ。


『そんだけモテるのに、誰かと付き合おうって気にならないの?』って。

『楽しそうだし、付き合ってもいいんだけどね。でも、新太と遊ぶ時間減るだろ? そう思うともったいなくてさ』って、拓弥は返答したんだ。


 あのときは、本当の理由を言いたくないがゆえの冗談なのかと思っていたけど。

 もし……本当に俺と一緒にいたくて女子と交流を持たないのだとしたら。


「これもう好きなやつなのでは?」


 拓弥の好意に気づいた俺は、戸惑うよりも驚きの乙女心が勝っちまったよ。


「あっ、ほら! やっぱりそうでしょ! 新太のこと狙ってるって、ぼくが言った通りになってる!」

「二人で盛り上がってるところ悪いけど」


 苦笑いの拓弥は、首筋を手のひらで抑えるような仕草をして。


「そりゃ新太のことも、夏向ちゃんのことだって面白くて好きだけどさ、恋愛したいとまでは……さすがのオレもね」

「なんだ……」


 一人で盛り上がっちゃったやつみたいで恥ずかしくなる。


「そ、そうだったんだ!」


 俺以上に安堵と喜びを示したのは、夏向だ。


「え、待って……じゃあ、さっきぼくをジロジロ見てたのはなんなの?」


 打って変わって、今度は不安そうにする夏向。


「ごめんごめん、怖がらせちゃって。新太の昔からの『友達』はどんな子なのかなって興味があったんだ。やっぱ親友のお隣さんがどういう人なのか気になるじゃん? 保護者として」

「おい、保護者って」


 俺をちっちゃな子ども扱いしてくることに不満はあるんだけど、思い返せば確かに拓弥に助けられることの方が多いから、保護者気取りも仕方がないのかもしれない。


「おかげで夏向ちゃんが新太とどういう感じに仲良しなのかわかったよ。まあ、だからこそ安心と不安が半々の気持ちになっちゃったんだけど」


 拓弥にしては珍しく歯切れが悪かったから、最後まで聞き取れなかった。

 だから夏向に聞こうとしたのだが、夏向は妙に難しそうな顔をしていて、聞くに聞けなかった。


「おっと、こんな時間か。オレはそろそろ帰ろうかな」

「えっ、もう? もう少しゆっくりしていったら?」

「悪いけど、これから用事あるんだよ。付き合いでさ」


 拓弥は、いかにも陽キャな大学生活を送っていて顔が広いから、色んな方面に友達がいる。


「じゃあね、夏向ちゃん。また今度」

「……ぼく、あんまり知らない人に名前で呼ばれたくないなー」

「まあまあ。新太と仲良しってことは、オレとも仲良しってことだから」

「なんかこいつ強引~」


 唇を尖らせる夏向。


 どうやら、夏向と拓弥には、まだまだわだかまりがありそうだ。


 俺と夏向は玄関口で拓弥を見送ろうとしたのだが、拓弥は靴を履き終えると。


「あっ。悪い、新太~。たぶんオレ、テーブルにスマホ置き忘れてるわ。取ってきてくれる?」

「お前でもうっかりすることあるんだな。待ってろ」


 何でもそつなくこなす印象がある拓弥にしては珍しいうっかりだ。

 拓弥にも人間らしいところがあるんだな、と思ってしまう俺は、軽い足取りでリビングのテーブルまで向かう。


「あれ? スマホなんてないけど……」


 テーブルの上は、まっさらなまま。

 どういうこと?


「新太~。悪い悪い、ポケットの中に入ってたわ! いつものケツポケットじゃなくてサイドポケットに入れてたみたいでさ、焦ったわ~」

「おいおい。らしくないな。忙しすぎて判断力鈍ってるんじゃないのか?」


 行動力満載の陽キャっぷりに呆れながら、俺は玄関へと戻る。


「じゃ、今度こそ、またな」

「ああ、また明日な」


 拓弥は手を振って軽やかにその場をあとにするのだが、それまで騒々しかったのに急に大人しくなった隣人のことが気になった。


「夏向?」

「……えっ!? な、何!?」

「妙に大人しいなと思って」

「ふ、普段のぼくだって清楚可憐だけど?」

「いや、具合が悪いとかじゃないならいいんだけど」

「ぜーんぜん平気だよ!」


 その割には目が泳いでいて不審感が満載なのだが、しつこく追及するほどでもないと思ったから、そのままにしておいた。


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