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第十八話 雨の日のお出迎え

「遅いな……」


 一人で夕食を終えた俺は、テーブルの上に乗っている夏向用に作り置きをしている夕食に視線を向けた。


 毎日のように俺に夕食をたかりにくる夏向だけど、バイトが入っている日は夕食時には帰れないから、少し遅い時間になって俺のところへやってくる。

 それを抜きにしても、この日はなかなか顔を出さなかった。


「この雨だし、いつもと同じ時間には帰れないにしても、ちょっとな」


 さっきから窓ガラスを叩く音がやたらと強い。

 この日の天気は雨予報ではなかったから、傘を持っているのかどうかも怪しい。


「台風になることはないって予報では言ってたけど……ん?」


 スマホにメッセージが着信していた。

 夏向からだ。


『新太! 駅に着いたんだけど』

『傘忘れちゃって、立ち往生なんだよ』

『だから迎えに来て!』


 めんどくせぇな、って気持ちは一切湧かなかった。

 無事に最寄り駅に到着したとわかって、安心している俺がいたから。


 ちょっと待ってろ、と軽く返事をして、俺は玄関に立てかけてあるビニール傘を手にして駅前まで迎えに行くことにした。


 ★


 傘を叩く雨粒が次第に強くなるのを感じながら、駅前まで到着する。


 思った以上に雨脚が強かったせいで、たどり着くまでに靴のつま先がぐしょぐしょに濡れてしまった。

 これで業を煮やした夏向がタクシーを呼んで帰っていて、すれ違いになったらどうしよう。


「そん時は、とりあえず夕食は抜きだな……」


 勝手な恨み節を唱えながら夏向の姿を探す。


 小さな駅がたくさんの人で溢れかえる中でも、不思議と夏向の姿はそれ自体が発光しているみたいな目立ち方をしていて、すぐ見つけることができた。


 けれど、無言で待っている夏向の姿を目にすると、普段のグイグイ絡んでくる元気すぎる姿を想像できないくらい、別人のような雰囲気があった。

 降りしきる雨の中で俯く姿も相まって、不安を感じているみたいに見えたせいか、俺は小走りで駆け寄ってしまう。


「夏向!」


 そう呼びかけて顔を上げた夏向は、初めのうちこそ「誰?」って言いたくなるくらい固い表情をしていたのだが。


「新太!」


 俺を見つけた途端、瞬時にいつもの見慣れた明るい表情へと変わった。

 なんだよ。

 いくらなんでも、嬉しそうにしすぎだろ。


 駅の屋根の下までたどり着き、傘を閉じた途端に、夏向が俺に飛びついてくる。


「もう! 遅いよ~。ぼくがどれだけ待ってたと思ってるの!」

「お前から連絡来て、すぐ家を出てきたんだぞ?」

「新太を待つ間は、どれだけ早く来たって永遠に待ってるような感じがしちゃうんだから。なんちゃらドアで一瞬で来ちゃったとしてもね」

「じゃあどうやったって無理ゲーじゃねえか」

「でも良かった! 新太が来てくれて! これで無事に帰れるよ!」

「そうだな。お前は俺に一生分感謝するといいぞ」

「傘持ってきたくらいで大げさだなー」


 夏向は俺が手にしているビニール傘に手を伸ばそうとして、あれ?って顔で首を傾げた。


「新太の分の傘は?」

「え? これだけど?」

「いや、それだとぼくの分なくない?」


 ぺたぺたと俺の体に触れて身体検査してくる夏向。


「すまん、俺の分しか持ってこなかった……」

「えーっ!? そんなドジっ子するぅ?」

「いや、急いで出てきたから。とにかく迎えに行くことしか考えてなくてだな……」


 恥ずかしい。

 異性が苦手過ぎて発作が起こったときを除けば、夏向の前でこんなあからさまなミス、一度だってしたことなかったのに。


「え? あっ、ふーん」


 ニヤニヤし始める夏向。


「そんなにぼくのこと心配だったんだ?」

「なっ!? そういうわけじゃ……」

「ぼくがいつも通りの時間に帰ってこなかったから心配しまくりだったんでしょ?」

「いや、まあ……」


 隠したってしょうがない。


「心配だったよ。この大雨だしな。何か事件とか事故に巻き込まれたんじゃないかと思って」

「新太の気持ちはよくわかったよ。カノジョの身を案じてたんだよね」

「カノジョっていうか、お前の身な」

「うーん、あと一歩踏み込んでほしかったけど、今は機嫌がいいから許すよ。新太のミスもなかったことにしてあげる」


 世話を焼くつもりが、まさか貸しを作ることになるとは。


「傘はそこのコンビニで買うってことでいいか?」

「近くにあったらぼくだって買ってるよ。天気予報大外れの雨のせいでみんな傘買っちゃったみたいで、在庫切れで買えなかったんだ」

「マジか……」

「ていうか別に、買う必要なんてないでしょ」


 夏向は、俺の傘を空に向けて広げる。


「一本の傘に二人で一緒に入って帰ればいいんだから」

「それだと相合い傘では……」

「恋人っぽくていいじゃん。ほらほら、早く帰らないと体冷えちゃうよ? 風邪ひきそうになったら、きみの人肌で暖めてもらうからね?」

「そういうスキンシップは望んじゃいない」


 俺は夏向から傘をひったくると、駅をあとにする。


 こころなしか、さっきよりも傘を叩く雨粒の音が弱くなった気がする。

 このまま止んでくれたらいいんだけど。


 俺の腰に抱きつくようにして、夏向がくっついてくる。


「おい、歩きにくいだろ」

「だって~、こうしないと濡れちゃうし? せっかく迎えに来たのに、ぼくが濡れて風邪引いちゃったら新太の親切も無駄になっちゃうじゃん?」

「……わかったよ。好きにしてくれ」


 そもそもこうなったのは、俺が一本傘を忘れたせいだし。


「ふふふ、ありがと、新太!」


 分厚い雲で隠れているはずの太陽はこっちに移動してきていたのか、と錯覚しそうなほどに眩しい笑顔を向けてくる夏向だった。

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