第二十話 戦友との飲み会(夏向視点)
講義が終わった夕方。
その日ぼくは、学生向けの安居酒屋にいた。
鷹木美夜子に呼ばれたからだ。
同じ大学に通う彼女とは、高校時代から付き合いがあって、ぼくは「みゃこ」って呼んでる。仲良くなり初めの頃はちゃんと美夜子って呼んでた気がするんだけど、何度も呼びかけるうちにめんどくさくなってみゃこ呼びになった。
みゃこ本人も、「そっちの方が可愛いから」という理由で謎に納得してるみたいだし。
ちょうどみゃこに聞いてもらいたいことがあったから、呼び出してくれたのはいいタイミングだった。
「――そうそう。私も、カナちゃんのお話が聞きたくて呼んだの。せっかくだし、じっくり聞いておこうと思ってね」
目の前の席に座るみゃこが微笑む。
触れたくなるくらい毛先がふわっとした長くて茶色い髪のみゃこを見ていると、つくづく人目を引く美人になっちゃったなぁって感心するよ。
話し方もやたらおっとりとした感じで、いつでもニコニコ微笑んでいるように見えるからか、うちの大学内ではトップクラスの人気者だ。
大学祭では非公式で行われているミスコンがあって、去年は入学して間もない一年生という立場なのに、見事優勝したくらいその支持は厚い。
「カナちゃんの話に最近よく話に出てくる、小学校の時から好きだったっていう子のことをね」
ここ最近みゃこと話すときは、自然と新太の話が出てしまっていたから、ぼくの方から何かを言わなくても察するものはあるのだろう。
ただ、新太が女の子をとてもとても苦手にしているらしいこととか、男子と偽って接していることとか、そういう込み入った事情になりそうなことはまだ話していなかったんだ。
せっかくだしこの際相談に乗ってもらおうかと思ったんだけど。
「大丈夫よ、カナちゃんなら」
ビールの大ジョッキを片手に優しく微笑むみゃこ。その頬はすでに赤く染まってることにぼくは気づいていた。
「スリムなカナちゃんにだって、ちゃんとおっぱいはあるんだから! それを見せればどんな相手も一発で一発できるはず! 安心して、カナちゃんの美乳は私が保証するから! わはは!」
「おい、酔ってんだろ? ちゃんと話しを聞いてくれ」
ぼくの新太はそんな獣みたいなヤツじゃないんだよ!
呆れたぼくはみゃこから大ジョッキを奪い取った。
清楚系お嬢様らしからない豪快な笑いをするのは、みゃこがすっかり出来上がっちゃったときだって決まっている。
「ああ、私のエネルギー源が~」
「これ以上は飲むのダメだよ。酔っ払ってボロが出てきちゃってるじゃん」
「ボロなんて出てないわよ。私は清楚なゆるふわ女子大生。それ以外の顔があるとでも言うのかしら? おかしなカナちゃんね」
本当の清楚ゆるふわ女子大生はあんなおっさんの酔っぱらいみたいな言動しないんだよ。
「みゃこの高校時代のあだ名、改めて言ってやってもいいんだけど?」
「あらあら、もし余計なこと言ったら体育館100周走らせるわよ?」
「ほら、酔ったら高校生のときのノリをすぐ出してくるんだから。そういうの、悪いクセだからやめた方がいいよ」
ぼくの親友・鷹木美夜子は、今でこそゆるふわ癒し系女子大生に化けているけれど、高校時代は違うキャラだったんだ。
ゴリゴリの体育会系で、女子バレー部の鬼キャプテンとして恐れられていた。
そのあまりのスパルタっぷりから、ついたあだ名がハートウーマン軍曹。
誰が言い出したのかわからないし、元々はどこかの映画に出てくる人の名前らしいんだけど、ぼくはよく知らない。
でも、決して嫌われてはいなかったみたいなんだよね。
他人にも厳しいけど、それ以上に自分に厳しいストイックな人だったから、案外慕われていたみたい。
まあ、お酒好きなくせにお酒に弱くて、酔うとおっさん化する本性を知ったら、当時慕っていた後輩たちも考えを改めるに違いない。
ただ、そういう欠点を差し引いても見た目は凄いの一言だった。
本人は170センチ以下だと強硬に主張するものの、バレー部だったせいかめっちゃ高身長だし、ゆるふわワンピで隠れた体はイメージと違ってしっかりした体格だけど、手足が長くて小顔のモデル体型なのはぼくからすれば羨ましいところ。
その上、ちゃんと胸は大きいというのが、神様も理不尽なことするよねって思っちゃう。
同じ大学を受験して、無事に受かったあと、せっかくだし春休み中にイメチェンするわー、なんて軽い意気込みを語っていたヤツが、短期間でここまで別人になるとは思ってもみなかったよ。
「あのね、新太はそこらの男子とは違うの。すごく悩んでるんだから」
「あらあら、どんな悩みが?」
「…………」
この場に新太がいないから、ちょっと申し訳ない気持ちではあるけれど、ぼくは新太がどれだけ女の子に対して苦手意識を持っているのか、自分が知っている範囲で伝えた。
そうでもしないと、みゃこにわかってもらうことはできないから。
その間、みゃこは茶化すでもなく黙って聞いてくれていた。
肝心なところでは真剣になってくれるからみゃことは長いこと付き合っていられるんだ。
「――だから、ぼくは新太の前では男の子ってことになってるの。でもただ女の子だってわかってもらえればいいって話じゃないんだよね。新太の方から自然と、ショックを受けない程度にわかってもらわないと。そのためには、ぼくから少しずつヒントを出して、新太の方から気づいてもらわないといけないんだ」
「あらあら、想像以上に大変なのね。もっと気楽な恋バナかと思ったわ」
「そうなんだよ。新太は手がかかるんだ」
「そのわりには、その誇らしげな感じはなんなのかしら? まるでカレシを自慢しているように見えるわよ?」
やたらと楽しそうにみゃこが言うものだから、ぼくの方が恥ずかしくなってきた。
「せっかく勇気出して話したんだからさぁ、茶化すのはやめてよ」
「茶化してないわ。カナちゃんの口からそういうことを聞けて、安心しちゃったの」
「全然進展してないのに、安心もなにもないでしょ」
「だって、少なくとも一年前のカナちゃんなら、好きな男性と距離を縮めたいなんて言うことすらなかったもの。『ぼくに男なんて必要ないんだよ。ていうか向いてない』なんて、そんなノリだったものね」
「え……そうだっけ?」
「カナちゃんも変わっていってるんだと思えたから安心したのよ。昔のカナちゃんは頑固だったもの」
「そう言われてみたら、そうかも」
みゃこと出会ったのは、高校一年生のとき。
中学時代に人間関係でとある挫折をしたぼくは、高校では一匹狼で過ごそうとしたんだけど、そんな尖っていたぼく相手でも根気よく仲良くしてくれたのがみゃこだった。
その分ケンカもいっぱいしたけどね。
やさぐれていたぼくと熱血体育会系で真っ直ぐな人だったみゃことでは、主張が強すぎてどこかしらで揉めることが多かったから。
「素晴らしいわねー、恋の力って」
癒やしの笑みを浮かべるみゃこだけど、目の前には大ジョッキの要塞ができていて、とてもじゃないけど恋に憧れているようには見えない。
モテはするけれど、浮いた噂はあんまり聞かないんだよなぁ。
「それだけカナちゃんを変えてしまう男の子っていうのも興味あるわね」
「えっ?」
「今度その新太くんと直接会わせてくれないかしら?」
正直なところ、あんまり乗り気になれなかったんだよね。
今のみゃこは、異性なら誰でも虜にしちゃうんじゃないかってくらいの万人受け美人の見た目をしているから。
女子が苦手な新太だって、みゃこにならなんの抵抗もなく好きになっちゃうんじゃないかって不安が、ぼくにはあった。
「ちゃんとカナちゃんに協力するから」
「……いいよ、わかったよ。近いうちにね」
迷ったけれど、大事な親友を無下にするわけにもいかない。
高校時代を切り抜けることができたのは、みゃこが味方でいてくれたおかげだから。
だけど、新太がみゃこを好きになっちゃったら嫌だなぁ。
それからぼくとみゃこは、新太とは関係ない話題で盛り上がって、楽しく飲んでたんだけど。
「でも、カナちゃんの今のやり方は諸刃の剣よね」
「えっ?」
「新太くんが、カナちゃんを男の子だと思っていて、それでカナちゃんの思った通りに同性だろうと関係なく好感を持つとするでしょう?」
「うん。そのあと、ぼくが実は女の子でしたって言えば、新太も安心して好きになってくれると思って」
「そのせいで、目覚めちゃうなんてこともあるんじゃない?」
「えっ……」
「ふふふ、そうなったら、カナちゃんのライバルは女性だけじゃなくて男性も含まれちゃうことになるわね。あら、カナちゃん、大丈夫?」
「わ、笑い事じゃないでしょ! もう! ぼくを不安にさせて!」
みゃこの言うことを、ぼくだってちょっとは恐れていたんだよ。
でも、新太ってなんかぼっちっぽい雰囲気あるし、同性の知り合いってそんな多くないよね、だから大丈夫! なんて油断してたんだ。
よく考えたら、ぼくが新太の部屋に遊びに行ったとき、誰か男の人と電話しているところに遭遇した覚えがある。
「もしかして、あのときのあの人が……新太の愛人!?」
「ただの友達でしょう? この子は何を言ってるのかしら」
「もう! 言い出しっぺはみゃこでしょ!」
「ごめんなさい。そこまでガチで受け止めるとは思わなかったから。大丈夫よ、その辺も含めて、ちゃんとサポートしてあげるから」
「……事態を悪化させるようにしか思えないんだけどなぁ」
みゃことは仲良しだけど、親友というより悪友じゃない? って言われたら自信を持ってノーとは言えないところがあるから。
でも、みゃこの言っていることだって、絶対あり得ないとは言い切れないから気をつけるようにしないと。
ぼく以外で新太を狙う男の子はできるだけ近づけないようにしなきゃ。
……って、ぼくは男の子じゃなくて女の子なんだけど!




